「……以上だ。バーン君。アルジェは本人の希望によりこちらが引き取る事になるのでどうかご心配なく」
屋根と窓に雨が打ち付ける。苦い光が印象的な部屋でメイとアルジェを後ろに置き、ロセフはバーンに宣言した。両脇には事情を全て話した知り合いの警官二人がバーンを睨んでいる。
今まさにバーンの悪事は暴かれ、彼の罪を償う時という、そんなアルジェの決意あってこその重要な背景だ。
何故、警官達だけに任せずあえてバーンとの最後の話し合いを試みたのはアルジェの一声だった。
今までお世話になったお礼が言いたい。
……もう二度と会えなくなるであろうバーンにも慈悲を忘れず感謝の言葉を述べる彼女らしい選択だった。
「……バーンさん。最後に何か言う事は?」
「……」
錠をかける警官がバーンに問うが、バーンは何も言わず、まるで何時ものディナーのひと時の様に落ち着いていて、この際追い詰められた人間によく見られる取り乱した様子などからは遠くかけ離れていた。
「……最後に本人の希望により、アルジェから一言話があるよ、バーン君。よく聞きたまえ」
ロセフがそう言うと、俯いたアルジェがメイに庇われるように机越しに話しかけた。
バーンはその様子を、屈辱も恥辱も感じさせない涼しい顔で、冷ややかにアルジェを見て。
その後に、メイを見た。
「……あの、バーン様は……」
「……メイ。アルジェの話を聞いた時どう思いましたか?」
アルジェの話を遮りバーンはメイに問う。疑問符が皆頭に浮かんだが、次の言葉にその場にいる全員が凍り付いた。
「メイ。君は私が見たどんな機械人形よりも人間らしい。私の為に聞かせておくれ」
アルジェは最後の言葉も言えず泣き出しそうな顔になっていた。ロセフは拳を強く握り震えるほどの怒りを覚えた。警官たちは戸惑い、そして皆、真の暗やみの一つを垣間見た。
だが、この場の中で最も心に強い怒りを覚えたのは他の誰でもないメイ・ヘヴンだった。
「……貴方は! 自分の子が……! 慈悲の言葉も聞いてやれないのか……!」
あんなにこのろくでなしを気にしていたアルジェ。
固く口を結びこの男の手の汚れを気にしていた小さい魂。
小さい体に罰を受けても一人で抱え込んでいた優しい幼人形。
……黙っていられるはずがなかった。
その怒りはメイの足を動かし、バーンの元へ駆け寄り頬を強く叩いた。
ロセフも初めて見たメイの顔は相手を真に軽蔑した目をしており、同時に怒りのあまり自分も涙していた。その様子は悔しいがバーンの言う通り、操り人形の様な無感情とは違う何かを感じさせた。
……静まりかえった空気の中、警官たちは静かに頬の赤くなったバーンの両手を錠で繋ぐ準備に取り掛かる。すると、今まさに罪を受けるべき者が何食わぬ顔で語った。
「……くくっ、メイ。人形は自分で整備を覚えれば自身で体も直せるし、人より頑丈だ。そして何より人と何ら変わらない心を携えている。機械人形は人よりも高いレベルの「生物」と、云い得るだろう」
錠が付けられて、もうじき罪人となるのにバーンの口は減る事を知らない。それどころか饒舌にへらへらと笑いながら靴の音を鳴らし、警官達がまるで、居ないものかの様に独りでに道を外れて歩き始めた。
「そして私は人形と人が寄り添いあう奇跡的な世界などは必要ない……と思っていてね」
制止も聞かず。歩き始めたバーンに皆、警官すらもあっけにとられた。勿論、怒号と共に両脇を固められ動けないようにされたのだが、それでもバーンは何事もなかったかのように自論を進める。
「……というよりも、近い内このバランスは崩壊すると思っているのさ」
両腕を掴まれ手首には枷がはめられ、皆に咎められても、バーンはまるで何も心に掛けず。アルジェすらも見ようとせず只々メイに話しかける。その様子は歪だった。だがその歪みを更に丸めてくしゃくしゃにするようにバーンは笑い。自分の罪など全く興味が無いように短い話を終えた。
「……話し過ぎたよ。」
誰もが一言も声を出さない。出せなかった。「いずれ人類が機械に淘汰される時代が来る」バーンが言う事は誰しもが、この時代だからこそ考える正論と思わしきものだったからだ。
……そう。さらに付け加えるなら、誰もが声を出せなかったのではない。
誰もが、今バーンが語った事は一つの正しい未来だと思わせたのだ。この場の一人以外は。
……そしてバーンは最後に、まるで神のように命の宣告を告げた。
「……さようなら、アルジェ」
……その言葉を発した直後、バーン家からまるで雷が庭に落ちたような轟音が響き渡った。