全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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無駄にならなくて本当に良かった

 

「……よし」

 

 身体は絶好調。鎧も服みたく軽い。剣は自分の腕のようだ。

 

 こんなに強いフェルマータを撃ったのに、疲労感が全くない。

 大技を撃っても疲れないということは、ほとんど魔力を消耗していないということ。

 その魔力はどこから来ているのか……それはきっと、いや、間違いなく煤子さんに由来するものなのだろう。

 

「……」

 

 下では杏子達が白馬に乗ってワルプルギスの夜をリンチしている。事情を知らなければひどい光景だ。

 マミさんとほむらは無事……だけど戦闘に参加できる余裕があるかといえば、どうだろうか。二人共重症を負って満身創痍って感じだ。

 

 ほむらは以前、今日の時間経過によって自分の魔法が使えなくなることを打ち明けていた。

 ほむらの魔法の使用期限は多分既に切れている。これ以降は時間停止は使えないだろう。

 

 ワルプルギスの夜を速やかに問題なく倒すためには、結界の中に入る必要がある。

 けど結界に突入するためには、結界が露出しているわずかなタイミングで時間停止を用いるのがベストだ。

 ワルプルギスの夜を一度消滅させ、その隙に結界へ……は、停止無しだとかなり難しい。

 

 ……というより、今となってはワルプルギスの夜を倒すのに、もう本体を消耗させたほうが早いかもしれないな。

 街を舞台に暴れることになる。そこが難しいところだけど、今の私と……杏子なら、被害を最小限に抑えることも不可能じゃない。

 

『ヤアッ』

「!」

 

 ふと目を離していると、銀の針がこちらへ放たれていた。

 

「ああ」

 

 私は迫る鋭い閃光を、右手で弾いてかき消す。

 それはセルバンテスと同質の力。圧倒的な絶対防御。

 

「ごめんね、あんたらを計算に入れてなかったよ」

『……』

 

 両手にエネルギーが凝縮された針を持ち、それらを投擲することで強いレーザーを放つ魔女。

 私はこの魔女によって致命傷……というか死傷を負った。ある意味仇敵だ。

 けど今は、かなりどうでもいい。

 

 何故かって、今私の中で噴き上がっている力の源には際限がなくて、その余った飛沫でさえ、あの魔女の攻撃を防いでしまうには十分すぎるのだと、理解できているからだ。

 

『セイッ』

 

 懲りずに二投目が来る。まっすぐ私の中心を狙って。

 

「くどいよ」

 

 針の銀色のエネルギーは私の寸前で不可視の障壁に阻まれ、広がり潰れて千切れ消え去ってゆく。

 もうあの魔女の攻撃では、私の生み出すバリアは破れない。

 ……いや、多分、誰も破れないんだと思う。

 

 

 “全てを守れるほど強くなりたい。”

 

 

 ……言葉にできるほど具体的な何かを経たわけじゃないけど、今はその願いが、そのまま叶ってしまっている気がするんだ。

 

 私に守れないものはない。

 誰が傷つくこともない。

 今の私にはそれが可能なのだと、本能的にわかっている。

 

「シッ」

 

 フェルマータの下位の下位。大剣に魔力を乗せて、横振りで払うだけの名もない技。

 

『ビ、ギィ……』

 

 見えざる魔力の衝撃波が魔女の頭部を鈍く打ち砕き、残された本体も首の後を追うようにして崩れて消え去った。

 

 ……強敵のはずだったのに、あっけない最期だ。

 もちろん数分前の自分には扱いようのない技だとはわかっているけど、こう日常の動作のように簡単に出来てしまうと、少し切ない。

 

「……すごい力」

 

 だけど強大な力はまだまだ溢れてくる。次から次へと間欠泉のように、際限なく。

 この世界に存在させておくには、発散させておかなければ危険な事が起こりそうですらある。そう錯覚するほどに大きな力だ。

 ワルプルギスの夜を地面にはりつけて嬲っている杏子を見るに、彼女も力を持て余しているのだろう。

 今までは魔力を温存する戦い方に苦心していたのに、なんてことだろうね。

 

「……ま、こういうのも悪くはないけど」

 

 大剣を空へ振る。剣から迸った青い輝きは宙に散らばり、空気中へと溶けこんでゆく。

 

「圧倒的な力を持った正義のヒーローだって、嫌いじゃないよ」

 

 

 

「……!」

 

 地上のマミさんは真っ先に異変に気付いたようだ。

 巻いたリボンを取り払い、完治した自分の脚を確認している。

 

「おお」

 

 次は杏子。彼女も気づきやすい方だろう。

 無くなった頭部が再生成され、無意識に魂で見ていた景色がより鮮明に、元通り鮮やかになるのだから。

 

「ちょっと巴さ……あれ、これって……」

 

 そしてしばらくして、ほむらも体の変化に気づいたらしい。

 ちょっとした擦り傷も、切断された脚も、消えてなくなった首でさえも。

 今この時、私の力が及ぶ範囲にいる人の全ての傷は消え去った。

 

「へっ、生き返った気分だ」

 

 頭部が蘇った杏子は長い髪を束ね直し、固く固く結んだ。

 

『やっちゃえ、杏子』

『おう』

 

 一騎が宙に飛び上がり、ワルプルギスの歯車に着地した。

 歯先の上でブンタツを翻し、華麗に構える。あの一騎が、彼女こそが本物の杏子なのだろう。

 

「お前は人を殺し過ぎた」

『……アハハハ! アハハハハハハ!』

 

 無重力、高重力、乱気流。あらゆる空間効果を発動させ、自分の周囲を振り回している。

 力場に巻き込まれた建造物を基礎ごと砕いて、壁を割り、破片を操り敵へと投げる。

 恐ろしい攻撃だ。

 普通の魔法少女なら空へ放り出され、無数の瓦礫に巻き込まれてすぐさま絶命する過酷な空間だろう。

 

「そうやって何人も殺してきたんだな」

 

 けど、杏子は微動だにしない。真の強さを手に入れた彼女には、どんな力場にも屈することはない。

 時折鋭利な破片によってわずかに傷ついたとしても、傷は私の力によって瞬時に塞がってしまう。

 

「……」

 

 そして空を舞う瓦礫達は、見えざる壁に阻まれる。

 広域に展開されたバリアによって、どこへ飛散することも、こちらへ襲いかかることもできずに微塵になってゆく。

 これぞ完封。ただの勝ちではない、後々のことまで考えた最善の勝利。

 

「さあ、時間だ」

 

 杏子が両手でブンタツを掲げる。

 こうなってしまっては、ワルプルギスも無力なものだ。

 最強の魔女の伝説はここで終わる。

 

「神に祈れ」

『……!』

「アタシは赦してやらねーけどなァ!」

 

 ブンタツが爆ぜるように燃え上がり、高層ビルほどの高さまで火柱が上がった。

 炎の塊は下から暗雲を照らし、どす黒い赤の雲は、地獄の光景を見ているかのような禍々しさだった。

 

 ……地獄。そんなものがあるとしたら多分、そこがワルプルギスの行く末なのだろう。

 

 

 

 煉獄。消えない炎がワルプルギスを焼く。

 破壊と再生を急速に繰り返し続け、ワルプルギスの夜はそのエネルギーを使い果たしてしまった。

 

『アハハ……ハ……』

 

 炎に焼かれ朽ち果てる。最悪の魔女には、なんともお似合いな結末だ。

 

「……倒した?」

「……」

 

 紅い炎はそこにあるものを焼き尽くしてしまうと、役目を終えたことを理解したようにすぐに消え去った。

 そこには何も残っていない。時間が停止していないにも関わらず、ワルプルギスの夜が復活する兆しもない。

 

「……終わった」

 

 コンクリートの地面が赤く爛れ、中心部には杏子だけが立っていた。

 ワルプルギスの夜を失ったためか、操っていた白馬の使い魔も消え去っている。

 

「終わりました、煤子さん」

 

 杏子は真っ赤に熔けた地面を眺めていた。そこには何の原型も残っていない。

 魔法少女たちが数百年に渡って繰り広げてきた死闘は、ようやく終わったのだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 空に残った旋風が解け、暗雲が晴れてゆく。

 

 魔法少女達の夜は、明けた。

 

「……雨? かしら」

 

 晴れた空から、暗い雨粒がやってくるのが見えた。

 また魔女の攻撃でも来るのかと、みんなは身構えている。

 

「いえ……」

 

 けどそれは、警戒など無用なものだった。むしろ逆で、私達への癒やしと言ってもいい。

 落ちてきたのは、雨のように降ってくる大量のグリーフシードだ。

 

「……ジャックポットってやつかね」

 

 今まで倒してきた分の魔女が一気にグリーフシードへ還元され、地上へ落ちてきたのだ。

 さながら、ワルプルギスの夜を撃破した報酬、ってところだろう。

 

「あはは。これを使い切るのはいつになるやら……」

 

 落ちてくるシードのうちの一つをキャッチして、掌の上でまじまじと見つめる。

 負の力が完全に浄化されたグリーフシードには濁りひとつない。

 

「……」

 

 魔法少女にとっては魔力を回復してくれる、命をかけてでも手に入れたい必須のアイテムだ。

 けどそれと同時に、この石ころは私達の行く末でもある。

 

 嵐の中に閉じ込められた魔女達の哀れな末路。

 絶望を振りまくだけ振りまいて、最後には魔法少女の食事扱い。救われないもんだ。

 

 グリーフシードを握りしめる。

 私はこの石の中に彼女らの思念が籠っていないことを、ただただ祈った。

 

 

 

 

 

「外、晴れてるらしいよ」

「もう? まだ避難指示解除されてないんじゃない?」

「でも外は全然そんな感じじゃないんだって」

「ほんとに……ちょっと見に行ってみましょ」

「うん、行こう」

 

 避難所では既に外の様子が伝わっていた。

 軋み続けていた建物が急に静まり返ったのだ。様子を身に出るのも無理はない。

 そこに快晴が広がっているともなれば、気にならない方が無理な話だった。

 

「……さやか達は、勝ったようだ」

「うん。みたい、だね」

 

 人が出口に押し寄せるのを遠巻きに眺めつつ、キュゥべえとまどかは言葉を交わしていた。

 

「信じられない事が起こったよ。本当に、全く予期していなかったことだ。あんな逆転劇になるとはね」

「……さやかちゃんだもん」

「?」

「だって、さやかちゃんだもん」

「なんだい? それは」

「うぃひひ……親友だからこそわかることなんだよ、キュゥべえ」

 

 まどかは上機嫌そうにキュゥべえの頭を撫で、笑うのだった。

 

「……やれやれ。契約者を頻出してくれる、便利な魔女だったんだけどなぁ」

 

 

 

 

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