「......お父さん」
お父さんは何故、僕の所に来てくれないんだろう。
考えても考えても分からない。外に出る事も出来ず、窓から空を眺めることしか出来なかった。
そんな時に彼と出会った。
「いてっ!!」
何か落ちる音と共に少年の声が窓から聞こえてくる。
手すりに掴まりながら立ち上がり、窓から外を覗き込む。
「誰かいるの?」
「? 何処だ?」
そこには少年が倒れているのが見える。
背中から落ちたのか、仰向けに大の字で倒れており、苦悶の表情を浮かべている。
そして、僕が話しかけると辺りを見渡し、声の正体を探し出す。
「ここ」
「うおっ!」
やっと見つけたのか、驚きながら僕に近づいて来た。
「何でこんな所に居るんだ?」
「貴方こそどうしてそんな所に居るんですか?」
短髪の黒髪に日に焼けた小麦色の肌からは汗が流れ、身体中砂まみれだ。
「そこの柿を採ろうとしたんだけどよ。落ちちまったんだ」
「......柿泥棒ですか?」
「どろ! ......泥棒じゃねぇよ。あそこに実が生っていたから採ろうとしただけだ」
図星だったのか慌てて僕の言葉を否定する。
そして、少年は話題を変えようと目を泳がせながら必死で話のタネを探す。
「そ、そうだ! お前なんでそんな所に居るんだよ」
「ここに住んでいるからですよ」
「住んでるって。お前のいる所って蔵だろ? 物を入れておく為の所だぜ? それにこの窓の鉄格子も―――」
「貴方が知る必要はありません」
「そうかい。まぁ、よろしくな」
鉄格子の間から手を伸ばしてきた少年。僕も握手をしようと手を伸ばすが、途中で腕が止まってしまった。
「よろしくしません。誰かに見つかる前に早く帰りなさい」
子供を一族で虐待するような人が主人の屋敷だ。家の誰かに見つかれば少年がどうなるか分からない。
相手は庶民の子供。祖父なら少年を殺しかねない。
ぱっと手を引くと帰るように促した。
「何だよ。採ろうとしたのは悪かったと思ってるよ。でも、そこまで怒ることないだろ」
「そのことを言っている訳じゃありません。柿なんて幾らでも持って行って構いませんので屋敷の人に見つかる前に早く出て行きなさい」
不服そうに頬を膨らませる少年に帰るように言うが、本人は全く動じておらず、危険な所という自覚がない。
「じゃあ何で怒ってんだよ。ばれても精々怒られるぐらいだろ? そんなに怯えることじゃ「早く出て行け! 死にたいの!?」―――っ! 何だよ! そうかい帰って欲しいなら帰ってやるよ! ふん!」
僕の言葉に怒った少年は顔を赤くしながら慣れた手つきで木を上って行く。
「お前が言ったんだからな! ここになっている柿全部採ってやる! 取りきれなかったら何度も採りに来てやるからな!」
「そんなに大きな声を出さないで! 屋敷の人にばれてしまうでしょう!」
木の天辺に辿り着くと僕に向って大声で出しながら手当たり次第に柿をもぎとり両手一杯に柿の実を採り終えるともう一度僕の方に顔を向けると大きく舌を出すとまた飛び降りた。
「猪野少年......っふ。初めて同じ年の子と話したな」
両親と話すのとはまた違った感じがした。何と言うか......楽しい? 感情が溢れてくるような。上手く表現出来ないが、今まで感じたことがない体験だ。
鉄格子に触れ、少年が上っていった柿の木を見つめる。
帰れと言っておきながら、何度も来ると言っていた少年の言葉を期待している自分が居る。
「ダメダメ。次、来た時はもっと厳しく怒ってやらないと......」
無意識に緩んでいた口角を引き締め直し、窓から離れる。
着物を整えながら、座布団の上に座った。
「―――」
ふと扉を見る。
耳を研ぎ澄まし、鍵が解く音を待つ。
日が沈み、月が出始め、鍵が開く音がした。
急いで座布団から立ち上がると柵を掴み、扉に向って目を凝らす。
「失礼します」
何時ものように数人お手伝いさんが食事とお湯、着替えを持ってきた。
来る時間は何時も同じで日が沈んで直ぐ、分かっているが、どうしてもお父さんが来たことを期待してしまう。
「......」
落胆し、
「お嬢様。こちらを―――」
柵の扉を少し開き、犬が付けるような革製の鎖の付いた首輪を僕に渡してくる。
これも祖父の命令で付けなければ、牢の外に出してはならないと言われているらしい。
「分かりました」
端から逃げる気も逃げれるとも思っていない僕は何時もの事だと割り切り、渡された首輪を自分の手で付ける。
屈辱ではあるが仕方がない。しかし、もし断って、また殴られ、蹴られるのは絶対嫌だ。
あんな地獄、もう味わいたくない。
そう思うと、首輪くらいわけなかった。
付け終わると、扉が完全に開かれ、牢の外に出る。
先ずは身体と髪を洗う。
自分ではなくお手伝いさんが洗ってくれるのだ。最初は恥ずかしかったが一年も経てば慣れて何とも思わなくなっていた。
隅に鎖を南京錠で止めると。僕は着物を脱がされ、用意された椅子に座るのを確認したら洗い始めた。
「あの......」
「どうかしましたか?」
「いいえ。もし......もし、この屋敷に子供が迷い込んだらどうなりますか?」
「「「......」」」
僕がそう言うとお手伝いさんは言い淀み、互いに目を合わせながら重々しく口を開いた。
「わたくし共が見つければ急いで外に出します。しかし、当主様や一族の人達が見つければ―――どうなるか分かりません......」
「......」
やっぱり......。良かった、早く追い出しておいて。
「誰か、迷い込んだのですか?」
「い、いいえ! ふと思っただけです。他意はありません!」
慌てて、否定する僕にお手伝いさん達は不思議そうに首を傾げ、仕事に戻った。
「それにしても―――」
「あの......」
「本当にお綺麗な身体でございますね―――」
「まるで陶器のような肌艶でございますね―――」
「ちょ......っ!」
髪を洗っていたお手伝いさんの手が段々下へ、前へと這うように動き、顔を撫でるように触られた。
それに続くように身体を洗っていたお手伝いさんも洗い方が、洗うと言うより愛撫するような手つきになり、局部や臀部を弄られた。
「ちょっと......あの、やめてください」
「私達は唯、お嬢様の身体を洗っているだけでございます」
「しかし、もし身体を洗わなくていいと言うのであればそのように当主様にお伝えしますが宜しいのですか?」
「それはやめて!」
僕が意見したと祖父に知れたら何をされるか分からない。
折角手に入れた平穏。お父さんが迎えに来るまでこの平穏はなんとしても守らないといけない。
その為には―――
「どうかなされましたか?」
「......何でもありません」
「左様でございますか。では、再開させて頂きます」
我慢だ。僕が我慢したら済む話なんだ。
目を瞑り、事が終わるのを耐える。
それが終われば着替えさせられ、食事だ。
ずっと加虐的な視線を向けられながらの食事は喉を通らず、味が感じない。三人が上から下へ舐めるように見るのだ。不快でしかない。
「ごちそうさまでした」
事務的に食べ物を胃袋に入れ、出来るだけ早く食べ終わると膳をお手伝いさんに渡す。
その膳を僕の手を触りながら受け取ると、別のお手伝いさんが南京錠に鍵を挿し回し、鎖を引く。
「さあ。お部屋にお入り下さい」
「はい」
これ以上触られないように早足で牢の中に入った。
しかし、何故か鎖の持ったお手伝いさんも中に入ってくる。
「え? いたっ!」
困惑する僕の背中に回ると後ろから抱き着いてきた。
離すまいと腕の力を込めて抱きついてきた為、身体が痛みを発している。
振りほどこうとするが貧弱な僕の腕では叶わず、恐怖と不快感で身体を震わせる。
そんなこんなしている内に、僕の耳に当たるほど顔が近づいてきた。
「逃げようとしても無駄です。お嬢様は何処にも逃げれませんので」
「ひっ!」
そう言うとお手伝いさんは僕の首輪を外し。そして、大きく舌を出すとベロリと首筋を舐め上げた。
思わず突き放すようにお手伝いさんから離れ、牢の隅、彼女から一番遠い場所に尻餅を付きながら這いずり逃げる。
それを彼女たちは口元を隠しながらふふふと笑った。
「あらあら。そんなに怯えて。―――今晩はこれまでといたしましょう」
首輪と鎖を両手で抱え。牢の中から出て行く。袖の下から出した鍵束の中から鍵を探し、扉を施錠する。
「それではお嬢様。また、
「......」
牢の隅で依然怯えている僕を尻目にそれぞれ、脱いだ着物、食べ終わった皿が載っている膳、温くなった水の入った桶を持って外に出て行った。
吐き気を催し、口に手を当て必死に堪える。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
まるで、虫が一杯に入った風呂に使っているみたいな気持ち悪さが僕を襲う。
目から涙が溢れる。肌の色は青白くなり、身体は震える。上手く呼吸が出来ず胸が苦しくなる。
「大丈夫......大丈夫......きっとお父さんが助けてくれる。直ぐに迎えに来てくれる......」
そう繰り返し呟き。己で己を慰める。
足を抱え、顔を
一体どれだけ時間は経っただろう。まだ身体が震えている。涙が止まらない。これから自分がどうなるのかを考えていると不安で仕方がない。だからと言って逃げる勇気も、逃げ切る自信もない。情けない......情けない......。
膝を付きながら布団に潜り込み、被り布団で全身を隠す。
僕が夢の中に逃げるまで震えは止まることはなかった。
朝、起きると食事を入れる為の隙間から膳が置かれていた。
身体が泥に浸かっているように重く、上半身を起すだけで時間が掛かった。
食欲が無い。
お腹が空いていない。しかし、空腹の苦しさを知っている僕は身体に鞭を打ち、料理を溢さないようにゆっくりと手繰り寄せた。
しばらく、膳を見つめ心の中を整理する。そして、もたもたと箸を掴み、茶碗を持った。
少し冷めた料理をよく噛み、味わう。
おいしい。
一人で食べる方が良い。人の視線があると、途端に味がしなくなる。きっと彼女達のせいだろう。
「っう! ―――」
昨夜の事が頭を過ぎった瞬間、唐突に吐き気が襲う。
勢い良く茶碗と箸を置くと口を両手で塞ぎ、食道から上ってくるものを飲み込む。
ヒリヒリする喉を和らげる為に湯のみに入ったお茶を飲み干した。
首元をさすりながら痺れのような痛みが引くのをじっと待つ。
「......食べないと。―――」
痛みが引くと、もう一度箸を掴み、茶碗を持つ。
無理矢理食べて直ぐ。太陽が天辺に上がりきり。昼食が運ばれてきた。
朝食を食べたばかりで消化し切れておらず、かと言って断れば彼女達に何をされるか分からない。だから僕は覚悟を決め、昼食を食べるという選択しを選んだ。朝と昼は牢は開けられず、専用の隙間から食事を渡されるのでお手伝いさん達と接触しなくてすむからだ。
「お嬢様。朝食の膳をお渡し下さい」
「はい―――」
「―――では、こちらが昼食になります。何時ものように回収は夕食と共にいたしますので、置いておいてください」
「分かっています。もう下がって結構ですので」
膳を受け取ると、視線を合わせずに下の畳を見ながら出て行くように言い放つ。
「はい。では
ねっとりとした視線を肌に感じながらお手伝いさんが出て行くのじっと待つ。
扉を閉め、鍵を施錠した音が聞こえると、僕は大きく息を吐き安堵した。そして、視線を畳から食事の載った膳へと移す。
「......これ、どうしよう」