The Elder Scrolls:Souls Wind   作:まむかい

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なぜ、死んだ

 リクは、既に気絶させた血塗れの山賊をちらりと伺い、確実に戦闘不能であることを確認すると、残りの二人を見据える。

 

 ひとりは手練れに見える青いフードに二振りの曲刀(シミター)を持った、特有の褐色の肌を持つレッドガードの女。

 もうひとりは熊にも例えられそうな大男で、鈍い緑青の輝きを持った金属、オリハルコンによって鍛えられた両手斧を持ち、牛角の鋼鉄兜を野蛮な冠のごとく戴く山賊の長であった。

 

 山賊長の大男は強烈な踏み込みとともに横薙ぎに斧を振り抜く。

 リクは盾で受けきれないと見て、後ろに飛び退ることで回避を試みる。しかし、後退したリクに合わせるように、横合いから回り込んでいた女が曲刀を構える。

 女は二本の曲刀で足払いをするように、その場でぐるりと一回転した。

 

 レイロフは慌てて加勢しようとするが、それには及ばなかった。

 リクは回転を横跳びに避けると、受け身を取りつつ鋼鉄の剣を両手に持ち替えて立ち上がり、大振りによって隙を見せていた大男の篭手と鎧の隙間に、的確に剣を差し込んだ。

 

「がぁっ……! 」

 

 剣は深々と刺さり、山賊長の片腕が使い物にならないほどの手傷を与えた。

 そして、そのままでは容易には抜けないと判断したリクが、更なる一手のために剣を手放した。

 

 鋼鉄の重みによってさらに食い込み、血をとめどなく溢れさせてゆく剣に悶えながらも斧までは取り落とさなかった男は、無傷のもう一方の手に斧を持ち替え、追撃を嫌ってもう一度横薙ぎに斧を振るう。

 

 しかし、距離を取りたいだけの我武者羅な一撃は順当に空を切り、むしろ、二人の近くに寄っていた女に回避を強制させることで動きを大きく制限してしまう結果となった。

 

 そして、女が斧へわずかに気を取られて後退した時、呼吸を合わせるようにリクが至近に現れ、無手ゆえに首を狙った、迅速な鎮圧を目的とした致命の掌打が迫る。

 

 回避に合わせた返しの一手。

 決まった、とレイロフが感じたのもつかの間。

 

「甘いんだよッ! 」

 

 タムリエル大陸において白兵戦に長じる種族であるレッドガード、その中でも最優であるとされるアリクル砂漠の傭兵剣士であった過去を持つ女は、扱かれてきた鍛錬の日々の中で叩き込まれた、双剣使い対策「への」対策を最大限に活かし、リクの取った行動のすべてを、完全に読み切っていた。

 

「うぁアッ!」

 

 女は、彼らレッドガードに受け継がれた覇王の血脈を利用した能力(パワー)、魂の昂揚を発動する。

 深淵に堕ちた覇王の国の伝承から、闇の術を忌避し魂を神聖視する彼らは内なる大力を引き出して危機を脱することに特化した能力を生まれながらに発露できる。

 その効果を有り体に言うとするならば、自身の運動能力や敏捷性が段違いに向上する、この一点において右に出るものはない能力であるという事だった。

 

 魂の昂揚によって、躱せる筈のない着地の瞬間にすら行動を可能とし、着けた軸足を敢えてずらして体を沈み込ませながらリクへ足払いを仕掛け、間髪を入れる事なく、二本の曲刀を逆袈裟に斬り上げた。

 

 体勢を整えきれていない為に足払いは回避され、曲刀は容易く盾で受け止められたものの、相手に読み勝つことの重要さを知る女は、リクが少なからず焦りを感じ、攻めあぐねた一瞬を見逃さなかった。

 その有利を崩すまいと、魂の昂揚によって得る無尽蔵に近いスタミナに任せ、瞬きの一瞬よりも早く構え直すと、二振りの曲刀を振り上げ、盾の上から切り刻む為の流れるような剣舞を開始した。

 

 鋭利な曲刀が風を巻きながら踊り狂う。

 それらはリクの厚い鋼鉄の盾を直接貫けずとも、曲刀が奏でる絶え間ない金属の輪舞は、息をする暇すらも与えない。

 魂の昂揚によるスタミナの絶対的な差により、女の攻勢がリクの防戦を崩すまでは、まさに時間の問題であった。

 

 能力の発動とは大したもので、このような無呼吸の連撃をしていようと、目の前の血汚れた灰の騎士の動向について思考を張り巡らせる余裕が女にはあった。

 

 まず、剣を大男に刺したせいで失っている。武器のリーチの差というものは如何ともし難く、特に現状においては至近距離と言えど、吹き荒れる剣閃の嵐に素手が割り込む領域などありはしなかった。

 

 それに、横目で見た大男は、腕に突き刺さる剣を既に抜き去っており、戦闘に復帰できる状態となりつつある。

 

 こちらを伺うストームクロークの男も警戒すべきだが、目の前の薄汚れた灰色の騎士ほどの相手ではないと踏んでいた。

 

 不利を覆した瞬間から、状況は依然優勢だ。

 リクと女、兜とフードに隠された互いの視線が交錯する。

 

 そして。

 

 ここが燃え盛る戦場で、炎と雑音に溢れた状況であったせいか。

 或いは、自身が有利な状況である時、不利になる情報を無意識に見まいとしてしまう、人の性か。

 

 女は、盾に隠されたリクの片手が、パチパチと音を立て、火花を燻らせていたのを見落としていた。

 

 長く続いた女の剣舞において、しかし鍛錬の末に培ったがゆえに露見してしまう動作ごとの終わりと始まりの間隙に差し込まれたリクの行動で、状況は大きく変わった。

 

 どこにそのような力があったのか、戦士としてはやや細い線をした肉体から繰り出された埒外の筋力によって、リクは女の剣舞の初動を盾で強引に打ち払う。

 

 パリィと呼ばれるこの技術は、致命打の打ちにくさから往々にして消耗戦となる不死の戦いにおいて、高いリスクと引き換えに、成功した場合、勝負が決まると言っていいほどの致命の一撃を加える事ができるものだった。

 

 武器ごと押し払われ仰け反った女の腹に、リクは手を翳した。

 

 ────燻る火種は熱量を増し、掌に収束する。

 

『大発火』

 

 瞬間、爆音と共に人一人を飲み込むほどの豪炎が現れ、女の全身を容赦なく焼き焦がした。

 

「がッ────ァァアアアアア!!! 」

 

 自身の能力によって奇しくも引き延ばされた、実際には数秒に満たない悶絶から捻り出された獣のような断末魔を最後に、女は痛みに耐えかねて失神した。

 

「なに、死にはしない。僕は呪術師ではないし、見た目ほど熱くない」

 

 あっけらかんと言い放つリクだったが、一部始終を見ていたレイロフの目には、そのような生優しい火勢には全く見えなかった。

 

 リクの見解は彼の友である大沼のラレンティウスやメルヴィアのロザベナ、師であるイザリスのクラーナや大沼のコルニクスといった人物と比較してのことだ。

 

 だが、それは本場の大沼で学んだ者、欲しかった魔術の才の代わりに飛び抜けた呪術の才を持って生まれた者、果ては呪術の祖と言えるイザリスの混沌の娘など、そのことごとくが呪術師、より現代的に言えば火炎魔法使いとして規格外の者ばかりであったが為に行き着いた結論だ。

 

 実際のところ、この世界に彼がやってきた際に彼の火が衰えていなければ、目の前の女を確実に焼死させていただろうことは想像に難くない。

 

 自身の力を低く見積もる癖のある“馬鹿弟子”の気質は今も変わらず、その元を離れた師が聞けば、すぐさま額に手を当て、ため息をついたことだろう。

 

 閑話休題、リクは女が気絶したことを確認する為、警戒しつつ近づく。完全に起き上がることがないと分かると、剣の突き刺さったままの山賊長に意識を傾け────

 

「────隙ありだ! スカした騎士野郎がァッ! 」

 

 リクが振り向くと、山賊長の大男はいつの間にか斧の届く距離にまで近づいており、外に意識を割くばかりで、自分の現状確認を暫く怠っていたことを悟った。

 

 処刑台から吹き飛ばされた時、空間の半分が削り取られたように片耳が聞こえなくなっていた事がある。

 それは鼓膜の破裂というよりも、黒竜が放った咆哮による一時的な喪失で、既に復調した筈だった。

 と、そこまで考えたところで思い至る。

 

 大発火の爆音、そして山賊の女の絶叫。

 

 もう一度その不調が発露する条件は十分に整っていたのだと。

 

 男の容赦のない蹴り込みによって、地面に叩きつけられ、振り上げた斧が、処刑人を思わせる。

 起き上がれぬよう腹を踏みつけられ、このままいけば、おそらく頭蓋を割られるか、胸あたりを割り砕かれて死ぬだろう。

 もしくは、なんらかの愉しみにいたぶられる事も有り得る。

 

 なるほど、と。

 リクは、心中で納得した。

 

 次は、気をつけなければ────

 

 

 

 

 

 

 

 

「────リクッ!! 」

 

 名前を呼ぶ声が、聞こえた。

 

 リクの意識は目覚め、死を受け入れようとしていた自分に気付く。

 

 戻ってゆく視界に映るのは、レイロフが自分と男の間に躍り出て、片手落ちの両手斧を、両手に持ち替えた片手斧でなんとか受け止めている光景だった。

 片腕であることを上から押しつぶす形でカバーし、武器と自身の重みで押し潰さんとする男に対し、未だ万全でないレイロフは、限界まで力を振り絞ることで、全霊を以てリクを庇っていた。

 

 そのような状況下でなお、レイロフはリクを叱咤する。

 それは、ただの怒りとも違う、彼の持つ誇りから来る激情だった。

 

「お前は今、なぜ『死んだ』ッ!!」

 

「あれ程の立ち回りを見せた男が、なぜ、今、諦めた!! 」

 

「……確かに、我らノルドは死を恐れない────だが、例えノルドでなくとも、人は最期の瞬間においてなお、死を受け入れる事など、絶対にあってはならない!! 」

 

 レイロフは叫び、ウォークライを発動する。

 それにより、体格に恵まれた、熊の如き男の大斧を正面から押し返し、その柄を折り砕く。

 

「それが、我ら人間の‼︎ ────たったひとつしかない命への誇りだからだッ!! 」

 

 レイロフは裂帛の気合を込めて、男の首を斬り払った。

 男の頭部は牛角の兜とともに力なく崩れ落ち、断面からは多量の血が噴出する。

 絶命した男のソウルが、空中で霧散した。

 

 レイロフは斧に付着した血を払うと肩に担ぎ、空いた手でリクに手を差し伸べた。

 無事で良かった、と一言添えて。

 

 リクは逡巡したのち、レイロフの手を取り、立ち上がった。

 

「……ありがとう、レイロフ」

 

「ああ。それにしても、死に傷が多いだけあって背中への警戒が薄いみたいだな、友よ」

 

「恥ずかしい限りだ」

 

「でも、俺たちも結構いい連携しているじゃないか」

 

「……僕も、何だか懐かしい気分だ」

 

 リクはレイロフの言葉によって、自分にとって大事なもの、大事だった筈の物を、いまこの時になって思い出した。

 

 アルドゥインに初めて教えたこと。

 

 それは、人が送る、有限の生の尊さだったことを。

 

 

 

 

 リクは不死となる前、哲学に凝った時期があった。

 それから程なくして、呪われた不死人となった後にも、それ自体に意味はあると考えずにはいられない時期があったのだ。

 

【『生』と『死』か……。それはただ、生きて、死ぬことの結果論に過ぎない。意味など、考えるまでもないだろう】

 

【それでも、僕と何度だって考えてみないか。同じ不死でも、生きることに意味付けしないなんて、勿体ない生き方だ】

 

【……この我をして、勿体ないと……? 良いだろう、その挑発に乗ってやる】

 

 いつからか不死の旅路に無用となったそれは、度重なる死に上塗られ、今の今まで、忘れていたことだった。

 

 

 

 

「本当に、ありがとう」

 

「折角助けた命だ、無駄にするな」

 

「あぁ──絶対に」

 

 諦めない誇り。

 人よりも遥かに永い時を不死人として生きていたリクは、この土壇場における友の言葉を受けて漸く、人としての誇りを取り戻したのだった。

 


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