やはり俺の実力至上の青春ラブコメはまちがっていない。 作:ゆっくりblue1
コツ…コツ…と小気味良く白い駒を盤上に置いていく。黒い駒は白い駒が致命的になる位置にあり、何百万通りもあるパターンから最善手を選択していき、盤上は目紛しく形を変えていく。
そして、黒い兵士の駒を白い兵士の駒で倒した時に、ふと思い出した。そう思えば最近八幡君とチェスをしてませんね。
そう思って携帯を見た時にトップの画面が今迄撮った写真でランダムに変わる仕様に設定しているので、昔に撮った写真も移ることがあり、その写真は小学校で卒業する時に撮った八幡君とのものだった。その写真の私は八幡君と2人で笑って(八幡君は笑顔が少しぎこちなく若干目が正面からズレているが)寄り添うように八幡君の腕を組んでいる写真。
それを見て私は思い馳せる。あの時に八幡君と同じ中学に通っていれば、どんなに楽しい中学生活になったのだろうと。
ーーーーー
季節は冬を迎えてしばらく、新年を迎えて春に向かい始めた時。私は小学校に登校していた。面倒臭そうにする眼の濁った特徴的な癖毛が天辺に生えている少年を連れて。
その少年は登校時に必ずと言って良い程向けられる刺すような視線に居心地悪そうにしながら私にジト目で言った。
「……おい、坂柳。毎回思うんだが、一緒に登校するのはキツいんだが……主に視線が」
私はその視線に微笑みを向けて言う。
「と言いながら4年生から1年間以上これを続けているんですよ?今更止めれば、逆に色々と勘繰られると私は思いますが」
そう言うと、彼の平均的な小学生の頭脳よりも優秀な頭脳はこの言葉の意味を正確に把握したのか、濁った瞳は更に濁って例えるならヘドロを煮詰めたような物だった。私は思わず苦笑してこう言った。
「そんなに眼を濁らせてたら落ちそうですねぇ…」
「……喧しいわ」
そんな他愛も無い会話を続けながらもなんだかんだ歩幅を合わせて歩いてくれる八幡君はやはり素直じゃないと内心思った。八幡君が隣に居てくれるのは私の身体が異常を来した時の為の対策だという事は直接聞いた訳ではないが察することが出来る。
こんな捻くれていて、優しい八幡君に申し訳ない気持ちもある。けれど、やはりこの生活は離れがたい。
そして何事も無く、授業を受けていき、昼休みになった。もう卒業が近いからか、思い思いに外のグラウンドで遊んだり、教室で友達と話したりしているクラスメイトとは別に私は八幡君と図書室に行って本を読んでいた。
「……」
「……」
図書室であるので話すことは殆どない。しかし、こういった沈黙が気不味い訳でも無く、寧ろ心地よい。今私が読んでいる本はエラリー・クイーン著書の推理小説である『Yの悲劇』だ。因みに原文なので、英語の勉強にもなる。これは私物で小学校の図書室にはもちろん無い代物だ。ニューヨークが舞台である旧家のハッター家の者達が次々と殺されていき、その事件を元シェイクスピア俳優が捜査していくという名作である。
緻密な文章構成で此方も物語を追って推理していくのがとても楽しい。そうしてふと八幡君の方を見る。八幡君も八幡君で日本文学の名作を読んでいる。タイトルは『破戒』…確か島崎藤村の長編小説で主人公は小学校教師で、差別を受けている部落出身の主人公がある寺の女性に恋に落ちて、正体を明かすことも中々出来ず、ある人物の死で遂に正体を明かして、新生活を求めて主人公が去っていくという話だった筈だ。
自分が思うのもなんですけど、一般的な小学生からかけ離れた物を読んでますね……そう苦笑すると、そんな私に気付いた八幡君は怪訝そうな顔で聞いた。
「……何だ?」
「いえ、別に何でも。ただ、一般的な小学生とはかけ離れた小説を読んでいるなと思っただけですよ」
「いや、海外小説読んでるお前が言ってもブーメランだからな?しかも、原文とか良く読めるな」
そう呆れ気味に返した八幡君に、そうですね。と軽く笑う。嗚呼、こんなにも楽しい日々がもう後少ししか無いと思うと寂しい。そしてふと思ったことがあって聞いた。
「……そう言えば受験対策は万全ですか?」
「…それ聞いて意味あるのか?……まぁ、割と自信はある」
八幡君は中学受験をする。その中学とは千葉県立屈指の進学校である総武中学。五年生の夏から総武中学に行く事を決めた八幡君はそこから勉強に取り掛かっていた。それを聞いた私も自身の学習と共に八幡君の勉強を見ていた。偶に八幡君を家に招いたりもしたのでチェスでも遊んだりも出来てとても充実していた。
今迄見た様子では合格は堅いので、通るだろう。私も八幡君と同じ中学に通いたいがお父様の仕事の関係もあって東京の中学に通うことになった。正直言えば少し、否、かなり残念だ。贔屓目で見なくても八幡君ほどの人が中学にいるとは考えにくい。正直退屈な中学校生活になってしまいそうだ。
そう思いながらも私は八幡君との生活を楽しむ。悔いが残らないように。
そして、2月の中旬の休日になって、その日の午後三時になった辺りで八幡君からメールが来た。
『取り敢えず受かった』
その文章を見て私は自分の事のように嬉しくなりつつもこんな気持ちになるのは初めてで、まさかこんな気持ちを持つなんてと若干の驚きを覚えて、八幡君の素気ない文章には直接言葉で返事をしようと、電話を掛けた。
電話をかけた3コール後に繫がって声変わりが起こり始めた少年の声が耳朶を震わせた。
『……もしもし』
「あの素気ない文章は貴方らしいですね。まずお祝いの言葉を、総武中学合格おめでとうございます」
「……おう」
電話越しの声は照れているのか少し小さな声が返ってきて、八幡君の様子がありありと想像出来て思わず頰が緩む。すると八幡君が言った。
『……まぁ、そのありがとな。坂柳のおかげで試験が大分楽に感じたわ』
「……いえいえ、私は少し入れ知恵した程度なので。それに私も楽しく過ごさせて頂きましたからお互い様です」
そう返事をする。実際に理数系などの解き方や英語の文法などをほんの少しだけ教えただけで、後は八幡君が自力でやり通した結果だ。まあ、数学や理科などは粗が見える部分もあるが、それ以外での教科は中学卒業程度のレベルまで教えたので大分余裕があるだろう。突出しているのはやはり国語で、これは難関高校を既に狙えるレベルにまで育っている。教える時に少し難関高校の問題も混ぜていたが、今の時点で解けるのは八幡君自身の才能だろう。
『…そうか』
八幡君がそう呟き、数瞬の間に沈黙が流れる。珍しく八幡君が会話を切り上げないので、どうしたのかを聞こうとした所で再びこう言った。
『……あの、坂柳。礼がしたいから。何かして欲しいこととかあったら言って欲しいんだが』
その言葉を聞いて、八幡君にして欲しい事を考えた。何時も私からお願いすることはあれど八幡君からその言葉を聞くのは滅多に無いので、じっくりと考える。
そして数秒ほど考えて、ふと思いついたので八幡君にこう言った。
「……では、3月12日にデートしましょう」
そう言った時に電話越しで良かったと思う。今の私は誰かに見られでもしたら一生の弱みになる程ニヤケていると分かっていたから。
そして3月12日当日。お父様が身体のことを心配されていたけれど、異常があれば直ぐに知らせることや、八幡君との事を考慮してくれたので、地理的に覚えがあり、尚且つ病院も近いところにあるショッピングモールに絞って動くことと、午後6時には家に戻り始める事を条件に八幡君とのデートは成立した。本当にお父様には感謝しかない。
年々体調が良くなってきているおかげで、待ち合わせも出来るようになったのは私にとって吉報だった。それがなければ今回のデートも成立しなかったのかもしれないのだから。
「……流石に早過ぎましたかね」
気持ちがはやって待ち合わせの午前10時の10分前に着いた。其れ程今日という日を待ち望んで居たのかと自覚し、思わず自分に苦笑する。取り敢えず早く来すぎたので、座って待とうと思い、近くに丁度良いベンチが無いかと探して辺りを見渡していると、後ろから声が聞こえた。
「坂柳」
その声に振り向くとそこには黒いコートとインナーに紺の長ズボンを履いた八幡君が居た。今通っている小学校は制服なので、私服の八幡君を見るのは夏は兎も角、冬はとても珍しい。私は彼に近付いて言った。
「おはようございます、比企谷君。今日は随分とお早いですね。貴方の事だから時間ぴったりになるかと思っていましたが」
そう言うと、八幡君は苦笑して言った。
「……流石に俺が礼をしたいって言ったんだから待たせんのもな。それに、妹にも女の子を待たせるのはあまり良くないって言われたし」
この人は捻くれているが、自分で言ったことに対しては筋を通すのでどんなに捻くれていても嫌う事はない。変なところで取り繕ったり、誤魔化したりすることもあるが。心が暖かくなるのを感じつつも言葉を重ねる。
「妹さんですか。比企谷君のお家には行ったことがないので妹さんにも会ってみたいですねぇ」
「……まあ、機会があればな」
そう曖昧な返事を返す八幡君。地味に頰が引き攣っているように見えるのは何故だろうか。まあ、今日は弄るのは止めておきましょうか。そう思って改めて八幡君を見て私は言った。
「…服、良く似合ってますよ」
「……お、おう。そうか……坂柳も良いと思う、ぞ?」
「ふふっ、何で疑問形で聞くんですか」
照れている八幡君の答えに可笑しく思って思わずクスッと声を洩す。今日の格好は白いトレンチコートに水色のインナーに膝丈まである黒いスカートに白いスパッツを履いている。インナーはヒートテックなので暖かい。3月と言っても今日は寒かったのでこの格好だ。それにしても先程からかなりの視線を感じるが、やはり杖をついている私は珍しいのでしょうか。
「……んで、如何する?回りたい所とかはあるか?」
八幡君が視線に居心地が悪そうにしながらもそう聞いてきたので、私は少し周りを見渡して、言った。
「……では、雑貨屋から適当に回りましょうか」
その言葉に八幡君は頷くので私は彼の横に寄り添うように並ぶと言った。
「……折角のデートなので、手を繋いでも良いですか?」
「……まあ今日は坂柳への礼だし、お願いだったら聞くつもりだったからな。……ん」
そう言って右手を差し出してきたので、私はゆっくりと左手を指と指を絡ませるようにして、繋ぐ。細く見えましたけど、意外と筋肉質ですね。
所謂『恋人繋ぎ』というものを実践すると、八幡君は普通に手を繋ぐのだと思っていたのか、私の行動にギョッとして慌て気味に言った。
「お、おい、これは…」
「あらあら、こういうものには疎いと思っていましたが、知っていたのですね。今日のお願いは聞いてくださるんでしょう?今日はこの状態でお願いしますね」
そう言ってクスクスと微笑むと、八幡君は少し溜息を吐いて、あんまり揶揄う様な行動は辞めてくれよ…と言って私達のデートが幕を開けた。
そして相変わらず視線を感じながらも気にせずにゆったりと歩きながら雑貨屋に入って、適当に見て回っていると、眼鏡のコーナーを見つけたので八幡君を連れて向かう。
「比企谷君はどれが良いですか?」
何種類もの眼鏡を見つつそう訊く。
「…買うのか?」
「まあ、試しがけして似合いそうな物があれば」
そう言いながら、試しがけ可能と書かれた板に置いてある眼鏡から適当に青い細縁の眼鏡を取ってかけてみる。
「如何でしょう?似合いますか?」
「……下地が良いと何でも合うって改めて思い知らされたわ」
そう恥ずかしげに頰を掻いて遠回しの褒め言葉に少し笑って、素直じゃないですねぇ。と言って、ふと思いついた事があったので深緑色の細縁眼鏡を取って八幡君に言った。
「比企谷君も掛けてみてください」
「え、遠慮したいんですが「お・ね・が・い」……はぁ、似合わなくても笑わんでくれよ?」
眼を濁らせながら溜息を吐いて、渋々と言った様子で眼鏡を掛けてこっちを見た。………ーーーーーー
「……おい、何か反応ぐらいしてくれよ。居た堪れないだろうが」
「………」
「……え、何?そんな似合わない?ちょっと、坂柳さん?坂柳さーん」
「……いえ、その眼が………」
「………眼が、何?腐り落ちそうって事?ちょっと、変なところで区切られると気になるんだけど?」
そんな八幡君の言葉に反応することなく、八幡君から黙って眼鏡を取り外して戻す。すると、濁っている見慣れたいつもの眼に戻った。私の行動に呆気を取られている彼に向かいこう言った。
「……ええ、比企谷君はやはりそのままの方がホッとします」
「……これ、褒められてんのか貶されてんのかどっちだよ。そのままって、そこまで眼が酷かったのか?」
「……比企谷君、この世には知らない方が良いこともありますよ?」
「俺の眼鏡を掛けた姿は知らない方が良いことなのか……」
そんな呟きを他所に私達は別のコーナーに歩き始めた。本当、この世には知らない方が良いこと、周りに知られない方が良いこともある。八幡君の眼鏡姿は後者だ。………あの姿は反則だ。色々と心臓に悪いから。
それから服屋に入って服を見たりしつつ、丁度お腹が空いてきたので近くの洋食レストランに入った。今日は休日なのでかなりの数の御客がいる。空いたテーブル席に座って食べたいものを注文する。そして注文して料理が来るのを待つ間に八幡君が聞いてきた。
「体調は大丈夫か?」
「ええ、特には異常はないですから大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます。それで、午後からは如何します?比企谷君が行きたい所があるならお付き合いしますが」
そう聞けば、八幡君はその言葉を予想してなかったのか、少し悩んだ様子で言った。
「……特に決めてなかったからな。………じゃあ本屋に寄って良いか?」
「分かりました」
そう了承して、料理を待つ間は八幡君の家での生活を聞いた。妹の話が9割ぐらいで、後の1割は普段の過ごし方だった。シスコンですねと思いながら聞いている内に料理が来た。2人ともパスタで、私はカルボナーラ、八幡君はペペロンチーノだ。
「料理が来ましたし、食べましょうか」
「そうだな」
そうして食事を始めた。食事中は基本的に私達は喋らないために黙々と食べる。すると八幡君が私のパスタの方を見ていた。そんな様子に少し悪戯心が働いた私は八幡君に言った。
「比企谷君、折角ですので食べ比べてみません?」
「……別に良いんだが」
「私は比企谷君の頼んだペペロンチーノが食べたいですから、食べさせてくれません?ああ、もちろん比企谷君の手で食べさせていただきたいですねぇ」
そう言うと、八幡君は顔を顰めるが、頰を赤らめている事から嫌がっている訳ではないと判断すると、八幡君はフォークにペペロンチーノを巻き付けて一口分を私の方へ持って来た。
「…ほら」
「…ん」
八幡君が差し出してきたフォークに巻き付けられたペペロンチーノを食べた。美味しいと思いながらも今度は私のカルボナーラをフォークに巻き付けて八幡君の口に差し出す。
「はい、あーん」
「だから、良いって「これもお願いの一つ、ですよ」……ん」
照れる八幡君を半ば強引に押し切って、カルボナーラを食べさせる。そんな光景に周りの人がチラチラと視線を送ってきているのを感じながらも気にせずに、八幡君に美味しいですか?と聞けば、美味しい。と顔を赤らめながら言った。
その後も食事を続け、食べ終わって会計を済ませると、私達は店を出て変わらず手を恋人繋ぎした状態でゆっくりと本屋に向かった。八幡君も視線に慣れたのか、特に居心地悪そうにはしていなかった。
立ち寄った本屋はかなりの数の本を取り扱っている。私は八幡君に買いたい物が何かを聞いた。
「何を買うおつもりで?」
「…ん、ラノベの新刊をな。坂柳は欲しいもんとかねえの?」
「そうですねぇ……最近心理学も気になっていましたから心理学の専門書でも買いましょうかね」
「じゃあ二手に分かれ「私は後で良いですから一緒に周りましょう」……ういっす」
まだ周りの眼を気にしていたようだ。八幡君の言葉を封殺して、彼が見たいと言ったライトノベルのコーナーへ。八幡君に薦められて読み始めたが、普通の文学小説とも違う面白さやアクション系の描写があって私には新鮮だ。最近では学園ラブコメ型ファンタジーの物を見ていたりする。アニメも最近見始めて、ハマったのはジョ○ョだ。物語は勿論、登場人物とスタ○ドの能力もかなり作り込まれていて惹き込まれた。
そして八幡君が取った物は異世界型ファンタジーのラブコメシリーズだ。ちらっと表紙が見えたが、何かと女の子が多い。しかもやたらと胸が大きい。
「……比企谷君はこういう女性の方がお好みで?」
「は?……いや、別に好みって訳ではないけど」
私の急な質問に若干ぽかんとしながら言葉を返す。……まぁ、もしもの時は女性の魅力を私自身が教えれば良いか。と思って、八幡君のライトノベルを持って次は心理学のところへ。知りたいのは対人心理のモノだ。財界や政界の重鎮達が集まるパーティにも出席するので、弱みは見せないようにしなければならないし、コールドリーディングやホットリーディングを学んでみたいと思っていたところだから丁度良い。
そうして見たいものが載った物を一冊、八幡君のライトノベルと一緒に買って本屋を出た。今日のために多めに貯金を崩して来たが、今の所本2冊分や昼食代しか使っていない。しかも八幡君の分は彼自身が払っているので逆に多過ぎるぐらいだった。
今の時刻は午後2時。私は八幡君に聞く。
「他に行きたい所はありますか?」
「……妹に土産を買ってやりたいからまた雑貨屋に寄って良いか?」
「分かりました。……それと比企谷君?幾ら妹さんの事とは言え折角のデートなのですから、基本的に他の女性の名前は出さないのがマナーですよ?」
「……妹の事でも?」
「ええ。これは少し穿ち気味な考えですが、他の人物で理由付けをすると、接してる相手に自分に関心が向けられてないと思うような方もいますから。比企谷君は何のつもりも無い上で言った事も解りますし、妹さんの事なので大丈夫ですけれど、家族以外の異性の名前を異性間のデートで出すのはあまりよろしくありませんから、今後は気を付けて下さいね?」
八幡君は私の言葉にそういうもんなのか…と呟いた。そうして雑貨屋の前に着くと、八幡君は少しトイレに行ってくると言ったので、行ってらっしゃいと見送る。
八幡君が居なくなったので丁度良かった。私は雑貨屋ではなく、その隣にある花屋に寄ってある花を注文した。
そして注文した花を受け取って八幡君を待っているとその5分後に八幡君が戻って来た。少しトイレが長かったようだが、そこは気にしないでおく。
そして雑貨屋に入り妹さんのお土産を買った後に、八幡君が私の体力を気にして休憩がてらにベンチに座らせてもらった。
「すいません。もう少し体力があればいいのですが」
その私の謝罪の言葉に対して八幡君は気にしている様子も無く言った。
「別に謝らんで良い。俺も丁度休憩したかった所だし、人混みも結構あるからな」
そして、喉は乾いたから飲み物買ってくるが、欲しい物あるか?と訊かれたので答えようとした時に視界の端にある施設が映った。その施設はまだ一度も行ったことが無いゲームセンターだった。
そのゲームセンターで私の眼に止まったのはUFOキャッチャーの中の最前列に白い可愛らしいペンギンがあった。八幡君もその視線に気付いたようで私に聞いてきた。
「……なんか欲しいのか?」
「…少しUFOキャッチャーをやってみたいのですが、良いですか?」
「おう、別に俺に聞かずに好きにやればいいぞ。……それにしても坂柳がぬいぐるみに興味を持つなんてな」
「意外ですか?」
「……お前ってこういうのに興味無さそうに見えたし」
そうして、八幡君と一緒にUFOキャッチャーの方へ行き、台に小銭を入れて台に書いてある説明通りに操作して、アームを動かして行く。
ウィーンっと機械音を出しながらペンギンの頭部分を掴む。しかし、持ち上げる事が出来てもアームから滑り落ちてしまった。
「……取れませんね」
「……何回かやれば取れそうだが」
八幡君の言葉に従う様にその後も何回か行って見ると、落ちる位置にまで近付いてきた。しかし他のぬいぐるみに阻まれる位置に落ちてしまって中々掴みにくい状態になった。少し難しいですね……そう思いながらも休憩を殆ど挟んでないので足が疲れてきた中で八幡君が言った。
「……坂柳、少し代わってもらってもいいか?」
そう聞いてきた八幡君に素直に代わってみる。そして小銭を入れて台のボタンを押して操作する。するとアームはペンギンの頭部分ではなく、腕に付いているタグの間にアームを通す。すると八幡君は少し驚いた様に呟く。
「……あ、いけた」
「……計算してやったわけじゃないんですね」
なんと計算でやっていなかったようで、少し呆れ気味に言う。そしてタグにアームを通した状態で他のぬいぐるみに邪魔されることなく持ち上げると、今度は途中で落ちることなく、商品の取り出し口の中に落ちた。
取り出し口に落ちたペンギンを取り出すと、八幡君が言った。
「……杖をついてるから持てないだろうし、坂柳の迎えが来たら渡すわ」
その言葉に私は首を横に振った。
「いえ、今日は迎えは無いんですよ。車も丁度用事があって出払っているので、歩きです」
「そうなのか!?……良く坂柳さんが許してくれたな」
八幡君が驚く様に言ったので、貴方の事を信頼してくれているからですよ。と言うと、八幡君は何で?と解せない様子だったので、私は内心溜息を吐いた。如何やら私の気持ちに気が付いていないようだ。まぁ、将来の楽しみと思えば良いだろう。そう思いながら私は八幡君に微笑むと言った。
「なので、今日は比企谷君が家までエスコートして下さい」
「………はぁ、解った。どうせこれもお願いなんだろ?」
「ご名答です。ではそろそろ帰りましょうか」
そう微笑んで言うと、八幡君の手を握り直して私の家の帰路を辿り始めた。ゆっくりと踏みしめる様に足を動かしながら、今日という日を脳裡に寸分無く刻みつける。そしてゆっくりと八幡君に寄り添う様に歩きながら、言った。
「…比企谷君」
「……何だ?」
そう怪訝そうにする彼の眼は初対面の時と同じ暖かさで、いつまでも見詰めていたいような優しさが有った。
「今日のデートの感想を言っても良いですか?」
「……おう、どうぞ」
「ありがとうございます。今日は私のお願いに付き合って下さって」
「今迄貴方と居た中で一番楽しいひと時でした」
「しかも、触れたことも無かった物にも触れられたのでどれもこれもが新鮮で」
「手を繋いだり、こうやって隣で歩く事も」
「まだまだ知らない事が多く感じられる充実した日で」
「好きな様に好きなだけ、貴方共に過ごせた、とても、ええ、とても良い日でした。改めてお礼を言います。ありがとうございました」
そう万感の想いを込めて伝えれば、やはり照れ臭い様で彼は頰を赤らめて目を逸らして小さく言った。
「……そりゃ、お願いに付き合ったからそう思ってくれないと困るがな」
「ふふ、そうですか」
「……まぁ、楽しかったよ」
そう言った後に流れ始める沈黙は擽ったくて、けれど気不味くも不快でもない心地良いもので。ゆっくりと夕焼けが辺りを優しく包み込むように照らす。
そして陽が沈みかけ、辺りが暗くなり始めた時に私の家に着いた。八幡君は相変わらず凄い家だなと言って、私に向き直る様に視線を送って言った。
「……あー、坂柳。家に入る前にお前の荷物のついでに出来れば貰って欲しいんだが」
そう言う八幡君を不思議に思いながらも八幡君は私の買った本とUFOキャッチャーのペンギンの他に、もう一つ、プレゼント用の包みに入った有るものを取り出して、珍しく不器用だけれど、優しくて暖かく微笑んで言った。
「誕生日、おめでとさん」
「ッ…!」
そう、この日は私の誕生日。デートに指定したのも私の誕生日プレゼントとしてであった。彼にはこの一年と数ヶ月に誕生日として教えたけれど、一回切りだったし、覚えてないだろうと予想してこのデートが誕生日プレゼントだと思っていた。
けれど、彼はただ一度の言葉を、何気なく言った言葉を覚えてくれていた。これだけでも嬉しいのに誕生日プレゼントまで貰えるとは思っていなかった。私はゆっくりとそれを受け取ると、聞いた。
「開けても……?」
八幡君は頷くので、ゆっくりと開くと。その中身はチェスの白い王の駒が付いたネックレスだった。
「……チェス好きで、王の駒が付いてたから丁度良いって思ったんだが。まぁ、気に入らんかったら家に帰ってから捨ててくれ。流石にこの場で破棄は勘弁してくれよ?」
「……」
「………坂柳?」
「…いいえ、捨てませんよ。寧ろ毎日着けても良いくらいですよ」
「……流石に学校では着けて来ないでくれよ?目立つから」
その言葉に私は本気で悩んだ。けれど、八幡君が嫌がる様な事をしたくないし、私の事を嫌いになって欲しくない。私も女の子だから。好いた殿方には嫌われたくないのだ。そう思って家でずっと着けて置こうと決めた。そうして私も八幡君に渡す物があったのでビニール袋からある花を取り出して渡す。
「御返しに貴方の比べると随分と大した物では無いですが……」
「……黒い薔薇と白い薔薇?」
「ええ、花屋に寄って買ったんですよ」
二輪の対になる薔薇は丁度私と比企谷君の様で。私はこう続ける。
「もし薔薇が枯れた時、言ってください」
「……何で枯れた時なんだ?」
「秘密です。……御自分で調べてみてください」
そう言うと八幡君は怪訝そうな顔をした。その様子に私は微笑むと家の門を開けて中に入る時に言った。
「では、また。八幡君」
「……おう、じゃあな」
そして私達のデートは幕を下ろした。幸せの残滓を確かに残して。
ーーーーー
コツ、と回想しながら、チェスを置くと、丁度チェック、いや、チェックメイトに成っていた。私は微かに笑いながら呟いた。
「……八幡君も覚えているでしょうかね」
この学校に来て、僅かながら船上試験の時に謎の記憶喪失から少し思い出した八幡君の事を想う。これを彼が思い出した時、私達の関係性は少なくとも大きく変わる。その時、彼の左側には……
掃除が未だ終わっていないし、この一年間は休ませてあげたい。私と八幡君が本格的に勝負するのは恐らく一年後。それまでに掃除を終わらせて『彼』とも決着を着けたい。中々ハードな一年だが、退屈ではない。
そう思いながら、部屋では着けている当時そのままのネックレスの王を指で優しく撫でて呟く。
「薔薇は枯れていますか?八幡君。少なくとも私はあの時には枯れていますよ」
ちょっとした仕掛けがありますので気付いた方は是非コメントを下さると嬉しいです。