全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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不覚を、取った

「うそっ……」

『ワレラニ ジユウヲ』

 

 ダガーがほむらへ。

 

 

 ――駄目だ、遠すぎる

 

 ――諦めるな、守るんだろう

 

 

「シッ!」

 

 サーベルを浮かばせ、左手のセルバンテスをサーベルの柄に叩き込む。

 突き出す腕の余分な力は抜く。重さはいらない。速さだけが必要だ。

 それはサーベルを弾頭にした弾丸。私にできる、最速の遠距離攻撃。

 

「届け――!」

 

 サーベルは切っ先を向けて、まっすぐ狙いの場所へ疾走する。

 だけど。

 

『ニンム カンリョウ……!』

「っぐ……!?」

 

 遅かった。間に合うわけがなかった。

 魔女の振り下ろす大きなダガーは、一掻きでほむらの左腕を切断してしまった。

 

「ぁああぁあああッ!?」

「暁美さん!?」

 

 魔女め、手練れだ。なんて手際だ。

 私達魔法少女の前から姿を晦ませ、銃の照星に気を取られているほむらの背後に回るとは。

 そして出遅れたとはいえ、私のサーベルを避け、しかもほむらの左腕を切断した。

 

『――』

 

 黒衣の魔女は、腕を抱えたままこちらへやってくる。

 わざわざマミさんと、杏子と、私がいる、戦力の密集地へだ。

 

「やりやがったな……テメエ」

 

 杏子が猛っている。

 

「よくも暁美さんを……!」

 

 マミさんも既にフリーだ。敵はあいつ一人だけ。全員で迎え撃てる状態。

 なのに魔女はこちらに向かってくる。

 

 なぜだ。ほむらの腕だけを切り取って、それをどうするつもりなんだ。

 なぜ、私達の方に向かってくる。

 

「……そうか」

 

 向かう先はワルプルギスの夜の結界。人質か?

 いや、そんな戦局を見極め方をするのか。それよりはワルプルギスの夜にグリーフシードの補給するために動いている……こっちの方が納得がいく。

 

 まあ、何にせよ。

 

「させるわけないだろ」

 

 どちらにせよそんなこと、許してやるわけがない。

 こいつがどのような理由で動いているとしても、関係ない。ほむらの腕は返してもらうぞ。

 

 

 

 

sala

殉葬の魔女・サラ

 

 

emy

身投げの魔女・エミ

 

 

jill

磔刑の魔女・ジル

 

 

rara

鎮魂歌の魔女・ララ

 

 

 

 

「ワルプルギスの夜は、あまりにも強くなりすぎた。数々の魔法少女たちが討伐のために結託したものの、いつだって結末は敗北だけだった。それでも、エントロピーを凌駕した魔法少女の力だけが、ワルプルギスの夜に対抗できる唯一の手段であることに変わりはない」

 

 キュゥべえが空を見上げ、ひとり呟く。

 

「本来ならほとんど誰も望まない“力の願い”はとても強力だ。けど、“そんな願い事”は大昔から何度も叶えられているし、繰り返されているんだよ。さやか、杏子」

 

 暗雲の中に現れた新たなる四つの影。

 巨大な魔女の姿。

 

「君たちは知らないだろう。結託した百数十人の魔法少女のうちの何人が、力を願ったのか」

 

 ほむらは腕から止めどなく血を流し、ソウルジェムのついた左腕は今なお魔女の手の中にある。

 

「君たちは知らないだろう。かつてワルプルギスの夜が来る前日に、何人もの魔法少女が打倒ワルプルギスのためだけに願いを叶えた過去を」

 

 ワルプルギスの夜は笑う。

 

「確かに佐倉杏子、美樹さやか。君たちは非常に稀な、強力な魔法少女だ。それでも彼女たちの絶望を、君たちだけに受け止めきれるはずがないよね」

 

 

 

 

 

 

 

「……新手、か」

 

 髪留めの炎に異変を悟った杏子が、一番先に振り向いた。けど、それも僅差だ。

 私達みんなが目の前から来る黒衣の魔女を一切無視して、ワルプルギスを見た。

 

 ワルプルギスの夜の前には、新たに四体の魔女が立ちはだかっている。

 

『……』

 

 全身を鎖のようなものでぐるぐるに縛った魔女。

 

 

『……』

 

 両手に自分(10m)ほどの長さはあろう巨大な針を掴んだ魔女。

 

 

『……』

 

 長い杖を大事そうに抱きかかえた魔女。

 

 

『……』

 

 胸の前で手を組んだ魔女。

 

 

 どれも女性の人型。どれも巨体。それぞれ十メートルはあるだろう。

 そして、見た目だけでは量りきれない強さをもっていることを直感した。杏子の髪留めの火力を見れば解りやすい。

 ……うなじから背筋にかけてがピリピリする。

 圧倒的な強者。いや、自分よりも遥かに高みにある……格の違う相手。

 

「ふん、あいつらも全部、ぶっ潰せばいいんだろ……!」

 

 杏子もわかっているはずだ。それでも戦意は潰えていない。

 

「……ほむらの腕が先決だ。時間を止めるための盾も、ソウルジェムもそこにある。助けないと」

「ええ……だけど」

 

 難色を示したのはマミさんだ。けど理由はわかる。

 

「後ろからこっち来てる魔女が持ってるんだろ? 振り向きたいなら振り向けば? 死ぬと思うけどな」

 

 杏子の言葉は冗談ではない。本気だ。

 確かに今、あの四体の魔女に後ろ姿を見せてしまったら……すぐに殺されるという確信がある。

 

「ぐ……ぁああ……ソウルジェムが、私のっ……!」

「……!」

 

 ……だからって。

 黙ってそのまま、突っ立っているわけにはいかないでしょうが。

 

「全力で盾を展開します。マミさん、ほむらの腕を取り返してください」

「もちろん、そのつもりよ」

「……アタシを呼んでくれた礼だ。近づいた奴は対抗して食い止めといてやるよ」

「ありがとう」

 

 杏子も連携してくれるのならありがたい。こっちはこっちで、能力を活かした専守防衛に回らせてもらおう。

 杏子が四体の魔女を攻める。私は四体の魔女からの攻撃を防ぐ。その間にマミさんが黒衣の魔女からほむらの腕を取り返す。これだ。

 

「てめーら四天王ってとこか……なら、次は阿行と吽形でも出てくんのかよ? 見せてくれよ、なあ」

 

 厄介そうな敵にも怯まず、杏子はブンタツを抱えたまま前進する。

 ……もともと一人で戦うと決めていた彼女のことだ。何が相手でも躊躇など無いのだろう。

 

「……絶対に行かせない」

『……』

「マミさん、任せました」

 

 私の背後ではマミさんと黒衣の魔女が至近距離で対峙している。距離としてもこっちのが近い。けど……私は、四体の魔女の攻撃を防ぐ盾とならなくてはならない。

 腕の奪還は全てマミさんに託すこととなるだろう。

 

「暁美さんの腕を渡しなさい」

『ドケ』

「そう……残念だわ」

 

 傍にあった足場のリボンが三本、マミさんに似つかわしくない強引な動きで引きちぎられる。

 

『ジユウノタメニ』

 

 魔女の大きなダガーもまた、彼女の好戦的な動きに反応して構えられた。

 私が見るべきはマミさんではない。

 杏子の戦いだ。

 

 マミさんの一騎打ちによる勝利を確実なものとして、ほむらの腕を奪還するために、あの四体の魔女の攻撃を防がなくてはいけない。

 流れ弾がこちらへ飛んでくれば、マミさんの戦いに大きな支障が出てしまう。

 

 ほむらの盾さえ……時間停止さえあれば、どんな窮地でも冷静な、最善の対処ができる。それを失うわけにはいかない。

 何より、今まで何回も戦いを繰り返したほむらの命を、ここで途絶えさせてなるものか。

 

 絶対に、私の盾で守り抜いてやる。

 

「テメェら全てが敵なら、全て斬るまでだ!」

 

 ロッソ・カルーパが、長い杖を抱きかかえた魔女に食らいつこうと首を伸ばす。

 

『……』

「ぐッ……!?」

 

 けど炎の竜が大口を開く前に、顎が何かに弾かれた。

 大きな壁に激突でもしたかのような弾かれ方だ。接近を拒む、見えざる壁のような……。

 

 私と同じバリア、シールド、そういったものが展開されたということか。

 

 

『LALALA――LALA――……』

 

 いた、あれだ。

 

『杏子、あいつだ。手を結んで歌っている魔女』

 

 四体の中で大きな動きを見せている魔女は、不気味なことに一体もいない。

 けど何もしていない魔女ばかりでもない。なら、障壁を生み出しているのは、何かをしている魔女だろう。

 とすれば、小さく慎ましく歌っているあの魔女こそが原因だと私は推測する。

 

『確証はあんの』

『ごめん、七割勘』

『どの道ぶちのめしに行くけどな!』

 

 なら聞くなよ、と言う前に杏子は既に竜の首を伸べていた。

 

「“ロッソ・カルーパ”!」

『LA――……』

 

 歌う魔女には、やはり竜は届かない。

 しかしあの魔女は異変を察知したか。――それとも焦ったか。

 

 一瞬、杏子に顔を向けた。

 わずかな反応。それが答えだ。

 

「よし、この見えない壁はアンタのモンだな……いいぜ。その壁ぶち破って、引き裂いてやる」

 

 


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