修行半年目。
雷の呼吸と六つの型を覚えてからは唯ひたすらに習ったことを反復して自己鍛錬をするよう言われた。
一週間の間に覚えたというのにそこから一向に進んでいないのに僕は若干、腹を立てながら何時ものように日が沈んでから直ぐに納戸から這い出し、入り口の傍にある箒を持つと戸を開いた。
畳に血の染みを作って以来、太陽が沈んだら直ぐに小屋の周りを綺麗に掃除しろとこっ酷く叱られた。
だからこうして寝惚け眼で目を擦りながら、早起きしてせっせと掃除に勤しんでいる訳だ。
『カァー! カァー! オテガミ! オテガミ! カァー!』
埃を掃いていると上から甲高い声が聞こえてきた。
鬼殺隊の伝令約。
雫と左近次が来てから定期的に手紙を送ってくるようになった。
まぁ。文字を書けないから返事はかけないんだけどね......。
箒を立て掛け、手を上に掲げるとそこに鎹鴉がそっと止まった。そして、足に括りつけられている紙を解くと、手に乗ってる鴉を肩に移し、手紙を開いた。
『菜種梅雨雫です。夏も終わりすっかり秋ですね。それはそうと左近次は貴方に気があるようですよ。気が付けば貴方が居る山の方向に顔を向けているのです。これはもう確定ですよね?』
「ふふ......」
小さく笑いながら返事を鴉に覚えさせた。足に括りつけて運ぶ為、あまり長い文章に出来ないので何時も短いが、金継の地獄の修行の中でその短い手紙が僕の唯一の楽しみになっている。
『カァー! カァー!』
飛び去っていく鎹鴉に手を振りながら掃除を再開した。
そして、小屋の周りを一通り掃除し終えた頃、金継が姿を現した。
「今日から鬼を狩る」
唐突に言ってきた。
「鬼......ですか?」
小屋の中に箒を戻しながら金継に返事をする。
「これから先の修行で必要なのは経験だ。故にお前には鬼を狩ってもらう」
「でも、普通修行中に鬼って狩らないものなんじゃないですか? だって、ほら。鬼を狩る為に学んでいる訳ですし」
「そんなのは有象無象の育手の育て方だ。知識を学び、経験で己が物にする。それが最も早く強くなれる近道である」
「はぁ......。では森に入るんですか?」
「いや。森ではない。近くの村に行く。」
どうやら森の中の鬼を殺すのではないらしい。でも態々何で村まで行くんだろう。
「理由を聞いてもいいですか?」
「森の鬼を狩らないのはここに人を来させない為だ」
「来られたくないのですか?」
「当たり前だ。私は鬼より人間が嫌いだからな。だから人が来ないように森の中に居る限り、見逃しておいている」
「そこまで嫌いなんですか」
「ああ嫌いだ。必要以上に会話をしたくない―――行くぞ」
金継は一方的に話しを打ち切ると森に向って走っていった。
「ちょっと! 待って!」
僕も急いでその後を追う。
「ここだ」
「......」
何時もの森を抜け、しばらく走った所に目的の村に着く。
そこは、まるで人が住んでいないかのように静かで、音一つ聞こえなかった。
「今朝、鴉が飛んできた。お館様からだ」
懐から出した手紙を僕に投げるように渡してきた。それを何度か掴みそこねながら何とか地面に着く前に掴み取ると、その手紙を開いた。
『雫から話は聞かせてもらった。貴方が育ててくれていると聞いて大変嬉しく思う。その上でお願いしたいことがある。近くの村に鬼が出没しているという報告が入った。それを貴方に是非滅して欲しいのだ。無論、報酬は払う。詳しい場所は別途紙に記し同封する』
紙を捲るとそこにはこの場所を記した地図と報告された鬼の特徴が書かれていた。
「異形の鬼......」
「ああ。腕が四本あってそれぞれ刃のように伸びているらしい」
「この鬼を狩るのですか?」
「ああ。お前がな。私は遠くからお前が逃げないか監視している」
「わ、私ですか。予想していましたけど。......因みに僕が逃げたらどうなりますか?」
「鬼殺隊は鬼を滅する事だけではない。出来るだけ早く鬼を見つける事もまた滅すると同じくらい重要だ。今回はそれを学んでもらう」
僕の言葉を無視しながら言う。
金継を見ると、刀を挿しておらず手には何時もの木刀を持っているだけだった。
端から自分で戦おうと思って来ていないのは分かっていた。
奥は呼吸を整え、何時でも雷の呼吸を出せる状態に保ちながら一番近い家に向って歩き出した。
「すみません!」
「はーい。―――どうしました?」
男の人が出た。僕の格好を見ながら腰に刀を挿していることを確認すると顔が強張る。
警戒されたか?
「夜分に失礼します。最近このあたりで行方不明が多発していると聞きました。何か心当たりはありませんか?」
「―――貴方は......いや。そうだな、ここから三軒目の山さんの子供が一週間前から行方不明だと泣いていた。そこの人に聞くといい」
「はい。ありが―――」
ガチャ。
男がそう言うと僕の返事を聞かずに扉を閉めてしまった。
「三軒目の山さん」
いつの間にか消えた金継のことは放っておいて、男から手に入れた情報の家に小走りで向った。
「すみません」
「......はい。何ですか? こんな夜更けに......」
「夜分に失礼します。ここから三軒先の男の人に最近この村で起こっている行方不明のことを尋ねましたらこの家のことを教えていただきました。少し、お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「貴方は誰ですか?」
「私は......鬼殺隊の者です」
「鬼、殺隊?」
「はい。鬼を滅する為の機関です。上の者から指示がありましたので調査に参りました」
そう言うと半信半疑といった感じで家の中に入れてくれた。その人達の話しによると、一週間前裏山で遊んでいたこの家の子供が夜になっても帰ってこなかったという。彼らが知っているだけでも五人。この村から消えたらしい。
「あの。......これは鬼の仕業なのですか?」
「上からの指示でここに参りましたので、その可能性は高いです」
僕がそう言うと二人は泣き出してしまった。
そりゃそうだ。鬼に連れ去られたら帰ってくることはない。喰われるのだから。
声を出して泣いている子供の両親を見ていて僕は何も言えなかった。
きっと無事だとか。絶対助けるとか。有り得ないことは口が裂けても言えない。
泣き崩れる二人を見ながらこれ以上得られる情報はないと判断し、当たり障りのないことで励ましておいてから家を出た。
「どうだった」
「わぁ! 金継さん。―――裏山で消えたらしいです。分かっているだけで五人です」
「なら早く行け」
「理不尽な......」
僕の話を聞いてから金継はまたどこかに消えてしまった。
気を取り直すと、話に出てきた裏山に脚を進める。呼吸を意識して雷の呼吸で力を高め、段々と速度を上げ、目的の場所に走りぬけた。
瞬く間に裏山の目の前に到着すると、周囲に気を配りながら山の中に入って行く。
風で木の枝や茂みが揺れ、擦れ、音が周囲から聞こえてくる。気を張っている時に聞こえてくる山の音は少し不快で、僕の心を乱した。
ブーツ越しに足に湿った土の感触が伝わる。視線を下げ、腰を下ろすと手で湿った土を掬い取り手の上で確かめるように触る。
「血......」
固まっていないと言うことはごく最近の血だ。僕はより一層警戒を強め、何時でも戦えるように刀を引き抜く準備をしていた。
澄んだ空気からかすかに漂ってくる血の匂いが敵が近くに居ることを知らせてくれる。
茂みが大きく擦れる音が聞こえた。足音を殺し、音の源の所に段々と近づいているのが分かった。
かなり近い。もう直ぐだ。
木の幹の影に隠れ、音のする方向に顔を少し出し、目を凝らしてそっと伺う。
「うまい......うまい......」
四本の刃のような腕を旅人のような風体の男の身体に突き刺しながら首筋に牙を付きたて、肉を貪っていた。
「ふぅ......」
一撃で終わらせる。
木の陰から茂みに移動し、相手から見えないように限界まで体勢を低くして大きく上半身を前傾に、居合いの構えを保ちながら雷の呼吸を行う。
「雷の呼吸一ノ型。霹靂い―――っ!」
技を放つ瞬間。後ろから強い鬼の気配がした。
急いで技の体勢を中断し、身体を捻るように後方に視線を向けた。
「オラァ!」
同じような姿の鬼が刃を僕に振り下ろしていた。無理矢理、身体を力を加え、紙一重に刃を避けた。
「くっ!」
気を張り詰めすぎたせいで気配に気付くのに遅れた! 鬼が二人いるとは聞いていないぞ。ここは一旦距離を取らないと。
体勢を立て直し、大きく後ろに下がる。
今の鬼の声で貪っていた鬼も此方に気が付き、刃に滴る血を舐めとると僕に向って迫ってきた。
「何だこいつ!?」
「刀を持っていておかしな格好。前に来た鬼殺隊とか言う奴らの仲間だろうよ!」
四本の刃が次々と攻撃を放ってくる。それに加え、後方から同じように四本の刃の腕が切りかかってきた。
「雷の呼吸肆ノ型。遠雷!」
回転するように刀を振る。青色の稲妻が僕を中心に広範囲に走る。
一人は片腕を。もう一人は脇腹の肉を切り裂いた。
「うぉ!」
「こいつ! 前に来た鬼殺隊の奴らと強さが違う!」
「雷の呼吸伍ノ型。熱界雷」
片腕を斬り落とした鬼の頸を下から上に斬り上げた。見事、頸を斬り落とし、灰になって散っていった。
「なぁ!? ―――お前、人間ではないな! お前の匂い、それに気配、まるで......」
まずい! きっと金継がどこかで監視している筈だ! ここで大きな声で言わせる訳にはいかない!
急いで攻撃の体勢にたてなおし、もう一方の鬼の頸を狙いを定める。
「うおぉぉぉぉ!! 壱の型霹靂一閃!」
鬼の声を掻き消すように喉が枯れるほどの大声を出し、相手の頸を斬り落とした。
「はばぁ!」
勢い余って頸と共に後ろの木々も数本切り倒してしまい。轟音が山中に響き渡った。
「危なかった」
「何が危なかっただ? 不測の事態に対処し、適切な対応で鬼を滅したではないか」
「か、金継さん。いや、これはその」
「―――帰るぞ」
木の枝に立ち、僕の事を見下ろしていた金継。焦る僕を気にも留めず、枝から飛び降り、山を降りていった。
聞かれていなかったのか......。
安堵した僕は鬼達の犠牲になった骸を一瞥すると、金継の後を追って言った。
「金継さんは知っていたんですか?」
「鬼が二匹いたことをか? 勿論知っていた」
「でも、鬼の情報にはそんなこと一言も書いていませんでした」
「あれは私が摩り替えた情報だ」
「なっ! 何てことするんですか! もう少しで死んでいた所でした!」
僕がそう言うとはっと笑い。「あれしきのことで死ぬのならそれまでのことだ」と言い捨てた。
何時ものことだったが平気の顔で言い放つ老人に言いようが無い憤りを覚えた。
「もう!」
「これでお前はまた一歩強者に近づいた。喜べ」
「喜べって......。はぁ、村の人たちに報告してきます」
「必要ない。あやつらは自分の家族が居なくなっても泣いて何もしなかった弱者だ」
「......先に帰っていて下さい」
「―――好きにしろ」
金継は足を速め、姿を消してしまった。
「鬼は滅しました。これでもう人が消えることはないでしょう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
夫婦は泣きながら額を床に押し当て僕に感謝していた。明日の朝、骸を探しに行くと言う。
最初に尋ねた家にも報告に訪ねると、小屋へと戻った。
「只今戻りました」
「こっちに来い。話がある」
「何ですか?」
腰から刀を外し、小屋の中に入ると囲炉裏の前に座っている金継が僕のことを呼んだ。
何の事かと思いながら何時ものように対面に座る。
「お前、ちゃんと全集中の呼吸を行っておるな?」
「はい......まぁ、やらないとお腹殴られますし」
「お前が今行っているのは全集中常中と言う技術である」
「そうなんですか」
「しかし、まだ足りん。常中では鳴神を十分に使いこなすことは出来ない。故に常中よりもより高度な呼吸法を会得してもらう」
「高度な呼吸法......ですか?」
これより上の呼吸の仕方があるのか......。常中を出来るようになったのもごく最近なのにまた、あの肺の痛くなる修行をしなければならないとは。頭が痛くなる......。
「名を全集中雷電と言う」