ゲーセンの前を通る度、水玉模様のスカートを穿いた、ポニーテールの少女が気になっていた。

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ゲーセンの少女

 

 

 不夜城の歌舞伎町には、今夜も路上に座る未成年者が屯していた。

 

「ね、君、いくつ?」

 

 だべりながら化粧をしている少女3人に、補導員の切通勝(きりとおしまさる)が声をかけた。

 

「え?……17」

 

 一人がガムを噛みながら答えた。

 

「高校生?」

 

「そう」

 

「どこの高校?」

 

「てか、あんた誰?」

 

 ピアスをしたリーダー格が上目で(にら)んだ。

 

「補導員だ。学生証を見せなさい」

 

 3人の少女は、“ヤバイ”と言った表情で顔を見合った。

 

「まだ、中学生だろ?」

 

 3人はゆっくりと(うなず)いた。

 

「親が心配してるぞ。早く帰りなさい」

 

「は~い」

 

 3人は声を(そろ)えて返事をすると、腰を上げ、ゲラゲラ笑いながら駅の方に行った。

 

 が、また、別の場所で同じことをするのは目に見えていた。切通ができることは、見かけた未成年者に声をかけ、帰宅を(うなが)すだけだった。

 

 

 ゲーセンの前を通ると、いつも見かける一人の少女がいた。時代遅れのきらいがある、ピンクの水玉模様のギャザースカートが印象的な、ポニーテールの小柄な子だった。

 

 いつも入り口の近くにある、〈モグラたたき〉をしていて、後ろ姿しか見たことがないが、どう見ても14~5歳だった。

 

 その子のことが気になっていた切通は、いつか声をかけようと思っていた。

 

 

 

 その夜も、切通は見回りをしていた。15~6歳の二人の少年が、ヤンキー座りでタバコをふかしていた。

 

「おい、いくつだ?まだタバコは吸えない年だろ?」

 

「やべぇ」

 

 一方がタバコを揉み消すと、もう一方も慌てて揉み消した。

 

「こらっ、ポイ捨てはマナー違反だろ?愛煙家なら、ちゃんと灰皿に捨てなさい」

 

「は~い」

 

 二人は声を揃えると、足元の吸い殻をつまんで腰を上げた。

 

「その前にいくつだ?」

 

「……ハタチ」

 

 ノッポの方が答えた。

 

「どう見ても20歳には見えんな。高校生か?」

 

 互いは顔を合わせると、ゆっくりと頷いた。

 

「電車があるうちに帰りなさい」

 

「は~い」

 

 二人は返事をすると、“助かった~”と言わんばかりに、ニッとして背を向けた。途端、手にした吸い殻をポイと捨てると駆け出した。

 

「ったく、もう」

 

 

 

 例のゲーセンの入り口を覗くと、いつものように、あの少女がいた。切通は思いきって声をかけてみることにした。

 

「ね、ちょっと、君っ!」

 

 機械音が飛び交う中、大きな声を出した。だが、ゲームに夢中になっているのか、少女は振り向かなかった。仕方なく、肩に手をやった。途端、

 

 

 

 手応えなく、手が少女の背中を通り抜けた。

 

「う゛ぇ」

 

 思わず意味不明な言葉が出た。

 

 少女の透けたピンクのセーターの中に、鮮明に見える自分の手に、切通は目を丸くした。

 

「お客さん、何か?」

 

 男の声が背後からした。振り向くと、従業員らしき若い男が不思議そうな顔で見ていた。

 

「……ぃゃ、この子に話が――」

 

 顔を戻すと、

 

 

 

 少女の姿はなかった。

 

「えっ……」

 

〈モグラたたき〉がぽつんとあるだけだった。

 

「こ、ここに少女がいたろ?水玉のスカートを穿いた、ポニーテールの子が」

 

 切通は早口で喋った。

 

「はぁ?このゲーム機、使えないっすよ。ほら、故障中って書いてるじゃないっすか」

 

「えー?」

 

 ゲーム機をよく見ると、確かに、“故障中”の張り紙があった。

 

 じゃ、いつも見ていた少女は幽霊だったと言うのか……。そう思った途端、切通は身震いをした。

 

 

 その夜、切通は突然死んだ。死因は突然死。独身だった切通には、遺族はいなかった。

 

 

 

 

 

 三途の川を渡ると、色とりどりの花が咲き乱れていた。空は雲一つない青空。青紫に見える遠山はまるで、幻想的な油絵のようだった。

 

 花畑を行くと、一人の少女が花をつんでいた。ポニーテールに水玉のスカート。

 

「アッ!き、君は……」

 

 振り向いた少女の顔は、

 

 

 

 

 少女マンガから抜け出たようなかわいい子だった。

 

「……私のこと、いつも気にしてくれて、ありがとう」

 

「え?」

 

「ゲーセンの私を」

 

「……やっぱり、君だったのか」

 

「あの世じゃ、あなたとゆっくりお話できないから、この世に招待しちゃった。……迷惑?」

 

 少女が不安げに見た。

 

「……ぃゃ、そんなことないよ。家族がいるわけじゃないし、あの世で生きようと、この世で生きようと、生きることに変わりはないんだから」

 

「……よかったぁ」

 

 少女がニコッとした。

 

 少女のその笑顔は、この先の切通の人生を暗示していた。すると、

 

「マサル~っ!」

 

 祖父母や両親が手を振りながら駆けてきた。

 

「じいちゃん、ばあちゃん、父ちゃん、母ちゃん」

 

 いつの間にか、15~6歳に若返っている切通が手を振って応えた。

 

 当の本人だけが若返ったことに気づいていなかった。

 

 

 

 

陰徳(いんとく)あれば陽報(ようほう)あり】 人知れず善行を積んだ者には必ずよい報いがはっきりと現れる。切通は、そんなことわざが浮かんだ。

 

 

 

 

 外見が若返ったのはいいが、脳年齢とはギャップがありそうだ。トホホ……。



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