The Elder Scrolls:Souls Wind 作:まむかい
灰と狼、不死と霊。
灰の騎士リクは砦を背に隻腕へ祈りを込め、その焦げ付いた腕に呪術の炎を宿す。対して故知れぬ狼騎士は祖先の炎を纏い、伝統の戦礼に倣い大小異なる幅広の雷剣を構える。
兜に遮られた視線は互いを焼かんばかりに熱く交錯し、互いの間合いが届かない数メートル地点でのジリジリとした詰めの歩調を示し合わせたように取っていた。
二人の騎士のみが介在できる間合いの削り合いを兼ねた僅かな膠着は、狼騎士の人間離れした一足飛びの跳躍を合図に再戦の火蓋が切って落とされた。
砦上の弓兵は、リクの甲冑に覆われた後ろ姿が冷や汗を垂らしたように幻視した。
端的に言えば状況は悪い。片腕を落とし武器も奪われ、頼みの呪術も炎を纏った狼騎士へは大した効果を期待できない。周囲を包む火の勢いも強まるばかりで、この場を脱するにしても目前の騎士を突破しないことにはままならず、火の手が進むほど不利になる現状では満足に時間すら掛けられない。いわゆる、八方塞がりというものだった。
弓矢の支援も騎士の纏う炎には鏃すら溶けるこの強敵に弓兵らの為す術はなく、それは目下の灰騎士とて同じだろうという諦念が、リクのやや痩せぎすの背中に集まっていた。
しかし、当の灰騎士は相対する狼騎士へその目を逸らすこと無く、自身の見据えた勝算へ向けて虎視眈々と手順を詰め始めていた。
飛びかかる狼騎士に、リクは多量の汗を流した。それは冷や汗と言うには多く、分かりやすい部分では、布で覆った甲冑の関節部にすら濃く滲むほどにも大量に。それはリクの内心が過剰に表れた故のものではなく、ひとえに彼が記憶していた膨大な呪術のひとつ、『激しい発汗』によるものだった。
狼騎士の跳躍は流麗で、その終着点はリクの首へと正確に合わせられている。しかし、リクら不死人の知る本来の闇霊であれば備えていたはずの、感情の機微を利用した戦術を取る気配のない機械じみた動きは、背格好は若年ながら、文字通りに死線を乗り越えてきた老獪さを持つリクからすればむしろ、危険な位置のみを狙うそれはひどく読みやすい軌道と言えた。
最接近した彼の双大剣をリクは半身で躱し、回避してなお無傷であることを許さない炎の外套がリクを襲う。鎧を焦がし下布を煤にしたそれは激しい発汗により肉体に到達する直前でせき止められる。そして、大振りの隙を潰すため特大剣を振り上げ構え直そうとする一瞬の間隙へ向かって、リクの反撃が差し込まれる。
弓兵が見たのは、灼熱に包まれ見えなくなる灰騎士の姿。続いて、焼けた鋼の香り。その1秒に満たない後に、鋼のひしゃげるような怪音と共に炎の中心が地面に向かって沈み込む。
ゆらめく炎の隙間から見えたのは、その身体を重力に任せた狼騎士を満身創痍で見下ろす灰騎士の姿だった。
特大剣が掠めただけで容易く溶解した兜が外れて地に落ち、灰騎士の顔があらわになる。弓兵を背に狼騎士だけを見据えるその灰色の眼光には、立ち昇るような炎があった。
それはあらゆる感情や感性をも支配されたはずの闇霊をして手を伸ばしたくなるような熱のこもった誘蛾灯のようで、矮小な人の身ながらも『王』となった偉大な不死人だけが持つ、常に勝利をもぎり取らんと輝く不撓の眼光。
勝ち目のない戦いなど
「我慢比べはここからだ────この一撃で、終わらせる」
鎧すら原型を留めることのできない炎熱の中心に、リクは手を伸ばす。闇霊の肉体は独特の感触でするりと彼の手を飲み込み、体の内外問わず燃え盛るその炎で腕を蝕んでいく。
耐えながら狙うのはただ一点。始めからあからさまだった弱点、心臓部にある闇霊の核。拳大の黒い結晶であるそれをもう離すまいと今生の別れの後に再会した兄弟のごとく握りしめたリクは、横這いに薙ぎ払われた大剣を鎧と自らの肉体で受け止める。悶絶するような脇腹への炎雷に奥歯を噛み締めて耐え抜きながら、ただ一心に炎への畏敬を込めて静かに祈った。
『浄火』
蛮族の業とも称されるそれは、敵の体内で炎を育て爆発させるという仕組みとしては至極単純な呪術だった。しかし、選択されたその業はこと今回の会敵においては紛れもなく最適なものだった。
ソウルは元来火に惹かれる。そして、魂石とはこの世界ムンダスにおけるソウルを吸収する用途を持っていた。それはつまり、膨大な量のソウルをつぎ込んだ理外の成長を意味していた。浄火は魂石の中身であるソウルをあらん限りに吸収し、その威力は増大し続けていく。
炎はリクの握り込んだ手のひらで火勢を増す。続いて、悲鳴にも似た結晶の破砕音。さらに続いて、手のひらの火種が魂石の罅から漏れ出たソウルを吸収しながら育ち続ける。狼騎士の中で膨れ上がっていく炎はリクの予想を遥かに超える威力を予見させた。対して狼騎士は存在の核そのものへの直接攻撃に対し、炎がみるみる勢いを弱めていく。魂を燃やす先祖の炎すら、リクの火種に吸収されつつあったのだ。
リクは狼騎士の僅かな硬直を見逃さず、手のひらから炎を切り離す。重く蹴りつけて腕を霊体から引き離すと、その場で身を後ろへ翻らせた。その頃には既に魂石からソウル、霊体から炎を吸収しきった火種は狼騎士の中で人の頭ほどもある爆弾のように膨れ上がり、爆ぜるその時を明滅しながら待つその姿はその位置もあいまって、鼓動する心臓のようにも見えた。
程なくして、狼騎士からくぐもった爆発音。連鎖はなく、一度のみのそれは数々の追い風もあり、リクが本来想定するよりも遥かに強烈に、狼騎士を内部から破壊した。祖先の炎を逆手に取られれば、いかに炎に親しいダークエルフとて耐え切ることは難しい。
爆風とともに巻き上げられた土煙が晴れた場所には、騎士の得物の中で唯一の実体であった溶融し半ばから折れたロスリックの大剣のみが残されていた。
弓兵はひとしきり顔を見合わせると、歯をむき出して笑顔を作り、湧いた。灰の騎士──否、苦難を乗り越えた真のノルドたり得る英雄へ称賛の雄叫びを上げる。
リクは折れた大剣を数秒の逡巡を交えて見つめたのちに鞘へ納めて弓兵へ振り向く。彼らの退路が指揮を行なっていた上官によってしっかりと確保されていることに安堵しながら、子供のように目を輝かせた弓兵たちへ観念したように片手を挙げ、彼らの称賛を受け取った。
……その時だった。
『オォ────』
上空から、ビリビリと世界を揺らす『声』が漏れる。自ら発した霧に揺蕩うように空へ留まっていた黒竜が翼を広げ、その凶悪な牙を備えた口を開いたのだ。満身創痍で聴覚に異常をきたしていたリクすらも、魂に直接響くかのようなそれは十全に聞き取ることができていた。
その場の注目はすべて、黒竜へと向けられる。英雄を歯牙にも掛けない災害を前に人々は立ち尽くして審判を待つしかないのだと、黒竜は語っているように感じられた。
しかし、この緊張の中でも咄嗟に動ける剛胆の英傑がひとり、砦へと現れたことで状況は一変する。
「リクッ!」
自身の名前を呼ぶ声に振り返ると、火の手から見て反対側からやってきたのは先の黒竜との会敵と敗北の折に別れてしまったはずの男、レイロフだった。彼はリクより少し早く目覚めたのち、ストームクロークの合流先で護衛を外れてリクの捜索を続けることの許しをウルフリックより賜ることで、双方への義理を果たすべくこの場に現れたのだった。
「早く、こっちへ!」
レイロフの登場により、その場の緊張状態は一気に好転し、時を同じくして退却の準備の整った鷹の弓兵たちは号令とともに砦の中へと走りだす。あまりになす術もない黒竜という災禍の威容と、闇霊となった万夫不当の騎士長を片腕で退けた英雄への畏敬を胸に、彼らは退却した。
そして、リクはその場へ立ち尽くしていた。それは恐怖で足がすくんでしまった訳ではなく、この世界で彼のみが抱いたであろう"違和感"ゆえのものだった。
「ああ……そうか。黒竜、世界を喰らう者。なんで気付かなかったんだ? ……お前は、いや……」
「何を言ってる! 早くこの場を離れろ!」
『
「おい、リク! ……リクゥゥッ!」
『君は────』
『────
『
この時、同時に二つの"
アルドゥインからは霧が溢れ、辺りを包む。一寸先も見えないほどの濃霧の中、リクは彼を中心として吹き荒れた暴風によって濃霧から逃れ、上空に佇む黒竜へと相対していた。
「君は、世界を喰らうことを辞めたんじゃなかったのか?」
黒竜は答えない。
「僕との旅は、全くの無駄だったのか?」
黒竜はなおも答えない。
「君が戻ってきたこの世界はそんなに────君にとって、許しがたいものだったのか?」
黒竜は上空でひとつ羽ばたくと、シャウトを行うために大きく息を吸い込んだ。
「なぁ、答えろよ────アルドゥイン!」
『────
瞬間、リクの体は一切の生命活動を止めた。一瞬の神業にして、拒絶の一撃。その無慈悲な声の鎌は、リクの命をいとも容易く奪い去っていった。暗転する意識の中、リクは慣れ親しみ切った死の感覚と寂寥感を胸に、その場を去っていく黒竜を死を迎えるまでずっと見つめていた。
◆
それから数日が経ったある日。
イーストマーチの首都ウィンドヘルム、スカイリム建国以前から存在する歴史ある建造物を利用して作られた雪深き玄関口に拠点を構える宿屋「キャンドルハース・ホール」の2階にて、実に奇妙なことが起こっていた。
宿の名物、建国以前より消えていないキャンドルの火が大きく揺らめき、キャンドルのサイズからしてはありえない量の煙が噴き出すと、憩いの場であったロビーの一帯をすべて包んでしまったのだ。
それだけであればまだ、その場にいた人々がゴホゴホと咳き込むだけで済んだ筈だったが、これはそれのみに収まらなかった。
煙が晴れた時、宿の客や傭兵に吟遊詩人、作家すらも一斉に息を呑み、一点に視線を向けていた。
その視線の先にあるのは、焼け落ちたようにボロボロの騎士甲冑を着た男が、キャンドルの目の前で倒れ伏している光景だ。青天の霹靂とはこのことだろうと、彼らは意見を一致させていた。
「……灰の、騎士」
誰ともなしに呟かれたそれは、奇しくも彼の風貌にピタリと当てはまるものであった。
第一章ヘルゲン編、これにて終幕です。
次章以降も鋭意執筆中ですので、次回もどうぞお楽しみに。
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