全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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赤い炎が踊っているみたい

『近づいてくとわかるけど、ほんとでかいね、ありゃあ……』

『うん。使い魔も周りに出してくるし、攻撃も容赦無いよ』

 

 遠目に見えるワルプルギスの夜は、未だ暴威を振るっている。

 マミさんとほむらは攻撃しているのだろうか。ここからではまだ、戦闘の気配は見られない。

 

『アタシは平気だけど、マミたちは死んでるんじゃないだろーね?』

『……三分までは保ってくれると信じてる』

『三分ねえ、見滝原からここまで来たんでしょ? なら軽くオーバーしてるんじゃない?』

『……大丈夫』

 

 高くそびえ立つ建物を見上げる。

 魔力で強化した目が、その縁にある突起物を捉えた。

 

 モールの屋上には似つかわしくない、物騒な現代兵器だ。

 

『うん、大丈夫。杏子』

『ああ?』

『ついてきて。……というか、ついてこれる?』

『こっちのセリフだよ、バカにすんな』

『一秒も待たないからね!』

『はっ』

 

 セルバンテスで、真下へバリアを生み出す。

 

「じゃ、お先に」

「!」

 

 私は強く反発する足場を蹴って、高く跳び上がった。

 目指すはフォーリンモールの屋上。そこに設置されたミサイルこそ、私の目指すべき終点だ。

 

「ふっ!」

 

 多段ジャンプの最後の一発はちょっと飛びすぎた。

 足が痺れる衝撃に耐え、屋上の荒れたタイルを時々割りながら、全力でミサイルのもとへ駆ける。

 

「よし……!」

 

 申し訳程度の薄いシートで覆われた発射台。

 ミサイルはまだ発射されていないようだ。それはまだ、彼女たちが苦境に陥っていない証拠でもある。

 私はシートを強引に引きちぎって、ミサイルを露わにした。

 

「っはぁ……! くっそ、垂直はキツイなぁオイ……!」

 

 杏子は少し遅れてやってきた。どうやって登ってきたのか、その方法には興味があるけど、今は気にしてはいられない。

 

「杏子! これに掴まって!」

「はあ、おめ、はっ……何ほざいてるか解ってるか……!」

「私たちの重さでかなり沈むから弾道を上向きに調整して……つっても丼勘定だから噴射をその都度魔力で強化……」

「オイッ! 聞け人の話を!」

 

 固定された台を、更に上向きに修正する。

 操作には慣れていないけど、ほむらがやっていた通りにやればできないこともないはずだ。

 

 ……よし、なんとかミサイルの向きも変わった。

 

「弾道計算のメモ帳はチラ見しただけだけど大丈夫。どうせ軌道だって、空中を蹴ったりすれば補えるでしょ」

「……呆れて物も言えねえ」

「説明する暇はないんだ。私のバリアでの移動は、誰かと一緒にってのができるほど器用でもないし……」

「あーもういい、わかったよ、わかった。あんたが何考えてるのかはわかった、やってやるよ」

「やる前提で呼んだんだよ、今更何言ってんのさ」

 

 ミサイルを抱きかかえるように、私はしがみついた。

 先端を抱え込み、勢いで吹き飛ばされないように。

 杏子も同じようにして、ミサイルに張り付いた。

 

「くそ、ふざけやがって……上手くいくわけねえだろこんな……」

「けど、マミさんを見殺しにはしたくないんでしょ? だから乗った」

「もうお前ホンット黙れ!」

「あっはは!」

 

 さて、時間が惜しい。

 だから……超特急でいくとしますか。

 

 

 

 

「ティロ……スピラーレ!」

 

 巴マミはリボンを張り巡らせ、空中を飛び回りながらワルプルギスの夜を押し返している。

 大量の使い魔を相手にするにはリボンと銃撃の相性は良く、未だに致命的な失敗はしていない。少なくとも、地上から戦いを見上げるほむらにはそのように見えた。

 

「でも動きは悪い……脚が使えないのは、やっぱり痛手なんだ」

 

 問題は巴マミとワルプルギスの夜本体の相性が悪いことだ。

 

『アハハハハハ!』

『くっ……! 前進が早すぎる!』

 

 脚を負傷した機動性を大きく失った巴マミでは、ワルプルギスの夜から飛んでくる炎を含め、全ての攻撃が厄介な壁であった。

 今の巴マミは固定砲台としての火力には優れていたが、防御や回避面においては脆弱と言わざるを得ない。

 

『時間を止めるわ! ミサイルで押し戻す!』

『数には限りがあるんでしょう!? まだ私の攻撃で食い止め……きゃぁ!?』

『巴さん!』

 

 強風に煽られ、巴マミが投げ出される。

 それはワルプルギスの夜に近づき過ぎたためか、相手が本気を出したせいなのか。

 

「あのままじゃリボンで移動するなんてできない……今すぐにでも発射して、時間を止めないと……!」

 

 ミサイルで押し返し、時間停止で巴マミを回収する。

 魔力と物資の消耗は致命的だが、それしかないように思われた。

 

「でも……巴さんを守るには、やるしかない……!」

『その必要はないよ』

「……!」

 

 その時、弾頭が風を切って、ほむらの頭上を横切った。

 

 

 

 

 角度がコントロールされ、魔法の力で強化された噴射は、大質量のミサイルをまっすぐ標的へと運ぶ。

 

 あと五百メートル、二百メートル。

 巨大な敵の姿はもう、目を瞑る間もなくそこに迫る。

 

 杏子の髪飾りは、ワルプルギスの夜に近づくほどに燃え上がった。

 滾る炎は、かつて私と戦った時よりはるかに大きい。

 

 流れる髪に炎の尾を引きながら、杏子の機嫌は最高潮のようである。

 

「よお! てめー強いんだってなぁあ!」

 

 ミサイルと、そしてブンタツを握った杏子が衝突するのは衝突は同時だった。

 

 重心を捉えた二つの流星は、ワルプルギスの夜の巨体をまるで紙くずのようにふっ飛ばしていった。

 それまで侵攻していた距離よりも遥かに後退させ、最も過疎な地帯にまで押しやったのだ。

 

『ふう、間に合ってよかった』

「! 美樹さん」

 

 ワルプルギスの無重力空間から解放され、宙にあおられていたマミさんが正しい姿勢を取り戻す。

 念の為、体を受け止められるようにマミさんの近くまで来てみたが、マミさんは自分自身で復帰することができたようだ。

 

『さやか、今のミサイル……』

『手動で撃てるように教えたのはほむらでしょ? まあ、弾道はかなり無理やりだったけど』

『今一瞬見えた人って』

『杏子です。向こうでキュゥべえに足止めされていたみたいで……』

『……卑劣な奴!』

 

 キュゥべえはどうしても、魔法少女達に勝って欲しくはないのだろう。そんな雰囲気は前々から感じていた。

 

 しかし杏子を足止めするってことは、私がいても勝てはしないとでも思っていたのだろうかね? 

 むかつくやつだ。もしこの戦いが終わったら、バリアの上に乗せて無限バウンドの刑に処してやる。

 

『おりゃぁあああ!』

 

 遠くからテレパシーの叫びが聞こえてきた。

 ……杏子はもう、一人でワルプルギスと戦い始めているのか。

 

 私も早く行かなくちゃ。

 

 

 

 

「最強の魔女って聞いたからどんなやつかと思えばァ!」

 

 両剣が踊り、ワルプルギスの身体を切り裂いてゆく。

 

「ただデカいだけが能ってわけじゃねえだろうなァ!?」

 

 漕ぐような剣捌きは、斬ると同時に杏子の身体を思い通りの方向に運ぶこともできた。

 ワルプルギスはただ黙って斬られているわけではない。しっかり炎を吹いて反撃を行っている。

 

 そこにいたのは紛れも無く本気を出しはじめたワルプルギスの夜。

 無重力を生み出し、嵐を吹かせる難敵だ。

 それでも彼女を前に、力は空回るばかり。

 

「図体だけで、強いだけでアタシに勝てると思ってんのか!?」

 

 杏子は攻撃と共に、避けてしまう。

 攻撃と共に、敵に吸い付くように接近することもできる。

 

 攻撃と回避、攻撃と接近。杏子は無駄のない動きで、ワルプルギスの夜の表面をズタボロに切り刻んでいる。

 

「……佐倉さん……すごい」

「……バケモノね」

 

 私達は駆けつけたはいいものの、杏子の奮闘を前にして動けないでいた。

 

 ……以前に言われた言葉を思い出す。

 私達は黒子のようなものなのだと。それは、言葉のままだったということか。

 

『あの白化け猫に騙されていたのはアタシの大ポカだよ』

「!」

 

 テレパシーから流れてきたのは穏やかな声だった。

 

『気付かせてくれたアンタらには感謝してる……けど、アンタらはさっさとお家に帰りな』

『は、はぁ!? ふざけんな!』

『ハッ! 一番強いのはアタシなんだよ。アタシがこいつをぶっ殺してやる』

『バカ! この魔女はさすがに、杏子一人じゃ──』

 

 その時、空間が歪んで見えるほどの突風が吹き荒れた。

 

「わぷっ」

「きゃっ!?」

 

 一帯を薙ぎ払う爆発のような風。

 それは比較的遠くにいた私たちをも飲み込んで、吹き飛ばす突風だった。

 

「ぐっ……!」

 

 流れる視界。止まらない体。それでも平らな地面でよかった。咄嗟に何度か受け身を取って、勢いを殺す。

 

 ──ここは10tトラックの駐車場か? いや、倉庫か。

 

 住宅地のようにごたごたした場所だったら、一緒に飛んできた物に巻き込まれていたかも。

 

「がふっ……!」

 

 それでも小さな倉庫の外壁に叩きつけられると、ちょっと痛かった。

 物にぶつかって戦線離脱しなくて良かったと、前向きになるべきだろうか。

 

『ワルプルギスが、周りのものを吹き飛ばすくらいの風を発生させたみたい……!』

『の、ようですね……いたた』

 

 マミさんはリボンで自らを地面へ固定し、辛うじて落下することもなく堪えたようだ。

 

 けど、一緒に吹き飛ばされたであろうほむらと杏子の姿は見えない。

 風は一瞬の事だったので、どこかにいるはずだけど……。

 

「……へっ、良いじゃんか。あれくらいで終わったら、何の面白みもないもんな」

 

 私が辺りに二人の姿を探していると、倉庫の窓から杏子が這い出てきた。

 受け皿になったのだろう、大きくひしゃげた雨戸を放り捨て、私の隣へ降り立つ。

 

 彼女の腕の中には、ほむらが抱きかかえられていた。

 

「ほむら……! 無事?」

「よえー奴が挑むからこうなるんだ」

「……」

 

 目は閉じているが、呼吸はある。衝撃で気を失っただけのようだ。

 

「弱いやつは素直に、コソコソとな」

 

 気絶したほむらは優しく地面へと預けられ、魔女を見据えたままの杏子は、向かい風に歩き出す。

 

「強い奴の背中に隠れていればいいんだよ」

 

 槍を傍らに、風に向かって前進してゆく杏子の後ろ姿は、何者よりも頼もしかった。

 

 しばらく感じたことのなかった、大人のように心強い背中。

 

 

 ──……つーわけだから、風見野はアタシのテリトリーだ、近づくなよ

 

 ──アンタは弱い、アタシには近づくな

 

 

 私たちは前に歩き出した杏子を見て、何も言えない。動くこともできない。

 やがて彼女の手が震え、ワルプルギスの夜を指差した。

 

「…………よくも……やってくれたじゃねえかよ……クソったれが……お前は、アタシの敵だ……てめえは、弱者をいたぶるゴミ野郎だ……!」

 

 怒っている。戦闘狂だからではない。それは私が今まで見たこともない、杏子が発する本気の怒り。

 

「てめえみてえな輩をぶっ潰すために……アタシはこの生命を燃やしてんだ……!」

 

 髪飾りが噴くように燃え上がる。

 火花が散り、その熱は風に乗って私にまで届いた。

 

 ……熱い。

 

「贖罪なんか許さねえ! 一度も! 二度目も無ぇ! てめえはとっくに線を超えた! 主文! 全部後回し! てめえは……てめえだけは!」

 

 

 ──この世で最も強い魔女を知りたいのかい? 

 

 ──それは、魔法少女を最も斃してきた魔女ということかな

 

 ──それなら間違いない、現在までで間接含め411名の魔法少女を葬った……

 

 ──ワルプルギスの夜だろうね

 

 

 

「死刑だッ!! ワルプルギスッ!!」

 

 

 


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