鬼滅の刃 鳴神の鬼殺隊   作:清廉四季

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餓鬼に墜ちて

陽が沈み、闇が支配する黒く、黒く、真っ暗な夜。

 

 

 

とある町の、大きな屋敷が燃えていた。

 

轟々暴れ狂う炎は闇で塗りつぶされたこの町で唯一、光輝いていた。

 

屋敷の骨組みが折れ、その衝撃で舞った火の粉は庭の花々に燃え移る。

 

器から地面に零した水のように広がっていく火を見る二人の影。

 

 

 

燃える屋敷を目の前に泣き崩れる血塗れの少女を中心に干からびた骸が倒れている。それを見下ろす青年は僅かに口角が上がっているように見えた。

 

 

 

 

 

―――数年前。

 

 

 

 

 

僕は地元では名のある名家に生まれた。

 

お母さんはこの国の人ではなく家の人達から嫌われていた。お父さんは僕やお母さんを守る為に後を継がせず、女として生きることを条件に家族に手を出さないと言う約束を交わした。

 

その為僕は女物の着物を着て、外で走り回るのは許されず、他の人に目に見えないようにずっと部屋にいるよう言われた。

 

でも、僕はそれでも構わなかった。

 

お父さんが居て、お母さんが居る。それだけで僕は十分で幸せだったのだ。

 

 

 

しかし、そんな些細な幸せも神様は許してはくれなかった。

 

 

 

お母さんが病気で倒れた。

 

元々弱かったお母さんの身体に日々の心労が祟ったのだろう。

 

だが、幸いなことに重い病気ではなく金をかければ治る筈の軽い病気だった。しかし、お父さんはお母さんを治そうとはしなかった。

 

原因は分かっている。この国の人間ではなかったお母さんを疎ましく思った現当主である祖父が、手を回し医者を呼ばせないようにしていたのだ。

 

それからお父さんは僕とお母さんを避けるようになり、仕舞いには部屋に全く来なくなった。

 

そんな薄情なお父さんにお母さんは怒りもせずに「あの人の為になるのなら」と笑っていた。

 

日を追う毎にお母さんの身体は痩せ細り、骨が浮き出ている。呼吸も浅くなり、目から光が消えていく。

 

そんなお母さんに僕は手を握ってやることしか出来なかった。お母さんは笑いながら「貴方のせいじゃない」と言いながら僕の頭を優しく撫でてくれる。

 

その手は温かく、優しい。

 

 

 

 

 

それから数ヶ月後。お母さんは息を引き取った。

 

 

 

 

 

結局何も出来なかった。手を握ってやることしか出来なかった。

 

葬式も挙げてもらえず、遺体は焼かれ、遺灰は何処かに散骨された。

 

それから、直ぐに僕は屋敷の離れにある蔵に閉じ込められ、祖父や親戚から酷い虐待を受けた。

 

時間が経って二年。毎日のように殴り、蹴られ。満足いく食事も与えられず。僕の身体は死ぬ前の母の様に痩せ細っていった。

 

そして、今晩も地獄のような日々を過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「売女の子供め! 汚らわしい!」

 

 

 

薄暗い蔵。窓から月明かりが差し込み、中を照らす。

 

 

 

「いたい! いたい! やめて! もうやめてください! ......もうやめて」

 

 

 

月の色がそのまま髪に溶け込んだような伸びきったプラチナブロンドを掴み殴られる少女の様な少年。その空色の碧眼には涙を浮かべ、声変わりをしていない鈴の音色の様な美声は必死に助けを求めるが、誰もその言葉に答えることはなかった。

 

 

 

「黙れ男女! お前は我が一族の汚点だ!」

 

 

 

倒れている僕に親戚の人たちは容赦なくお腹を蹴り上げた。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

お腹の中から何かが上ってきて我慢出来ず、地面に向って吐いてしまう。それを見た親戚の人達はまた僕を罵倒し顔を踏みつけた。

 

見るからに高価だと分かる桜色の着物は砂や埃で汚れ、度重なる暴行で破れ、今は見る影もない。

 

 

 

辛い。しんどい。身体中痣だらけで痛いし、喉もヒリヒリする。もう嫌だ。誰でもいい。人でも、仏様でも、鬼でもいい。誰か、僕を助けてください。

 

 

 

「女だったら遊郭に売り飛ばしてやる所だが......。男に生んで貰えたことを父親に感謝するんだな! ほら! 感謝せんか! ありがとうございますと!」

 

 

 

髪を掴み、強引に顔を上げさせると祖父の下卑た笑いと共に僕に感謝をしろと言う。

 

頭が痛く祖父が何を言っているか分からなかった僕は言葉が出ずに黙っていると、頭を乱暴に揺すられ頬を叩かれた。

 

 

 

「あ、あ、ありがとう......ございます」

 

 

 

「聞こえんな!」

 

 

 

「いたい! ありがとうございます! ありがとうございます! あり―――っ!!」

 

 

 

一回でも殴られる回数を減らす為に僕は言われた通りに言葉を発し続けた。

 

 

 

「いやいや。冷然殿。あの売女同様に顔だけは造りは良い。男娼として売り払えば良いのではないですか? 私の知人に遊郭で商売をしている者がおります。そ奴に頼んでみましょう。この珍しい髪と瞳、そしてこの造形。必ず高く売って見せましょう」

 

 

 

「そうかそうか。それは良い。高く売れたら皆で宴会をしようではないか!」

 

 

 

祖父がそう言うと周りの人たちは口々に祖父に感謝の言葉を送り、濁った目で僕の顔を見ている。

 

その目には一変の慈悲はなく、まるで泥のようにドロドロしている。気持ちが悪い目。

 

 

 

しばらく僕に暴力を振るうと満足したのか血を流しながら倒れている僕を尻目に蔵から出て行った。

 

 

 

「ほれ、食い物だ」

 

 

 

全員が出て行き、最後に祖父が蔵の外で僕に向って丸い物を投げた。おにぎりだ。

 

その冷めて硬くなったおにぎりが僕の近く落ちる。

 

 

 

「ありがとうございます......」

 

 

 

「死んでもらったら困るからな。精々高く売れてくれよ。売女のガキ」

 

 

 

そう言い残すと祖父は扉を閉め、ガチャリと鍵を閉めた。

 

しばらく痛みで起き上がれなかったが、この状態のままだと死んでしまうので、痛みに耐えながら地面に落ちたおにぎりを拾い上げ、口に入れる。

 

 

 

「―――」

 

 

 

ジャリジャリと砂の感触が米の味を邪魔をする。

 

不快で顔を歪めるが、それでも食べないと死んでしまうので仕方なく食べた。

 

 

 

おいしくない。それに全然お腹が膨れない。これじゃ足りない。

 

 

 

そう思っても食べるものがないので仕方なく何時もの定位置である蔵の隅に足を抱え座り込む。鉄格子の付いている窓から月を見ながら痛みを紛らわす。

 

黄色く光り輝き大地に淡く明かりを灯す。誰の手にも届かず、誰にも邪魔されない自由な存在。

 

 

 

「綺麗......」

 

 

 

痣だらけの腕を片方の腕で撫でながら目を瞑り、瞼の裏に幻想を見る。

 

好きな時に走り回り、好きな時にお腹一杯食べる事ができ、優しい両親と友達。春には家族でお花見をして......夏はかき氷が食べたいな。秋にお月見をして、冬はお母さんと一緒に寝たい。

 

昔に戻りたい......。

 

お母さんに会いたい。お母さん......お母さん......。

 

 

 

「会いたいよお母さん......」

 

 

 

小さく呟く。

 

すると、鍵の開く音がした。

 

 

 

「蝶花!」

 

 

 

「お父さん......」

 

 

 

扉が開き、男性が現れた。怯えながら辺りを見渡し、ビクビクと身体を震わせながら蔵の中に入って来た。如何にも臆病そうな男。それが、僕の父親、裏表山龍才うらおもてやまりゅうさいだ。

 

お父さんは僕を見つけると駆け寄ってきた。

 

その顔は青白く、目には涙を浮かべている。

 

 

 

「ごめん......ごめんよ蝶花! 俺に力がないばっかりに」

 

 

 

「痛いよお父さん」

 

 

 

ここに監禁されてからお父さんは人目を盗んでは僕の所に来る。

 

そして、決まって泣いて謝るのだ。

 

 

 

「こんなに痩せ細って―――ほら、食べものを持ってきたぞ」

 

 

 

懐から白い饅頭を出し僕に差し出してきた。

 

 

 

「お父さん。何時、僕はここから出られるの?」

 

 

 

「っ!! すまない。お父さん頑張るから、お父さんが何とかしてここから出してやる。ここから出たら二人でこの町を出ような?」

 

 

 

「うん」

 

 

 

お父さんが僕の為に頑張ってくれている。もう直ぐここから出ることが出来る。その事実が僕の生きる希望になっていた。

 

そう思うと不思議と少しだけ身体が楽になるのだ。

 

 

 

手で掴もうとすると折れているのか腕を伸ばすことが出来ず、饅頭を取ることが出来ない。

 

そんな僕を見て、お父さんは更に涙を流した。

 

そして、僕の手にそっと饅頭を握らせると、優しく僕を抱きしめる。

 

 

 

「外に出たら幾らでも美味いものを喰わせてやる。どんな物でも買ってやるから......だからもう少し......もう少しだけ我慢してくれ」

 

 

 

「うん」

 

 

 

震えて上手く動かない腕を慎重にゆっくりと動かしながら饅頭を口に運ぶ。

 

 

 

甘い。普通の食べ物を食べるのは何ヶ月ぶりだろう。唾液腺が弾けそうになる。

 

 

 

一口一口味わいながら咀嚼し、食べ終わると唐突に眠気が訪れた。

 

瞼が重く、まどろみの中に落ちていく。

 

 

 

「眠たくなって来たよお父さん」

 

 

 

「ああ。寝るまで傍に居てやる。だからゆっくり休みなさい」

 

 

 

「うん。お休みお父さん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝、目が覚めると父は消えていた。元の場所に戻ったのだろう。

 

 

 

しょうがない、僕と関わっているのが他の人たちにばれるとお父さんが危ないのだ。

 

僕にはもう、お父さんしかいない。お父さんと暮らす為にも今は我慢しなければ。我慢さえすればきっとお父さんが助けてくれる。

 

 

 

「今は我慢しなくちゃ」

 

 

 

一年間の虐待を受けてせいで、立ち上がることが出来ない。腕だって力一杯握っても軽いものを掴むのが精一杯。もう何時死んでもおかしくない。それに、祖父は僕を売り飛ばすとも言っていた。

 

お父さん。早く。早く僕を迎えに来て......。それまで僕頑張るから。痛みにも耐えれるから。

 

 

 

「早く助けにきて、お父さん」

 

 

 

毎晩の様に蔵に来ていたのにぱったりと祖父達が蔵に来なくなった。

 

その上、お手伝いさんが僕の事を治療してくれ、監禁される前程豪華ではないものの普通の人が食べているような食事を出されるようになった。着物も新しく貰い、身体や髪を洗うよう大きな桶にお湯を持ってきてくれ、さらに、埃まみれ、砂まみれの地面を掃除してくれ、畳と布団を用意してくれたのだ。その代わりなのか何故か蔵の扉の鍵が増え、蔵の中にも牢のような柵を取り付けられた。

 

 

 

 

 

今までとは考えられない程の待遇の変化。

 

 

 

 

 

―――お父さんが僕を守ってくれたんだ。

 

 

 

 

 

きっと何か手を使って祖父を説得したんだ。そうに違いない。

 

そう思ったらどうしようもなく嬉しくなった。

 

見る見る内に体重は増え、傷や痣はなくなっていった。

 

しかし、残念ながら長いこと飢餓状態にあったせいなのか、体重が戻っても身長は伸びることはなく。そして、同時に声変わりも起こる事は無かった。

 

 

 

しかし、あの地獄のような日々から逃げる為の対価と思えば惜しくなかった。

 

だが、それでも一つ気がかりがある。

 

お父さんが蔵に来ない。

 

一週間経っても......一ヶ月経っても......半年経っても僕の所にお父さんは現れなかった。

 

 

 

「あの......父は出掛けているのですか? まったくここに来てくれないのです」

 

 

 

「すみませんお嬢様。若様の事は話すなと当主様に言いつけられているのです」

 

 

 

「そんな......」

 

 

 

「申し訳ありません」

 

 

 

お手伝いさんに聞いても話してはくれず、困惑したような、申し訳なさそうな表情で「わからない」「当主様に話すなと言われている」など同じような言葉を繰り返すだけ。

 

 

 

お父さんを来るのを待った。きっと直ぐに来てくれる。扉を開けて何時ものように僕を泣きながら抱きしめてくれる。そう思いながらずっと、ずっと待ち続けた。

 

 

 

桜が咲き......蝉が鳴き......落ち葉が落ち始め......雪が降る。

 

 

 

一日中、扉を見て。鍵の解く音を聞き逃すまいと四六時中聞き耳を立てた。

 

 

 

それでもお父さんは現れず、一年の時が経ってしまう。

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