The Elder Scrolls:Souls Wind   作:まむかい

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第一章
降り立つは風のように


 タムリエル大陸最高峰の霊山、世界のノド。

 そこへ遥かなる時代に三人の英雄が手にした星霜の書によって刻まれた『時の傷跡』。

 空間の裂けたような歪みとして今もなお目に見える形を残すそれが、数千年をゆうに跨いだ果てに、大きく揺らめいていた。

 

 異変にいち早く気付いたのは、世界のノドの頂上にて深い瞑想に心を沈み込ませていた一匹の老竜だった。

 老竜は黄緑がかった体躯を震わせ、閉じていた口をおもむろに開くと、焼け付くような感嘆の含まれる吐息を漏らした。

 

『オォ────』

 

世界を喰らうものが帰還した(アルドゥイン、ダール)

この次元に終焉を導きに(ディノク、ドログ)

 

 時の竜神の直系であることから、時間に親しい特性を持つ竜族の眼で時の傷跡を眺める彼は、揺らめいた曖昧な時の流れを読むことで、遠くないうちに起こるであろう出来事への知見を得る。

 時の狭間に封印された自身の兄が、悠久とも言える時間を掛けて僅かに綻んだ封印を抜けて、ムンダスへと降り立つ、という未来の知見を。

 

 名をパーサーナックスというこの老竜は、世界を喰らう者(アルドゥイン)の弟に当たる。

 残酷な大君主(パーサーナックス)の意味を持つその名が与える破壊衝動を瞑想によって抑え続けるという、並外れて理性的な心を持つ竜でもある彼にとって、兄の帰還は正直に言って素直に喜べる類いの物ではなかった。

 それは兄の帰還、すなわち世界の終わりを意味するこの時まで来ても理解し合えなかった自身と兄の関係や、この土壇場と言える時になってまで、理性は持てどついに悟りを得る事はなかった自分という存在の是非について、少し思うところがあるからだった。

 

『……』

 

 久方ぶりに沈んでしまった心を持て余しながら時の傷跡を眺めるパーサーナックスは、直後、眼を大きく見開いた。

 

『……誰か……遅れてやってくる者も居るようだ(サラーン、ヴァンミンドラーン)

 

 自身の眼が映しているのは、自身の兄であるアルドゥインの帰還であったはず。

 自身の予言とも言える知見が外れたことのないパーサーナックスであったが故に、この結果はとてもではないが、信じられなかった。

 

これは……竜の血脈か? (メイズ……ドヴァーキン? )

いや……もしや……兄者、なのか? (ニー……エール……アルドゥイン? )

 

 そこに映るのは、自身の知る暴虐な竜の長兄としての『世界を喰らう者(アルドゥイン)』の他に、竜族(ドヴ)の魂を人の器に嵌め込んだような、竜にとっては異形と言える黒い髪の少女と、その傍らに佇む、色あせた鎧を着込んだ騎士の二人組が星霜の書を通じてこの世界へと来訪する様子が映っていた。

 

 パーサーナックスは直感する。

 眼前へ同時に映ってゆくのは、懐かしき竜の長兄、黒い少女、灰の騎士。

 彼らのすべてが、兄者(アルドゥイン)に違いないのだ、と。

 

 一体、どのような因果があればこの様になるのか。

 長兄が突然三()に増えたらしいパーサーナックスは驚きのままに眼を瞠り、しばらく放心する。

 

 そして、近い未来で起こる現実について一旦整理する為か、考えに一旦区切りをつける為か。

 彼は暫しの間、深い瞑想に入ることにしたのだった。

 

 

 

 

 篝火は、不死に故郷を思わせる。

 彼にとっての故郷は、兄弟と何ひとつの気兼ねもなく話せていた子供の時分に静かに寄り添っていた、暖炉の薪を燃やす黄金(こがね)色の炎だった。

 それはあまりに遠い昔で、兄弟だったはずの彼らの名前も、いまや思い出す事はできない。

 だが、心の折れそうな時にはいつも、篝火に座り込んではそれを思い出し、耐え凌いで来た。

 

 陰る記憶の炎が灰と消えぬように、これだけは、この不死の使命に奪わせないと主張するように。

 

 しかし、いつの日か。

 螺旋の剣が人であった頃の記憶を霞ませ、不死人として生きる、新たな記憶の蝋で暖かな記憶は上塗られていった。

 

 篝火は、不死に故郷を思わせる。

 それはいつも、忘れ難い思い出を薪に煌々と炎を揺らめかせていた。

 

 ────だからこそ。

 

 不死人は過去を火に焚べて、もう一度だけと旅に出る。

 火の消えかかる世界ならば、どこへでも。

 未知の暗闇に道を見つけ、通った道を明るく照らす。

 闇を知る彼らは、闇は暗く恐ろしいものであることを誰よりも知っていたから。

 後に続く者たちに、暗い道で怯えて欲しくなかったから。

 

 それは闇のソウルを見出した、原初の小人の時代からも同じことで。

 つまるところ、自分(人間)たちはいつの時代も『そういうもの』だったらしい。

 

 

 

 

 ────そう使命を語る不死人に、原罪の探究者は答えた。

 

 否、と。

 

 

 

 

 光を抜けると、そこは雪景色だった。

 ……と、言うよりも、雪に身体が埋まっていた。

 

 彼、リクと名を改めた不死人は、前回である三度目の旅の始まりを思い出し、雪から這い出るようにして身体を起こし、雪を軽く払う。

 

 まずは装備を確認すると、例によって集めていた数々の武具はどこぞの者に盗られてどこにもある気配がない。

 着ていた甲冑まで剥ぐのは心苦しかったか、単に着古して褪せた灰色のこれが見窄らしく金に代えられそうになかったからか、アストラの上級騎士にのみ下賜される、着慣れた騎士甲冑のみが無事であったが、底なしの木箱すらも見当たらず、これらを盗った賊はさぞ楽に持ち運べたことだろうなと、剣や盾もろくにない現状にただ苦笑するしかなかった。

 

「……だが、これがある」

 

 気を取り直したリクは、深い呼吸により集中力を整えながら、炎への畏敬を意識し、手のひらに僅かな力を込める。

 すると、彼の手のひらの中には小さな火種が現れ、パチパチと小さな破裂音を立てていた。

 

『呪術の火』

 

 それはリクにとって、どの旅においても頼りになる相棒だった。

 毎度のごとく根こそぎに剥がれる武具の数々とは違い、古い友人である大沼のラレンティウスから受け取った呪術の火のみはいつも、自分の中に息づいた技術そのもので、盗まれることは決してない。

 もちろん、長い眠りに伴って全盛期には程遠い水準まで火の勢いは落ち込んでいるのが常なのだが、これがあるだけで、全くの無手よりも段違いに出来ることは多くなるのは間違いなかった。

 

 自分についての現状確認が終われば、次は周囲の現状確認が待っている。

 リクが辺りを見回すと、そこは疎らな木々の中に雪除けの施された山道で、近くには何か国境などを隔てているのだろう、それなりにしっかりとした門を構えた関所があった。

 これまでに学んだ旅の心得に従い、とりあえずは人の居そうな場所で情報を得ようと関所に寄ることにしたリクは、いざ往かんと歩みを進めようとした矢先、おい、という巨人の上背のように高い見張り台から聞こえる男の声に呼び止められた。

 

 それに答える間もなく、瞬きの間には既に、揃った足並みに揃いの武具で武装した数人の兵士たちがリクを油断なく取り囲んでしまっていた。

 

「首長の命により、止まれ! ここは現在、公務により封鎖中だ」

 

 兵士のひとりが威圧的な口調でリクへと声を掛けてくる。

 もともとアストラの貴族の出であったリクは、その言葉から『首長』なるこの地の領主の存在を認め、事情説明の前に敵対されても厄介だと観念し、その両手を上げた。

 

 兵士たちが警戒しつつ、まじまじとリクを見つめる。

 

「見たところ、ヘルゲンの出じゃないな? 」

 

「アストラ。騎士が有名だ」

 

 出身を尋ねる意図の兵士の問いかけに、リクは何の気なしに答える。

 それを聞いた兵士たちは小さく彼らで目配せし、眉を顰めた。

 

「アストラ? ……そんな国も街もない。話したくない事があるのなら、せめてもう少しマシな嘘を吐くんだな」

 

「……いや、そんな筈はない……筈だ」

 

 リクは高名な騎士を数多く生み出した英華の国の名の通りの悪さに驚き、冗談を言っているような雰囲気でもない彼らに、四度目にして彼の国もついに滅び、名前すらも忘れ去られたのかと、いまは失われたのであろう自身の故郷を内心で小さく悼んだ。

 

「それに……その鎧は何だ、よそ者」

 

 埒のあかない質問に時間は割けないと、兵士たちの興味はリクの装備していた鎧へと移される。

 リクの愛用する鎧は、前述したようにアストラの上級騎士にのみ与えられる、洒落た装飾が施された一級品の鋼鉄の鎧だ。それは使い古しによるものか灰色に褪せた様子ではあるが、このような関所で右往左往するような浮浪者まがいの男が持つには、それでもなお豪奢に過ぎていた。

 兜で隠した顔からは身分や種族なども伺えず、先ほどの問答に対応した際の怪しさも相まって、兵士はリクを、この鎧を持っていたのであろうどこぞの貴族を襲った追い剥ぎの類いと断じて身柄を確保する事にし、それにしては抵抗の意思を感じさせない彼をいささか奇妙に思いながら武装を解かせ、手枷を嵌めていった。

 

 ──事実、彼の鎧も元々は同郷アストラの上級騎士オスカーのものであり、彼から直接譲り受けたとは言え、厳密には他人の物には違いないので、彼ら兵士たちの認識もあまり間違ったものではないのだが。

 

 

 武装解除の際にリクが兜を外すと、黒から脱色をしたようなグラデーション気味の灰白色の髪を持つ、顔の特徴から種族を判別しづらい顔立ちの青年が現れると、兵士は怪訝そうな顔を隠さず、

 

「ノルドか……いや、ブレトンか? 」

 

「若いが、生まれつき髪の白みがかったインペリアルだろう」

 

 などと、種族に関して小さく話し込む一幕もあった。

 

 そして、武装解除が済み丸腰となったリクは、その最中に通りがかった、甲冑を着込んだ騎兵を連れた物々しい雰囲気の馬車に押収品扱いとなった自身の鎧とともに乱雑に載せられた。どうやら、近場のヘルゲンという場所でこの馬車やそれに連なった数組の馬車たちに載っている人物らの処刑が行われるので、居合わせた不届き者もついでに執行してしまおう、という事のようだった。

 

 しかし、その会話の中でリクにとって気になる言葉が一つあった。

 

 処刑、もしくは死刑。

 罪に対して死を以て償いとする罰のことだ。不死人となったおかげでとんと出会う機会のなかったそれと思わぬ再会を果たしたことに、リクは今回の旅の異質さを感じ取る。

 

 死そのものが刑として存在するということは、要するに、死が償いとなるほど重い価値を持つ文化があるという事になる。

 

 それは一般的には当然のように思える荒唐無稽な結論だが、不死人の旅においては死など一切の価値はないのが通例で、後生の頼みという言葉も不死人の間では定番の冗談として楽しまれていたし、旅の途中で不意に死のうとショックはなく、篝火によって蘇るまでの間に今回の死の原因について即座に究明を始める程度には、不死人は死ぬ事に慣れきっていた。

 だからこそ、不死人である自分が旅をする土地に死刑制度があるという事実は、リクにとってカルチャーショックとも言うべき現象だったのだ。

 

 しかし、だからこそ。

 自分が途方もなく長い時間をかけて達成した不死人の使命の終わりも、よく実感できるというものだった。

 なぜなら、この旅の始まりには不死でない人間が居て、篝火も火防女も、いっさい絡んでいない。

 

 つまり、不死人は今、この世界に存在しないと言うことができるかもしれないのだ。

 探せば居るのかもしれないが、おそらく自分のような、篝火と使命に囚われるような形ではないだろう。

 

 ……だが。

 そうなると一つ、疑問として浮かぶ事があった。

 

 今の自分は、不死人か否か。

 

 ──次に死ねば、生き返る保証はどこにある?

 

 そう考えてしまうと、また篝火に戻るだけだと遠い出来事のようにどこか楽観視していた『処刑』の二文字への実感が、リクの胸中にじわじわと込み上げていく。

 

 死への楽観は死を招く。

 やや不当に思える処刑の憂き目から逃れるため、馬車の中でリクは考えに没頭するのだった。

 

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