マリオネット・ダンサー   作:くとろあ

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蒲公英の一夏

「……やあ、メイ。調子はどうだい?」

 

 糸目で、猫背で、背が高く、長い髪と渋い声。

 メイは彼、バーン・ポートマンの全てが嫌いだった。

 

「三か月ぶりですね。彼女は、アルジェは何処でしょうか? 技師ロセフが直ぐに治して見せますので」

 

 ロセフには絶対にしない冷たい目で、だけれども感情を変えない声色で彼を見た。

 静かにはしているがメイはこの家の広い部屋や、小綺麗な装飾品に少し埃の混じった匂いなども憎たらしくなるほどの嫌悪感を覚えていた。

 

「……やあバーン君。呼ばれてやってきたよ。また壊したそうだね?」

 

 ロセフはメイの少し細くなった目と話を遮るように何時もの調子で語り掛けた。

 それに頭に手を置きバーンはお道化た様に言葉を返す。

 

「また壊“れた”ですよロセフさん。階段から誤って滑り落ちたんです。人形でよかった。人なら死んでいる」

 

 冗談交じりにつまらないジョークを軽々と舌から奏でるバーンだった。

 

 バーンに簡単な問診を聞き、ベットで横になっているというアルジェの状態を二人が確認しようとしたときの事だった。

 

 ……空気に混じった機械人形のオイルの臭いが鼻を突いた。

 

「アルジェ……!」

 

「……あ、メイ! 話が聞こえたから」

 

 そう言って、扉の隙間から顔をひょっこり出したアルジェは、破損部が見えないよう顔の半分に布切れを巻いていた。

 布にはオイルが浸み込んで人形と言えど痛々しい。よろよろと精一杯小さな歩幅で歩いてきた。

 

 アルジェはメイと同じ機械人形であるが、見た目にはメイから見て年の離れた小さい妹ほどある様に見える、それはアルジェがその様にかたどった人形、幼人形だからであった。

 

 足取りがおぼつかないアルジェが足元に向かってくるなり、メイはいきなり感極まって抱きしめた。

 

「……大丈夫? いじめられたの……?」

 

「……う……ううん。……いじめられてないよ?」

 

 抱きしめられながら何もしないバーンの手元を見てアルジェはメイの服をぎゅっと握りしめて少し泣きそうな顔で否定する。

 

 布が当てられている破損個所が故意のものかどうかは殆どはっきりしていた。  

 

「バーンさん。何度も言うが幼人形とは主に子供のいない家庭などに準じた機械人形です。小さい分壊れやすい。大切に扱ってくださいよ」

 

 そして、メイを助けたロセフがそれを許せる訳が無かった。

 幾十度、バーンにこの言葉を使っても1つとて感情を殺せはしなかった。

 

「……なら早くベットへ向かいましょう。ああ、()()()()()()()()()()()()()」 

「……ひっ!?」

 

 抱きしめられていたアルジェの顔が一気に青ざめた。メイから離れて狂ったように頭を下げ続ける。

 

「……ごめんなさい! ……ごめんなさい! 後で拭いておきます……!! ……ごめんなさい!」

 

 ひたすらメイの抑止の声も聞かず、ひたすら謝り続ける。

 

「……ごべんなさい! ……ごべんな゛さい!」

 

 ……アルジェが謝れば謝るほどメイとロセフの(はらわた)は静かに、怒りで燃えていた。

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「……ふむ、少し悪いです」

 

 アルジェの顔の傷を診ながらロセフは大きく呟いた。

 

「……また、そちらでこの子を預かるつもりですかな?」

「はい。今回は三週間は必要です」

 

 バーンの問いをロセフは、まるで当たり前の様に言葉にする。

 

 無論、嘘である。本当なら顔の損傷を治すだけなら、今ある手持ちの修理用具で事足りる。しかしバーンの場合はこの傷だけで1週間は取る。

 

 少しでもロセフの家にアルジェを匿って自分たちで出来る限りの心の安らぎを与えるためだ。

 しかし今回は三倍の時間を取った、勿論アルジェを休ませるためもある。だが、今回は少しだけ勝手が違った。

 

「……三週間。……ほう、随分と長いですなぁ……」

 

 バーンはにやりと嫌な笑みを浮かべ少し貯めて。

「……いいでしょう。……しかし疑問だ、本当にそれだけかかりますかな? 別の技師に見せてみるのもありでしょうか……?」

 

 メイは心臓を鷲掴みされたような気持ちを覚えた。

 

 ……が、顔には決して出さなかった。何故ならバーンはロセフの方を見ながらも、こちらの様子までまるで獲物を食らおうとする大蛇の様に僅かな隙一つ見逃さない。

 

 そんな事まで思わせる程、狡猾な男を目の前にしているからだ。

 

「……どこに行っても同じですよ、今回は度重なる衝撃で感覚機器が狂っている。あれでは碌に歩けないよ、破損するのは珍しいパーツなので少ないし他の所だと、仕入れに倍は掛かる」

 

 その大蛇にロセフが言ったのは大嘘だ。感覚機器というのは重要な部品ではあるが希少な部品では決してない。

 

 敏感な空気は確実に変わっていた。

 

 ……。

 

 ……嫌な間だった。

 

「……ふっ、良いでしょう。確かに、アルジェの足取りは覚束無い。そして貴方達より良い職人は他にない。人形技師も限られている。……信じましょう」

 

 

 

 

「……醜悪な人です」

 

「メイ。まだ車は走り出したばかりだ。あの男ならこのくらいの距離でも聞こえるやもしれん」

 

 赤茶色のヴィンテージ車を走らせ。二人は口々にバーンを罵った。

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

「ロセフ、アルジェの件はどうなっていますか?」

 

 メイは何時もしている真面目な顔をさらに精錬にして、ロセフに聞く。

 ……このままではアルジェは近いうちに壊されてしまう、その前に何とかしなければ。と、メイがそう心から叫んでいるように見えた。

 

「……前にも言ったが世界の機械人形の扱いという物は例えるなら、家具と猫を足したようなものだ。他人が勝手に盗めば捕まるし、所有者も行き過ぎた躾を加えればそれもまた罪になる。誰かがそれを告発すればね」

 

「だが、猫と違い機械人形は言葉を話せる。つまりこの場合、傷跡などの証拠はある。が、本人の証言が無ければ……」

 

 ロセフも歯がゆい思いをしていた。アルジェを説いても彼女はバーンの悪行を決して話そうとしないのである。彼女はバーンに見捨てられない様に必死だったのだ。

 

 しかし、これ以上の話をするとなると、どうしてもアルジェには、バーン家での生活を捨ててもらうしかない。だから自分たちが家族になって彼女の呪縛を解き放とうと躍起になっていたのだ。

 

 だがしかし、それでは恐らく遅すぎる。このままではアルジェが壊されてしまう方が先になるだろう。と、今回の件ではロセフもそう思わざる得なかった。

 

 ……メイの顔は曇ってしまった。

 

「……ロセフは何もしないんですか?」

 

 率直な疑問だったがその言葉は鋭利な刃物だった。 

 

 しかしそれを聞いても、表情も変えずにロセフは淡々と自分の想いを語る。

 

「……必死で考えてるさ。あの子は僕にとっても救いたい「命」だ」

 

 恐らくロセフもバーンの件で少しナーバスになっていたのかもしれない。メイが思うような答えはこの場で出せなかった。

 

「……ロセフ、私達に機械人形に芽生える、この感情はなんですか?」

 

「……感情とは何か。……それは僕の見解かい? 一般的な話かい?」

 

 むっとしてメイは答えた。

 

「じゃあ、両方です」

 

「……手短に言うと「解らない」よ」

 

 僅かに細くなったメイの視線がロセフに突き刺さる。

 

「だがしかし人間と機械人形は様々な形はあれど寄り添い合っている。これは地球が生まれた奇跡と同じくらい尊い物と僕は思う」

 

「……僕は人間だ、そうなった。でも唯一変わらないものがある。それは「感情」だ」

 

 気が付くとロセフは昔に見せた悲しい瞳になっていた。

 メイはそれを見て、また何時かの様に後悔した。

 

 

 -パジルトン街 大きな庭園にて-

 

 

 アルジェのためメイはベーカー街から離れた庭園に来ていた。

 

 美しい花々が咲く大庭にアルジェは人の子供の様にはしゃいでいたが、彼女が指さした花は庭園の主役である見目麗しい華ではなく、何故かその下にある地面を見てはしゃぐ。

 

「……うわぁ! メイ! きれいなお花!」

 

「……アルジェは趣味がいいわね、これはタンポポ。私も好きな花よ」

 

 風に揺らぐ黄色い花、タンポポなどは何処にでも生えている雑草だったが、アルジェは珍しそうにしている。

 そこに疑問を感じたメイは、少しだけアルジェに答えを求めた。

 

「アルジェ、この花は初めて見たの?」

 

「うん! 庭園には来たことが無かったから!」

 

 庭園には様々な花が植えてあったが、アルジェは雑草であるタンポポを珍しがっていた。

 恐らく花の咲く場所にすら連れられていなかった事が伺える。 

 

 今と比べ娯楽が極端に少なく、街路に花が咲いていない時代はこう言った場所でしか花は見れなかったがだからこそ、バーンに、親に仕えてから今までで花の咲き誇る場所に行ったことが無いというのは、相当に悲しいものだった。

 

「……タンポポはね、大きくなると一つ一つが小さくなって、そして丸くなって、風に乗って飛んで行くの……アルジェは飛んで行きたいと思ったことはある? 私はあるよ? 昔、強くお願いした時があるのだけど……」

 

「……ううん。……私はない」

 

 辛い顔をしてアルジェは首を横に振った。

 

「……そっか、アルジェは偉いね」

 

 見ている方も辛くなる仕草にメイは、深く悲しみを覚えた。

 

 

 どこまでも青い空に美しい花々があるというのにメイの顔は曇っていた。

 仕方ないとはいえ、それは空気でアルジェに伝わってしまっていたのかもしれない。

 

 ……彼女を救うにはどうすればいいのか? もしかしたら自分のやっている事は正しい事なのか? 

 そんな、見え切っている疑問まで抱くようになった。

 

 完璧な人間等無い様に、また完璧な機械などは居ないのである。

 

「……メイ! 見て見て! タンポポの町見つけたの!」

 

 見かねたのか、ただの偶然か、アルジェが急に大きな声ではしゃぎだす。メイはアルジェの声を聴き、暗い顔を何とか日陰ほどに持ち直し、彼女の方を見て答えた。

 

「……タンポポの町?」

 

 アルジェの元へ向かうと庭園の奇麗な花々たちの遥か右下にある少し雑草が生い茂った場所を指さした。疑問に思ったメイがそこにしゃがみ二人で生い茂る雑草を払いのけると。

 

「……そうねタンポポの……町ね」

 

 陰鬱だった顔のメイがくすと笑った。そこには鮮やかな黄色とふわりとした白のタンポポが一面に咲いていた。白と黄色だけではない。一部が飛んで行ったものや小さいもの、大きいもの、少しくすんだ色のもの。様々なタンポポが草葉の陰に隠れて、まるでそこにひっそりと暮らしているような光景だった。

 

「メイ! タンポポの町!」

「ええ、そうね」

 

 笑顔になったメイを見てアルジェも笑う。

 

 タンポポはもうすぐ飛び去る予定だったらしく、二人の僅かな息遣いに乗って黄色い花を残し、鮮やかに空に舞う。一つ一つが細かく分かれて親だった茎から旅立っていく。

 

 その様子は淡く奇麗で、笑いあう二人が中心に居て、何というか……神秘的だった。

 ほんの少しの白い雪が空に舞う中、思い出したようにアルジェはメイに聞いた。

 

「……ねぇ、メイは今でもタンポポになりたいと思う?」

「……思わないわ、今は人になりたいと思ってる」

 

「……メイ。それは、人形を虐めるため?」

「いいえ。今は人形と、人と、笑顔になる為に」

 

「……そうなんだ」

 

「……私もそんな「夢」持ってもいい?」

 

 ……そして、アルジェがメイに重い口調で語り掛けた。

 

「……さっきはごめん。私ね、昔のメイと同じで、タンポポになりたいって思った時があるの」

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