マリオネット・ダンサー   作:くとろあ

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無意味な旅

 やさしい未来が見たい。

 暖かな光に埋もれたい。

 

 ふっくらとした白いパンの様な布団から心地よく目覚め、清らかな文字を書き日々を過ごし、そして週に一度光り輝く星を恋人と望遠鏡で眺めこう話し合うのだ。

 

「奇麗だね」

 

 

 

 

 ……膝に仕込む大きめのスプリング 35ドル

 

 手首のトルク 14ドル

 

 瞳のレンズ 8ドル

 

 ……私の身体はご主人様が必死で稼いだお金の塊だ。そして今もその荒っぽい手つきで、私の身体がゆっくりと組み上げられて行く。私は何のために作られているのだろう。煙草の臭いがする部屋で私の身体は形作られていった。今まで関係のなかった、別々の場所で買われ、全く違う用途だった鉄の部品達が私を作成していく。

 

 関節の油 3ドル

 

 心臓のポンプ 40ドル

 

 腰の第一モーター 30ドル

 

 私は、自分の髪が好きだ。金色に光る線が、まるで実った小麦畑の作物が風に揺れる様子に似ていて、たまらなく愛おしい。だが、私のご主人は髪などは特に興味がないらしい。顔の造形ばかり拘っている。私は間違っているのだろうか。

 

 完成した私は上半身だけのお人形。ただのご主人様の話し相手をするだけの無表情な傀儡。そんな私を見て、ご主人は私を作るのに掛かった費用を叫ぶ。ずうっと昔に自分を捨てた妻と子供の話を私に楽しそうに話し、私の胸に手を入れ弄る。

 

 酒臭い息が顔にかかり、私の顔が少し曇った。彼は、それが許せなかったのだろう。私が自分の身体の中で唯一好きだった金色の髪を引っ張る。これを機にご主人様は私を、逃げた妻の様に扱うようになった。

 

 8ドルのレンズで作られた瞳に映る私の顔に向かう拳を見て、合成皮でできた瞼をゆっくりと閉じる。

 

 ……意思のない物体の神様は、その物体に対して他の人よりいくら多くお金を出したかで決まる。

 

 ……20ドルの破れてしまっている人間の皮膚を再現した合成皮に滴る、雨を見て私はそう思う。

 

 ……何時からか、私の住処は塵の山になった。そして私のこれからのご主人様は毎日の様に私の腹の皮を食べにくる鼠になってしまった。

 

「こんにちわ」

 

 私は毎日の様に鼠に話しかけた。

 私の腹皮は上手いのか? 固くはないのか? どこに住んでいるのか? 兄弟は居るのか? 

 

 鼠は一度も答えてはくれなかったが私は案外楽しかった。

 彼がどんどん太っていったからだ。

 

 私が生き物の成長する糧の一つとなっているという事実が、何故だか嬉しかった。

 

 ここは臭いは最悪だが、無意味な暴力で体のパーツを破損させるよりは、よっぽど効率的で意味のある行動だ。壊れた機械には相応しい場所なのかもしれない。

 

 ……何時しか私を寒さから守るボロボロだった服は腐り落ちてしまった、胸から下はもげて黒いオイルが滴り落ちてしまっている。周りは残飯や塵くずだらけだ。……私は人形からゴミになってしまった。

 

 残飯に群れるカラスは私の目玉を巣材にしようと鋭い嘴で何度も突くが時間の無駄だと知り、今度は私の髪を啄む、一度や二度では解れない素材の紙だが、何度も根気よく突いてくる慈悲のない攻撃は私の人工の頭皮を捲りあげ、自慢の髪は持ち去られてしまった。

 

 体にまとわりつくきつい臭いの残飯にウジは集り、雨をしのげる私の身体は蠅に利用され雨をしのぐ宿にされてしまう。人口の皮膚は合皮を消化できる強靭な胃袋を持つネズミに齧られ、冷たい鉄の肌が雨に晒される。

 

 人は何かを成すために生きているというが、私が成した事と言えば、体の中にたまったウジの蛹が蠅の成虫になったのを粗悪なガラスの瞳で見守る程度だ。

 

 ……まあそれはそれで、私は何かを成した事には変わりない。

 

 しとしと降る雨を剥き出しの肌で受け止め私は、心臓付近のポンプから排出される芯まで冷たくなった息を吐いた。その様子を丁度通りがかり、瞳に写した子供はまるで手足をもいだバッタを捨てるときの様に、薄気味悪く口をゆがめる。

 

 ご主人様に、景気付けと称して私には涙が出る仕様があった事を久しく思い出した。

 

 枯果てた水分を流すパーツは錆びていて、使い物にならないので、黒く溜まったオイルなのか汚物なのか解らない者が頬を伝う。

 

 救われない人は神様という空想の王を信じるらしいが、私にはそれがない。ならば私が信じるものはなんだと問われれば私を殴るご主人か腹を食い破る鼠、という事になるのだろう。

 

 そして、そんなものを必死で信じる私は頭が悪いのだろう。だが、顔を殴られている間にも、お気に入りの髪を乱暴に捕まれている時も私は抵抗しなかった。そうプログラムされているからだ。

 

 これは私が作られたものなのだからだろうか? 

 

 ……ならば私は、プログラムされたものを崇拝する馬鹿な人形より、自分の在り方で、自分の感情で物事を決められる私を模った唯一の生命体「人間」になりたい。

 

 私の最後に残った、禿げあがった頭の皮膚を食べる鼠を見てそう思う。

 

 星も見えない真っ暗な夜空を、割れた瞳で仰ぎ見て、唇は綻んだ。

 

 ……人間。自分で考え、自分で行動できる動物。

 その動物と私達、機械人形には何の違いがあるだろう? 

 

 

 

「お嬢さん、生きてるかい?」

 

 そんな答えの出ない問答を繰り広げるようになって、気付くと一人の生き物が私の前に立っていた。

 真っ黒で高価そうな厚いコートを着て服と同じく黒い帽子を被り雨に濡れぬよう、大きな蝙蝠傘をさしている。

 

 黒い帽子から薄く見える細く蒼い瞳は私を憐れんでいるのか、蔑んでいるのか。

 

 私は、無言で空を見た。この場合空を見るというよりは、この生き物の声を聴いていない振りをした。

 何故なら私は醜いからだ。全身の皮は食い荒らされているし、剥き出しになった鉄は雨に侵食されている。遠い昔の話だが子供に朽ちていく枯れ木を見るような目で見られた。

 

 鏡という物が身近に無いので、私の姿を見れないと野次を入れる個も居るかもしれないが、それは間違いで、私の醜い姿は私のすぐ下にたまった泥水を、目で細めてよく見れば写るのだ。

 

 醜くて、髪も無くて、目もひび割れていて、ウジ虫も見捨てるほどに何も生み出せない鈍間で、この世に存在する価値のない私の姿が写っているのだ。

 

「……この老体は、真の美しさを見抜く力があってね」

 

 瞳を動かさずその生き物の方を観察する。黒塗れの服を纏ったその顔を見てみると、少し年老いた男性だった。幾つの辛い事が在ったのか解らない、深く刻まれた涙の線がつうと刻み込まれている。そんな悲しい様な暖かいような、不思議な顔だった。

 

「……さて、私がどうやって貴方の真の美しさを計るのかその方法を教えよう」

「貴方の顔をじっと見ればそれが解るんだ」

 

 そんな調子の良い事を話したかと思えば、その老爺は私の顔に向かって、ぐいと自分の顔を近づけた。

 

 それに驚いた私は目を動かしてしまいそうになる。「恥じる」という感情を私は覚えた。

 

 こらえて、老爺の方を見るとじっと私の瞳を見つめていた。

 彼は深く蒼い瞳で私をじっと見つめる。

 

 ……黙っていればいいだろう。

 

 ……黙っていればこの老爺もすぐ私を見限り帰路に就くだろう。

 

 老人は私を見つめている。

 

 早く、離れたほうがこの人の為だろう。周囲の目もゴミに奇麗な格好をした男性が顔を近づけていると怪訝な顔で覗き見るだろう。

 

 

 ……醜いだろう。私の顔を見るだけでも気分は落ち込み日は沈むだろう。おまけに私の身体にこびり付いた残飯の臭いが鼻を刺すだろう。通りがかった汚い鼠がその奇麗な靴を我が物顔で踏み荒らすだろう。真っ黒なコートに生ゴミから生まれた蠅がついてしまうだろう。

 

 だけれども、それらにはまったく文字通り目もくれず、彼はこちらの瞳を見つめている。

 

 

 

 

「……離れて、下さい」

 

 たまらず、しばらくして私が音を上げた。それは久しぶりの命の芽吹きだった。

 だが、その声は酷くノイズが罹ったように聞き取り辛く、無様だった。

 

「……なぜ?」

 

 老爺は案外に耳がよく、蛙の鳴き声の様な私の声を捉え質問した。

 

「私は……」

 

「貴方が嫌いだから」と、嘘をつけばこの老爺は私を見捨ててくれるだろうか、私を蔑んで掴んでいるその手を放しどこかへ行ってしまうのだろうか。

 

 正直に私の身の上話を言うつもりは無かった。

 だが、この老爺の手から、私の鉄の身体に伝わっているであろう温もりを失うことは考えたくなかった。

 

 だから正直に話した。

 

「私は……汚いから」

 

 目から醜くったらしく黒い液体を流す汚い人形それが私。

「汚いんですよ、私……! 臭うし、汚いし……!」

 

 主人に殴られ、カラスに食われ、ネズミに貪られる。それが私の往き付く先。

「おまけに見た目も醜くって……! 本当に……! 愚図です……私!」

 

 夢を見ることもできずに、蜿蜒と夜の闇と月の明かりをさまようそれが私。

「私、自慢できるものな何一つないんです……! それは私が……!」 

 

 

「……グズだからなんかじゃない!!」

 

 老爺が叫んだ時、雨は止まった。そして、二人の時間が始まった。

 

 

「君は、醜くも、汚くもない。私は医者でね、君には治療が必要だ。これから毎日。温かいご飯と白い布団でぐっすりと寝る治療だ」

 

「この職業はプライド抜きではやってられない職業でね、君は絶対治すだから今は私の家に来なさい」

 

 そう老爺が言うと私は両の手で大切そうに持ち上げられる。

 

 

 それが始まりだった。

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