公道から外れるように家に向かうので人目には付きにくい。と、彼は話していたがしかしどうしても人という物にはすれ違う。それは仕方のない事だと言い聞かせて私は目を瞑った。
彼はそんな私を見て、気になるかい? と、声をかけ私に上着のコートを被せる。
温もりを感じれない私の肌だが、心はどこか暖かかった。
服に付いていた、ゆったりとした香りは私にもう一度だけ誰かを信じる強さを育み、神が与えたこれが最後の機会だと思わせた。
「ごめんね、あんな場所に居たんだ久しく町の風景を見たかったろうに」
そんな事は無かった、むしろこの季節にコートを脱いで彼は寒かったのではないかという事が気がかりだった。
「……着いたよ、私の家だ」
被っていたコートを下げて、少し古びた建物の扉を開けると少し埃っぽい空気が顔を覆う。入るなり一目早く着いたのは工具と機械の部品が小綺麗に並んでいる大きな作業台だった。それは恐らくここで「何か」を修理していたのだろう。
「お医者さん……?」
私が少し首を傾げ老爺に問う。
彼は私の問いにゆっくりと答えた。そしてその声は先ほどより更にゆったりと優しくなっていた。
「ああ、私は機械人形専用のお医者さん」
そう話すと一目散に私をふかふかのベットに寝かせ、隣に椅子を引き様子を聞いてきた。ひび割れてしまっている瞳は動作しているのか? 私が気付いている中で何か不調は無いのか?
……彼の靴と服は汚い私を抱いてここに来てしまったので、大分汚れてしまっているが、恐らくそれよりも私の事を優先して考えてくれたのだろう。しばらくすると服の事に視線で気付いてしまったらしく手を頭にやってこう言った。
「すまないね、若い女性と話す格好じゃなかったみたいだ」
「……すみません、私のせいで貴方まで汚れてしまった」
と、私が謝ると彼はさっきまでの暖かな顔を辞め、悲しそうな瞳をして私の頬を撫でた。
「……あまり趣味の良い部屋ではないが、少し待っててね」
彼が椅子から離れた後、私は彼の悲しい目をもう見たくないと強く思い、そしてその目にさせてしまった事を後悔した。
少し楽にする溜息を一つついて私は彼が先ほど言っていた「あまり趣味の良い部屋ではない」という言葉が気にかかり、辺りを見回す。
確かに先ほどの作業台をよく見ると私達機械人形の目だったり指先だったりの作りかけのパーツが転がっている。壁にも同じように作りかけの機械人形の手足がぶら下がってしまっているが、しかし何となく嫌悪感を感じないのは、この部屋の雰囲気が奇麗に纏まっているからだろう。
部屋はその人の心情が出るというがその通りで、この部屋は少し暗く埃っぽいがそれよりも暖かな光が差しその光が様々な家具や置物を魅力的に照らし不思議と安らぎを感じる。そんな部屋だった。
……だけれども。
「私はどうなるのだろうか」
一言、誰も居ない部屋でつぶやいてみる。
少し不安だった。彼はとてもやさしそうに私に接してくれるが、私が少し目を瞑ると私の顔を殴るご主人の顔が浮かんできて手が震える。
人が苦手だった。
「ごめんね、遅くなった」
だけど今、私の事を気にかけてくれる彼は、暖かかった。
この事は誰かに話したかったかもしれない。誰かにぶちまけたかったのかもしれない。その相手は誰でも良かったのかもしれない。でも、それでもと思い余って私身の上話を只々彼につらつらと話してしまった。
私の声はカエルの様に濁音だらけで、体は震えていて、汚らしい身なりだったが、彼は黙って急にすべてを話しだした私を黙って聞いていた。震える手を取って、たまに頭をなでて「頑張ったね」と呟いて、瞳をじっと見て、聞いていた。
「君は酷い事をその「ご主人様」にされた。しかし君はそれでもなりたいものがあるんだね」
自分の事全てを話した上で老爺が確認するように壊れた機械人形に聞くと彼女は答えた。
「……はい、……私は人間になりたい」
そうか、と老爺は言い体勢を少し楽にした。
天井を仰ぎ見て何か懐かしそうな顔をして、自分に笑った。
「君の願いを叶える唯一の方法がある。それは「心」を持つことだ」
「……ココロ? ……人が比喩で指す自分の感情の事ですか?」
彼が話すことは私に希望を与えた。だけれども反対に彼にとっては苦い話の様子らしい。
「……「心」。人になりたい機械人形が往き付く最後のお話。それはこの世に一つしかない伝説のパーツさ。存在するかもわからない夢の話」
「……私には竹馬の友が居た、君と同じ機械人形だ。彼の願いは君と同じく、人間になる事だった」
機械人形の少女の話を聞いて何かを思い出した老爺は時久しく自分の事を語った。
「理由は愛する人のために……だったかな。彼は必死になって機械人形至高のパーツとされる「心」を探した。馬鹿みたいに研究して、我武者羅に自分の道を貫いて、そしてついに彼は「心」を手に入れた」
「……だけどもね。そんなものを探している間に最愛の人は年老いてしばらくして死んでしまったよ。……結局、死んだ彼女は最後まで人間で、彼は「心」を手に入れても最後まで粗悪な機械だったんだ。……馬鹿な話だよ、全く」
彼はそう短く話すと、さっきまでの私と同じように手を震わせていた。
その様子は、とても悲しそうで寂しそうで、哀れみを誘い。……そして、私の疑いを確信にさせた。
「……それは貴方の」
「……そうだね、馬鹿な機械人形の話さ」
そう、自分に戒めるように話した老爺は蒼い目を少々潤わせた。
しかしそんな自分に酔い、慎み、後悔を繰り返してきた老爺に取ってはもうそんなものは慣れていた。
それを見て老爺の時間はもう決してこれから動く事は無いのだと、目の前に居る壊れた機械人形は理解した。
だが、それでも老爺を卑下したりする事などは機械人形には出来なかった。
むしろ老爺の支えになってあげるのだと、彼の笑顔を見たくなった。
彼女は明らかに他の凡庸な傀儡などは絶対に所持していない「何か」を手に入れかけていた。
老爺の目の前に居る壊れた機械人形、後のメイ・ヘヴンは「心」を持ちかけていた。
メイの時間が動き出した。