「いくぞブンタツ、久々に刃応えのある相手だッ!」
『LA――……』
敵に牙をむくことを諦めた龍は、辺りに散らばった廃材に噛み付いた。
廃材を軸に加速移動する杏子が魔女へと迫る。
そして、振るわれたブンタツは“何か”に喰い込んだ。
『……!』
「おお、通るじゃん? 秒読みの命だなオマエ」
強力な魔女によるシールドは堅かろう、と思いきや、案外簡単にブンタツの刃が入った。
一撃で空間を切り裂いて、侵食している。魔女が展開する障壁全体は最後の蝋燭のように、薄く発光していた。
想定外のダメージを受けて、壁を保てなくなったか。どの道、魔女の防御能力は、私のバリアーほどもないらしいことは判明した。
杏子の炎が相手に反応して強くなっていることもあるだろうが、それにしても相手の守りは柔い。
あの魔女が防御重視、あるいは専門の魔女だとしたら、その陥落も時間の問題か。
『……』
ああ、だからあとは、あいつだ。
杏子とは離れた位置に浮いている、二本の巨大な針を持った魔女。
奴はその一本をこちらへ向け、やり投げに近い投擲の構えを見せている。
私の役目は、他の魔女の攻撃を防ぐことだ。
……針は、刺すもの。貫くもの……。
魔女の防御の薄さに希望を感じている暇はない。こっちの防御力がどこまで通用するかもまた、大きな疑問だった。
「! チッ、やっぱ全部を一度に相手はできねえかっ。さやか! なんとかしやがれ!」
「言われなくても」
『ヤアッ』
針は投げられる。
まっすぐこちらに向けて放たれるそれの速度は、多分、視認からどうこうするのは無理だ。
小細工できる速度でない事は承知の上。それでも、ただ単純に防御して貫かれるよりは、抗ってみてもいいと思えた。
あの針が、ほぼ一瞬でこちらへ到着するなら――
――相手の投擲動作を見て、こっちも動く!
投擲。その瞬間、私は力任せに左腕を振り抜いた。
「――あ」
左フックは、完璧にそれを捉えていた。
タイミングばっちり。丁度、向こうから飛来したそれの先端部分に当たるジャストミートだ。
でもこれ、ダメだ。
真っ白に輝くそれは、もはや針と呼べるシロモノではなかった。
これは針なんて優しいものじゃない。レーザービームだ。
バリアで殴って弾くなんてできないタイプの攻撃だった。
「うぐっ!」
それでも私のバリアは、魔女が放った光の槍を殴り飛ばした。
角度をつけた防御は結果として正解だったらしい。大出力のレーザーの軌道を逸らし、真後ろへ貫通させるという最悪の事態だけは回避できたのだ。
「……つぅうう……! いったいじゃないの……!」
最善の防御の代償は、私の左手。
レーザーの直撃は逸らした。それでも、途中でバリアは砕かれてしまった。
私の腕も災難ばっかだな……いだだだ。痛覚切っておかないと駄目だなこれ。
銀色の篭手も、手首から先は一緒に吹き飛んでしまったらしい。痛々しく焼けた断面がグロテスクで、つい目を覆いたくなる。
『……』
「……セルバンテス……!」
けど、目を逸らしてもいられない。
私は篭手を再生成し、中身の無い左腕を再び前方へと向けた。
やりたくはないけど、第二波が来る。
……こうなれば気合だ、何度だって防いでみせるしかない。
『ハァッ……』
再び高く掲げられた針。
そしてそいつの後ろには、こちらへ杖を向けているまた別の魔女。その背後に展開される巨大な黒い魔法陣。
バリアを貫通する針と、更にもう一つの何かが来る。
――……何度だって……防げるのか、これ
白銀の光線と、赤黒い何かがこちらへ迫る。
私の頼もしいはずの左腕は軽すぎて、本当に空っぽのように感じられた。
『無茶は……しなくていい! 私の命のために、死なないで!』
ほむらの心の叫びが聞こえる。
『ッ……! くそっ、一体殺ったってのに!』
杏子の思念が伝わる。
「かかったわね、終わりよ!」
マミさんの宣言が鼓膜を打つ。
杏子とマミさんは、それぞれの相手を倒すところまで来たらしい。
声を聞くに、マミさんの決着はもう数秒くらいかかりそうだ。けど、その数秒以内で私とマミさんは消し飛ぶ公算が高い。
ほむらは自分の腕の奪還よりも私達を優先して欲しいらしいが、それは聞けない相談だ。ワルプルギスの夜を相手にする場合、ほむらがいなければ勝ちの目が極端に薄くなってしまう。
「……」
そうだ、大事なのはほむらの腕だ。
時間を止める、時間を巻き戻す能力。
ワルプルギスの夜との闘い方は、この一連の戦闘で随分と前進してきた。
再び街へ突入されれば、見滝原に大きな被害が及ぶ。ワルプルギスを郊外へ吹き飛ばすほどのミサイル攻撃は、ほむらにしか操れない。
……ほむらを守るんだ。
そうだ、怯えることはない。躊躇する理由なんてない。
相手がどうしようもないほど強い魔女二体だとしても、私がここから動けないとしても、相手の攻撃からマミさんを守るだけなら、ギリギリでなんとかできるはずだ。
最悪の場合でも、……本当に最悪の場合でも。
もし私達が敗北し、この街が全壊したとしても。
ほむらの盾さえあれば、ほむらが無事でさえいれば、また挑戦することはできるんだ。
ここで私が死ねば、次は勝てるかもしれない。
ここで私が死ねば、また戦えるかもしれない。
……ああ。残念ながら、私が生き残りつつ、なんて甘ったれた選択肢はもう残されていないっぽいな。
いや、まあなに。命を賭ければ不可能じゃないという道が残されていることに、心から感謝しようじゃないか。
圧縮した思考が終端にたどり着く。
私は心の中で呟いた。
『いけっ! マミさん、やっちゃえ!』
そう、決してマミさんにだけは振り向かないでほしいから。
だからお別れの言葉はナシ。ただ背中を押す言葉だけを残して。
(“アンデルセン”! “セルバンテス”!)
私が持てる二つの魔法武器を生み出した。
大剣アンデルセンは、強力なエネルギー波、“フェル・マータ”を撃つことができる。
弱点は真上から振り下ろすようにしなければ発動できず、燃費が非常に悪いということ。発動中は、体の移動が不自由だということ。
篭手のセルバンテスは、バリアを張れる。
バリアは半端な攻撃なら全て弾き飛ばす。正面からだろうが、バリアの内側からだろうが、あらゆるものの接触を拒む頼もしい盾だ。
蹴って勢い良く移動することもできるし、篭手で殴れば攻撃にも転用できる。
そして……バリアの防御能力は、内側でも有効。
いつかの魔女結界の中でそれを知った。
……フェル・マータは、魔力を注げば注ぐほど、威力を増す。うん、大丈夫なはず。
ハイリスクなのは当然だけど、欲張るほどリターンが増える諸刃の剣だ。
私にできるのは、ひたすらリターンを欲張ることのみ。
そして……ソウルジェムが無事なら、身体がどうなろうが……魔法は途切れない……!
「こい……」
左腕の篭手をマミさんの方へ向ける。
右腕に握る大剣アンデルセンは、魔女へと向ける。
「くそがァ! どけ! 邪魔してんじゃねェエ!」
二体の魔女は私へ攻撃を向けようとしている。今にもそれは放たれるだろう。
杏子はもう一体の残った魔女に阻まれ、苦戦しているようだった。
やっぱりそうだ、ここはもう、私がやるしかないという事だ。
この選択が間違っていなくて良かった。ほんと、私の読みはいつでも冴えてるね。
『ヤアッ!』
『エイッ……』
銀の槍と黒い雨が輝きだした。さあ、今だ。
「一泡吹かせてやる……」
頭上に掲げたアンデルセンを、勢い良く振り下ろす。
――“フェル・マータ”!
片腕で振り下ろすアンデルセンは、針を投げてくる魔女へ向ける。
あの魔女が投擲する巨大な針は、光のようなエネルギーとなってまっすぐこちらを貫こうとしてくる。
スピードは驚異的だし、威力も防ぎようがない厄介な攻撃だ。
けど、逆にその分だけ、どこから撃ってくるかもわかりやすい。
『……!』
投げ放たれた銀の光線を飲み込み、フェルマータの青白いエネルギー波が魔女を襲った。
フェルマータの波濤は、バリバリと音を立てながら魔女の外郭にダメージを与えてゆく。
「っ……!」
わかってる。私のフェル・マータではあの魔女の針を防ぐことは出来ない。
フェルマータが飲み込んだ魔女のレーザーは勢いを相殺されることなく、かなりの余力を残して私を襲った。
アンデルセンの刀身の一部分を削り、私の右親指を消し飛ばし、右肩を“掠める”とは言えないくらい、深く抉ってみせたのだ。
「……っふ……!」
フェルマータを貫き、剣を貫き、私をも貫いた針だったが、その向こう、反対側の手によってに展開されたバリアーを破るには至らなかった。
青い障壁に阻まれ消し飛んでゆく銀のエネルギーを横目にした瞬間、私の口元は安堵に緩んだ。
……これでいい。これで、マミさんに針の攻撃は届かない。
「……!」
心の底からの安心の中で、魔女が展開する魔法陣から放たれた無数の赤黒い雨粒が全身に降り注ぐ。
ざくり、さくり。
小さな、しかし驚異的な数の黒い弓矢が、無防備な私を蝕む。
頭を、肩を、胴を刺し、貫いてゆく漆黒の一本一本が、私の意識を朧気に霞ませてゆく。
けど……。
右目も、頬も、……多分頭蓋骨をも、魔女の矢は何本か貫かれている。
それでも、ソウルジェムで繋ぎ止められた私の精神が、左腕の感覚だけはしっかりと認識できている。
魂さえ無事なら平気だ。
(私の守りだけは、崩させない)
フェルマータを放ち続ける。バリアを展開し続ける。レーザーから、黒い矢からマミさんを守るために。
身体はどんどん崩れてゆく。血は流れ落ちる前に、傷口から抉られ消失していった。
瞬く間に私の体積が消えてゆく。
私というものが消えてゆく。
けどこれでいい。
マミさんの戦いを、無事に守ることができれば、私はそれでいいのだ。これが最善の手なんだ。
『さやかァ!』
『美樹さん!?』
『さやか!』
聴覚を失った私の魂に、みんなの声が響いてくる。
心配をかけてしまったことは申し訳ないと思う。黙って捨て石になったことも、ちょっと気を咎める。
でも良かった。最期に大手柄を上げられたよ。
私が死ぬのは残念だけど、ほむらとマミさんと杏子がいれば、残りのワルプルギスの夜を倒すことも、やりようによっては不可能ではないはずだ。
うん……多分、そう。大丈夫。きっと大丈夫だ。
『マミさん、ほむらに腕を……時間の停止で、あの魔女たちを止めてください。攻撃は杏子に。そうすれば、勝てるから』
『ふざけんなてめぇ! 勝手に捨て駒になってんじゃねえぞ!』
『頼んだよ……じゃあ……』
『さやかぁ!』
脳も、心臓も……というか、上半身の殆どを失ってしまった私には、もうまともな思考能力は残されていなかった。
辛うじて繋がっていた右腕も、上から浴びせられる矢と針の光線によって、ついに崩れ落ちてしまう。
皮一枚程度で繋がった左腕も、敵の攻撃を全て防ぎきる前に事切れてしまうだろう。
だから……その前に、マミさん。
多分、もうあの黒衣の魔女を倒したのだと思いますが。
腕を、ほむらのもとに……よろしく、おねがいします。
私の意識はそこで途絶えた。
ほとんど黒ずんでしまったソウルジェムと下半身だけになった自分が落ちているのだという漠然とした感覚だけが残っている。
そして、ワルプルギスの嵐に巻き込まれ、適当な瓦礫のひとつとして宙を舞い、ゴミのように空へ吐き出されて。
私の残存した下半身が勢い良くどこかへ叩きつけられ、最後に無意味な出血を辺りに散らして……そのまま動かなくなった。
……三人とも、頑張って。
私はここで、みんなを見守ってるからね。
ごめん。今までありがとう。