The Elder Scrolls:Souls Wind   作:まむかい

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序章
ドラゴンの突破


 ──曰く、はじめ世界は分かたれず、灰色の岩に大樹、朽ちぬ古竜ばかりが佇んでいた。

 

 ──曰く、いつしかそこに火が生まれ、生と死を代表とする差が生まれた。

 

 ──曰く、火を制した偉大なる神王は古竜に戦いを挑み、勝利の末に世界を統治した。

 

 ──曰く、神なき世界の火は陰り、薪となるべく不死性を与えられた者達がその身を薪と焦がし、世界を延命させた。

 

 ──曰く、最後の『薪の王』により火は消し止められ、神秘に満ちた世界は終わりを告げた。

 

 ──曰く、最後の王はその身を火の無い灰の中にうずめ、この世、つまるところのムンダスから去るのだった。

 

「────ドラゴンはおろか神すら殺し、その魂を吸収する不死のひと。それが『薪の王』の伝承だ。この人物について書き記されていない資料も多いが、一説には竜の血脈(ドラゴンボーン)の始祖ともされている、神々の時代の英雄らしい」

 

「そう。ええ、かなり眉唾ものね」

 

 知る人すら片手で数えるほどのマイナーな伝承を軽々と諳んじたのは、ホワイトランの宮廷魔術師にして古代竜戦争時代を専門とする歴史研究者、ファレンガーだ。

 どこか熱の入った語り口で上質なローブをはためかせる彼に鼻白みつつ一言で切り捨てたのは、女だてらに歴戦の風格を持ち、腰には異大陸アカヴィリの意匠が施された刀を持つ妙齢の女性、デルフィンだ。

 

「眉唾だと!? ……まぁ、確かにそうとも取れる。実際に世界は終わっておらず、太陽も未だ赤く、アルケインの蒼炎は魔法として今日まで伝えられている訳だからな。

 ……しかし、否定するほどの証拠があるわけでもまた、無いのだ。

 なにせ竜のいた時代など我々にとっては全て眉唾もので、竜の墓や強力な司祭たちの影響はこのスカイリムの大地にあれど、いまこの時に、かのドラゴンたちはここに居る訳ではないのだからな。

 ────だからこそ、君のような注意深い友人が、未曾有の危機にもよく備えるべく私の助けを求めたのだろう? 」

 

「……良く舌が回るものね」

 

 デルフィンは語る口の減らぬ友人に少し辟易としながら、言葉を返す。

 

「あなたの言う通り、頭ごなしに否定するべきでもないわね。でも、呼吸するだけで炎が放たれ、世界を恐怖で支配した竜たち。はるか古代で竜に打ち勝った神々。そして、不死身の竜殺し、もしくは神殺し。信憑性で言えばどれも変わりないように見えるわ」

 

 デルフィンの口からは雲を掴むかのような研究の現状への苛立ちからか皮肉が飛ぶが、ファレンガーはそれを、さして気にした風もなく話を続ける。

 

「ぜひ会ってみたいものだ。(ドラゴン)にも、竜の血脈(ドラゴンボーン)にも、薪の王(そのはじまり)にも! 」

 

「……でも、その3つのおとぎ話のうち、少なくともドラゴンは確実に存在するわ。……見て。竜の墓の所在が描かれた地図があるという場所を突き止めたの」

 

 デルフィンは地図を取り出すと、地図に木炭でつけられたバツ印を指で差した。

 

 

 

 

 時代は過去へとさかのぼり、竜戦争の終着点、世界のノド。

 タムリエル大陸最大の霊峰の頂で、人と竜の存亡をかけた最終決戦が繰り広げられていた。

 

ヨル()……トール(猛火)シュル(太陽)!! 』

 

 耳をつんざくような力任せの叫び(シャウト)と共に、禍々しき黒竜の口から炎の奔流が吹き荒れる。

 それはスカイリムの雪景色を溶かすに飽き足らず、土すら灰燼に変える高温で、マグマの如きドロリと熱された大地を作り上げていく。

 だが、人智を超えた黒竜に怯むことなく対峙する三人の英雄は、この時を待っていたとばかりに、互いの勇気を確かめるように三人の拳を軽くぶつけ合ったのち、それぞれの武器を取る。

 

 一番槍は男どころか人類でも類を見ない勇猛さを持つ女性、黄金の柄のゴルムレイスだ。

 彼女の持つ盾に施された竜の紋章が輝き、黒竜から放たれる炎の猛威を遮る。

 

 盾に任せて吶喊する彼女は、その半ばほどで炎の出所である口、あるいは顔そのものに向かって盾を放り投げると、オオカミの如き低姿勢から一回転するような独特の跳躍で空を駆け、上空の黒竜へ肉薄する。

 ゴルムレイスは利き手である左手に持った剣に、盾を投げることで空いた右手で取り出した薬包をぶつけて中身を剣にまぶした。

 すると、彼女の鋼鉄の剣がバチバチと激しく帯電し、ついには剣そのものが雷に包まれる。

 

「アルドゥイン! わたしの剣を受けてみろ!! 」

 

 力と技術の融合した、猛々しさと裏腹に確かな研鑽の日々を想起させる鬼撃は回転の遠心力すらも味方につけ、裂帛の気合とともに放たれる。

 それに対する黒竜──アルドゥインは、盾に遮られた視界が晴れたその時、既に迫っていたそれを防御する間もなく、同族(竜族)ならばともかく、よりにもよって人間に、屈辱の初撃を許すことになった。

 

「ゴッ……! 」

 

 アルドゥインの呻きは脳天からの一撃で強制的に顎を縫いとめられた事によって短く吐き出され、かわりに鋼の雷剣がアルドゥインの顔を覆う鱗を裂いた奥にある頭蓋骨に剣を届かせたときの、およそ生物から出るとは思えない剣の打ち合いのように甲高い鉄の音だけがそこに響いた。

 

 ──一瞬の静寂。

 

 それは、これまで眼前の人間を、どうせ吹けば飛ぶ塵芥と驕っていたアルドゥインが、蓋を開けてみれば実際のところは先手を取られてしまっていた、という状況に置かれた彼の屈辱が生んだものでもあり、そして、全霊の剣を規格外の竜骨によって止められたゴルムレイスが、自身の生涯を掛けた誇りの一撃すらも囮にして出す必勝の一手のために、大きく息を吸い込んでいたからでもあった。

 

 ──息とともに、ドラゴンのみが使用できるはずだった、今は女神カイネの導きにより人が使用できる竜言語の魔法、声秘術(スゥーム)が放たれる。

 

『────ジョール(定命)ッ!! 』

 

 アルドゥインは、世界を喰らう者としてあらゆる竜言語魔法(シャウト)を修めた誇り高き竜族の長は、間違いなく竜の言葉で放たれたそれを全く理解できなかった。

 

 竜が生まれ持つ不滅の魂は、ジョール(定命)の短く尊き生の輝きを知らなかったが故に。

 

 アルドゥインへ、彼にとって未知の圧力が掛かり、彼の翼の動きを著しく鈍らせ、その身体を地へと墜とす。

 ゴルムレイスはそれを見下ろすと、ニヤリと口を歪めた。

 

『────フ、ォ(冷気)────』

 

 しかし。

 アルドゥインの首がぐるりと回り、跳躍の勢いのままに滞空するゴルムレイスを捉えると、その口元には極寒のスカイリムにおいてもなお冷たい、輝く結晶を細かく散らすほどの冷気を湛えていた。

 

コラー(寒気)……ディーン(凍結)ッ!! 』

 

 雷鳴のような叫び(シャウト)が天を震わせ、放たれる無慈悲な吹雪がゴルムレイスを襲う。

 とっさに構えた雷剣による防御は、もともと潰えかけていたのも手伝って一時しのぎにもならず軽く吹き消され、冷気に強い筈のノルドである彼女の身体すらも容易く凍りつかせ、次第に結晶の氷塊へと変じさせてゆく。

 

 アルドゥインが地に墜ち切る頃には、現世において最も勇敢な女性ゴルムレイスの肉体はとっさに構えた受けの姿勢のまま完全に結晶と化し、先の炎によって熱され黒く固まった地面の上へとしたたかに打ち付けられ、硝子の砕け散るような音を立てて全身を四散させた。

 

 そして、かの女傑の死を悼むように、一人の男がアルドゥインに立ちはだかった。

 

「──恐れを知らず生き、恐れを知らず逝った」

 

「……今度は、私がソブンガルデに向かう番だ! 」

 

 アルドゥインが地上の人間に顔を向けた時に彼の目が捉えたのは、巨大な両手斧を片手で肩に担ぎ吶喊する眼帯の偉丈夫、隻眼のハコンの姿だった。

 ハコンの持つ斧は生物的な要素を多く残す、骨から削り出したかのような意匠の大斧。だが、アルドゥインは粗野な見た目のそれに秘められた力を見抜くと、警戒も顕に、自身の最も強力な肉体の武器である牙を使うべく、開けば人間程度なら軽々と飲み込めるであろう大きな顎で以って、振り抜かれる大斧を噛み砕くようにして彼を迎え撃った。

 

 アルドゥインの警戒は結果的に功を奏した。凡百の武器など取るに足らず割り砕く竜の牙を持ってしても、その斧にとっては(ひび)を入れるに留まったからだ。

 先の女のように鱗に任せていればその骨ごと折られていただろうと、尊大な彼が同時に併せ持つ深い知性の光が冷静に判断を下していた。

 人間の武器にしては驚異的に過ぎる耐久力。それにより、この大斧が竜の骨で作られた武器、ドラゴンウェポンであると確信するに至る。まともに受ければ、いかなアルドゥインと言えど負傷は免れないものであり、同族の力を取り込んだその武器は、ふだん人間を歯牙にもかけないアルドゥインが唯一、彼ら人間について警戒していた要素だった。

 

 しかし、同時に彼にとって、そのような些事はどうでも良かった。

 ドラゴンウェポン、良いだろう。

 だが、同族の力を引き出した程度で自分に勝てるという思い上がりに、魂から怒りの炎が噴き上がる。

 

 アルドゥインの気迫が、塵芥に対する者から『敵』へと変わった。

 すると、竜骨の大斧の罅が広がり、一方的に怪音を奏で始める。

 

 アルドゥインは顎に込める力を強めた。

 先ほどまでの力で罅が入ったということは、つまるところこのまま顎に力を込め続けるだけでこの武器を、ひいてはこの人間を無力に、無惨に半ばから喰い千切る事ができていたということに他ならない。

 しかし、それではどうにも、我慢がならない。

 

 自身に、この世界を喰らう者(アルドゥイン)に人間如きが拮抗できるという幻想を目の前の人間に抱かせ、自身を貶める外敵の愉悦を許してしまうことは、その人間たちに初撃の屈辱を受けたアルドゥインであるからこそ、殊更に耐え難いものだった。

 

 アルドゥインの力が強まったことで、先ほどまでは巨大な顎の咬合力とも遜色なく渡り合っていたハコンの剛力もこうなっては空しく、仕切り直しに大斧を引き抜くことすらも難しくなる。

 そのため、ハコンはとっさに片刃故に存在する石突に、勢いをつけた頭突きを見舞う。

 この機転によって、そのまま続けば武器どころか半身をも裂いていたであろう牙の猛威から斧と身体を脱することに間一髪ながら成功した。

 

 しかし、難局をひとつ切り抜けた程度で、竜との戦いは終わらない。

 

ヨル()────』

 

 アルドゥインが声に力を乗せる。

 炎を意味する竜の魔法。

 対象は目の前の人間、そして燃やすのは肉体だけでなく、魂まで。吹き荒れる炎が球状に集められ、その熱量を高めていく。

 世界を焼き尽くすと予言された炎を、たった一人の人間のために凝縮して放たれるその一撃は、もはや炎の域を超え────

 

トール(猛火)シュル(太陽)!! 』

 

 原初に連なる溶鉄の炎────混沌の大火球となって、ハコンを襲った。

 

 対するハコンは、罅の入った竜骨の大斧を両手に持ち替えると、息を大きく吸い、大上段に構え、炎を厭わずに力強く踏み込んだ。

 甘んじて受けた混沌の炎は当然のように、彼を焼いた。しかし、敢えて避けず踏み込むことにより、アルドゥインの頭蓋の真上に、竜骨の大斧が構えられた。

 

 混沌の炎の熱は焦げるなどという生易しい表現では足りず、ノルドの誇りである鋼鉄の鎧をドロドロに溶かし、中の肉体を、そのさらに奥の内臓を焼滅させ、ともすれば魂そのものまでも瞬きのうちに焼き尽くしてしまうだろう。

 

 だが、彼のノルドの戦士としての誇りが、立ち止まることを許さない。

 一度踏み込んだ一撃を止めることを、ノルドの男は良しとしない。

 

竜王の大斧(アカトシュの牙)よッ!! 」

 

 ハコンは全霊を込めた一撃を見舞うべく、あと数瞬後には崩れ落ちるであろう肉体を天才的な平衡感覚に裏打ちされた足運びで少しでも永らえさせ、溶けた骨を鍛え上げた筋肉を収縮させることで無理やり補強し、捻り出したその一瞬の間隙でもって、大技を繰り出したことで硬直したアルドゥインの頭蓋に、自らの人生において最高の一撃を炸裂させる。

 

 それは偶然か、必然か。

 その一撃は奇しくも、ゴルムレイスが雷剣でもって斬り裂いた場所へと放たれていた。

 

 ゴルムレイスが裂いた竜鱗に向かって打ち込み、彼女の鋼の炎剣すら受けきった竜骨と、竜王の大斧が衝突する。

 骨同士の轟音とともに、竜王の大斧が砕け散る。

 

 が、しかし。

 

 ハコンの想いに応えるかのように、斧に秘められた力が解放された。

 アルドゥインの外殻に蜘蛛の巣状の罅が現れる。

 それは大斧の衝突痕から発せられ、次第に彼の頭、胴体、翼、尻尾に至るまでのすべてに罅が波及していき、アルドゥインは予想を超えた一撃の威力に耐えることも出来ず、耳をつんざく絶叫を上げた。

 その結果にハコンはどこか満足したような顔を浮かべると、九割以上が燃え落ちた肺に残った僅かな空気を使い、自身の生涯を表し締めくくる、最後の言葉(スゥーム)を宿敵に放った。

 

『────ザハ(有限)

 

 ────命は『有限』である。今持っているすべてを使って、時には自分の命すらも擲って戦う人間の誇りを表す言葉は、またしてもアルドゥインら竜族には理解できぬものだった。

 

 混沌の大火球がマグマのようにボトリと地へ染み込んでいく時には、竜王の大斧はおろか、ハコンの姿もなく。

 ただ、一世一代の大勝負に賭けた二人の英雄の存在を、人間に二度も出し抜かれ、鎖のごとく自身を縛りつける由来不明の叫び(シャウト)に不滅の魂から来る無尽の再生能力すらも阻害され、悠久の時の中で初めての負傷らしい負傷を受けて悶え苦しむアルドゥインのみが証明していた。

 

 そして、最後の英雄がその準備を終えて矢面に立つ。

 それは先のふたりに比べて老いた印象の白髪と蓄えられた灰髭が特徴的なローブ姿の老人、古きフェルディルだった。

 

 彼は大きく息を吸い込むものの、背負った両手剣を抜き放つことはない。

 その鋭い目は体勢を整えつつあるアルドゥインに向けられ、自身のすべてをアルドゥインの一挙一動へと集中する。

 

 勝機は逃さない。

 そう思えば、口は勝手に動いていく。

 

『──ジョール(定命)──ザハ(有限)──』

 

 ただ、ふたりの英雄に万感の想いを伝えるように。

 血路を開いたその先の、必勝の一手を。

 

 フェルディルはその手に持っていた、身の丈と同じ大きさの、この世の時間の全てを記すとされる偉大なる巻物『星霜の書(せいそうのしょ)』を開いた。

 

 ────星霜の書が、輝く。

 

『──フルル(一時的)

 

 最後の言葉は、『一時的』。

 

 彼ら人間の言葉での、『永遠』と対になる言葉だ。

 その場限りという意味の言葉は、不滅を約束された竜族にとってはつまるところ、『永遠』に解けない謎のひとつ。

 

 それを理解できるようになり、竜としての傲慢さを捨て去るか、込めた意味の都合上、あくまで一時的に過ぎない封印に綻びができるまでの、それでも悠久に近い時の流れの先にまで、アルドゥインの齎す筈だった滅びを、この星霜の書の中に遠ざけるのだ。

 

 世界を喰らう者と位置づけられた暴虐なる竜の長に、今の人間が対抗する上での完璧に近い答えを叩き出したフェルディルが掲げる星霜の書に、アルドゥインが引きずり込まれていく。

 そうはさせまいと踏ん張りを利かせた足が罅割れ、次いで羽ばたけば翼が折れた。

 尻尾は千切れ、首が拉げ、いかなアルドゥインと言えど成す術なく、星霜の書の中に吸い込まれていく。

 

 しかし。

 アルドゥインは封印の成立する間際、首をフェルディルに向けると、彼を射殺さんばかりに睨みながら最後の言葉を紡ぐ。

 

『ウンスラード──クロシス──サラーン』

 

 アルドゥインが星霜の書に完全に吸い込まれ、星霜の書は輝きを無くしてフェルディルの腕にコトリと落ちる。

 

「……終わりなき悲劇を遅らせたに過ぎない(ウンスラード、クロシス、サラーン)……か。あるいは、そうなのかも知れん」

 

「が、しかし────」

 

「────勝ったぞ、ハコン、ゴルムレイス────」

 

 フェルディルは星霜の書を握って、勝ちを誇るように、グッと前に突き出した。

 

「勇敢にソブンガルデへ逝ったお前たちを、誇りに思う」

 

「だがな────」

 

「────この喜びを分かち合う者がもう居ない事に、この老体は耐えられんよ」

 

 突き出した拳を軽くぶつけ合う、三人で決めた戦いの始まりと終わりの合図。

 いまはただ冬山の寒風だけが、フェルディルの拳を空しく撫でるのみだった。

 

 

 

 

 この時。

 星霜の書は前例のない使い方によって誰も予想し得なかった作用を起こし、書に刻まれた時の狭間を彷徨うはずだったアルドゥインは、とある世界へ流れ着く。

 

 そこに居たのは、不滅でありながら有限を知る『不死人』が存在する、アルドゥインが知るものと全く違う歴史を辿っていた世界。その不死人たちは皆、人でありながら、竜のように倒した者の魂を吸収できる性質を持っていた。

 

 そして、自身が封印された時間と全く同じタイミングで不死人となった男と、アルドゥインの魂は一体化した。

 主人格であり、事情のわからぬまま困惑する彼に力を貸しながら、世界を喰らう者は世界を巡る。

 

 

 

 

【誰だ】

 

【定命の者よ。貴様こそ、我に……サラーン……待て、貴様……もしや、定命ではないのか】

 

【不死人。卑俗で矮小な世界の敵だ。聞いたことくらいはあるだろう】

 

 

 

 

 アルドゥインは、文字通り魂で繋がれた『彼』と火継ぎの旅を終え、定命の世界に光を取り戻し、魂を同じくするからか存外に馬の合う彼との旅を、薪となった彼を内側から観察しつつ、世界を喰らう者が世界を救うという矛盾に、悠久の時の中で不変であった自身のあり方の変化に、それも悪くはないと自嘲を含んだ笑みを浮かべ、彼と共に眠りについた。

 

 ──それでも、次の目覚めは来るもので。

 

 再び闇の深まった世界でアルドゥインと彼は旅を続け、渇望に苛まれた女王や、神出鬼没に現れる原罪の探究者と、火継ぎの答えを巡って戦い抜いた。

 その旅の中で、『人の像』と呼ばれる道具により、人の器に竜の魂という歪さながら、アルドゥインは物質的な肉体を取り戻した。……なぜか、人間の女性の姿で。

 

 それから魂の中で語り合うだけだった不死人との関係は、大きく変化した。

 それは女性になったからという訳ではなく、『竜』の魂のみで存在していたアルドゥインが、此度の奇妙な巡り合わせによって、部分的ながら『人』を受け入れたからだった、ということが大きかった。

 

 彼との関係は不思議なもので、同じ魂を持つよしみによって、あまり多くを語りたがらない彼の過去を、あり余る程の長い時間を掛けて聞いていった。

 曰く、『アストラ』なる騎士の国の貴族生まれの長男で、演劇や冗談話が好きで、長兄として期待されていた政治や芸術の才能がてんで無かったが、武器の取り扱いと魔術・奇跡・呪術の魔法三系統などいわゆる戦における才があることが不死人になってから発覚したと苦笑していたり。

 

 行く先々で見られる陰惨ながら美しい景色に、お互いに有り余る悠久の時に飽かせて足を止めたり。

 深淵に堕してなお国に仕える騎士の忠義とそれを慕う大狼の覚悟に珍しく熱を上げる彼の語り口に、改めてかつての旅に想いを馳せたり。

 

 ──星霜の書に朧気ながら提示された封印解除の条件……『有限』を知ること。

 はじめは理解できなかったそれも、人として生きる時間の中で旅を続けるごとに、少しずつ、少しずつ理解していった。

 

 ──そして、奇縁で繋がれた不死人と歩むこと三度目。

 

 陰りゆく太陽の中で、火継ぎを彼とともに終わらせたことで。

 (アルドゥイン)は『有限』を────その儚さ、尊さと、眩いばかりの美しさを理解した。

 

 

 

 

 様変わりした──もしくは、していないとも言える──初めて訪れた時よりもうず高く積もる灰の量だけが増えていた最初の火の炉。

 旅の終わりを意味するここに再び足を踏み入れた彼とアルドゥイン、そして今代の火防女は、歴代の薪の王の残滓、見方を変えれば王の化身とも言える過去の自分たちを含めた薪の王たちの魂を煮詰めた亡霊を見事下し、三度目の旅の終着点、消えゆく篝火と閉ざされていく闇の中で語り合う。

 

【すべては闇に閉ざされ、世界は終焉を迎える。────ずいぶんと呆気ないものね、世界の終わりって】

 

 アルドゥインが、この長い旅の中で大きく変わった女性的な口調で誰ともなく話し、かつての鱗のように流麗な長い黒髪を手遊びに整え、戦いの内に付いた灰を揺り落とす。

 

【『世界を喰らう者』の発言とは思えないな】

 

 アルドゥインの隣で、積もる灰に腰を下ろしていた不死人が、アルドゥインの言葉を受けて、兜の中でくつくつと笑いを噛み殺す。

 その様子が不服だったのか、アルドゥインは旅を重ねた今も変わらぬ竜の長兄としての気迫を以って彼を睨みつけた。

 

【……あのねぇ。あんたがそうしたんでしょ? それに、人の像で顕現した体が女の子だからって、急に女の子らしくしなさいとか言っちゃってさ】

 

【ああ、そうだったな】

 

 冗談めかした賛同をしながらもくつくつと漏らす声を押し止めることのない彼に、もうひとつ睨みを強めることで対処したアルドゥインだったが、彼もひとしきり笑いを噛み殺すと、暗闇に閉ざされていく視界の中でまっすぐに自分を見つめるアルドゥインの姿を認めた。彼が兜の面を外し、瞳に真剣な光を灯すと、アルドゥインは一拍の後に、小さく呟く。

 

【……でも。……あんたと過ごした旅も……つまらなくは無かったわ】

 

 言い切ったのち、プイとそっぽを向いてみせる彼女に不器用な素直さを感じた彼と火防女は、ふふ、と小さく笑い合った。

 

 ……しかし。

 

 最後の時を待つ最中に、彼は少しだけ明るかった横顔に影を落とした。

 

【そうか。……最後だ。最後の時になって……僕は君に、別れを教えてしまうのか】

 

 別れ。

 尽くした筈の国から受けた地獄の責め苦によって自身の名前を漂白され、只人としては『死んだ』彼の人生。

 世界の終わりまで牢を出ない筈だった彼が不死人として歩んだ第二の過酷な旅路(じんせい)において、いつも側に居たのは、自分を世界を喰らう者であり最強の竜と呼んで憚らない、目の前の黒い少女だった。

 

 彼女は自分と違って、呪いによる不死ではないらしい。

 だから、このまま世界が終われば、彼女の封印が解けなければ。

 

 ────彼女はこの闇の中で、ずっと一人になるのだろう。

 

 彼女と決めていたはずの旅の終わり。

 それが不死の真の使命を全うすることで得られる、すべての先人たちの望む安息の結末でも。

 

 永遠を望むには矮小すぎる、この身であっても。

 

 今更になって。

 『終わりたくない』、と。

 そう思ったのだ。

 

【不死人の使命は終わり、アストラの貴族であった定命の者は、その骨を灰に埋めた。……それでいいのよ。あんたは、もともと人間なんだから】

 

【……私の使命だって、ここで終わり。あんたのお節介の甲斐あって私は『有限』を理解し、星霜の書に呼び戻される時が来たの。……むしろ、あんたが終わらなかったら、あんただけがここに残ることになっちゃうんだからね。こんな時にもなって余計な心配掛けないでよ? 】

 

 対する本人はあっけらかんとしたもので。

 そこにはやはり、時や別れ、その他さまざまな感覚が人とは違う、竜族らしさがあるとも言えるだろう。

 

 だが、アルドゥインはそれでも物憂げに目を伏せる彼に嘆息すると、得意げに微笑んで、指をひとつ立てた。 

 

【あんたに『クァーナーリン』の名をあげる】

 

【なんだ、それは】

 

【征服者、という意味の言葉よ。ドヴ……竜族において、仲間を打ち倒し、その魂を吸収した者のことを表してるの】

 

【僕は竜じゃないぞ】

 

【それこそ、今更よ。竜である私と同一の魂を持っていて、この旅の中で数え切れないほどの不死人や魔物、竜族、神の魂を吸収したのがあんたって人間。そんなあんたは、竜の一員としてこの名を名乗る資格があるの】

 

 彼はうーむ、と知己の独特な鎧を着たカタリナ騎士のようにしばらく思案し、

 

【だが……、名前か。それは、本当に必要なんだろうか。僕はこれまで、無いままにやって来たからな】

 

 彼の本当に解っていなさそうな表情にしびれを切らしたアルドゥインの、

 

【いつまでも『あんた』だけじゃこっちが呼びづらいっての! しかも、私の名付けなんて栄誉を、なんで悩む事があるってのよー! 】

 

 という言葉で我に返った。

 

【確かに……しかし、ファーストネームには長いな】

 

【……なら、これはファミリーネームね】

 

 はぁ、とうなだれるアルドゥイン。

 だが、少し逡巡し、彼に新たな名前を告げた。

 

【『リク』】

 

【風を意味する竜の言葉よ。あなたは今日から、『リク・クァーナーリン』。……これで良いかしら? 】

 

【もちろんだ】

 

 彼……リク・クァーナーリンは、鷹揚に頷いた。

 

 ────名前は、竜にとって特別なもの。

 

 時には在り方そのものを縛る、他の生物よりもよっぽど縁の深いものだ。そんな名前に込めた密かな想いは、竜の言葉を知る自分以外には知られることがないだろう。

 

 ────風とは、空を往く竜と常に共に在り続ける最高の相棒だ、と。

 

 だけど。

 少しだけでも気づいて欲しい、なんて。

 竜だった頃では想像もつかないような、生娘のように淡い想いもやがて、闇の中へと溶けていく。

 

 火防女が祈りを捧げ、側のふたりに言葉を紡いだ。

 

【灰の方────リク・クァーナーリンさま。ありがとう、ございました】

 

 世界が終わる。

 

 同時に、闇の世界に似つかわしくない、アルドゥインだけに見える星霜の書の輝きが彼女を吸い上げ、ムンダスへと魂を引き戻していく。

 

【世界を喰らう者────アルドゥインさま。どうか、お元気で】

 

 火防女はその時初めて見せる、慈しむような微笑みで。

 

【もう君に会うことは、無いんだろう】

 

 兜から伺えるリクの顔は、魂すらも同じくした半身を引き裂かれる想いを隠し切れない、笑顔とも言えない笑顔で。

 

【アルドゥイン】

 

【リク・クァーナーリン】

 

 ただ名前を呼びあった。

 別れは、告げることなど出来なかった。

 別れを告げれば、終わると解ってしまうから。

 

 だが────それこそが、『有限』を知るからこそ込み上がる、尊き星の瞬きに他ならなかった。

 

【さようなら】

 

 時の止まったような静寂を破り、どちらともなく別れを告げる。

 そうすればもう、闇の中にアルドゥインの姿は失くなっていた。

 

 ────アルドゥインが帰還する。

 

 太古の昔に人々を支配し虐げたムンダスの悪夢の再来は、きっと現代に生きる人々にとっては意外な形となるだろう。

 『有限』を知った竜────アルドゥインは、文字通りに生まれ変わったのだから。

 

 

 

 

 時を同じくして、星霜の書の輝きを見ていた人物はもうひとり。

 兜の面を掛け直して篝火を見れば、その中空に光の裂け目があった。

 

【おや────これは、見たことのない光だ】

 

 (アルドゥイン)と同一の魂を持つ不死人。倒したものの魂を吸収し成長する、世界の歴史の元を辿れば神性の人間。ムンダスに倣えば竜の血脈(ドラゴンボーン)とも言える彼。

 リクと名付けられた不死人は、かつて触れた冷たい絵画の世界、またはウーラシールの闇の狭間のように何気なく手を触れ────何者かの見えざる手によって、星霜の書の中へと吸い込まれていくのだった。

 

 

 

 

 ドラゴンの突破、という言葉がある。

 要は、矛盾したふたつ、または複数の事象が同時に起こることを指す。

 

 今回の事例の最たるものは、

 

『世界を喰らう者が帰還した』

 

 という事実を軸に、実に様々な事象が奇妙な重なりを見せたことと言える。

 

 暴虐な竜の長である、世界を喰らう者。

 『有限』を知った竜族と自称する黒い少女、アルドゥイン。

 そして、竜を滅するドラゴンボーンにして黒い少女を知る者、リク。

 

 我らはドラゴンボーンを補佐する役割にあるが、同時に、ドラゴンスレイヤーとしての根幹を大きく揺さぶられる事態にも直面している。

 デルフィンにも秘してあるこの考察は、私がこの未曾有の事態の顛末を体験するにあたって、きわめて重要な意味を持つことだろう。

 

 

      ────エズバーン、薪木の月29日の日記にて





序章のご読了ありがとうございます。
この小説は、ドラゴンの突破(Dragon Break)というマルチエンディングの解答とも言える設定を軸に、ダークソウル世界とTES世界が歴史レベルでゆるくクロスした世界観で描く物語です。

この序章では、この物語がなぜ始まったかという、本編の前に起きた出来事をざっくりとお届けしました。本編にあたる新たな世界ムンダス(TES原作世界)での物語は次のお話、第一章からになります。
実は既にダークソウル由来の武器や道具などが複数登場していたりするので、探してニヤリとして頂ければ幸いです。もう見つけたよ、という方はそのままニヤリとしていて頂けると幸いです。

また、アルドゥイン(ソブンガルデ立て篭もりつよつよ長男ドラゴン)がアルドゥインちゃん(気の強い系不器用ツンデレ黒髪美少女)になるのは口調変更を含めて今後の展開に密接に関わってくるので、決して私欲ではございません。
まぁ、でも……ツンデレ黒竜かわいい……かわいくないですか? (私欲もあります)

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