修行二年目。
「お前に教えるべきことはもうない」
日が沈み、自己鍛錬を行っていた時に言われた。
「はい」
アレから一年の時が経ち、僕は鳴神の呼吸を完全に会得することが出来た。毎晩毎晩今までの修行が天国に思えてくる程厳しく、何度も心が折れそうになったが無惨さんのことを思い出しながら必死に金継の教えを学んだ。
やっとだ......。最終選別を通ると晴れて僕は鬼殺隊に入隊することが出来る。
そう思うと自然と涙が出そうになる。しかし、金継の前で涙を流すと慰めの言葉ではなく拳骨が飛んでくるので頑張って涙が出ないように抑える。
「最後に最終選別に行って、通ることが出来ればお前は鬼殺の剣士になることが出来る。選別の場所である藤襲山ふじかさねやまは森が深い、故に日の心配をする必要はないだろう」
「はい」
「明日の晩に出ると良い。今日はここで寝ろ」
「分かりました」
「片付けろ」と私に腰の刀を二本投げ渡してくる。それを難なく受け取ると、小屋の中の何時もの場所に立てかけた。
それから、囲炉裏の方を見ると、空の杯を片手に静かに座っている金継が目に入る。
あれから、毎日の様に金継の酌をした。酒を注ぎながら金継の話を聞くのが日課になっているのだ。それが以外に楽しく、雫さんとの鴉でのやり取りと別に日々の楽しみが増えて嬉しかった。
これも今日で最後かな......。
ブーツを脱ぎ、畳の上に上がると、ゆっくりと金継の傍に座り、瓢箪を掴むと丁寧に杯に酒を注いだ。
「今日で最後ですね」
「......ああ」
短くそう言うと勢い良く杯を傾け、一気に酒をあおった。
「今日は何の話をしてくれるんですか?」
「ふむ......」
僕が言うと顎を摩りながら、目を閉じ何かを考えている。そして、暫くすると杯を置き立ち上がり、納戸を開き、空色の羽織を取り出し、僕の方に投げよこした。
「これって。八重さんから貰った羽織ですよね?」
「ああ。私はもうそれを着る事はない。だからお前にその羽織を餞別としてやる」
ぶっきら棒にそう言い放ち、ドスンともとの場所に座り直すと杯を拾い上げ、僕の目の前に突きつけて来た。投げ渡された羽織を一旦側に置くと酒を注いだ。
「いいんですか? 大切なものなんじゃ......」
「大切なものだ。だからお前にくれてやるのだ」
「っ! それって」
「見て分かると思うが私はもう長くはない。私が死ねば、この家も朽ちていくだろう。その前にお前に大切なものを託そうと思ったのだ。だからくれてやる。黙って受け取れ」
「そんな......」
そんなことはない。そう言おうとしたが、口に出すことが出来なかった。金継は気休めや哀れみで物を言うのを嫌うからだ。
瓢箪を握り締め、グッと喉からでかかったその言葉を押し込む。
「そんな顔をするな。―――人間は何時か死ぬ。どんなに強かろうとどんなに賢かろうとな......。だから楽しいのではないか。百年も満たない時の中で笑い、悲しみ、怒り、喜ぶ。友を作り、友情を深めて、恋人を作り、愛情を深める。困難を乗り越え、強くなるのも幸せを知り弱くなるのもまた人生の楽しみよ。私には子供が居なかったから子を育てることは出来なかったが、......まぁ、それは叶ったと言ってもよいだろう。―――嗚呼、悪くない......少ない時の中で色々なことが出来た。欲を出せば八重と共に死にたかったがな」
そう言いながらゆっくりと手を僕の頭の上に乗せる。
「え? あの......」
「私は人を褒めたことがない。それを考慮して聞くがよい。―――お前は私の修行について来れた。私の修行について来れた者は一人としていない。蝶花―――」
―――お前は賢く強い子供だ、私はお前を誇りに思う。
何時もの金継と違い、優しい口調。頭に乗せた手はゆっくりと撫でている。その手は温かく、僕の身体を包み込み、心地よい気分にさせてくれる。
「―――がねづぐざんかねつぐさん!」
その瞬間。頑張って抑え込んでいた涙が溢れ出した。しかし、金継は何も言わずに、唯僕の頭を優しく撫でている。
まるで滝のように涙が溢れ、小屋の外まで聞こえるほど大きな声で泣き叫んだ。
どれだけの時間が経っただろう......。
喉が痛くなり、涙が出なくなるほど泣き枯らした。
「泣き止んだか?」
「......はい。お騒がせしました」
「よい......もう寝なさい」
「はい。おやすみなさい」
「ああ、......おやすみ」
瓢箪を金継に渡すと、羽織を拾い上げ納戸を開き、頭から布団の間に突っ込んだ。そして、片手を布団から突き出すと納戸の戸を中から閉める。
「金継さん......」
憎いほど厳しく接せられたのに会えないと分かると、恋しくなって仕方がない。金継の所を離れたくないとまで思ってしまうほどだ。
不思議な胸の苦しさを覚える。
身体を丸め、羽織を抱きしめると、その痛みも少し和らいだような気がした。
散々泣いたからか、疲れが一気に僕を襲い、自然と瞼が閉じていく。そして、最後になる布団の感触と戸の外から感じる金継の気配を感じながら眠りに入った。
「忘れ物はないな?」
「―――はい」
刀を両腰に挿していること、羽織をちゃんと着ていること。もう一度確認し、全て揃っているのを確認した。因みに背嚢は邪魔になるから納戸に置いていくことにした。
「では行って来い」
「はい。行ってきます」
呼吸を整え、高めると常中を雷電に変える。
周囲に青色の稲妻が現れ、地面を焦がす。足に力を入れ、地面を蹴り、森の中を駆けて行った。凄い早さで、周囲の景色が変わっていく。あっという間に森を抜け、田舎道を走り、目的の藤襲山に向った。
途中、朝を乗り越え、藤襲山に辿り着く。
両側に藤の花が咲き乱れている石畳の階段上っていく。
気分が悪くなるが、一気に走り抜け、上に到着した。そこには何人もの子供達が緊張した面持ちで立っており、ピリピリとした空気がこの空間一体を張り詰めていた。
周りの視線に耐え、少し立ったこと。
「「皆様。今宵は鬼殺隊最終選別にお集まりくださって、ありがとうございます」」
着物を着た二人の少女が現れた。
言い方から察するに案内役だろう。
僕はそう思うと彼女達の言葉に耳を傾けた。
「この藤襲山には鬼殺の剣士様方が生け捕りにした鬼が閉じ込められており外に出ることは出来ません」
「山の麓から中腹にかけて鬼共の嫌う藤の花が一年中狂い咲いているからでございます」
だから、気分が悪いのか。知らなかった。
「しかし、ここから先には藤の花は咲いておりませんから鬼共が居ります」
「この中で七日間行き抜く、それが最終選別の合格条件で御座います」
「「では、いってらっしゃいませ」」
淡々と説明をすると。頭を下げ、僕達を見送っていた。
次々に山の中に入って行く子供達の背を見ながら僕も山の中に足を進めた。
「雷の呼吸壱ノ型、霹靂一閃」
「ぎゃ!」
山に入って早々鬼と遭遇し、殺す。
鳴神の呼吸は刀に不可が掛かるから雑魚には他の型で殺せと言われているので今回は鳴神の呼吸は使わない。
にしても......。
僕の周りに倒れている頸の無い四体の鬼の死体を見渡す。
「......弱すぎる」
そりゃあ元柱に来る依頼をこなしていたら駆け出しが相手にする鬼なんて大人と子供ほどの差があるのは分かっていたが......。それにしても弱い。
「お前! 鬼ではないか! どうして鬼が人間の味方をする!」
焦りの表情でじりじりと下がりながら問いかけてくる。
「貴方が知る必要はありません―――炎の呼吸壱ノ型、不知火」
「や、やめっ」
地面を強く蹴り、一瞬で間合いを詰め炎と雷混じった刀身を相手の頸を斬り飛ばした。火に包まれた死体は地面に倒れる前に炭となり、暗闇に消えていった。
「弱すぎ」
一度くらい防御しろと思いながら刀を鞘に戻そうとした時、後ろの茂みがガサガサと揺れ一人の剣士が出てきた。
「お前、さっきの話し......鬼って」
震える声で剣先を僕に向ける子供。その目は怒りが浮かんでいた。
「―――」
油断した。
「野蛮な鬼め! 俺がここで滅してやる!」
「ごめんなさい。聞かれた以上は貴方には死んでもらいます。―――風の呼吸壱ノ型、塵旋風・削ぎ」
「っ!」
地面を抉るように斬撃を放ちながら勢い良く突進する。剣士はそれを防ごうとするが、上手く防御をすることが出来ずに刀が折れてしまう。
そして、衝撃で後ろに仰け反った隙に、心臓を狙って剣を突き刺した。
「感情で動くのは鬼殺の剣士しっかくですよ?」
「ごほっ! 鬼が......なんで呼吸......を」
刀を引き抜き血を飛ばすと鞘に戻した。
子供は胸から絶えず血が溢れ出し、その場で倒れる。その目からは依然として怒りが見え、僕を睨みつけていた。
「これも無惨さんの為......」
動かなくなった子供の死体の前で手を合わせ、小さく「ごめんなさい」と呟くとその場を後にした。
「ぐはぁ!」
「ま、まってくがぁ!」
次々に頸を斬っていく。腕を斬り落とし、頸を斬る。足を斬り落とし、頸を斬る。胴体を斬り落とし、頸を斬る。作業のように淡々と鬼を滅していき、気付けば回りには鬼が消えてしまった。
「......どうしよう」
最後の鬼を炭になり消えていくのを見送ると、これから六日間の事を考え出した。
この調子ならこの山に居る鬼を全て殺してしまう。いっそのこと時間が経つまで隠れていようか。いやでもそれじゃあ―――。
色々考えながら歩いていると目の前に五人の刀を携えた剣士が立っていた。
格好から察するに鬼殺隊の隊員だろう。どうして、山の中にいるんだ? 今は最終選別の筈。
「この子で間違いないのか?」
「あぁ」
「どうかしましたか? 今は最終選別の最中ですよ」
「すまない。上からの命令だ」
「―――」
もしかして私の正体がばれたのか?
腰の刀に手を乗せ、何時でも型を繰り出せるようにしておく。
「特例として君を最終選別を合格とする。入って来た場所に戻るように」
「え? それはどう言うことでしょう」
「君は異常な早さで鬼を殺し続けている。このままでは山の中にいる鬼が全て滅せられてしまい、他の子達の選別に支障が出てしまうんだよ。だから君は特例として七日の所を繰上げで合格とする。との事だ」
「......はい、分かりました。では元の場所に戻ります」
「じゃあ、私達は戻るよ。必要ないとは思うけど、道中気をつけてね」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「おめでとうございます」
「ご無事でなによりです」
「
「まずは、隊服を支給させて頂きます。身体の寸法を測り、その後は階級を刻ませて頂きます」
「階級は十段階御座います」
「甲きのえ、乙きのと、丙ひのえ、丁ひのと、戊つちのえ」
「己つちのと、庚かのえ、辛かのと、壬みづのえ、癸みずのと」
「今現在貴方様は一番下の癸で御座います」
「はい」
「本日。刀を作る鋼。玉鋼たまはがねを選んで頂きますが、十日から十五日掛かります」
「その前に―――」
そう言うと、片方の女の子が手を二回叩いた。すると、上から梟が飛んで来て僕の頭に止まった。
「重い......」
「本来なら鎹鴉を宛がうのですが、此方の事情で梟を用意することにしました」
「い、いいえ。大丈夫です」
机の上の風呂敷を取ると、鉱物の塊が数個並んでいた。
「鬼を滅殺し、己を守る刀の鋼はご自身で選ぶのです」
「さぁ、どうぞ前に来てお選び下さい」
机の前に進み、ジッと玉鋼を見つめる。しばらく見つめよく分からないので、直感で二つの玉鋼を選んだ。それから、別の場所に移動し、寸法を測ってもらい、隊服を作ってもらった。今着ている袴のように出来ないかと聞いたところ可能と言うので、そうしてくれるよう頼んでおいた。