人を護る、それが警官だ 作:虎の虎
「やあ、具合はどうだい?」
「その声は、紅かい?」
外は既に夜一色に染まっている。ここ、産屋敷邸は鬼を狩る組織である鬼殺隊の本拠地、そこに入れるのは、極小数しか居ないのだが、俺は特別に許可されている。
「こんな夜に、よく来てくれたね」
「まっ、俺みたいな身分は、昼間ウロチョロできるような者でもねえからな。で? 用があって呼んだんだろ? こんな刻にいったい何の用だ?」
この喋り口調を聞いたら、柱は愚か鬼殺隊全員が黙ってないないだろうが、今は俺と産屋敷耀哉以外誰も居ないので、問題は無い。
実は今日の朝、俺に烏が一羽飛んできた。喋る鴉だ、確か鎹烏といっただろうか。そいつが俺に、今日の昼頃か夜頃に、産屋敷邸に来て欲しい、と伝えた。鬼殺隊でも何でもない俺が、なぜそんな所に呼び出されなければならないのだろう、と舌打ちはした、まあ、
「ああ、君が鬼と素手でやり合っているというのが噂になっているのは、君も既に知っている事だね?」
「なんだ、説教かい? 別に禁止されている事でもない筈だが?」
「いいや、そうでは無い。鬼殺隊でも無く、更には鬼を殺せなくとも、鬼に怖がることも無く、真っ先に立ち向かうその姿勢に、私達は評価しているんだ。どうだい、君も鬼殺隊に入らないかい?」
なるほど、確かにそれは理にかなっている、だが……
「断る。俺は警官だ、鬼殺隊にはならねえよ。それに、人の生活と平和を護るのが警官だ、人を護るために、鬼と立ち向かう。何も不思議なことじゃない」
産屋敷耀哉は『そうか』と、そう答えるだろうと予想していたかのような、不気味な笑みを放った。
「……まったく、そういう所は変わらねえな」
「君の、自分が決めた事はねじ曲げないという、その性根の強さも、変わりようはないね」
「褒めてるのか、褒めてないのか……。さて、そろそろお暇するよ。具合悪くなっちゃ、目も当てられないからな」
「そうか、また来るといい」
俺は産屋敷邸を後にし、山を下る。鬼殺隊に入れ……と言われたのは、この人生において、何回目だろうか。
最初は、小さい頃に親父から言われた。親父は元柱で、俺を鬼殺隊に入れさせる、と意気揚々していた。
……だが、俺は呼吸が使えなかった。
親父は散々俺を罵ったさ、継子がいねぇってさ。そんなの知った事じゃない。俺は直ぐに家を出た、何もかも、面倒くさくなったのだろう。
その後は、一人の男に出会った。
……いや、この先のことを言うのは、やめておこう。
「……頭が痛い、夜は鬼が出るし、さっさと帰るか」
過去を思い出すと、本当にロクな事がない。この人生の中で、俺は様々な事を体験した。……嫌な人生だ、と愚痴を漏らすことも、しばしばあった。
まったく、神様は理不尽だ。もっと、立場を選ばせてくれりゃ、いいのにさ。
あらゆる人が、俺を望んてはくれなかった。俺に有用価値を見出してくれたのは、あの時であった男と、警官の長だった。親は何一つ、俺にしてくれないまま、鬼に食われた。無様だよな、本当に。
〇
山を降りる途中、不意に俺は、耳に嫌な音が響くのを感じた。
「なんだ? 烏か?」
いや、違う。金切り声と悲鳴だ。
「っち、本当に嫌な人生だ!!」
音のする方向へかけ出す。この周辺は竹林で生い茂っており、産屋敷邸に行くのにも、場所を知らなければ、辿り着けないほど、入り組んでいる。余程場慣れしていなければ、走り抜けることも出来ないだろう。
音の大きさで考えると、今いる場所から250メートル程度といった所か、それならすぐに追いつけるはずだ。
次第に、音の正体が視界に入ってくる。一人は青年、もう一人はやっぱり鬼か。……
「俺の糧となれ、血鬼術 -
「嫌だ……嫌だ!!」
「危ねぇ!!」
その少年を掴み、地面を側転する。刹那俺に気づいた鬼は機敏な動きをし、こちらに腕を振り下ろしてきた。
地面を蹴りあげ、鬼の腕を掴む。
骨一本でも折れるか、と思ったが、こいつらは日輪刀か陽の光でしか殺せない、本当に迷惑だ。
「おい餓鬼、早く逃げろ」
「あ、ありがとうございますっ」
「てめぇ、人間のクセに、鬼である俺に牙をむくきか?」
「いいじゃねぇか、お前の好きな人肉が死にに来たんだぜ? さっきのアレはなんだ、血鬼術だろ? 今のは言動と名前的に、人間を食べやすい物に変化するってやつかい? いい趣味してんじゃねぇか」
「うるせえ!! 人間風情が!!」
──【血鬼術 -
血で出来た牛のような物が、こちらに向かって突進する。血を動物に変形したり、人を食べ物に変えようとしたりと、色々多種多様だな、こいつは。
ぶっちゃけ、かなり面倒臭い。
「へぇ、中々面白い術じゃねえか。惚れ惚れしちゃうじゃないか、でもまだ足りねえな、これでおしまいかい?」
「うるさい!! うるさい!!」
相手もヤケになっている、術を変えないという事は、これが一番強い血鬼術なのだろうか? まあいい、これぐらいなら、朝まで避けるのは容易い。
血で出来た牛も相当ワンパターンだ。出てきた方角から、一直線に走ってきやがる。なので、足場を予測して、飛躍すれば、簡単に距離をつめられる。
「ホレ、もうこんなに近づいちまったぞ、よっと」
ドガッと勢いよく飛躍し、相手の頸に足をまきつける。引きちぎろうにも、日輪刀以外では、鬼の頸を斬ることが出来ないし、このまま跨り続けたら、鬼に足を噛まれるのも、時間の問題だろう。そうなったらば、朝日が昇るまでに、俺はお陀仏だ。……なら、方法は一つしかない。しかも、今こいつは頭に血が上っている。考える知能もないし、まあ、
「おい鬼さんよー、一つ聞きたいことがあるんだが?」
「離せっ、ゴラッ、そのまま足噛み砕くぞ!!」
「おう噛め噛め、でもこうやって人間である俺にナメられたまま、噛み砕いてしまったら、鬼の親玉さんが、黙っていないと思うんだがなあ、あ、もしかして、親玉さんも弱いから、大丈夫かな?」
「黙れっ、
「ッハハ、図星かい?」
俺はズイっと頸から足を離し、地面に着地した。鬼は涙目に鳴りながら、ワナワナと何処かへ走り去っていった。その数秒後、鬼の
「……っち、いつ見ても、下らない呪いだな」
空に浮かんでくる朝日の方角に向かって、俺は歩き出す。
また今日も、いやな一日の始まりだ。