The Elder Scrolls:Souls Wind 作:まむかい
黒い少女
灰の方、まだ私の声が聞こえますか?
◆
────ただ、慟哭した。
ヘルゲンに没したとある青年の無念の胸中から発せられた悲痛な叫びは戦火に消え、しかし星霜の書はそれを聴き届けた。
それは彼方への呼びかけとなり、星霜の書を通じてとある少女のもとへと、確かに届いていたのだった。
◆
「────へくちっ」
タムリエル大陸はスカイリム地方、ペイル領の山間にあるディムホロウ墓地の静かな墓標にて、陰気な洞穴に似合わぬ可愛らしいくしゃみが響く。
しかし、ごく小さなくしゃみのような"
その力は見えぬ破壊の奔流となり、放射状の進路にあったあらゆる障害物を割り砕き、またたく間に辺りを更地に変えていった。
そして、たった今巻き起こされたまさに異様と言って差し支えのない破壊の中心点からゆっくりと起き上がるようにして、その少女は姿を現した。
「……んぅっ……ぅ……!」
ガラガラと轟音を立てて崩れる華美だったであろう石造りの墓標を背景に、少女はあくびを噛み殺しながら伸びをすると、腰紐で緩く縛っていた黒金糸のローブから白磁の腕が覗いた。
同時に目深なフードが外れ、万人が振り向く整った顔立ちが露となる。あくびに伴った小粒の涙を人差し指で軽く拭いながらルビーの瞳を胡乱げに瞬かせると、やがて意識も目覚めたのか、その勝気なつり目には泰然とした意志の輝きが宿っていた。
少女の先ほどの破壊によってまとわり付いた砂ぼこりは黒金糸のローブをパタパタとはためかせることで取り除かれ、フードから後ろ手で掬うようにして腰の終わりほどもある艶めいた黒髪がふわりと流されると、その背中に薄絹の帳を降ろしていった。
「くしゃみなんて、どこかでウワサでもされたのかしら?」
鼻を少しだけ赤らめながら冗談めかして独り言ちるその少女の名は、アルドゥイン。
竜神アカトシュの直系にして竜の長兄。ここムンダスにおける終末論の象徴である世界を喰らう者として生まれ、当時の勇者や賢人たちによってあり得ざる奇妙な巡り合わせに身をやつし、悠久の時を巻き込んだ紆余曲折の後にこの黒い少女の姿を取ることとなった、竜族で唯一の不死人。
有限を知り、星霜の書の誘った長い夢から目覚めた彼女は、自身の故郷であるこのムンダス次元へついに帰還を果たしていたのだった。
────果たしていたのだった、が。
「……ここ、どこ? ぜんぜん見覚えがないんだけど……」
砂埃が落ち着いた頃、アルドゥインは鈴を転がすような声音もワントーン落とし、怪訝そうに目を細めていた。なぜなら、その瞳が映していたのは天然の洞窟を利用して作られた石造りの儀礼的な神殿の「だった」のであろう、崩落した何かの跡。
すべてを察した彼女はその場で天を仰いだ。おそらく今置かれている状況を類推できそうな手がかりは、寝起きの自分がまとめて吹き飛ばしたのであろうことを悟ったからだ。
「うぅ、寝起きとはいえなんてミスを……」
アルドゥインは頭を抱えて悶えた。
だが、膠着しかけていた状況は背後の砂塵からゆらりと立ち上がる人影によって素早く崩されることとなる。
奇妙にも足音のしないその人影はアルドゥインへ近づくと、上品さを含んだ落ち着いた声音を途方に暮れる彼女へと投げかけた。
「────ディムホロウ墓地。ここはかつて、そう呼ばれていましたわ」
「!」
アルドゥインが警戒もあらわに振り向くと、そこには被った砂塵を煩わしげにはたきながらこちらを見据える女性が立っていた。その身長は背負っている大きな巻物を縦に提げようとヒールを要しないほどにすらりと高く、編み込みを施したセミロングの黒髪と高貴さを漂わせる仕立ての良い赤の礼服は、彼女の整った目鼻立ちをさらに際立たせていた。
古めかしい貴族じみた一礼を行った彼女だったが、当のアルドゥインはなおも警戒を緩めることはなかった。
なぜここにいるのかや明らかに場違いな絶世の美貌を持つ点を差し引いても、目の前の女性には奇妙な点がいくつかあったからだ。
一つ、足音がしない。
アルドゥインの聴覚は常人に比べて優れており、隙あらば奇襲をかけようと狡猾に隠れ潜む習性を持つ不死人たち(おもに、トゲだらけの鎧を着た因縁深い騎士)の不意討ちをことごとく返り討ちにしてきた彼女からすれば、自身の背後にまで接近されたことはまさに異例の事態であった。なぜなら、これが不死人同士であったなら自身は既に背中へ短剣を突き込まれて絶命していたことは想像に難くなく、このような失策を犯すことはそれこそ、これまでの旅路の中でも序盤のみの出来事、今では笑い話の失敗談に等しいものが自分の身に再来するも同然だからだ。
それほど実力が離れているならば、警戒しない理由にはならない。もしくは、最低でも
二つ、体温がない。
正確には体温がないと言うより、魂が冷たい。
通常の視覚に加え、竜族固有の能力としてあらゆる魂の本質を色で見分ける視覚を持つ彼女は、目の前の女性が「青」く映し出されることに疑問を持った。
青は魔術の色だ。儀式で操られるスケルトンや、石像に命を吹き込んだガーゴイルやゴーレムのような魔術由来のものであることを示唆するそれは、女性が人の形といえど尋常な生命ではないということをアルドゥインに確信させた。
そして三つ、最後の違和感は見ればすぐに分かるものだ。
女性の口から長く伸びた犬歯が覗き、その瞳は白目が黒く染まり、飢えた金の瞳が満月のように爛々と光っていた。
言うなれば人の姿に近い人造の獣、裁縫糸で肉と魂を張り合わせたちぐはぐの生命体。アルドゥインはこちらを中立的に伺う目の前の女性の在り方を、内心でそう評した。
ともかく、これまで目にしたこともない何か、というだけでひとまずの警戒に値する。アルドゥインは彼女をじろりと睥睨し、口を開いた。
「あんた、どうして『そう』なったの?」
「『そう』とは何を指しているのかしら……なんて、そういった誤魔化しは貴女には不要そうですわね」
確信めいた響きを持つアルドゥインの声色に、女性は観念したように首を振ると、闇夜のごとく黒く染まった白目に輝く満月の瞳がアルドゥインをその中心に捉えた。
「────わたくし、吸血鬼ですのよ」
女性の名乗りは、衝撃的だ。
洞穴の空気が急激に冷え、人類の捕食者の名を告げられた少女は子鹿のように足を震わせて涙ながらに命乞いを──
「……ん? 吸血鬼? なにそれ」
──命乞いを、特にしなかった。
「……へ?」
冷え切っていた気がした空気が一気に弛緩する。
女性は目の前の少女の予想外のリアクションに、素っ頓狂な声を上げた。