The Elder Scrolls:Souls Wind 作:まむかい
黒竜の位置を特定することは至極簡単だ。
ただ雷鳴のような咆哮を頼りに、雷系統の魔法と矢の雨が空に向けて放たれている場所に向かえば良い。
そして、戦死した兵の遺体が増えてくれば、誰であろうとその気配を強く感じることが出来るだろう。
人間如き歯牙にすら掛けぬ、絶対者の存在を。
そして。
竜の領域を目前にしたそこには、たった一人、生き永らえた兵士がいた。
未だ生きているとはいえ手酷くやられた事には違いないのか、壁に寄りかかり、息も絶え絶えな様子のそれは、兜や鎧の所々を貫くように結晶の生えた、歪な騎士だった。
リク達は結晶と騎士甲冑の一体化したようなその男に駆け寄り、出血による過剰な寒気から肩を震わせ、息苦しそうに咳き込む彼に声を掛ける。
大きな意味で人命を救ける為に行う竜退治の途中で、消えかかる命を見過ごす事など出来ない。
少なくともこの場において、リクとレイロフの意見は概ね一致していた。
だが、男は二人の助けを敢えて断った。
自分はもう助かることはない、そう確信めいた言葉を添えて。
「私が死ぬ前に、一つ、身の上話を聞いてくれないか」
結晶の騎士は、時折苦しげに呻いては自分を刺し貫く結晶から血を滲ませながらも、ぽつり、ぽつりと話し始める。
◆
ウィンドヘルムの灰色地区に住んでいたダンマー、人語で言えばダークエルフであった男は、そこで横行していた、ノルド達による苛烈な迫害に業を煮やしながら育った。
時が経ち、青年となった男は彼らに対抗するべく単身ソリチュードに向かい、帝国軍へ兵卒として迎え入れられた。
兵として学び、力をつけた男は、しかし更なる力を求めた。
すべてはダンマーの安寧の為にと目標を掲げていたが、実のところ、英雄的行為や自己犠牲への大義名分を得た自分自身に酔っていたのだろうと今になって分かったと、男は自嘲した。
そうして、鍛錬と戦役を繰り返す男が、自身に限界を感じた時。
街を訪れた“識者”なるもの邪法に、己を差し出したのだ。
「それが大きな過ちだった。……いや、もしかしたら、随分前に間違っていたのかも知れんな」
魂石という、その名の通りに魂を扱う、リクの知る所で例えるならソウルの業による強化を武具に行えるそれを、邪法により肉体に直接埋め込み、立ちはだかる敵対者の魂を吸収し消費する事で、無限の生命力と不死身の肉体を得るのだと識者は言い、事実、その通りの絶大な効果を男は得た。
その力でもって最前線で敵を薙ぎ払い、数ヶ月の短い間に武功を上げ、それぞれが特殊な技能を持つ帝国の四騎士団がひとつ、『獅子』の騎士団にも選抜され、ついには今回の、ウルフリック・ストームクローク捕縛作戦にも参加し、これを成功させた。
男はこれからも戦い続け、やがて英雄と語られるようになるだろう。
その全てが、盤石である筈だった。
────だが、その物語は続くことはなく、今日を以て幕を閉じる事となったのだ。
幻想から現れた破壊者が、男の幻想を打ち砕いた。
自部隊の全滅と、自身にはとどめすら与えられず、ただあの竜の興が乗らなかったというだけで、路傍の石ころのように捨て置かれた自分の姿を以って、男は知った。
男の夢見た『英雄』など、あれにとっては塵芥。
信じて研鑽し、魂を売ってまで得た『英雄』は、正しく夢幻に過ぎなかったのだと。
「ただの泣き言だ。お前は捨て置かれたが、それでもまだ、生きている」
結晶から溢れ続ける血を必死に押し止めるレイロフの、切り捨てるようでいて仁に溢れた言葉に、男は首を振った。
「私はもう、死んでいるのだ。どうしようもなくな。
結晶は負けた私の命を食い潰そうとしている。私の深くに沈み込み、自分が損をしないように。
これから得る筈だった魂のエネルギーを私から徴収する為にな」
言葉の通り、結晶は次第に男の中に沈み込み、それに反して流血の量は減ってゆき、ダークエルフの黒々とした顔も、時間の経過に伴うように青白く染まっていった。
「なあ、お前達はあの竜に挑むんだろう? 」
結晶の騎士は弱々しい手つきで腰蓑に手をやると、そこから緑に鈍く輝く、独特な形状の瓶をリク達に見せる。
「これは、その昔に知人のレヴィンから餞別に貰った、何も入らないガラクタの瓶だ。
お守り代わりにと渡されたが……使えんものの、なにしろ綺麗な緑色でな。なにもかも置いてきた今じゃ、俺の一番大事なものになっていた」
リクは、差し出されたその瓶のことを良く知っていた。
エスト瓶。
篝火の炎を溜め込み、肉体を瞬時に癒す不死の宝。
篝火の存在しない今、真に力を発揮することのないそれを、男はリクへと手渡した。
「貰ってくれ、これを……。
ついぞ私を守ってはくれなかったが、これをお前達が持っていけば……私は、お前達こそが竜を倒す英雄だと、希望を持って、死ねる」
そう言って息も絶え絶えに微笑む男に、リクは酷い既視感を覚えた。
遠い記憶、不死院の中で使命と共にこの瓶を託された、自分の運命を決定付けたあの時と、今が酷く似通っていたからだ。
リクは、ただ静かに瓶を受け取った。
「それと、これも……」
男が差し出したのは、雷の力を帯びた特大剣。
細かな意匠は違えど、身の丈ほどもある厚く長い刃のそれは、ロスリック騎士の大剣そのものであった。
「見ての通りの逸品だが、私では体格が合わなかった。それを認めず使って、いつも振り回されていたよ」
「大剣か。大物は性に合わんが、リク、お前はどうだ」
「……頂こう。とても、心強い」
リクは結晶の騎士から大剣を受け取り、両手で握りを確かめ、片手に持ち替えて三回ほど素振りをした。
すると、火の粉に触れた刀身から黄金色の雷電が弾ける。
雷を帯び、鋼鉄の剣よりも重みのあるこの武器であれば、竜族に共通する特徴である、硬く、雷以外を通さない岩の鱗にも高い効果を見込めるだろう。
レイロフは、鉄塊と言って差し支えない大剣をも片手で軽々と使いこなした、これまでの付き合いで慣れた筈が未だ底知れぬものがある戦友に、内心で舌を巻いた。
「……お前達に……あの竜への、勝算は、あるのか……? 」
結晶の騎士は弱々しく聞くと、リクとレイロフは、同じように頷いた。
「────ある。……僕が、
リクが僭称したのは、今は嘯くばかりであろうと、そう在れと決めた英雄の称号。
「……ノルドの与太話、か。……最後に縋るにしては、なんとも頼りない、ものだな……」
それを聞いた結晶の騎士は、皮肉げに顔を歪ませ、ひとつ、安堵したような溜め息を吐くのだった。