オッスよろしくお願いしまーす!
「よし。女戦士。服を脱げ!」
「は?」
ダンジョンの最奥。
ようやくあたいらのパーティは雑魚どもを打ち払い、巨大な敵を打倒し、お宝を手に入れた。
魔法使いと僧侶がやられちまったが、私も勇者もまだ体力が残っている。
さっさとこんなダンジョンからおさらばして、教会で復活させるかと考え始めたときだった。
勇者からそんな――
破廉恥な言葉を投げかけられたのは。
だ、だって。ほら、あれだろ。
こんなダンジョンの誰もきそうにないところで、服を脱げっていうのはそういうことだろ。
心臓が人知れずドクドクと早鐘を打ち始める。
戦闘のときに近い身体の奥底が火照る感覚。
そういえば、聞いたことがある。
腹筋がシックスパックに割れて、上腕はあばれザル、脳まで筋肉に覆われていると揶揄されているあたいも知っている。
いや、頭ん中まで戦士だからこそ知っているんだ。
――
戦闘で高ぶったあと、屹立する下半身。
獣欲がほとばしり、男と女はその身体をむさぼりあう。
死を隣に感じるからこそ、生を確かめたくて。
いのちを感じたくて。
性欲を抑えきれなくなるんだ。
まして、勇者はやりたい盛りの16歳。
いましがたの激しい戦闘で、生と死の狭間を感じ取り、獰猛な闘争心が剥きだしの獣欲となってもおかしくはない。
手ごろな女がいないからか?
ここはダンジョンで人っこひとりいない。当たり前だ。ここまで来るのに何匹の魔物をほふった。そして、僧侶も魔法使いもそこらで死んで棺おけに入っている。
実質ふたりきり。
あたいしかいないからそう言ってるだけなのか?
人知れず怒りが湧いた。
「坊や。なに言ってるのかわかってるんだろうね」
「いいからさっさと脱いで全裸になれよ。タイム死んじゃうだろ」
坊やなんて呼んで、余裕たっぷりなお姉さんを演じているが、あたいはれっきとした処女だ。それはそうだろう。おなかが割れた女を抱きたいと考える野郎がどこにいる?
まして、このパーティは清純が形になったような僧侶や小悪魔めいたかわいらしい魔法使いがいる。なのに、あたいなんて……。
「ほら、脱げよ……」
素直になれよと言われているようだった。
そんながっつく様子も、かわいらしくて――。いやいやなにを考えてるんだあたいは。
相手は16歳だぞ。
いちおう、アリアハンの法律では16歳は成年とみなされるが、まだまだルーキーもいいところだ。
確かに、坊やは才能がある。
長年戦士をやってきたあたいでもはっきりとわかるのは、生と死の見極めが恐ろしいほど卓越しているということだ。
最小限の戦闘。最小限のレベルアップ。最小限の装備で必ず目的を達成する。
時折「ガバりましたけど、これから大幅にタイム短縮の可能性があるから継続です」とか、謎の言葉を言っているが、要するに一分でも一秒でも速く世界を救いたいんだろう。
勇者としての使命感に溢れている。
そんな勇者がこんなにも弱さを見せていることに、あたいはうれしさを感じてしまっている。
16歳の少年らしい未完成さに。
だからこそ――。
だからこそ、だ。
「坊や、ここはダンジョンで敵の気配もまだ濃い。帰ったらいくらでも抱いてやるから今は我慢しな。そんときには僧侶や魔法使いのほうがいいって言ってるだろうがね」
自嘲する。
こんな状況だから、勇者はあたいを求めているに過ぎないんだって。
わかりきっていることを確認する度し難さに。
あたいは目を背けるようにして、勇者に背中を向けた。
「おまえの鎧。守備力高いんだからさ。オレを煩わせるなよ。タイム死んじゃうだろ」
せ、背中から抱きつかれてる!
あ。あや。ややややや。ダメ。ダメだよ。ほよ君!
ダメだって。あたいこんなの初めて。
こんなゴツゴツした岩肌のところで、あたい初めて奪われちゃうの?
ちょっと嫌だけど。
嫌じゃないけど、ちょっと嫌。
「こ、こんなところで脱いだら……痛いよ」
「どこでだって痛いに決まってるさ」
手が震えるようなあわただしさで、ほよは鎧の留め金をはずしていっている。
まるで、三日間何も食べていない飢えた狼が、差し出された肉にむさぼりつくような勢いだ。
あたいは悟った。
――坊や、童貞だ。
だから、なのかとも思う。
これほどまでに焦り、生き急いでいるのは。
勇者としての使命感ではなく、功を焦る若者らしさだったのか。
あたいの中に何か暖かい感情が生じた。
勇者をむしょうに抱きしめてしまいたいと思った。
必死の形相であたいの装備を剥いでいる坊や。
わずかに手を伸ばすだけでいい。
あばれ猿をサバ折りしたときみたいに、いやそうしたら勇者が死んでしまうが、ともかく今なら簡単だ。
なのに。
なのにできない。
そんな簡単なことも躊躇してしまうあたいがいる。
あたいは処女だ。
あたいはゴリラの皮をかぶった人間と呼ばれている人間だ。
自信がない。あたいはあたいに女としての価値があるなんて信じられない。
こんなあたいが、未来のある少年の童貞を奪っちまってもいいんだろうか。
あたいは女だから正確にはわからないが、魔法使いのやつがルイーダの酒場で言っていた。
「男ってさー。女に幻想を抱いているわけよ。だから、旅の途中で無駄毛処理してたら、ドン引いっちゃってさ。マジウケルよね。あ、それからはメラで焼くことにしたっしょ。まじ卍」
――幻想。
異性とはこうあるべきだという理想が高い。
もしかすると、トラウマになってしまうかもしれない。
勇者としての使命に瑕疵が生じたらどうする。
人類の未来は。
一時の浮かれた熱なのかもしれないのだ。
優しく諭すのが大人の女性だろう。
と、天使が囁く一方で。
男の欲望を受け入れるのが女としての喜び。なにが悪い?
と、悪霊の神々が囁く。
あああッ! あたいはどうすれば。
そうだ。確認しよう。確認大事。
「あたいは戦士だよ。男にはゴリラ並みの筋肉だって言われてる。そんなあたいでいいのかい? 坊や始めてなんだろう」
「正直、初めてのRTAでこんな好タイム出て、手が震えてる」
よくわからないが、自信がないと言っているようだった。
「やめとくかい」
「なに言ってるんだ。いまさらやめられるかよ。おまえ守備力高いんだから鎧脱がせないと
鼻息が胸元にあたり、あたいの下半身はきゅんとなる。
勇者ほよ。彼のことは嫌いではない。むしろ……好き。
そう、好きなのだ。
そんな彼があたいをこんなにも求めてくれている。
うれしい。
でも。
「ほらほらほらほら」
「ほよ……、脱ぐから。脱ぐから待って」
勇者は血走った瞳で、あたいが装備をはずすのを促した。
胸がドキドキして、うまく装備をはずせない。
いつもなら四十秒で支度できるのに。
男の目に見られている。ただそれだけで――全身が触られてるみたいだった。
「まだ時間かかりそうですかね?」
勇者はあきれたように非難の声をあげる。そりゃそうだろう。いつもは余裕たっぷりなあたいが、いまでは雛鳥のような弱々しさだ。
それでもようやくどうにかこうにか脱ぎ終わった。
胸と下半身に手をあてて、あたいは勇者を見る。
勇者は、幼さの残る、けれど最近たくましさのついてきた瑞々しいしなやかな筋肉をおしげもなく空気に晒した。
あとには、すべての装備を脱ぎ捨てた若い男女の姿が残った。
「さて……いくぞ」
ごくり。
気おされている。
わずか16歳の少年の気迫に。
いや、あるいはこれからおこなわれるであろう行為に、人知れず戦慄しているのか。
勇者はあたいの手を引いて、ダンジョンを歩く。
歩く。
歩く。
え、ちょっと待って。
そんなに歩きまわったら。
歩きまわったら。
――エンカウントしちゃう!
「ああああ、ホイミスライムかよおぉぉぉ。しねえええええええ」
なにやら勇者が発狂しているが、さもありなん。
おそらくそれなりに安定した場所を探していたんだろう。モンスターに見つかるという可能性を考えないくらい。あたいが痛いのは嫌だといったからだろうか。
でも、ほっとした。
ホイミスライムはそこまで攻撃力の高くないモンスターだ。
逃げるを選択すればそれほど苦もなく逃げ切れる。
が、勇者が選択したのは――。
たたかう。
「あっ。へぇ?」
くるりと振り向き、刺し貫いたのは、あたいのシックスパックだった。
氷のように冷たい鋼の刃が――、あたいの腹をぶちつらぬいている。
大きいので、あたい貫かれちゃってる……。
血だまりが灰色だった地面を紅く染め、あたいの身体は重力に従って倒れる。
指の力がなくなって、目の前がかすんでいく。
「ごほっ。あ……勇者……」
「パーティアタックがなければ死んでました」
「いや……あたい……死んじゃうんだけど」
そして次の瞬間。
薄れゆく意識の中で、あたいが見たのは――。
自分の首をかき切る勇者の姿だった。
「逝きすぎぃ!」
血しぶきがあたり一面に待った。
あたいらは全滅したのだった。
・
・
・
神の加護によって生き返ったあと。
勇者はさくっとあたいらを復活させてくれた。
道行く勇者は最短で目的地に向かっていて、あたいらと話すことはない。
「ねえねえ。勇者くんとあんた、生き返ったとき全裸だったよね。やったの?」
「ヤッたよ」
正確には殺っただけどな。いや、殺られたが正しいか。
「破廉恥な。神を冒涜するような行いは慎むべきです」と僧侶。
「あのさぁ」
魔法使いがニヤリと笑って横から会話に入ってくる。
「そういう僧侶だって、部屋の中でこんぼうを"使って"たよね。あれはいいの?」
「なっ、ま、魔法使いさん。もしかしてみてたんですか」
「いや、たまたま部屋覗いたらさ。勇者様。勇者様言いながら大声で鳴いてたからさ……あんだけうるさいとさすがに気づくっしょ。マジ卍」
「いやぁぁぁぁぁぁ」
「で、やったってウソだよね? 全滅してるわけだしー」
「全滅しただけさ。クソが」
「キシシ。じゃあ、勇者くんの童貞は守られたわけか。お姉さんがいただいちゃおうかな」
「冒涜です冒涜です!」
「後ろうるさいぞ」
勇者が振り返りもせずに言う。
わたしたちはおとなしく隊列を組みなおす。
溜息ひとつ。
先頭を行く勇者の顔は見えない。
あいかわらず魔法使いと僧侶はなにやらやりやっている。
けど、ひそかな優越感。
女子どもには言ってないことがひとつだけある。
勇者はあたいを最初に生き返らせて、それからこういったんだ。
「H(ハードな戦い)、しよう!」
まさか教会でと驚いていたらそんなことはなく、みんなをさっさと生き返らしていた。
拍子抜けするような心持ち。
強い言葉を使って弱く見える典型。いや……。
たぶん。おそらくだが――。
あのときの続きをしようといっているんだろう。
魔王をたおしたら、そのときは。
でも今は照れ隠しのように力強く。
――Hしようと。
足を進め、ひたすらに先を急ぐ勇者の後姿に、人知れず、あたいは胸をときめかせるのだった。
HはHでもHELLのHじゃないよね?
あたいは少しドキドキするのだった。
RTA小説が最近流行ってるらしいので、こんな世界観もそろそろ出そうだなと。
って、誰かが書いてそうではあるな。
シンフォギア全救済RTAでも書こうかなと思ったら、思った以上にモブ厳で挫折しました。ナオキです。