全てを守れるほど強くなりたい   作:ジェームズ・リッチマン

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危ない場所に連れ回さないで

 授業も終わり、待ちに待った放課後だ。

 学校の固い椅子は、さやかちゃんのやわらかヒップには合わないのですわ。

 

『マミさんの魔女退治見学、いきますか!』

『うん!』

 

 よし、と意気込んで、剣道用具を詰め込んだ鞄を肩にかける。

 これからマミさんの魔女退治を見させてもらうツアーに出かけるのだ。

 実際に闘っている姿を見ないと、覚悟も何もあったもんじゃないからね。

 

「……さやかちゃんのそれ……部活の?」

「そだよー」

「……」

 

 持っていくんだ……と、まどかの顔が優しげに呆れていた。

 本当は顧問に謝ろうと思ってとりあえず一式持ってきたんだけど、まぁ今日は魔法少女について考えたいし、色々理由をつけてやめておいたのである。

 

「あら、さやかさん、部活へ? また明日」

 

 私の姿を見た仁美は朗らかに手を振って去ってゆく。

 一緒に帰れない言い訳をせずに済んでよかったけど、部活復帰しなくてはならなくなったのではないか? これは。

 ま、いっか。

 

 

「暁美さん」

「今日こそ帰りに喫茶店寄ってこう」

 

 教室の片隅では、支度を済ませたほむらに再び女子が群がっていた。

 やっぱり可愛い子には、何度か根気強くアプローチをかけるようだ。

 

「今日もちょっと、急ぐ用事があって……ごめんなさい」

 

 けどもうそろそろ、ほむらを誘うことも諦めそうである。

 本人の意思だしとやかく言うことではないんだけど、このままいくと、彼女は孤立してしまうかもね。

 まぁ、ほむらの場合は自分からそうなろうとしているんだろうけど……魔法少女という立場のこの冷淡な対応が無縁とは思えない。

 友達想いなんだか、違うんだか。

 

「さやかちゃん?」

「ん。ごめん、行こっか」

 

 約束の場所は、マミさんと初めて会ったフォーリンモール。そこのファストフード店だ。あそこは少ないお金で駄弁るのに丁度良い。

 早めに向かって、わかりやすい席で待っていよう。

 

「あら、来たわね。こっちよ、二人とも」

 

 しかしショップに入ると、既にマミさんは座っていましたとさ。

 ちょっと早くないですか、マミさん。いつから居たんですか……。

 

「遅れてごめんなさい」

「いいわよ、まだ約束の時間でもないしね。私が早く来ただけよ」

「あはは、次からは三十分前に来てテーブルを掃除してます」

「体育会系のノリとはちょっと違うんじゃないかな、さやかちゃん……」

 

 小腹満たしに頼んだハンバーガーを小突きながら、これからの話題へと入る。

 

「さて。それじゃ魔法少女体験コース第一弾、張り切っていってみましょうか。準備は良い?」

「おう!」

「は、はいっ」

「ふふ、良すぎるくらいね」

 

 敵を知るにはまず何よりも敵から。魔女がどんなものかを知っておかないと、こっちも振る舞いようがないからね。

 威力偵察だ。いや、ちょっと違う?

 

「あっ、そうだマミさん。こんなのも持ってきたんですよ、ほら」

 

 鞄からずるりと取り出す、一本の竹刀。

 

「聖剣ミキブレード!」

「本当に部活セット持ってきたんだね……」

「何も無いよりはマシかなって思って」

「まあ、そういう覚悟でいてくれるのは助かるわ」

 

 けど何故に苦笑いなんです? マミさん。

 いや、竹刀で勝てるとは思ってないですけどね。なんとなく。

 

「まどかも、そんなのほほんな顔してるけどー……何か持ってきたんでしょ? 知ってるんだぞー私」

「え、えっと、わたしは……」

 

 躊躇の表情。

 だんまりではなく焦燥。意味はわからないが、実際に何か持ってきたようだ。

 マミさんを見てから鞄を気にしていたしね。

 

「笑わないでね?」

「うむうむ」

「何かしら、ふふ」

 

 マミさん、既に笑ってますよ!

 

「これです……」

 

 開かれるキャンパスノートならぬ、キャンバスノート。

 昨日迷い込んだ魔女の結界とタメを張れるほどファンシーで、パステルな世界が、ノートいっぱいに広がっていた。

 

 そこには魔法少女姿のマミさんのスケッチや、そして……やたらとキュートでプリティな意匠の服を着たまどかもいる。

 

「うふふっ」

「あーっはっはっはっ!」

「えっ、ええっ!?」

 

 いや、まさかこういう形からくるとは思わなんだ。

 そうか、いやそうだね。魔法少女だもんね。衣装は大事だ。

 

「ご、ごめんなさい、意気込みとしては十分ね」

「ひ、ひどいですよお」

「あはは……いやぁー、でも良いんじゃないこれ」

「本当に思ってる!? さやかちゃん!」

 

 怒った顔に一切の迫力を感じないところはお父さん譲りっぽい。

 や、今はそんなことではなく。

 

「いやぁ、うん、もちろん良いと思ってるって!」

「怪しい!」

「形から入るのは大切だしさ! 何だってね! ほら、稽古もそうだし!」

「……ぅう」

 

 型を覚えずに剣道をやってきて強くなった私の、心からの本音だった。

 形から、っていうのは、意外と大事。結局今はいつもの型に戻っちゃってるけど。

 

 

 

 学業から非日常への転換。

 休憩と覚悟は終わり、私たちは町へ出た。

 先頭にマミさん、その後ろを私とまどかが付いてゆく。

 

「これが昨日の魔女が残していった魔力の痕跡」

 

 黄色い光を発するマミさんのソウルジェム。

 一定間隔で灯りは幻想的に、ぼんやりと明滅する。

 

「基本的に、魔女探しは足頼みよ」

「……この光が早く点滅すると」

「そう、魔女が近いってわけ」

「うひゃー、大変ですねえ」

 

 ガイガー片手に探しているようなものだ。

 広い見滝原を、こんな途方も無い方法で探すだなんて。もっと効率の良い方法があれば良いんだけど。

 

「こうしてソウルジェムが捉える魔女の気配を辿ってゆくわけ」

「地味ですね……気が遠くなりそう……」

「ふふ、そうね……でも近くに魔女がいないっていうのは、とても良いことなのよ」

 

 まあ確かに。それもそっか。

 

「結構歩きましたけど……光、全然変わらないっすね」

「取り逃がしてから、一晩経っちゃったからね」

 

 もう随分と歩いて、空も茜の気配を帯びてきた。

 

「まどか、脚大丈夫?」

「うん」

 

 やっぱりまどかも疲れているようだ。顔色は少し曇っている。

 足取りもどこか重く、歩くたびに踵を擦りかけていた。

 

「魔女の足跡も薄くなってるわ」

「まだ遠いのかぁ……」

「あの時、すぐ追いかけていたら……」

「仕留められたかもしれないけど、あなたたちを放っておいてまで優先することじゃなかったわ」

「あっ……ご、ごめんなさい」

「いいのよ。人助け、それが魔法少女の本懐なんだから」

 

 あの時追いかけていれば。

 ……けど追跡を中断したのは、ほむらの事もあるのだろう。

 彼女がいてもいなくても、私たちはお荷物だったというわけだ。

 ああでも、それは言い方が悪いか。

 

「マミさん、あの時は本当にありがとうございました」

「ふふ、改まらなくても」

「いえ、こういう大事なことは。心から感謝したいです。本当に助かりました」

「……やだ、ちょっと気恥ずかしいわねっ、ふふ」

 

 先を歩くマミさんの歩調が、少しだけ速くなった。

 

「そういえば、マミさん」

「ん、何かしら」

「ソウルジェムの灯りだけじゃなくて、他に探す手立てっていうか、目星とか、無いんですか?」

「見当をつける、って意味では、探す場所を最初に絞ることはできるね」

 

 傾向があるのか。それは気になる。

 

「住宅地なんかではあまり見ないけど、人が多い繁華街や、逆に人気の無い廃墟では多いかな」

「繁華街、廃墟……」

「両方とも、人の感情に大きく影響される場所だからね」

 

 なるほど。なんとなく、フィーリングでわかったので頷いておく。

 

「交通事故、傷害事件……人あるところには魔女がいるもの。そこがひとまずは最優先になるけど、いなければ人気のない所を探すわ」

「はぁー……」

 

 斜陽が影を伸ばしてゆく。

 今日の夕日は明るそうだ。

 

 

 

 寂れたビル街には通行人もいない。

 工場と小さな廃屋が並ぶ、ちょっと気味の悪い所だ。

 見滝原に住んでいても、なかなかこんな場所にまで来ることは無い。

 

「ここに魔女、いるのかな……」

「反応は強くなってるわ」

「あ、本当だ」

「!」

 

 手の上のソウルジェムには変化が見られた。

 点滅の強さは顕著だ。けど、どうしてか過ぎった不安に、私は上を向いた。

 

「……!」

 

 建物の上。そこには、髪と裾を風に揺らす影があった。

 人だ。

 

 屋上に見えた全体像に、ただ景色を見下ろしているわけではないということはすぐにわかった。

 

「マミさん、上に人が!」

「!」

 

 指で示した先には、若いOLが足元をふらつかせている。

 あんな高い場所にいるというのに、目は地平線だけをぼんやり眺めている。

 とても正気の沙汰とは思えない。自殺する気か。

 

「あ、危ない……!」

 

 周りを見る。

 コンクリートの地面。オフィスビルは高い。頭から落ちれば即死だ。

 

 持ち物は竹刀、剣道セット、制服、携帯……何も使えない。

 周りに緩衝材になり得る物もない。落ちてくる人を受け止めるだけの力も私にはない。

 

 無力だ。

 でも、ひとりじゃない。

 

「マミさん!」

「任せて」

 

 黄金の光がマミさんを包み、輝きが収まる前に、魔法の帯はビルへと伸びてゆく。

 

 

 

 

 柔らかなリボンはOLさんの落下を柔らかく受け止め、緩やかな動きで地上へ降ろした。

 救助成功だ。さすが魔法少女。こんなことまでできるなんて……。

 

「マミさん……」

「大丈夫、気を失っているだけよ」

「……よかったぁ」

 

 眠るような穏やかな表情。きっと、落ちる最中に気絶してしまったんだろう。

 

「可愛そうに」

 

 髪を撫で、整える。血色の悪い人ではなかった。……若いのに。どうして自殺なんか。

 

「……ん、マミさん、首もとになにか」

「魔女の口付けね、やっぱり」

「魔女の口付け?」

「ええ。魔女が人につける、……標的の印、みたいなものよ」

「……」

 

 入れ墨のようにくっきりと刻まれた口付けに手を触れ、擦る。

 

「この人は気を失っているだけ。大丈夫、行きましょう」

「……はい」

 

 この人は、今まさに死にかけた。

 魔女の手によって。

 

 私はそのことを噛み締め、廃屋に歩を進めるマミさんの後を追った。

 

 

 

「準備は良い?」

「は、はい」

「……」

「……さやかちゃん?」

「美樹さん、どうかした?」

「あ、いえ、なんでもないっす」

 

 竹刀を握る手に力が入りすぎていた。

 いけないいけない、こんな精神じゃ。

 

 常に平静な心を保つんだ。取り乱さず、悲観せず、後悔しない。

 そのためによく考え、よく見極め、自己を貫く。

 

 大事なことは既に教わったじゃないか……。

 

「んッ」

 

 ばちん、と両掌で頬を叩く。いってぇー。

 

「あう、美樹、さん?」

「……さっきのがちょっとショックでした。けどもう大丈夫……行きましょう」

「……ええ、そうね。早く片付けてしまいましょう」

 

 私はマミさんの後に続き、奇妙な鏡のような空間の裂け目に踏み込んでいった。

 

 

 

(……さやかちゃんはいつも自分に正直で、自分のことをよくわかってる。マミさんには、きっとさやかちゃん、不安定なように見えたのかもしれないけど……きっと、自分に漠然と、鈍感なだけで……わたしのほうがもっと、不安定なんだ)

 


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