騎士娘の出会い
少女は肺が酸素を求めて痛みという抗議の声を上げるのを必死に耐えながらそれでも走り続ける。
それに追いつかれたら明確な死が待っているからだ。
必死に走る少女は見えた
その死神はつまらなそうにあくびをすると、手に持った槍を肩に担いでその獣を思わせる鋭い眼光で少女をとらえる。
「戦士でもねぇやつを殺すってのはあまり俺の趣味じゃねえんだが、うちのマスターが殺せってうるせぇもんでよ」
「悪いけど死んでくれや嬢ちゃん」
絶対的な強者。
少女では絶対に勝つことなど不可能だろう。
それはあの戦いを盗み見ただけでもわかっていた。
青いボディスーツのような服で全身を覆うその男が少しでも本気を出せば、少女の命の灯を吹き消すことなど一瞬で終わることだろう。
今の今まで生きていられたのは彼が言った通り、自分の趣味ではないからだろう。
だが、もう出会ってしまったからには彼から逃げることは絶対に不可能であった。
「嫌です」
追い込まれた少女は覚悟を決め、恐怖で足が震えるのを必死に押し殺しながら背中に背負った竹刀袋から毎日欠かさず振い続けている得物を取り出して正眼に構える。
「ほぅ・・・・・。ただの女子供と思いきや、なかなかにいい目をしてるじゃねぇか。時代が時代なら一端の武人になっていたかもしれねぇな。死ぬ前に名を聞こうか嬢ちゃん」
男は少しだけ嬉しそうに口角を上げると、少女に応えるようにその血よりも赤い朱槍を構える。
「アルトリア・ナイツ・ペンドラゴン。推して参るっ!!」
少女はまっすぐ男を見据えながら名乗りを上げると、気合と共に踏み込むと男へ鋭い一撃を叩き込む。
普通の人間であれば大半の者が一撃のもとに地に伏せる一撃。
しかし、それほどの威力と速度が相乗した一撃は男の槍に簡単に受け止められ、受け止めた槍がまるで蛇のように竹刀を絡みとって空高く弾き飛ばした。
しかし、それを気にする間もなく警鐘を鳴らし続ける直観に身を任せて体をひねると、鋭く突き出された槍の穂先が少女の腕をかすめていく。
「っ!?」
「よく避けたっ」
男が少女を褒めたたえるが、少女は次々と繰り出される攻撃を避けるのに必死でそれどころではない。
しかし少女のことはお構いなしに男の興が乗ってきたのか徐々に攻撃の速度が上がっていく。
まるで少女の限界を図ろうかという死と隣り合わせの遊びに少女が耐え切れなくなった時、ふいに攻撃が止まり、男は手を止めたまま虚空を見上げてその眉間にしわを寄せる。
「ちっ。面白くなってきたとこだってのに・・・・・・・。悪いな、マスターから早く仕留めろって命令が煩くってな」
「あっ・・・・・・・・」
少女の制服の白いシャツが真っ赤に染まる。
気が付けば男の槍が少女の胸を捉えており、体を突き抜けた槍は胸の中心、心臓に大きな穴を穿っていた。
男が槍を引き抜くと少女は前のめりに倒れ、胸からあふれた大量の血があたりに広がっていく。
「あんたが俺のマスターだったら、あんな根暗なマスターよりよっぽど楽しかっただろうにな」
男がそう言い残して去っていくのを血の海に溺れながら少女は見送るしかなかった。
「あ・・・・・・・」
視界は半分赤に染まり、体は流れ出た血と共にどんどん熱を失い、指先の感覚も無くなっていく。
「助けて・・・・・・」
まるで闇に引きずりこまれていくような感覚に恐怖する少女は、ポツリとかすれるような声でそれを求めた。
逃げようのない運命だとわかっている。
誰も助けてくれないし、助からないのも一番少女が理解していた。
それでも、絶望の中で閉じていこうとする目を見開いて、少女は必死に手を伸ばす。
「死にたくない・・・・・・」
「■■■■ッ!!」
その手を、誰よりもそのような手を掴みたくて世界と契約するような男が黙っているはずがなかった。
突如少女を中心に出現した魔法陣から現れた青年は少女が虚空に伸ばす手を掴みとる。
「オレが絶対に助けるからな■■■■ッ!!」
青年はもう片方の手を少女の傷口にかざし、ボソボソと何かを呟く。
その青年に今まで会った事がないと言い切れるし、彼が何をやっているかはわからない。
けれども、なぜか誰よりも信頼がおける青年に手を握り返された少女は大きな安心感と共に目を閉じる。
「明日の朝食のメインはだし巻き卵でお願いします」
「っ・・・・!!ああ、了解した」
すでに恐怖は消え失せた少女は冗談交じりにそう言うと、その意識を手放した。
まさか本当にだし巻き卵をメインにした絶品の朝食が翌朝用意されていたことに驚くのはまた別の話である。