The Elder Scrolls:Souls Wind   作:まむかい

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素性問答

 ガラガラと路上の小石を弾きながら揺れる馬車の上。

 

「新入りか、歓迎するよ。ソブンガルデには大勢で乗り込んでやった方が楽しく逝ける」

 

 同乗してきたリクに、手枷を嵌められていながらも快活に笑い飛ばす豪傑の名はレイロフ。

 ヘルゲンへの道すがら聞けば、彼はストームクロークという、故郷を取り戻すための反乱軍といった風情の私設軍隊に所属しているようで、聞けば自分の横にいる口枷を嵌められた男がその反乱軍を率いていた指導者、ウルフリック・ストームクロークその人であるらしい。

 

 口枷の彼、ウルフリックは反乱軍の求心力向上や帝国への見せしめ、ノルドとしての気風など様々な観点から、このタムリエル大陸は北方、スカイリム地方の首都、ソリチュードの王宮へ押し入ると、『シャウト』と呼ばれる声の秘術によって、親帝国派の上級王トリグという、事情は複雑なものの有り体に言えばウルフリックから見て敵方となる王を殺してしまったそうだった。

 

 かなりの量の固有名詞が出るものの、不死人の秘儀であるソウルの業によって記憶力を強化していたリクは余さず重要な情報を記憶し、自分の中でまとめながら頷き、

 

 ────そりゃ、処刑されるだろうな。

 

 と、心中で独りごちた。

 異なる文化間の諍いというのは世の常であり、どちらも譲れぬ場合も多くあるものの、ひとたび死が関われば大体の場合、良い事がある方が少ないものだからだ。

 

 もちろんこの暴挙に帝国(シロディール)の心中も穏やかではなかったようで、これらを踏まえつつ改めて観察すれば、馬車を警戒する兵士はみな帝国軍所属であり、ときおりウルフリックに対して極端に敵愾心を顕にした眼差しを向けている理由も同時に理解することができていた。

 

 ひとしきり話せば、自然と話題はレイロフとウルフリックらから他の同乗者へと移る。

 レイロフの横にいた、襤褸を着た怯える小男はロキールと言い、馬泥棒で捕まったまま通りすがったこの馬車に連れられることになったらしく、つまりはこちらとよく似た境遇の、所謂『ついで』の犯罪者のようだった。

 

 ロキールはリクやレイロフと話す中で極限の状況における連帯感のようなものによって少しだけ打ち解けると、奇妙な同乗者、リクについて気になっていたことを彼にぶつけた。

 

「そういや、あんたの故郷は何だ? 見たところ、ノルドに近いが……直毛で色白、そして黒から灰になったような髪色なら、そうだな……ブレトンか、インペリアルか? 」

 

「そんなところだ」

 

「おい、その曖昧な態度はやめておけ。このスカイリムの極寒の地は、よそ者に冷たい風を当てるぞ」

 

 歯切れの悪い返答に、レイロフが横から眉をひそめながら諌める。

 リクはふむ、と頷き、先ほど聞かされた種族……人種や民族とも言い換えられるこの地の一般常識においての自分はどこに属するべきか、思い切ってレイロフに尋ねてみることにした。

 

「そうだな……実際の所、わからないんだ。なにぶん混ざりものでな。この……スカイリムでは、どう立ち回れば都合が良さそうだろうか」

 

「なるほど、事情ありか。いいさ、どうせ処刑者名簿の記帳までしか名乗らないんだ。ここでは、そうだな……ブレトンだ、と言っておけばいい。主にハイロックに住んでいる、エルフどもとの混血が先祖の怪しい薬屋や魔術師の種族だと思われているから、お前くらいの怪しさはむしろブレトンらしいと許容されるだろう。……あとは、魔法は魔法でも回復魔法があれば、大抵の場所でお前は敬意を持って受け入れられるだろうな」

 

 レイロフは処刑までと言いつつ、今後の展望にまで軽く言及する。

 それは生来の優しさや兄貴肌ゆえだったが、処刑の前という状況にあってはむしろ、一種の皮肉にもなっていた。

 

「回復魔法は使える。……そうだ、傷ついた兵士を癒やして助命を頼んだりなんて、」

 

「臆するな。いい加減に覚悟を決めておけ」

 

「そうか」

 

 リクの発言を弱腰と捉えたのか、ふんと鼻を鳴らしては古巣であるヘルゲンの町並みに思いを馳せる事にしたらしいレイロフにリクは言葉を続けず、ぼんやりと空を見た。

 太陽は陰りなく。これから起こる血なまぐさい処刑も知らずに、鳥が悠々と飛んでいる。

 

 この世界は不死人が居ない。

 そんな状況で自分がまだ不死人のままなのではないか、という楽観はそろそろ捨てたほうが良いのだろう。

 

 このままでは確実に死ぬ。

 

 だが、ここでただ殺されてしまうのであれば。

 それはあまりに、甲斐のない人生じゃないか。

 

 ────自分はまだ、生きていたい。

 

 生物として当然の、不死人としては無駄に過ぎて切られていた本能の火が静かに灯ると、人として早すぎる死を迎えないために、リクは方策を考える。

 

 武装解除をされた今も、その手に直接宿る呪術の火を使えば今すぐ逃げることも出来なくはない。

 だが、強硬手段に出るにはまだ早いと感じていた。

 なにしろ、逃げたところで知っている場所など、自分にはまるで無いのだから。

 

(処刑の直前に鉄の身体を使う……刃は通らないが、自由に動けなくなるから却下だ。惜別の涙……は触媒もないし、どのみち念入りに処刑されるのがオチだ)

 

 判断しようにも少なすぎる情報量に、思考が堂々巡りになっていた頃。

 レイロフがこちらを見ていることに気づくと、リクは気のない返事を返した。

 

「新入り、お前はどうだ? 」

 

「何のことだ」

 

「お前の名前と、故郷だよ。聞いていなかったからな」

 

 レイロフはそう言うと、ゆったりとこちらの答えを待っていた。

 

 名前と、故郷。

 

 ────故郷(アストラ)は亡くとも、名前ならば、ある。

 

 愛すべき友人から贈られたその名前を、初めて人に向けて口にした。

 

「リク・クァーナーリン」

 

 その名を声に乗せて口にすると、はじめからそうであったかのように、名前が身体に、魂に馴染んでいくように感じる。自分に名乗る名があるという久しくも懐かしい感覚は、存外に悪くない心地だった。

 

「故郷は……ハイロックだ。ブレトンだからな」

 

「ハイロックはたったいま俺が教えた場所だろう。……だが、リク、か。いい名前だな、友よ」

 

 この時、レイロフの何気ない一言と小さく漏らした笑みが、この四度目の旅において初めて、ゆっくりとリクの心を動かした。

 

 ────そう言えば、名前を褒められたのは初めてだ。

 

 故郷で自身にまつわるすべてを漂白するための拷問を受け、記憶から強引に消された自身の名前。

 その代わりにと三度目の旅の終わりに授けられた、愛すべき尊大な友人からの贈り物。

 

 そんな自分の名前を褒められることは、存外に悪い気はしないもので。

 その名を呼ばれる度に、今は何処ともしれぬ元の世界へと戻ったらしい友人の気配を、リクはこの四度目の世界の何処かに感じる気がしたのだった。

 

「────さぁ、着いたぞ」

 

 聞き逃していたレイロフやウルフリック、ロキールの故郷について聞いていたら、馬車が砦の中で横並びに停まった。

 

「なんだよ、なんで停まるんだよぉ!! 」

 

「どう思う? ……一巻の終わりだ。最期くらい覚悟を決めたらどうだ? こそ泥」

 

 憔悴するロキールと落ち着き払ったレイロフ。

 対照的なふたりをよそに、リクは口枷を付けたウルフリックと同じように、言葉少なに馬車を降りていくのだった。

 


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