全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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ようやくあの敵を……

『ジンケイ! サンカイ!』

 

 黄金の鎧を纏った魔女が、同じく金ぴかの剣を掲げて号令を出した。

 

『ショウチ』

『リョウカイ』

『ヨーソロー』

『マカセロ』

『……』

 

 その号令だけで、複数の剣士の魔女が意志を同じくして整列した。

 横に大きく広がる陣形。結界内で見たように、私達を多方向から襲うつもりなのだろう。

 単純だけど、数の上で優っている相手にとっては当然の戦略とも言える。

 

 こちらには杏子がいるとはいえ、相手もかなりの手練だ。ほむらの時間停止が効かない黒マントの魔女もいる。

 まずは司令塔である黄金の魔女を倒すのがセオリーなんだろうけど、連中が陣形を崩して勝手に暴れ回ったところでそれほど弱体化するとは思えない。

 倒すなら……やっぱ黒マントだな。

 

『楽しそうな魔女じゃねえか、オイ』

 

 でも杏子がわざわざその魔女を狙ってくれるかな。

 むしろ自由に動いてもらった方が良いか?

 

『……一応、気をつけて。あのうちの一体はマミさんの脚を斬ったんだ。動きが早い。あと、黒いマントのはほむらの時間停止魔法を無効化できる』

『凄さがわからんね。……しかし、なるほど。時間停止か。どーりで』

 

 ああ、打ち合わせしてないとお互いの能力すら擦り合わせできない。厄介だ。

 

『あっちのベレー帽の魔女は、銃と剣が一体化したものを使ってくるわ。多分、向こうの魔女の中では唯一の遠距離持ちよ』

 

 マミさんが指摘した魔女は、金とは違う黄銅色に煌めく身体を持った魔女だ。

 黄銅製の銃剣、そしてベレー帽。数百年前の戦争にありそうなデザイン。

 

 ……なるほど、確かによく見ればあれは銃だ。ぱっと見ると変な形の刃物だけど、不意打ちで撃たれたら大変だ。良い情報を貰った。

 剣士ばかりだと思っていたけど、離れた位置から攻撃できるやつもいたとは。これは厄介なことになりそうだ。

 

『じゃあマミ、ベレー帽同士で仲良く撃ち合いをしてなよ。そっちの方がマミもやりやすいだろ』

『! うん』

 

 心做しか嬉しそうに返事をするマミさん。

 

『アタシは西洋剣共を叩き切る。片刃はさやか、おめーがやれ』

『ちょっと、杏子なに勝手に……』

 

 ていうか片刃刀の魔女なんて一体しかいないじゃん!

 

『シュツゲキセヨ!』

『ほら、敵は待っちゃくれねーぞ!』

 

 勢いに飲まれたまま、魔女たちとのリベンジ戦は始まった。

 私は自分の敵を見据えて、睨む。

 

『――キナ』

 

 片刃使いの魔女。見るからに侍。

 

「――へえ」

 

 しかし、サーベルと日本刀。なかなか良いカードじゃないか。

 今こんな時になんだけど、面白い。いっちょやってやりますか。

 

『キャハハハハハハッ!』

「!」

 

 いざ戦闘開始。

 そんな瞬間、ワルプルギスの夜が強烈な突風をこちらへ放った。

 

 ……いやそれは正確じゃない。この風の目的は別にある。

 

『オソイ!』

 

 風に乗せ、魔女を加速させるためのものだ。

 追い風と共に一気に距離を詰めた魔女の刀は、私が打ち合おうとする前に首を跳ねるだろう。

 けど、甘い。

 

「フッ!」

『!?』

 

 棒高跳び、背面飛び。

 背中を反らし、魔女の刀をギリギリで避ける。

 マントが切り裂かれるのは仕方ない。ほとんど飾りのようなものだから。

 

「ッシ」

『ッ』

 

 躱しながら放ったサーベルの突きは、魔女も魔女で複雑な動きによってそれを避けてみせた。

 魔法少女の脚力で僅かに跳んだ私の下を、勢い付いた魔女が滑るように過ぎ去る。

 

「おっと」

『ホウ』

 

 去り際に放たれた2つの斬撃を篭手でいなす。

 そして確信する。

 

 

 ――勝てる

 

 

 杏子とは全然違う。全然余裕。

 こいつには勝てる。

 

 

()ェ!』

「!」

 

 マミさんはベレー帽の魔女と、早くも銃撃戦を繰り広げていた。

 彼女と魔女はお互いに銃というものを知り尽くしているのか、放たれる弾丸を当然のように避けている。

 

 マミさんはリボンを使った縦横無尽な動きと、身体に魔力を込めた空中遊泳による回避だ。

 対する魔女の方は、ワルプルギスの嵐が運んできた廃材を足場に、身軽に飛び移って対応している。

 

 ……どちらも技術は桁外れだ。マミさんは言わずもがな、特に魔女。

 魔女なのに経験を積んだ達人のようなあの動きは、ちょっと卑怯だと思う。

 

「くっ……隙がない」

()ェエィッ!』

 

 魔女が放つ弾丸もまた、マミさんの操るマスケット弾と同じく単発式らしい。

 それでも素早く移動しアクロバティックな態勢から合間なく正確に射撃してくる魔女に、マミさんはしばらくの防戦を強いられているようだった。

 

(ティロ・スピラーレを発動させるには集中する必要がある……相手の動きを補足して、しかも相手の射撃を避けながらは不可能!)

 

 広範囲を打ち砕くティロ・スピラーレも、まだ発動できていない。

 それほど余裕が無いということか。

 

 

 

『ヨソミカ』

「おおっと」

 

 観戦してる余裕はないか。こっちもそこそこ強い相手だ。

 けど、日本刀。間合いに親しみはあるし、勝手はわかる。

 

「“三畳一間”」

『!?』

 

 高速のフェイントが、魔女の刀を打つことなく翻る。

 身体は宙で捻られ、浅い跳躍が二歩分、身体を後退させた。

 

 フェイントに身構えた手練れの相手が、フェイントに気付き反撃を繰り出す剣の間合い、およそ二歩。

 その二歩分を、フェイントの戻しと同時に逃げる。

 

『――』

 

 敵の刀が空を切る。

 もう遅い。

 

 一度“斬れる”と大きく振ってしまっては。

 次の私の一撃を躱せない。

 今までの誰もがそうだったように、あんたも例外なくね。

 

「“断”!」

 

 切れ味は、他の魔女たちと何ら変わらないものだった

 

『――ミゴト』

「どうも」

 

 魔女の首がこぼれ落ちて、魔女の身体は嵐の中へ飲み込まれた。

 砂のようにあっけなく散ってゆくサムライの姿に、一抹ほどの虚しさを覚える。

 

 ……あの魔女はかつて、私と同じ魔法少女だった。

 もしかしたら、私のように……武芸を嗜んでいたのかもしれない。

 私もああなっちゃうのかな。

 

 ま、後のことは、後に考えるけどね。

 ふっ、それも武士の散りざまってやつよ。

 

 ……それよりも、今はワルプルギスの夜に勝てるかどうかだ。

 

 

 

『フッ……!』

「!」

 

 マミさんの戦況に変化ありだ。

 魔女が撃ち方をやめ、空中にあるリボンを足場に、接近を試みている。魔女も上手く避け続けるマミさんに痺れを切らしたのだろう。銃剣の刃物の方で、直接攻撃するつもりだ。

 接近戦なら私が入り込む余地があるか……? いや。

 

「かかったわね」

『!?』

 

 リボンの上を走る魔女は、マミさんの得意げな顔に危機感でも覚えたのだろう。

 まさしく人間業ではないバックステップで接近を取りやめ、剣撃から射撃状態へと切り替えた。

 身のこなしは素早い、判断力もある。強敵だ。だけど……。

 

「遅い。あなたはもう、蜘蛛の巣の中よ……!」

 

 マミさんの技術はそれを上回っていた。

 一帯に張り巡らされていたリボンの中の一本が、勢い良く引き抜かれる。

 

『……!』

 

 リボンがすり抜け、足場に緊張が駆け抜ける。見えざる音は既に魔女を取り囲んでいた。

 次にどう来るか、予想はつかない。魔女は迷わずに銃をマミさんに向けている。

 マミさんをどうにかすれば、それが自分の防御にもなるだろうと判断したのだろう。当然の反応だ。同じ立場なら、私だってそうするだろう。

 

「“トッカ・リウート”」

『――』

 

 マミさんの手によって一条のリボンが引き抜かれると、リボンの結界は箍が外れたかのように、一斉に形を変えた。

 足場としてしか活用されていなかったリボンは、そもそもが最初から罠だった。足場全体は急激に形を変え、中心部の魔女に向かって勢い良く弦を張る。

 

『ギッ……』

 

 幾つものリボンが、その強い勢いで魔女の身体をバラバラに切断した。

 引き金に指をかけたままの銃剣がその役目を果たすことはなく、風の中に溶けるように消滅した。

 

「……はぁ、はぁ……名誉に、思いなさい。なけなしの足場を使った、一度きりしか使えない必殺技よ」

 

 二体目も撃破。

 あとは、杏子の戦いか。

 

 

 

「おらぁあああッ!」

 

 杏子を二体の魔女が取り囲んでいる。

 一体の金ピカの魔女は遠目から、それを見ているだけだ。

 それでも三対一だ。では一方的な魔女による虐殺が行われているかといえば、それは全く違う。

 

『イチゲキリダツ! ボウエイ!』

「遠くからブツブツ指示出してんじゃねーぞオラァ!」

 

 違った。違うにも程がある。

 

『ォオオオォッ!』

『ユカセン!』

「さっさとどきなァ!」

 

 杏子はたった一人で、三体を圧倒している。

 離れた場所に浮かぶ司令塔の魔女を目指し、二体の魔女を弾き飛ばしながら突き進んでいた。歯牙にもかけないとはまさにあれのことだろう。

 

 二体の剣士は杏子の猛攻を食い止めようと本気で襲いかかってはいるものの、どんな攻撃も、どんな妨害も通用していない。既に魔女の扱っている武器さえ、ズタズタに引き裂かれていた。

 猛る炎の龍に、荒れ狂うブンタツの前には、魔女の剣でも刃が立たないというのか。

 

『クイトメ――』

「もう終いだよ、クソ野郎共め」

 

 杏子が二体の魔女の間を通り抜ける。

 ブンタツの両端の刃は、二体の首を同時に切断した。

 

 炎を引き連れて迫る赤い死神は、もうすぐそこに。

 安全圏から指示を出すだけの魔女は、その手に握った黄金の剣を振り上げることもできていない。

 

『ダレカ、ダレカオラヌカ――』

「他人をこき使い、弱者を虐げ、そのくせ一人じゃ何も出来ない野郎が……この世で一番ムカツクんだよッ!」

 

 ブンタツの刃が魔女を十文字に切り裂く。

 なんてことはない。四等分にされた魔女は断末魔をあげることも出来ず、すぐに消滅した。

 

 ……まさか、あの強い魔女を三体同時に仕留めてしまうとは、驚きだ。

 

「……」

 

 いや、驚くな。感心している場合じゃない。違和感がある。

 私もマミさんも魔女を倒した。杏子も三体……。

 

 ――あと一体は、どこに消えた?

 

 

 いや! あの魔女はマズい!

 

 ワルプルギスの次の動きに気を配ることもなく、注意を他の全てに向ける。

 その魔女が隙を狙ってくるとしたら、まさに今、ひとつの戦いが終わったこの時だ……!

 

 そしてあの魔女が狙うのは……!

 

「ほむら!」

「え……」

『ショウヲキラセ、オウヲタツ』

 

 地上から援護射撃の構えを取ったほむらの背後では、黒衣の魔女が凶刃を振り下ろしていた。

 

 


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