全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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後悔はしてほしくなかったから

 

 現実は小説より奇なり。なんて言葉、恭介の時だけで十分だなとは思ったんだけど。

 不可思議な現実というものは、小説よりもずっと広いジャンルでもって、突如として訪れるのです。

 

 だがしかし。誰が予想できるか、魔法少女。

 

 

 ――僕は、君たちの願いごとをなんでもひとつ叶えてあげる

 

 

「なんだろ、それ」

 

 毛布の中で、夕べの会話を思い出している。

 同じ見滝原中学の上級生、マミさんとの話だ。

 

 魔法少女という存在。

 魔女という存在。

 一日の中に詰め込むには、あまりにも突拍子もない情報ばかりだった。

 

 

 ――願いから産まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから産まれた存在なんだ

 

 ――理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ

 

 ――キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある

 

 

 ベッドからはみ出た右手に力が入る。竹刀を握りしめ、ギシリと音が鳴る。

 昨日の夜からずっとこのままの体勢だ。

 

 つまり、私は寝てません。

 

 

 

 一晩ずっと考えていたけれど、いまいち結論は出ない。

 何を考えていたかって、それはもちろん魔法少女のことについてなんだけど。

 眠気でモヤっとした頭では、そんな難しい事は考えられないようでありますな。

 

「おはようさやかちゃあ」

「おあよーー」

 

 まどかも同じ感じらしく、少し安心する。

 学生としてはちょっとオイオイなコンディションだけど、お互い真面目に考えていた証である。私は悪いとは思わないよ。

 

「おはようございます……あら、二人とも眠そうですねぇ……」

「ははは、今日の英語は寝かせてもらおうかなって……」

「もう……」

 

 英語は今更勉強することもないし、まぁ大丈夫でしょう。

 今日は魔法少女についてじっくり考えたい気分なんだ。

 

「おはよう、さやか」

 

 ほら、例の白猫モドキのキュゥべえもいる。

 

「おはよおー」

「え?」

 

 キョトンとした仁美の顔。

 私? 私の顔に何かついてる?

 

『あ、さやかちゃん!』

「うええ!?」

 

 突然、まどかに囁かれたような感覚に襲われた。

 こいつ、直接脳内に……。

 

『頭で考えてるだけで、会話ができるんだって』

『なにっ!』

 

 そんなの聞いてない! すごいな魔法少女!

 

『だからキュゥべえに普通に話しかけるのは怪しまれるよ……』

『あ』

「やれやれ……」

 

 仁美が不思議そうな目でこちらを見ている。

 助け舟を借りようとまどかの方に目配せすると、「えー」と念話で断られた。

 

 「えー」て。念話で「えー」て。

 

 

「今は僕が中継役になってるから話せるけど、普通は魔法少女にならなきゃ無理だからね」

『そうなんだ……ふーん、一緒に何人かで魔法少女になれば、カンニングも楽勝だね』

『そういう使い方は良くないよ……』

 

 そう考えてみると、色々な使い道が思い浮かぶ。

 カンニングなら百選練磨、クイズ番組でも一攫千金!

 

 テレパシーのおかげで携帯代も浮くし、良い事尽くめ!

 ……ああ、かけられる相手が個人じゃちょっと不便か。

 

 おっと、いけない。またやってしまうところだった。

 深く考えすぎて周りが見えなくなる。視野狭窄。私の悪い癖が出てきてしまったみたいだ。危ない危ない。

 

 まったく……それでも、考えると楽しくなっちゃうんだから。魔法少女って怖いよなぁ。

 

 まぁ……もちろん。

 相応に、覚悟はいりそうなんだけどね。

 

 

 

 ――だからあなたたちも、慎重に選んだ方がいい

 

 ――キュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある

 

 ――でもそれは、死と隣り合わせなの

 

 

 ――んー……んぅ~……

 

 ――どうしたの? 美樹さん

 

 ――あっ、いやぁ、なんていうか、教えられたことがあって、それで教訓にしてるだけなんですけど

 

 

 ――ちょっとでも“美味しい”と思えた話には、警戒するようにしてるんです

 

 ――? そうね。なんでもよく悩むに越したことはないわ

 

 

 

 

 † 8月4日

 

 蝉がよく鳴く、暑い日だった。

 約束の場所まで歩いていく途中はゆるい坂道で、先はふらふらとした私の足取りのように揺れて見える。

 

「大丈夫? ちゃんと水を飲んで」

「おはようございまあす……」

 

坂の上の煤子さんのもとにたどり着いた私には、一本のペットボトルが手渡された。

ほどよく塩の足されたスポーツ飲料を半分飲み干し、息継ぎをする。

 

「少しずつ飲まないとお腹を壊すわよ」

 

けど私は煤子さんの言葉を振り切り、残りあと指一本くらいのところまで一気に飲んでしまうのだった。

 

「もう」

「ぷはぁー!」

 

煤子さんは麦藁帽子を被っていた。

シャツに、スカートに、タイツを履いている。

 

夏だというのに、とても暑そうな装いだ。

けれど不思議と彼女は、汗ひとつかいていない。

 

煤子さんの乾いた頬を見ながら、腕で額の汗をぬぐい、思う。

そこに存在しているはずなのに、存在していないような人だな。って。

 

 

近くの林道まで歩き、まばらに木陰のかかったベンチへ腰を下ろす。

 座り、長い黒髪を掃い、脚を組んでから、煤子さんは話を始めた。

 

「さやかには、守りたいものってある?」

「守りたいもの?」

「そう、身を呈して、何かを捧げて……そうしてまで守りたいものよ」

「……どういうこと? えっと、大切なものは守りたいけど…」

「んー……大切なもの、それでもいいかもしれないけど。それが何かというのは、ちゃんとそれぞれを言葉に出したほうが良いわね」

「……」

 

 深く考えてしまう。

 煤子さんの表情を伺おうとしてみたが、彼女は正面の林をじっと見つめていた。ヒントはくれそうにない。自分で考えなさいってことだ。

 

「……お父さんとお母さんは、守りたいなぁ」

「ええ」

「あと友達! たくさんいるよ、恭介と、みーちゃんと……」

「なるほど」

「煤子さんも!」

「ふふ、そう、ありがとう」

 

 煤子さんは嗤ってくれた。煤子さんがたまに笑ってくれるのが嬉しかった。

 

「けれどさやか。そうね、たとえ話をしましょう」

「うん」

「私は重篤な末期の癌に冒されていて、余命はあと1ヶ月もないとする」

「え」

「もちろん違うけど、例え話よ」

「なんだぁ」

「……私を助けるためには、莫大なお金が必要なの」

「え、お金……どれくらい? 払えば」

「そうね。じゃあ百億くらいだとしましょうか。イメージできる?」

「げえ、ひゃ、ひゃくおく……?」

「さやかはそんな私を守れるかしら?」

「……ま、もれるの? いや無理……かなぁ……」

 

 お金について詳しくはないけど、それが普通の人生ではほとんど関われないものだということは、なんとなく察することができた。

 

「……難しすぎるよ。そんな、私のおうちそんなお金持ちってわけでもないし、私もおこづかい少ないし……」

「じゃあこうしましょう」

「?」

「さやかにはお金がない。けれど、百億円のお金を、銀行から借りることができる」

「……え」

「それを使えば、私を助けることができるわ。どうする? もちろん借金は私ではなく、さやかのものよ」

「……う、ぐ」

 

 そんな大金、きっと働いても働いても返せそうにない。

 

「難しいわね?」

「……むず、かしい」

「ふふ」

 

 煤子さんとの会話では、こんなやり取りが多かった。

 私を悩ませるような問いかけをして、どうにか頑張って答える。そして答えたら、更に悩ましい問いかけをする。

 たまに意地悪だなって思うことはあったけど、そこに悪意がないことは、煤子さんの顔を見ればわかることだった。

 

「じゃあ次のたとえ話をするわね、さやか」

「うん」

「……そうね、その前にまず、さやか、あなたの家の玄関には、何がある?」

「え? 靴かな? 五つくらい?」

「じゃあ他に。靴以外では何があるかしら」

「えーっと、傘でしょ? バットでしょ? あとはスプレーとブラシ……かな。お父さんがよく使ってるの」

「なるほどね。じゃあ本題に入りましょう」

「? うん」

 

 煤子さんが姿勢を正した。

 

「さやかはお父さんとお母さんを守りたい、と言った」

「うん」

「じゃあ、ある日さやかが家に帰ると、そこには……さやかのお父さんとお母さんを殺そうとする、強盗がいた」

「え!」

 

 またそういう意地悪そうなことを言う!

 

「強盗の身長は160cm。愚かで小柄な青年。だけど手元には木刀が握られていて、しかも彼は剣道を経験したことがある」

「わわわ」

「普通ならお父さんとお母さんが一緒になればなんとかできなくもないけれど、二人は既に手と足に怪我をして、身動きはできないわ」

 

 160……私より大きい。それに木刀……。

 

「ううう……」

「強盗の青年は今まさに、玄関の少し先の廊下で両親に木刀を……」

「いや! そんなのやだ!」

「……さやかが手を伸ばせる玄関にあるものには、幾つかの靴、一本のバット、ブラシ、あとスプレーがあるわ。さあどうする?」

 

 ええと……どうすればいいの?

 靴で……投げたり……えっとえっと……バットで……ああ、でも剣道やってる人……。

 

「というよりも、どうなると思うかしら」

「……私じゃ、なんもできないよ」

「……わかるみたいね?」

「うん……だって相手は私より大きいんでしょ? しかも、木刀なんて持ってるし」

「そう。さやかでは、バットを握っても難しいでしょうね」

 

 金属バットは確かにボールを打つ道具だけど、それを私が使ってどうこうできるとは思えない。

 

「もちろん、こんな状況はそう起こるものではないわ」

「うん……」

「けれどねさやか。私が今抱いている未練はね、悔しい気持ちはね、そういうことなのよ」

 

 煤子さんの目に、暗い影が落ちる。

 

「ちゃんと不安定要素を排除していれば……気構えをもっていれば……私にもっと力があれば……」

「……」

「莫大なお金……強大な敵に勝つための力……それを事前に備えておければ……」

 

 これさえあれば。あったのなら。

 煤子さんは度々、そんな後悔に苦しんでいた。

 

「……失ってから、自分には何が足りなかったのかがわかる。失ってから、何が間違っていたのかがわかるのよ。さやか」

「うん……じゃあ私も剣道習えば、良いんだね」

「……ふふ。まあ、そうすれば、今話したことが起こっても大丈夫ね」

 

 お母さんがそうするように、煤子さんが私の頭を優しく撫でてくれた。

 

「後で後悔しないように、よく備えておくことよ……さやか。いつでも落ち着いて、間違えないよう、慎重に。甘い言葉や、美味しいと思うような話には、すぐに流されてはダメよ? ……耳当たりが良い話には、最大限に警戒すること……」

「うんっ」

「……はあ。言いたいことって、沢山出てくるものね」

「へへへ、わかるよ!」

「ふふ……リフレッシュしましょうか、少し暑いけれど、走る?」

「うん! 私、走るの好き!」

 

 

 

 † それは8月4日の出来事だった

 

 


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