全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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それでいいのよ、二人とも

 

『アハハハハハ!』

 

 ワルプルギスの夜は元の姿勢を取り戻し、再び空へ浮上した。

 様々な力を扱える魔法少女とはいえ、空中に留まっての戦闘となると、体の自由は多くない。

 だが杏子には関係のないことだ。彼女はただ、まっすぐ空を駆け上るのだから。

 

『あれだけズタズタになったってのに、もう完治か』

『アハハハハハ! アハハハハハハハ!』

 

 ワルプルギスの夜は既に無傷の状態にまで戻っている。

 結界内のエネルギーが補填されたのだろう。

 この魔女を倒したければ、完璧なまでの無力化を行わなくてはならない。

 

『いいぜ……もう一度バラして、今度こそ結界とやらに突っ込んでやる』

『アハハハハハッ!』

 

 ワルプルギスの前に複数の魔女が立ちはだかった。

 数は見るに数十。それらの強弱はともかく、どれも正真正銘、立派な魔女だった。

 

 使い魔では幻惑魔法によって利用されてしまう事に気付いたワルプルギスの対抗策なのだろう。

 

『……』

 

 杏子の炎が艶めかしく光るが、効果はない。

 

『フン、やっぱり魔女までは操れねぇか……なら、アタシが直々に全てぶっ潰す』

 

 魔女の大群に、杏子が単騎、突入した。

 

 白馬が跳ね、杏子は一体の魔女の上を取る。

 馬の速さは使い魔の時の比ではない。杏子に支配された白馬の使い魔は、既に別の存在へと変質しているのだ。

 

『なんだぁ? 大将を守ってるにしちゃあ、随分と手薄じゃんかよ』

 

 バトンを扱うかのように滑らかな動きで、ブンタツを片手で取り回す。

 回して振り払う。身体に力を込めない腕だけの動作だったが、ブンタツの刃が届く圏内にいた二体の魔女は、その間に切り崩された。

 

 馬は、魔女の合間を跳ねて翔ける。

 敵将に狙いを定めた立ち回りだが、それまでにいる魔女たちは皆、容易く斬られ堕ちていった。

 

 杏子はワルプルギスに向かってほぼまっすぐに移動していたが、小物の魔女を無視してはいない。

 彼女が通るだけで、魔女が消滅していってしまうだけで。

 

『ほら追いついたぞ、どうすんだ』

『!』

 

 気がつけば、既にワルプルギスの懐の中。

 振り返らぬ道中には屍の山。

 魔女の残党には、白い騎馬隊が立ち向かっている。隔てるものも、身を守る物も、何もない。

 

『とりあえず落ちてみるか!?』

 

 ブンタツの片刃がワルプルギスの腹に突き刺さる。

 同時に強い魔力の波長が傷口へと注ぎ込まれた。ワルプルギスの夜の中に、杏子の魔力が浸透してゆく。その感覚には彼女も気づいていた。しかし、ワルプルギスの身体に変調はない。

 毒の類でも爆発物の類でもない。弱化させる効果を帯びた魔力でもなかった。

 どちらかといえば注ぎ込まれたそれは、硬く強くする“強化”の魔力であり――。

 

『らぁッ!』

 

 突き刺したブンタツを、杏子は真下に振り切った。

 

『アハ――ッ ッ!?』

 

 刃はワルプルギスの夜を切り裂くことも、引きちぎることもなかった。

 ワルプルギスの夜は傷口を中心に強制的に身体を“強化”させられた。

 刃は魔女自体に大きなダメージを与えることなく、かわりに杏子の桁外れの力でもって、大地へと巨体を放り投げたのである。

 

 硬いコンクリートの大地がワルプルギスの夜の巨体を押し潰す。

 それはブンタツで何度か斬られるよりも大きなダメージだった。

 

『さあ……這いつくばったんじゃあ、存分な力は出せねーよなぁ!』

 

 そして、逃げ場のない追撃が襲ってくる。

 

『アハ……アハハハハハッ! アハハハハハハ!』

 

 ワルプルギスを中心に、一般家屋ならば吹き飛ばし破壊してしまうほどの風が放出された。

 風は杏子の真下から襲いかかる。まともに受ければ、風圧のみで骨折することすらあり得る。が。

 

『それが最後の足掻きか!』

 

 今の杏子のブンタツは風さえも断ち斬る。

 刃先は風圧の壁を鋭く割って、杏子をほぼそのままの速度でワルプルギスへと落下させてゆく。

 

『ヤアッ』

『!』

 

 あと少しで刃を押し付けようというその時、気配を悟った杏子はブンタツを翻し、風に任せて空へと舞い上がった。

 杏子がいた場所には、銀色のレーザーが虚しく過ぎ去ってゆく。

 

『……』

 

 磔刑の魔女。

 

『ああ、そういや居たな、お前』

 

 空高くで、杏子は敵の姿を確認した。二本の針を両手に握る、細長い黒服の魔女だ。

 

『お前がアタシの首を、ふっ飛ばしたんだっけな』

 

 その姿を認めるや、杏子が跨る馬は進路を変更。難き磔の魔女へと転身、ワルプルギスへ迫る時以上の速度で駆け出した。

 杏子の首から滾る炎は、怒りに強く燃えている。

 

 白馬は磔刑の魔女に迫る。

 相手の魔女は、動きが早い魔女ではない。迫り来る騎馬から逃げることも、そこから繰り出される攻撃を避けることもできないだろう。

 

『……ハッ』

 

 だから迎撃するしかない。機動力のない磔刑の魔女には、もとよりそれ以外の行動は選択肢に存在しない。

 しかしそれ故の自信もある。

 

 握っていたもう一本の針を、杏子へとまっすぐ放り投げた。

 

『――』

 

 馬の上の杏子はそれを避けるかと思われた。避けたところで、一撃を加えてくるだろうと。

 しかし杏子は容易く、光の槍に胸を貫かれてしまった。

 

『――カ、ハッ』

 

 胸は大きく抉れ、腕も首も、身体と別れてしまう。

 針が通過した肉体の断面には、焼け焦げ、赤く燃える跡だけが残っていた。

 

 燃える傷口が、その炎が一際大きく、杏子を包んで燃え上がる。

 

『!?』

『ハハハハハハッ! どこ狙ってるのさ、眩暈か?』

 

 燃えて消えゆく杏子の真上から、もう一人の杏子が飛びかかる。

 

 磔刑の魔女には何が起こったのか理解できなかったようだが、第三者の視点から観戦していたマミとほむらにはよく見えていた。

 

「あれは……! 佐倉さんが、レーザーにやられたように見えたけど」

「……杏子が作った幻? 何故……いえ、けど間違いなく魔女を騙した。なら本体は……」

 

 杏子が磔刑の魔女の真上から、ブンタツを振り上げて襲いかかる。

 

『……!』

『エイッ……』

 

 しかし磔刑の魔女の真後ろには、杖を抱くもう一体の魔女が隠れていた。

 この時を狙っていたかのように静かに顔を見せたその伏兵は、磔刑の魔女の後方より、紫水晶があしらわれた杖を杏子に向けている。

 

『おっと……』

 

 この時、杏子は敵の狙いに気づいた。杖から放たれる禍々しい気配が、空中に存在感を増してゆく。

 このための準備は既に整っていたのか、杖を向けたほぼ一瞬で、磔刑の魔女の正面に巨大な黒い魔法陣が描かれる。

 

『そうか、てめぇも……』

 

 ゆっくりと回る魔法陣の壁を前に、杏子の白馬は勢いを止められなかった。

 白馬は緊急回避しようと側面を向ける体勢で、杏子と一緒に魔法陣へと突っ込んでしまう。

 

『――』

 

 宙に魔法陣の文字や線が、触れる杏子や馬の身体に鋭く食い込み、突き刺さる。魔法陣を構成する全てのラインは、鋼のワイヤー以上の鋭さと切れ味を持っている。

 投げ出された勢いそのままに、杏子は魔法陣によってバラバラに引き裂かれてしまった。

 

『……?』

 

 細かな肉片が、赤い炎に包まれ、燃え尽きる。

 杏子としての実体は、もはやそこには存在しない。

 

『ハハッ、てめぇも眩暈なわけだ!』

 

 そのような攻防を交わす間に、騎馬の大群はワルプルギスの夜へと突撃をかけていた。

 二体の魔女は騙されていたのだ。二人の杏子の幻に。

 

『雑兵如きに構ってられるかよ!』

 

 杏子は最初から真っ直ぐワルプルギスの夜だけを狙っていた。

 一度自分を殺めた魔女に仕返しを、などとは微塵も考えていない。

 彼女の目的は、どうあってもただひとつ。最も強い相手との戦いなのだから。

 

『おらぁあぁああッ!』

 

 再び大地に叩き落とされたワルプルギスに、杏子と、杏子の分身の大群が畳み掛ける。

 

『アハ……!?』

『おらぁっ!』

『どうした! 立ってみやがれ!』

『せいやぁッ!』

 

 ワルプルギスの夜を囲むように円を描いて走り、騎馬に乗った杏子達がブンタツで切り刻んでゆく。

 外側から削られてゆくワルプルギスの夜は、同時に地面へ押し付けられるように斬られていた。

 力がブーストされた杏子の大群、そのひとつひとつに質量があるのか、攻撃力があるのかは定かではない。

 しかし事実として、ワルプルギスの夜はその場で動くことができなかった。

 

『……!』

 

 偽物に踊らされた磔刑の魔女は、すぐさま針を杏子へと向け直す。

 が、肩の上にそれを掲げて迷う。

 どれが本物の杏子か、全く分からないのだ。

 

『……ヤル』

 

 杖を持つ魔女が前に出る。魔法らしい攻撃方法を持つ、魔女の中でもかなり特異な個体だ。

 

『……ハァア……』

 

 一点集中の槍が通じない数の相手であれば、それら全てに襲いかかる攻撃でかかるしかない。

 殉葬の魔女は再び、巨大な魔法陣の生成を開始した。

 

「あの魔女、佐倉さんを攻撃しようとしてる!」

「何が起こっているのか……けど、考えても仕方ない。今は杏子を守らなきゃ」

 

 巴マミや暁美ほむらも黙ってはいない。マミはマスケット銃を生成し、ほむらは盾を掴む。

 銃口は魔法陣へ向けられ、また巴マミの空いた方の手は、暁美ほむらの頭へ優しく置かれた。

 

「変な触り方でごめんなさいね」

「いいえ、触れ合っていれば停止は有効……確実な手段よ、見た目なんて気にしない。……あいつに勝つためならね」

 

 盾を回す。時間停止の発動だ。

 

「……」

「……」

 

 しかし、流れる風景が変わった様子はない。

 

「あっ」

「え?」

「……砂が、落ちきった」

 

 時は止まらなかった。

 

 それは暁美ほむら最大の弱点。

 “鹿目まどかとの出会いをやり直す”という期間内でしか砂時計の砂をせき止めることのできない彼女は、ワルプルギスの夜との超長期戦中において、能力を失ってしまうのだった。

 

 そして大きな魔法陣は、邪魔者の介入無しにその攻撃魔法を完成させる。

 

「いけないっ! 佐倉さんが!」

「ごめんなさい! なんとか今の状態から、あの魔女を倒して……!」

「ええ、けど大人しく当たってくれるかしら……!」

 

 マスケットの単発射撃は攻撃力が低い。

 決定力に欠ける方法は諦め、リボンを増やし巨大な大砲を生成する。

 

 それでも、あの魔女の攻撃を止められるかは疑問だった。

 

「だめ、間に合わない……!」

 

 黒い魔法陣が攻撃を完成させた。

 破壊の弓矢による精密な掃討攻撃。範囲は広大、ワルプルギスを囲む杏子の位置全てと、その周辺数十メートル。

 

『……エイッ』

 

 弓矢の大群は魔法陣から現れ、空へ飛翔し、ゆっくりと弧を描いて降り始める。

 狙いは正確だ。撃ち漏らしはないだろう。

 

『……』

 

 ワルプルギスの夜に攻撃を続ける杏子達の中の一人が、矢の群れを見上げている。ふと、杏子は心の内だけで微笑んだ。

 

「ごめん、ちょっと遅れちゃったね」

『まったくだ』

 

 飛来する矢に対抗したのは、杏子でも、巴マミの主砲でもない。

 音の壁を破るギリギリの速度でまっすぐやってきた、銀色の騎士である。

 

「でも大丈夫」

 

 騎士は矢の寸前でピタリと急停止し、左手に握った大剣を矢へ向けて掲げた。

 

「今度はちゃんと、全部守るから」

 

 矢の群れが障壁に阻まれ、当たったそばから砕けて散る。

 障壁は、澄んだ海のように薄い水色。暗い暗雲に包まれた見滝原の中で、見えないその壁は青空のようにも見えた。

 

 矢が何発当たっても、いつまで当たっても、巨大なスクリーンが破れることはない。

 銀の鎧の騎士が、大きな剣を掲げている限りには。

 

「あれは……! あのバリアは!」

『や。ほむら、マミさん』

 

 フルフェイスの騎士から響くのは待ち望んでいたもの。

 さやかの声だ。

 

『私に任せて』

「……!?」

 

 矢の猛攻は打ち止めとなり、宙に描かれた魔法陣は消滅した。

 しかし魔女としても、ここで黙り続けているわけにはいかない。目の前に出現した謎の敵を排するべく、より効果的な攻撃へと切り替えつつある。

 

「さあ、次は何する気? 迎撃か、防御か……でも、どっちも無理だよ。今の私はさっきより……もっと強いんだ」

 

 銀の兜に顔を覆ったさやかの表情は、誰にも見えない。

 けど彼女は微笑んでいる。

 好戦的に? それは少し違う。もっと、心底楽しそうに。

 あの時初めて、枝を自在に振るえるようになった時のような。子供のような笑みだった。

 

「……“フェル・マータ”!」

 

 振り下ろした大剣が白銀の極光を放ち、目の前のバリアを打ち破る。

 

『ヤダ……』

 

 銀の奔流は速やかに魔女を飲み込み、すぐに途絶えて消えた。

 杖を抱いた魔女の姿はもう、跡形も残っていない。

 

 


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