鬼滅の刃 鳴神の鬼殺隊   作:清廉四季

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蝶と猪

それから陽が傾いた頃。

ドスンと何かが落ちた音がした。

昨日とは違い、衝撃音は軽く。呻き声も聞こえなかった。

 

「......はぁ。来るなと言ったのに......」

 

屋敷の人達に見つかるかもしれないと言う不安の反面。どこか高揚感ににた感情が生まれる。

何時ものように立ち上がり窓から外を見る。

 

今度は着地して失敗したのか尻餅を付いている十兵衛の姿が見えた。

僕が見ているのに気が付くと、急いで立ち上がる。まるで着地に成功したかのようにすました顔で僕を見た。

 

「......ふふっ。見ていましたからね?」

 

「なっ!」

 

取り繕うとしても分かる。必死に痛みに耐えようと顔をピクピクと震わせている。それが滑稽で思わず僕は笑ってしまった。

十兵衛はそう言われると林檎のように顔を真っ赤にさせる。言い訳を思いつかないのか口を開けたり閉めたりしていた。

 

「ふふ」

 

それを見て、僕はまた笑ってしまった。

 

「笑うんじゃねぇ!」

 

「貴方馬鹿ですか? もう来るなって言ったのに」

 

「お前こそアホだろ? 俺はまた来るとも言ったぜ」

 

「......」

 

「......」

 

「生意気ですね」

 

「お前もな」

 

突然、動物が唸るような音が聞こえた。

その音の元を探すと直ぐに分かった。

 

「貴方。お腹空いているの?」

 

十兵衛の腹から鳴っていた。

 

「はっ! そうだよ。こっちはな、お前みたいな金持ちじゃねぇから毎日飯が食えるわけじゃねぇんだ!」

 

威嚇するように大声を出す十兵衛に僕は何も言い返せなかった。身体に力が入らず、生きる気力を失っていく。そんな空腹の恐怖を痛いほど知っているからだ。

 

「......ちょっと待ってて」

 

「おい!」

 

僕は膳の中から茶碗と箸を掴むと鉄格子の間から腕を通し、十兵衛に差し出した。

 

「はい。これ食べて」

 

「......いいのか?」

 

「私、今日は朝食の時間が遅かったの。だから、こんなに食べられないわ。貴方にあげる。」

 

そう言うと恐る恐る僕の手から茶碗と箸を受け取ると、小さい声で「ありがとう」と呟いた。

 

「貴方。ちゃんとお礼を言えるのね」

 

「馬鹿にするなよ。人に何かをしてもらったら必ず「ありがとう」を言いなさいって母ちゃんに言われてんだよ」

 

「あら。貴方を躾けるなんて優秀なお母様なのね。......貴方お母様が好き?」

 

「いきなりなんだよ。―――うーん。口うるさいし直ぐ怒るけど嫌いじゃないぜ」

 

「そう。―――これも、これも食べなさい。飲み物もあげるわ」

 

「おお! お前いい奴だな!」

 

僕は両手に料理の載った皿を次々と鉄格子の間から十兵衛に渡す。それを嬉々として受け取る十兵衛の声音は嬉しいのが伝わってくるほどうわずっていた。

 

「お前じゃありません。裏表山蝶花です。蝶花って呼びなさい」

 

「そうか。俺は猪野十兵衛だ。改めてよろしくな」

 

「よろしくと言いたいですが、此処にはあまり来ない方が良いです」

 

「? 何でだ?」

 

地面に座り、夢中で掻き込む。口一杯に頬張った状態で湯飲みを勢い良く流し込む。

 

「この屋敷が危険だからです。何で私が蔵にいるか分かりませんか?」

 

「―――もしかしてお前。......閉じ込められているのか?」

 

「はい。祖父が私を閉じ込めました。孫を蔵に閉じ込めるような人が家主なのです。知らない子供がもし家の中で見つかったらきっと酷い目に遭うでしょう。もしかしたら、十兵衛だけじゃなく十兵衛の家族まで危険が及ぶかもしれません。だから、それを食べ終わったら静かに家に帰って、この屋敷の事は全て忘れなさい。いいですね?」

 

気付かない間に食べ終わっており、箸を置き、腕を組むと何かを考えている。そして、しばらくしてから閉じていた目を開け、僕の方を見た。

 

「出たいと思わないのか?」

 

「もし私がここから居なくなったらお父様に迷惑が掛かります」

 

「はあ!? 閉じ込められてる自分の子供を助けない親なんてほっとけよ」

 

「お父様は頑張ってくれてる! ......お父様が私を助け出してくれるまで私はここに居ます」

 

「―――分かった。じゃあ、蝶花が退屈しないように毎日ここに来てやる」

 

「......貴方。私の話を聞いていましたか? この屋敷はきけ「ただし条件がある」......何ですか。条件って」

 

人の話を聞かない十兵衛にため息を付き、話を聞く僕に満面の笑みを浮かべながら答えた。

 

「お前の飯を半分俺にくれ! それが条件だ」

 

この少年に何を言っても聞かない。そう思った僕は、如何とでもなれと思いながら「分かりました」と言った。

 

「ただし、この屋敷で大きな声を出さないこと。それと、私が出て行けと言ったら直ぐに出て行くこと。いいですね?」

 

「おう! 交渉成立だな」

 

改めて、十兵衛は僕に向って手を伸ばした。僕もその手を握ると僕の顔に自然と笑みが浮かんだ。

 

それから、柿泥棒の少年。猪野十兵衛との交流が始まった。

 

「よう」

 

彼は次の日から、毎日昼になると僕の前に現れた。他愛の無い話をしたり、しりとりやあやとりなんかをした。僕の知らない屋敷の外のこと。今日、十兵衛体験した出来事。そのどれもが新鮮で、心が躍った。まるで自分が外の世界を歩いているような錯覚に陥り、喰いつくように十兵衛の話を聞き続けた。

遊べるのは昼食が運ばれてくる時から太陽が少し傾いた時まで。短い時間ではあったが、十兵衛と遊ぶ時は楽しくて楽しくて堪らなかった。

それからあっという間に一年が経過し。十兵衛が帰った後、次の昼のことを思いながら窓から柿の木と沈んでいく夕日を眺めていると鍵が開く音がした。

食事を持って来るには早すぎる。そう思いながら現実に戻り、扉の方向を見ると。

 

そこには祖父が何時ものように下卑た笑顔で立っていた。

 

「蝶花。喜べ。お前はとんでもない高値で売れたぞ」

 

「......え?」

 

言葉の意味が理解出来なかった。頭に冷水を浴びせられたように身体中の筋肉が硬直し、頭の中で必死に何の事かを記憶から探す。いいや、最初から分かってはいたが、そう信じたくない自分がもしかしたらと苦し紛れに記憶を辿ったのだ。そして、恐れていたことが見事に的中する。

 

「何度も言わせるな。一族の中に遊郭で商売をしている奴に知人がおってな。文を送ってみたのだ。そ奴が聞くところによると最近では男の需要もあって、美しければ美しい程高く買ってくれると言うではないか。試しにお前のことを書いて送ったら直ぐに返事が来よった。「大金を持って直ぐに見に行く。書いている事が本当であるのなら高値で買う」だと。いやはや、売女の子供と侮っていた」

 

「もしかして、暴力を振るいに来なかったのは―――」

 

「色々な女衒(ぜげん)に文を送って値段を吊り上げておったからな。商品(・・)に傷が付いてはいけないだろう」

 

白い肌は青白くなり、呼吸が不自然に荒くなる。目の前が揺れ、立っていられなくなった僕は柵を掴みながら力なくその場に座り込んだ。

遊郭に売られるショックよりも、お父さんが助けてくれた訳じゃなかったと言う事実の方が僕には深く胸に刺さった。

 

「じゃあ、お父さんは......。お父さんは何故僕の所へ来てはくれないのですか?」

 

無意識に消えそうな声でずっと疑問だったことを祖父に尋ねる。すると、それを聞いた祖父は大きな声で笑い出した。

長い時間笑い。目に涙を浮かべながら僕に言うのだ。

 

 

 

―――龍才はとっくにお前のことなぞ忘れて新しい妻と子供を作り、幸せに暮らしておるよ。

 

 

 

信じられなかった。嘘だと思いたかった。僕を助けてくれると言ってくれたお父さんが僕やお母さんのことを忘れて他の人と結婚しているなんて。

 

その瞬間心の奥にある何かが、切れる音がした。

 

「......嘘だ」

 

「何だと?」

 

「嘘だ! お父さんは僕を助けてくれるって言った! 嘘を付くな!」

 

両手で力強く柵を掴むと祖父に向って殺意を込めた視線で睨みつけながら大声で言い放つ。

 

「は! どうしてそのような嘘を付く必要がある。全て事実! お前は父親に捨てられたのだっ!!」

 

「嘘を付くなぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 

強く握りすぎたせいで爪が割れ、指から血が出てくる。

突然の僕の反抗に狼狽しているのが分かった。

 

「お前が如何思おうともう関係ない! お前は明日、女衒達の前で競りにかけられる。精々、高く売れることだな!」

 

そう言い残すと息を荒げながら蔵から出て行った。

 

「―――あぁ......お父さん......お、とう、さん。そんなの嘘だよ......。お父さんはここから出て二人で暮らそうって言ってたもの―――僕の所に来て......僕の頭を撫でてよ」

 

涙を流し、自分で自分を慰める。

意味がないと分かっていても呟き続ける。

 

 

 

 

「―――」

 

結局その日は食事はせずに身体だけを洗って直ぐに寝た。お手伝いさんも特に何をしてくる訳でもなく。淡々と職務をこなし、出て行ってしまう。もしかしたら祖父に商品に手を出すなと釘を刺されたのかもしれない。

でも、そんな事はどうでも良い。

今の僕の頭の中は父のことで一杯だった。

どうして僕の所に来てくれないのか? 本当に僕を捨てたのか? お母さんと僕のことを本当に忘れてしまったのか? ―――。

思っても仕方がないことを何度も、何度も考える。

 

昼になり、食事を運んできたが断った。もう、食べることすらどうでもよかった。

 

いっそ死ねば大好きなお母さんに会えるのではないのかと思い始めた頃に、柿の木の所から音がした。

着地に成功したのか、何時もより音は小さかった。

 

―――彼が来た。

 

僕はゆらゆらと立ち上がり、窓に近づく。

 

「よう! どうした蝶花。酷い顔だぞ? 何かあったのか?」

 

「十兵衛......」

 

初めて会った時は少し痩せていた身体は健康的になり、着ている衣服もこころなしか新しくなっているような気がした。

十兵衛と長い間、共に遊んだのだと気付き、不思議と心が楽になった。

そして自然と声が出た。

 

「ここから出たいわ十兵衛」

 

「蝶花......父ちゃんのことを待つんじゃなかったのか?」

 

「もう良いの......もう、待つのが疲れたの、耐えられないの。......苦しいのよ―――」

 

鉄格子の間から十兵衛に向って手を伸ばす。十兵衛はその手を右手で掴み、握った。

 

「何かあったのか?」

 

何時もとは違い、真面目な顔で僕の話に耳を向けている。

 

「私。今夜、人買いに売られるの。もう、お父様は助けてくれないかもしれない。だから、もう十兵衛だけが頼りなの。お願い......お願いよ。ここから出して十兵衛」

 

「―――分かったちょっと待ってろ」

 

「え?」

 

予想していなかった返事で少し、間の抜けた声が自分から出たのが分かった。

そんな僕を尻目に、十兵衛は屋敷の方へ走って言ってしまう。

止めようとするももう彼の姿は見えず、何が起こったのか分からないと言う表情で十兵衛が消えていった方向を見つめていた。

 

そして、しばらく経った頃。十兵衛は長方形の木箱を携え、戻ってきた。

 

「それは何処から持ってきたの?」

 

「他の蔵から探してきた。これでこの鉄格子を取ってやる」

 

木箱を空け、杭と金槌を取り出した。

 

元々外から泥棒を防ぐ為に蔵が出来た時に取り付けた鉄格子。長年の雨で錆で腐食していた。

そんな腐った状態の鉄格子は道具さえあれば子供でも簡単に壊せる。

何度も外しながら腐った所に杭を差込み、金槌で勢い良く叩いて蔵と鉄格子の間を砕く。

そうして全ての付いている鉄格子の部分を砕くとバキリと地面に落ちた。

 

「本当にやってくれるなんて。―――ありがとう十兵衛!」

 

「うおっ!」

 

この窓から出れば、屋敷が出れる。そう思ったら心の底から嬉しさが溢れ。感謝を全身で表そうと窓から上半身を投げ出し、十兵衛に抱きついた。

 

「ありがとう! ありがとう十兵衛!」

 

「い、良いってことよ! ......でも、今は昼だから見つかるかもしれない。だから、また夜に来る。そうしたら、俺と一緒に外に出よう」

 

「うん! 夜まで待ってる」

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