緊急クエスト『キャベツ大収穫祭』が行われた翌日。見た目完全に幽霊屋敷、内装は見た目と反比例して綺麗な紫の屋敷に来客がやって来ていた。
「すみませーん!」
ドンドンと叩かれる扉。扉を叩いているのは頬に小さな傷のある銀髪少女、そしてその少女の胸は平坦だった。
「はーい、どちら様....あらエリス様じゃない?じゃあね」
「ちょちょちょっと待ってよ!!何で閉めるの!?それにあたしはクリス、そんな女神様じゃないよぉ~。そりゃあ、あたしくらい美人だったら間違えるのも無理ないけどぉ~」
「ねぇ、それ言ってて悲しくならない?用がないなら帰ってくださらないかしら、盗賊は何を盗み出すかわかったもんじゃないのだから」
「うっ....よ、用はありますよぉ..それに!わたしはそんなに手癖が悪くもありません!今日は紫さんにお話があって来たんです。二人で話せる場所ありますか?」
盗賊のクリスから女神エリス様モードに代わってしまった。これは....私何かしてしまったかしら?まあとにかく私の部屋にでもいきましょう。そこなら二人で話せるだろうし。
というわけで部屋までやって来たんだけどなんで私は正座させられているのだろうか。そして目の前には脚を肩幅に開いて腕を組んでいるクリス改めエリス様が見下ろしていらっしゃる。
組んだ腕にその豊満な胸が乗っているけど今日はパッド何枚重ねですか?
「ユカリさんいったいどこを見ているんですか。私は少し怒っているんですよ」
「そう言われても心当たりがないのよねぇ....エリス様に怒られるような心当たりがね..今日はパッド何枚重ねですか?エリス様」
「今日は8枚..何を言わせるんですかっ!!もうっ!」
8枚って....だからそんなに重ねていれたら不自然になるって言ってるのに。それに聞いたのは私だけどさらっと答えようとしたのはそっちでしょうに。
「いいですかユカリさん!本気で怒りますよ!これ、見覚えありますよね....うぅ..重い」
エリス様が取り出したのは冒険者が装備していそうな籠手。ん?確かに見覚えがあるような..無いような....なんだったかしらね?
「その顔は覚えてないって顔ですね..これ、ユカリさんが作ってカズマさんにあげたものじゃないですか!」
....ああ~、そういえばそんなこともあったわね。私が紫苑のために作ったけど使い物にならなかったからカズマにあげたんだった。でもなんでそれをエリス様が?
「そういえばそうね、でもなんでエリス様が持っているにかしら?」
「それはこれを私が買ったからですぅ!!」
買った、つまりカズマはこれを売ったわけね。別に悲しくもなんともない。むしろ私が売って金にしろといったわけだしね。
「ユカリさん、私はこれが武具店に売られているのを見たとき自分の目を疑いましたよ。これは言ってしまえば軽い神器です。なんでそんなものがあるのか独自に調べてみればどこかの誰かが作ったらしいじゃないですか!ユカリさん!!勝手に神器を造り出すのはやめてくださいっ!!」
....え?あれって女神視点からだと神器扱いだったの?そんなつもりじゃなかったんだけど..。知らず知らずの間にそんなもの造ってしまっていたのねぇ..。
「ちなみにそれ、どんな効果があったの?」
「これは装備するだけで軽い攻撃だったら自動で障壁が防いでくれて災いや不幸を払い除けてくれます。それに幸運値も大幅に上昇、罠解除やピッキング等もほぼ一発で成功、欲しいものが絶対とは言いませんが比較的早く良い状態で入手できたりと人によっては喉から手が出るほどの代物ですよ!なんてものを造ってるんですか!」
....あー、そんな代物だったの..これ。でもたしか紫苑に装備してもらった時はまったくそんな素振りは見せてなかったけどもしかして素の不運でこの神器(仮)の幸運を相殺していた?あり得そうね紫苑なら....。
「あー、勝手に変なもの造ったことは謝るわよ....じゃあはいそれ頂戴」
「えっ!?」
「いや、だって仮にも神器認定されたのならその辺に置いておくわけにもいかないでしょ?私が造っちゃった訳だし私がどこにも出さないように保管しておくわよ」
私が受け取るために手を差し出すがエリス様は何故か籠手を両手で抱え込んであわあわとどこか落ち着かないご様子。
「えっ、えっとぉ..その~、私が折角買ったわけですし..そのぉ、値段の分、元が取れるくらいにはつかってみたいなぁ..なんて思っちゃったり....」
「......いくらしたの」
「さ、三百万エリス..です」
....あれが三百万エリスね..私もう冒険者やめて商売始めようかしら?ああ、でも駄目ね。よくよく考えたら三百万はしないけどそこそこ材料費かかったし利益が少し少ない。
というかこの女神、私に散々注意しておいて自分はそれを使いたいと申すか。......よし。エリス様が両手で抱えているかなり重いはずの籠手を取り上げる。
「ああっ!?ユカリさん!なにするんですか!!とらないでくださいよぉ!!」
またもやいつぞやの時のようにぴょんぴょん飛び跳ねているエリス様。さすがは8枚重ね、まあ揺れる揺れる。いくら揺らしてもこの籠手には絶対届かないんだけどね。今は両手で私の頭上に持ち上げているけど....これわりとマジで重い。
「うぅぅ....高かったのにぃ..もうお金残ってないのにぃ....」
「はぁ..何も奪い取ろうって訳じゃないわよ。いくらエリス様でもこの大きさと重さじゃまったく使い物にならないでしょ?ちょっと調節するから待ってなさい」
「えっ..じゃ、じゃあ使わせもらえるんですか!!わかりました!待ってます!」
そんなニッコニコの笑顔をこっちに向けないでよ。なんだか本当に女神なのか怪しくなってきたわねエリスの方も。今のところ私の目の前にいるのは新しい装備を試したくて仕方のない、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のような少女が一人だけ。女神はいない。
重い籠手をスキマに放り込んでエリスを部屋に残して地下へと向かう。......あっ。
「エリス!!」
「ひゃあっ!?な、なんですかッ!!ユカリさん!さっき出ていったはずじゃ..ひぇッ!?なんで上半身だけ!」
今の私はスキマから上半身だけを出してエリスの前にいる。エリスから見たら私は上半身だけが浮かんでいるように見えていることでしょう。
「エリス、ちょっとこっち来なさい。怖がらなくても平気よ」
怯えながらゆっくりと近づいてくるエリス....ええいっ!!焦れったいわね!ガシッと手首を掴みスキマへと無理やり引きずり込む。
「キャアアアアアッ!!いやあああああッ!!たすけてくださあああああい!!ふえええええん!!」
いちいち叫ばないでよ。うるさいわね。ちょっと手伝ってほしいだけだから。変なことはしないって....パッドは盗るかもだけど。
◆
「それじゃあ早速やっていこうか!」
「はぁ..本当にやらせる気なのね」
現在私はエリス様改めクリスとダンジョンの前までやって来ている。なんでこうなったのかというと地下にエリスを無理矢理連れ込んでサイズを測っていろいろ弄ったりしていたとき....あっ、もちろん弄ったりしてたのは籠手でサイズは手のサイズのこと。
私が測るって言った時エリスは胸元を隠してたけど手の事だと分かると顔を真っ赤にしていたわね。いったいなんのサイズだと思ったのか..胸のサイズなんて見たらすぐに分かるってのにね。
それはいいとして、サイズ調節と改良をしている間に丁度攻略したいダンジョンがあるという話になってそこで使ってみたいとの事。そしてそのダンジョンに私も同行して欲しいらしい。なんでもそのダンジョンの奥にはかつて転生者が使っていた神器が眠っていてその神器回収をしたいとか。
「ユカリ、ダンジョンに入るときは気をつけてよ!危険な罠が沢山あるからね。でも心配このあたしがいるから大船に乗った気でいていいよ!」
「....ねぇ、エリス」
「クリスッ!!」
「はいはい、クリスね。ひとつだけ疑問なんだけどあなたほどの神様ならダンジョンの奥までひとっ飛びして神器回収、神の力とかでパパッと回収できないの?」
私は少し前から思っていた。この世界で通貨になるまでの神ならわざわざ変装してダンジョンに一から潜っていく必要なんてないのではないだろうか?と。私が神器を誰かに与えるなら自動で回収されるような機能でもつけておくけどね。
「そ..それは....じゃない..か..」
「え?なんて?ごめんなさい聞こえなかったわ」
「そ、それじゃあッ!楽しくないじゃないですかぁッ!!」
「....は?」
....今この女神、楽しくないって言った?それとも私の聞き間違いだろうか。
「私も最初は回収だけ済ませていたんですよ!でも一回だけ冒険者として正攻法でダンジョンに入って神器を回収した時に感じたあの感覚。トラップや謎を解き明かして行くのが楽しくて..それ以来こうしてダンジョンに冒険者として潜ることに決めたんだよ!!」
そう言って『ふんっ!』とない胸を張るクリス。
「えっと..つまりあなたは回収事態は楽にできるけどあえてダンジョンの正面からいこうって訳ね。しかも理由は楽しいからと....私帰ってもいい?いいえもう帰るわ」
「ええっ!?ちょっと待ってよ!ユカリ!折角ここまで来たんだしこのまえ約束もしたじゃん!一緒に神器回収してくれるって!嘘は良くないよっ!!」
....はぁ、もうクリスなんだかエリスなんだかわからないわね。クリスとエリスを行ったり来たりしすぎてるわよ神様?たしかに約束じみたことはしたけど特に報酬もないのにダンジョン攻略してまで神器を回収したくもない。別にその神器がもらえるわけでもないしね。
しかも理由は結局変わらず楽しいから....要するに一回だけやってみたら案外良くて癖になったんでしょ。この感じじゃ盗賊も興味本意でやったら楽しかったからとかでしょ。この神様意外とはっちゃけてるわね。まあいくら頼まれても無報酬じゃ――
「あっ!ユカリもしかして....怖いんじゃない?へへへ、そっかぁ~。ユカリには無理かぁ~」
....フフフ、みえすぎた挑発ね。そんなものに引っ掛かるような私ではないわ。残念でしたわね、エリス様。
「むっ..まあ、いいよ。あたし一人でも楽勝だしねぇ。ユカリはダンジョンが怖くて逃げちゃったってことにしておくからさ。それとも洞窟だから怖いの?暗いの駄目?なんだ意外と可愛いところもあるんだねぇ~」
....................フフ、だからそんな挑発には――
「ありがとう!ユカリ!じゃあ早速ダンジョン攻略いってみよぉー!!」
「その前にクリスちょっとこっちに」
「ん?」
クリスが私の目の前にやってくると同時に扇子を振り上げ脳天へと振り下ろす。
「いて..な、なにしてんのユカリ?」
クリスの脳天にポンという音でも鳴りそうなくらい軽く叩く。そのまま無言でぺちぺちと叩いていく。クリスは不思議そうにして頬を掻いている。
「さてそれじゃあ行きましょうかクリス。今ので1センチ身長が縮んだけど平気よね」
「ふえっ!?う、嘘でしょ!?ほ、本当に縮んだのッ!?....ねぇユカリ!ユカリさん?さっきの怒ってるの?それなら謝るから身長戻してぇえええ!!むしろ伸ばしてよぉおおおおお!!」
クリスの叫びを背後に聞きながらさっさとダンジョンの中へと入っていく。クリスも涙目で追ってくるけどあんなことで身長が縮むわけないじゃない。というか最後願望だし。まったくあなたが誘ってきたんだからさっさと来なさいよ。
ダンジョン攻略を始めてから少し、まだ序盤であるもののトラップが多くなってきた。序盤ということもあってか軽い魔法が主だけどこれならなんら問題ではない。なぜなら――
「むぅー..ユカリ、たしかにこれを試したいとはいったけどこれは無いんじゃない?」
「そう?でもしっかり機能してるじゃない。不便でもないでしょ?ほら、また打ち消した」
「うんまあそうだけどぉ....なんか想像してたのと違うんだよねぇ..」
私の前を歩くクリスは私特性の『神器(仮)【改良済】』を着けている。この籠手は軽い攻撃なら自動で弾いたり打ち消したりしてくれる。駆け出しの低レベル冒険者や低レベルモンスターからしたらチートだチートと言われること間違いない。
そしてこのダンジョンのトラップもそれに含まれている。だからクリスには文字通り肉盾として先に行ってもらっている。
「うーん..まあいいか。ユカリよく聞いてよ、今はこれのおかげでスムーズに進んで行けるけど本来ダンジョンていうのはとっても危険な場所でぇぇ!?」
私にダンジョンについて説いているクリスの姿がパッと消えてしまった。どうやら落とし穴のトラップがあったらしい。落とし穴のふちにしがみついて踏ん張っていた。
「聞いてるわよ続けて」
「そ、それどころじゃないんだけど!?助けてよぉッ!!」
まったく、仕方のない神様ですこと。腕を掴んで引っ張りあげる。
「あ、ありがとぉ....ん?なにこのヴーヴーって変な音」
「ん?ああちょっと失礼するわね」
私はクリスの手を離してZUN帽の中に手を突っ込みあるものを取り出す。
「うぇ!?ちょっ!なんで離すッ!?うわあああ!!....あれ?」
クリスは落とし穴の下の方にスキマを開いて片手間で回収。そして私がZUN帽から取り出したものは振動している白と黒の球体、俗に『陰陽玉』などと呼ばれるもの。振動している陰陽玉をぽいっと空中へ投げると丁度顔ほどの高さでホバリングを始めた。
『あー、えっと紫?これ本当に聞こえてんの?』
「ええ女苑聞こえてるわよ。どうかしたの?」
クリスは変な球体と私が会話している光景をぽかーんとしながら見ている。この陰陽玉は『通信用陰陽玉』、スキマに転がっているのをいくつか見つけて使えるか試して問題なく使えたから紫苑と女苑に何かあったときのために渡しておいたもの。
『それなんだけどあんたのこの屋敷に地下あるじゃない。今そこにいるんだけどこの..なんかデカイタンクみたいなのがガガガガッてうるさいのよ。なんとかできないの?』
地下のタンク?たしかに地下には『不運貯蓄器』があるんだけど....それが騒音を響かせていると?....それ、不味いわね。
「女苑、そのタンクの下のあたりにメーターみたいなものない?」
『メーター?あー、この赤い方に振りきってるやつのこ――』
「すぐに隣のレバーをひねって止めなさいッ!!はやく!」
『えっ!?わ、わかったわよ....あっ、止まった。これでようやくあの騒音から解放されるわ。それじゃまた』
「あっ!ちょっと待って....てホントにきったわよあの子..」
でもまあこれでタンクが許容量オーバーして吹っ飛んで街に負のオーラ的なものを撒き散らさずに済んだわけだし一件落着....とはいかないのよねぇ....。
「ねぇユカリそれなに?....また何か造ってたの?」
腰に手を当て頬を膨らませたクリスが陰陽玉のことを訪ねてきた。どうやらまた私がよからぬ物を造っていたとちょいとお怒り気味。でもこれは私は造ってない。スキマの中にあっただけ。
「クリス、あのね。私が何でもかんでも造ってると思わないでくれる?これは最初からあったもので離れてても連絡がとれる結構便利な物なのよ。折角一個余ってるからあげようと思ったのに....」
「え..えっと..その、も、もらってあげてもいいかなぁ~..なんて」
こちらの様子を伺うようにちらちらと見てくるクリス。欲しいなら言ってくれればいいのに。
「え?でもぉたしか勝手に神器とかを造るなって言ってなかったかしら?これも言ってしまえば神器とまではいかないけどかなりの便利アイテムなんだけどいいの?仮にも神様でしょ?」
「うっ....それはぁ..いいんだよ!それはあくまで便利アイテム、そう!便利アイテムだから!!」
この女神、意外と欲しがり屋さんなようね。まあ別に最初から渡すつもりだった訳だしちょっとからかっただけ。クリスをからかうのはもはや私の趣味と言ってもいい。反応がいいからね、仕方ないのよ。
欲しがり女神様に陰陽玉をぽいっと投げ渡すとクリスは軽く見てから懐にしまった。
「ありがとうユカリ。それじゃあガンガン進んでいこう!と言いたいところなんだけど....ユカリなんかあった?あたしだから分かるんだけどさっきまではなにもなかったのにいきなり負のオーラというかなんかこう..黒い感じのオーラが出てるんだけど....」
「....えぇ、まあちょっとね..ところでクリスなんかさっきから地鳴りみたいなもの聞こえない?」
「え?....あー、たしかになんか洞窟の奥の方から何か..」
二人揃って奥の方へ目を向けるとうっすらと何かが見えてきた。ドドドドっという音が大きくなりうっすらと見えていたシルエットがはっきりと見えてくる。その正体はコボルトと呼ばれるモンスター。それが大量の群れでこちらに迫ってきていた。それ見た二人は....
「いやあああああ!?ユ、ユカリはやく逃げよう!」
「....ああ、なんとなくこうなると思ってたわ....」
焦るクリスにどこか悟った表情の紫。
「はぁ、まあたしかにここは一度体勢を立て直すために撤退..ん?......あっ」
「ユカリ!!なにのんびりしてるのっ!?はやく!!」
「....あの~、クリスさん誠に申し訳ないのですが..引っ張ってくださいませんか?ちょっと脚が挟まっちゃって動けなくなっちゃって....」
「ええっ!?なんでそんなッ!というかなんでそんなに落ち着いてるの!?」
え?そりゃまあいつものことだしね。もう慣れてますから。
「ちょっと思い当たる節があってね、あはは........いやあああ助けてぇ!?さすがにあの大群にもみくちゃにされたら死ぬわよ!!は、はやく引っ張ってッ!!死ぬ!死んじゃうから!!」
必死に挟まった脚を抜こうとしている紫、その紫の体を引っ張るクリス。だが挟まった脚はまだ抜けない。迫り来るコボルトの波。スキマを使えばいいじゃないかと思うだろうがそれは本人が一番最初に試していた。結果は....まあお察しである。
「んんんッ!!おかしいでしょ!?なんでこんなにがっちり嵌まってるのよ!!これも運が悪いせいなの!?はっ!クリスッ!いやエリス様!!私に全力で幸運の上がる魔法かなんかかけなさい!幸運の女神なんだからそれくらいできるでしょ!早くッ!!」
「ええっ!?そんないきなり!でもわかりました。どうなるかは知らないですけど『ブレッシング』!!」
「もっと!一回じゃ足りない!!」
「も、もっとですかぁ!?『ブレッシング』!『ブレッシング』『ブレッシング』『ブレッシング』『ブレッシング』!!!」
幸運の上がる魔法を幸運の女神であるエリスが何重にもかけたせいか紫の周りは不思議とピカピカと輝いている。
「ふんっ!....あっ、抜けた....ん?あっ..」
「なら早く逃げ..よう..あっ」
ようやく挟まった脚が抜けたのはよかったが既にコボルト波が文字通り目の前まで迫っていた。クリスと紫はぐっと衝撃に備えたが待てど暮らせど衝撃はこない。いや別に来て欲しい訳ではないのだが。
恐る恐る目を開けてみるとそこには突如出現した落とし穴へと流れこんで落下していくコボルト達が。先頭のコボルトはなんとか落ちまいと踏ん張ってはいるが次々押し寄せてくる後続に押されて落下していってしまっている。
「「............」」
紫とクリスはまさかの光景に言葉を失っている。
「えっと..と、とりあえずなんとかなったわね..」
「う、うん..な、なんかすごいことになってるけどね....」
まさかこんな都合のいいことが起こるなんてねぇ....これも幸運の力ってやつなのかしらね?幸運の女神様々ね。でももし私が一人でこうなってしまっていたら確実に死んでいたと思う。....これはもうやるしかないようね。
クリスの前に片膝を地面につけて跪く。
「え?ユ、ユカリ?何してるの?」
「私一人ではあの場で死んでいたことでしょう。それを救ってくださったのは紛れもなく幸運女神エリス様です。私はこれからはエリス様を信仰するエリス教徒として生きていくことに決めました。どうかこの哀れな私に御加護をくださいませんでしょうか」
胸の前で手を組み目を閉じて祈る紫。その姿はまさしく女神へと祈りを捧げ啓示を受けるに値するほど美しく洗練されていた。それを見たクリス兼エリスは。
「え、えへへ。そ、そこまで言われるとなんか照れちゃうなぁ、えへへ....はい紫さん女神エリスとして貴方に祝福があらんことを」
「ありがとうございますエリス様......それとなんですがこの哀れな私に定期的に祝福してください。紫苑と女苑にもお願いします。それから定期的に私の屋敷に来なさい。そして屋敷に幸運上昇と祝福を掛けていきなさい」
「ん?..んん?あの..ユ、ユカリさん?」
「それからそれから最近何故かまたやって来るようになった借金取りに天罰を与えて二度と来ないようにして、あと最近下着が一組消えました。早く見つかるようにしてよ。あと幸運の女神なんだから一攫千金、見つけたらこの先遊んで暮らせるくらいの宝を見つけられるようにしてあと――」
「ちょちょちょッ!?ちょっと待ってください!?ユカリさん!!な、な、なんですかその無茶苦茶な願望は!!あと瞳からだんだん光が消えていってるんですけど!?さすがに駄目ですからねそんなこと!!」
紫の信仰というより願望を押し付ける願いに思わず突っ込むエリス。だが紫の一言でピキッと氷ついたかのように固まる。
「....いいんですか?女神エリスはパッド8枚重ねの偽乳女神だと、上げ底を履いた偽身長女神だと言いふらしますが....いいんですね?」
「なっ!?ひ、酷いですよ!か、神をお、脅すなんてしちゃ駄目なんですよッ!..うぅ..そんなことしないですよね?ユカリさんはそんな人じゃないですよね?ね?」
「............はい」
「なんですかッ!?今の間は!?」
どこか懇願するように紫へと詰め寄り若干涙目になっているエリス。それを見て紫はおもむろに立ち上がりエリスを見下ろして頭へ手を置くとそのまま撫で始めた。紫の突然の行動に「へ?ん?」と困惑するエリス。
「ふふ、冗談よ冗談。そんなことしないわよ。あっ、でもエリス教徒になるってのは本当よ?あとたまにでいいから屋敷にも『ブレッシング』とかそういうのを使ってくれない?その時はしっかりおもてなししますから。もちろん普通に遊びに来てもおもてなしするわよ。改めてよろしくね」
「ユ、ユカリさんっ!こちらこそよろしくお願いします!」
さて、これではれてエリス教徒となったわけだけど早速信仰する女神様にやってもらわなければならないことが。
「それでなんだけどエリス様、そろそろ追いブレッシングお願いしてもいいかしら..ブレッシングがきれかかってるのが分かるわ..はぁ..はぁ..こ、これがきれたらマズいわ..動悸が激しくなってきて..胸が苦しくッ..ブ、『ブレッシング』を!早く!」
「えっ!?えっと、『ブレッシング』!」
「よし、じゃあ進みましょうか。目指せ神器回収!」
そう言って落とし穴を軽く飛び越え先に進んでいく紫。エリスも苦笑いであとをついていく。ちなみに押し寄せていたコボルトの波は完全に落とし穴の奥底へと消えて一匹もいなくなっていた。
そしていろいろあったけどようやく最奥までやって来た。ここに来るまでも本当にいろいろあったわ。例えば――
「ユカリ!宝箱見つけたから周り警戒よろしく!」
「はいはい、わかったわよ」
「ユカリ....なんか鍵難しいタイプだったのに一瞬で空いたんだけど..」
「そう、運が良かったのね」
「そ、そうなのかなぁ....」
また少し進むと..
「ユカリ!?やっぱりおかしいって!このロックピックは基本一回使ったら終わりの消耗品なのになんでこんなに繰り返し使えるのぉ!?」
「....う、運が良かったのよ。あとそんなに大声出さないでよ..ここ洞窟だから反響してうるさいの――がぁっ!?あ、頭がッ!?」
「ユカリッ!?」
洞窟の天井の岩が紫の頭に落下、運が悪かった。
「ぶ、ブレッシング..お願い....」
「う、うん..わかった」
そして最奥のいかにもボス部屋という感じの岩の扉の前。
「途中から突っ込まなくなったけどこのダンジョン鍵の難易度の割に報酬が良すぎるよ..で、でも見た感じここはボス部屋!この扉を開くにはちょっとした工夫が――」
そう言ってクリスがポンと扉を叩くと簡単に開いた。
「....流石はクリス、随分と簡単に見えたけどきっと何か特殊なことをしたんでしょうねぇ」
「....もうっ!!なんなのっ!なんでこんなに簡単なんですかッ!」
ということもありクリスはちょっと理不尽にお怒り状態。
「まあまあクリス、落ち着きなさいって。難しすぎるよりはいいんだから。それに神器までもうすぐのところまで来てるんだから終わり良ければなんとやらとも言うじゃない?」
「でも..まあいいかな。たしかに目的は達成できそうだし――!」
クリス、紫が少し歩みを進めると突然地面が盛り上がり始める。それは次第に巨大な人間のような姿を形作り二人の行く手を遮るように立ちはだかった。
「どうやらここのダンジョンのボスは『ゴーレム』みたいだね。気をつけてね、ユカリ。ゴーレムは皮膚が岩で覆われて固いから生半可な攻撃じゃ――」
【『廃線「ぶらり廃駅下車の旅」』】
紫がそう言うと同時にこの世界には存在しないはずの電車が現れゴーレムに突っ込みそのまま壁に激突し大爆発を起こした。ゴーレムは何が起こったのか理解する間もなく消え去ってしまった。
「..........」
「よし、討伐完了」
普通だったらスペルなんて使わないんだけどクリスはエリスだし私が人間じゃないことも知ってるし加減は必要ない。というより現状手加減しての戦闘はしたくないのよね。なんと言っても運、悪いしね。ささ、クリスさん神器回収しちゃってださい。
ボスも倒して丁度中央にいかにもな台座が出てきた。クリスはむくれ顔をこちらに向けながらも神器を手に取る。すると乗っていたものが失くなった台座はゆっくりと沈んでいき完全に沈むと同時に何かカチリッという大変よろしくない音がなっていた。
「ふんっ」
「あー、クリス?悪かったわよ。次は真面目に攻略するから、ね?」
「....次は!しっかりと!わかった?..ユカリの場合は侵入とかの方がいいのかも....ん?なんか揺れてないですか?」
「そ、そうね..揺れてるわね..そういえばさっきなんかカチリって音が聞こえたような..」
お互いに冷や汗をかき向かい合う紫とクリス。
「クリス..」
「ユカリ..」
「「逃げろぉぉぉっ!!!」」
全力ダッシュで出口へと急ぐ。次々と洞窟が崩れだし始めるなか変わらず走り続けている二人。それからすぐに完全に崩れ落ち入り口からは土埃が大量に舞い上がる。中にいた二人はというと。
「なんとかなったわね」
「うん、でもこういうトラップがあるの..忘れてたよ」
土埃をもろに被ってはいるがなんとか無事ではあった。
その後クリスと一緒に屋敷に戻るまでにもブレッシングがきれて少しトラブルはあったものの比較的平和だった、らしい。
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