神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed. 作:左右手
ここは幻想郷、忘れられた者達が集い暮らす楽園。
その幻想郷を管理する妖怪の賢者、八雲紫は餓えていた。
妖怪の本能から来る飢えでは無い。退屈の中で刺激に餓えていたのだ。
幻想郷とは、閉ざされし箱庭。
変化が無く、ただ平和を持て余すだけの退屈な世界。
退屈を紛らわすには、世界に変化を齎す他は無い。
人々の心を動かすような、大きな変化が。
だが、変化というのは得てして閉ざされた空間の中では生まれ得ぬ物だ。
彼女が目をつけたのは、幻想郷の外の世界、即ち現実の世界であった。
「おもしろいモノを見つけた」
ただ一言そう告げたその人は、虚空に広げたスキマの向こう側へと消えていった。
あの人のお考えは未だに良く分からない。今度もまた、何かを企んでいるのだろうか。
その企みがどんな結果を導くのか、それは誰にもわからない。おそらく、あの人にさえ。
…私にできる事は、ただあの人の為に尽くすこと。それ以上でも、それ以下でもない。
スキマの閉じた空を眺めながら、9本の尻尾を揺らす女性はそう沈吟するのであった。
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初夏の月が闇に覆われた大地を怪しく照らす丑三つ時、彼女はその地に降り立った。
周囲は小高い山に覆われ、鬱蒼とした森が広がる場所。ここに人の気配は感じられない。
どこをどう見ても、人の手が通った形跡は無い事から、ここが未踏の地であろう事が窺える。
彼女は歩きだす。ゆっくりと、その景色を噛み締めるかのように。
陽が落ちているにも関わらず日傘を差すその姿に滑稽さは感じさせず、どこか妖しく惹きこまれそうな深淵な佇まいであった。
やがて彼女は歩みを止め、正面に目を向ける。その視線の先には、六つの影。
月の光が影を照らすと、その姿がはっきりと見えた。
刃物を彷彿とさせる鋭い視線を向け、此方を警戒する長身の男。
月を背に巨大な翼を広げ、此方に好奇の眼を向ける吸血鬼の青年。
岩の上に胡坐をかき、不敵な笑みを浮かべ此方を見る赤髪の男。
此方に目を向けるも、直ぐに興味を失ったかのように目を閉じ俯く長髪の男。
氷の様に冷たい視線を此方に向ける、マフラーを巻いた黒衣の男。
玉座を思わせるような古びた椅子に座り、無表情で此方を見つめる少年。
彼らは人の姿をしているが、皆が皆、人とは相容れぬ異形の存在。
彼らは皆、人には無い強大な力を持った存在。
それ故に、人々に恐れられ、忌避され、拒絶されてきた哀しき存在。
何故彼らがこんな辺境の地に集い生きてきたのか、想像に難くない。
再び彼女はゆっくりと歩みを進める。一歩、一歩と進むごとに、異形達との距離が縮まって行く。そして、十歩ほど歩いた所で彼女は歩みを止め、笑みを浮かべる。
「初めまして、化け物さん達」
明るい口調でそう告げる。その言葉に、彼らは反応を示さない。
親しみを込めた言い方とは裏腹に、その眼は暗く不気味に輝いていた。
彼女の視線の先には、古びた椅子に腰かける少年。
座っている為測りきれないが、背丈は大凡一般的な成人男性と同じくらいであろうか。無駄がなく引き締った肉体からは、相当に鍛えられているであろうことが見てとれる。顔に目を向ければ、後ろを逆立たせた短めの黒い髪、猫の様に細長い瞳孔を持つ灰色の瞳、そして何より目に付くのは、頬に描かれた牙の様な刺青である。
「こちらこそ、初めまして。…化け物さん」
玉座に座り、頬杖をつく少年はそう応える。その表情に変化は見られない。
「あら、これは申し訳ありませんわ。私、八雲紫と申します。以後お見知りおきを」
そう言うと紫は、わざとらしく扇子で口を押さえて笑う。
「…
相変わらず不機嫌そうな表情を崩さぬその少年は、吐き捨てるようにそう答える。その答えを聞き、一層笑みを深める紫。次の瞬間には、彼女の視線は既に長身の男の方へと向いていた。
嫌でも目につくのはその長身。彼女からすれば、見上げる程の高さであろう。コートを羽織っている為全容は窺い知れないが、体の線は細く見える。長めの黒髪を左右で均等に分けた髪型は、何処か知的な印象を与える。目つきはまるで刃物を思わせるように鋭く、赤い瞳も相まって異様な威圧感を放っている。
「
その男は鋭い視線を紫に向けたまま、はっきりとそう告げる。
短い返答ではあったが、その言葉の中は、厳格さと誠実さを感じさせた。
紫はその笑みを崩さず、視線をその下の方へと移す。
阿修羅の隣で胡坐をかいていた男がにやりと口角を上げる。
上は大きく胸元を開いたベストのみを羽織って、下は雲を思わせるような白いゆったりとしたズボンを身につけている。右半分だけを長くそろえた赤い髪、耳には稲妻を模したようなピアスが填められている。薄く剃った眉、目つきの悪さも相まって、粗野な印象を与える男である。
「俺の名は
緋月と名乗る男はそう声高に応え、再び紫に不敵な笑みを投げかける。
対する紫も笑みを浮かべたまま、今度は阿修羅と緋月の後ろに立つマフラーの男に目を向ける。
全身を黒い衣装に覆われている為、詳しくは分からないが、背丈は成人男性の平均よりも少し高めであろうか。潤いを保った艶やかな長い黒髪を、外の世界で言う所のウルフヘアの様な髪型して纏めている。此方を見る眼は正しく氷そのもの。まるで魂が籠っていないかのようなその瞳は、えもいわれぬ不気味な印象を与える。
「どうも、初めまして。
そんな見た目とは裏腹に穏やかな口調で丁寧に答え、柔和な笑みを浮かべる男。その声音は、聴く者にどこか安心感を与えるような優しげなものであった。そのギャップに驚いたのか、僅かに目を見開くも、すぐさま表情を戻す紫。笑みを浮かべたままの綺羅から目を逸らせるように、森の奥へと目を向ける。
彼らが立っている場所の後方には、高さ10Mはあろうかという巨大な岩が突き出ていた。
天に向かって聳えるように突き出た大岩の頂上には、翼を広げて此方を睥睨する吸血鬼の男が立っていた。
男性にしてはやや低めに思われる背丈、貴族を思わせる紫のコート、その背からは、自身の体の数倍はあろうかという巨大な蝙蝠の翼を広げている。肩まで伸びた長い銀色の髪は左目を隠し、黄色く光る右目だけが確認できる。後ろから差す月の光によって、顔は闇に覆われ良く見えないが、口元には鋭い牙が輝いており、翼と合わせて、彼を吸血鬼足らしめるには十分な材料であった。
「ボクの名前はジーク・フォン・アーカード。よろしくね、化け物さん」
微笑を浮かべながらそう答えた吸血鬼は、紫が瞬きをする間に視界から消え失せており、気がつくと彼女の近くの岩場に腰を降ろしていた。男性にしては高めなその声と中性的な外見も相まって、一見すると女性にも見える。人間に換算すれば、彼の年齢は少年の青年の中間位だと思われる。
しかし、彼は吸血鬼。人間よりも遥かに長寿な存在である。人間の尺度など当てはめた所で推し量れはしないだろう。
最後に、紫は視線を再び手前へと向ける。
彼女が見据えるのは、柴芭が坐す玉座の隣、大木の幹に寄りかかり腕を組み俯く男。
和装と洋装を組み合わせたような服の上に、炎を連想させる赤と白のコントラストが特徴的な羽織を身につけている。多くの女性が羨むようなさらさらとした腰まで伸びた長い髪は、青が混じったような黒い色をしていた。
「自分は
紫に対して軽く手を振り会釈をし、その紅炎と名乗る男は再び腕を組み視線を落とす。言動からは軽薄な印象を受けるが、温厚そうな声音とその表情から、彼には好青年という言葉が当てはまるであろう。
全員の紹介を聴いた紫は、暫し目を閉じた後、再び彼らの方を向き直って口を開いた。
「さて…私がこの場所に来た理由を、お話ししても宜しいかしら?」
その問いに対し、言葉による返答は無かったが、紫を見据える彼らの眼はそれを是とした。
言葉無き返答を確認した紫は、ゆっくりとした口調で語りだす。
「…貴方達には、幻想郷に移り住んでもらいたいの」
その言葉が放たれた瞬間、辺りは静寂に包まれる。
紫が告げた言葉を、異形達は頭の中で反芻する。
幻想郷とは、一体…?
全く持って、当然の疑問である。
今まで耳にすることの無かったその単語に、思い当たる節などある筈がない。
そんな彼らを尻目に、紫は言葉を紡ぐ。
「幻想郷、それは忘れ去られた者達の楽園。存在を否定された者達が最後に行き着く場所。
幻想を受け入れてくれるのは、そこだけ。その世界は決して拒まない。…どんな存在も」
紡がれた言葉を聞いた瞬間、唯一人、阿修羅はその言葉の意味を理解した。
そして、その鋭い眼で紫をじっと見据え、口を開く。
「…自ら存在を拒んだ幻想は、唯消え去るのみ。そう言いたいのだな?」
その言葉は紫の本意を付いたのか、彼女は静かに頷いた。
「え?どういう意味ッスか?」
どういう事か理解が及ばぬ紅炎は、阿修羅に対してそう尋ねる。
「…私や緋月は、元々は信仰を失いつつあった神だ。
存在の消滅を免れるべく、神の身から人の身へと器を委ねた、所謂現人神に近しい存在だ。人の身になれば消滅する事は無いと、今の今まで思っていたが…どうやらそれは自らの首を絞める行為に過ぎなかったらしい。
…彼女の、八雲紫の言葉で、たった今気付かされた。日に日に力が衰えてゆく原因がな。
信仰無き神はいずれ幻想となり、現から消え行く。それは長い時間をかけて起こる、言わば自然の摂理のような物だ。だが、その摂理を歪め、神としての身体を捨てたことで、私の肉体や精神は弱体化の一途を辿っていたのだ。
消滅を恐れる余り神の身を捨てた事が、結果として消滅に繋がるとは…何とも皮肉な話だ。
お前や綺羅、ジーク、そして柴芭は、強すぎる力を持つが故に選ばれたのだろう。
私が言うのも何だが、人の身には余るような力だからな。…いや、ジークは吸血鬼だったか。
自分達には無い力持つ者を人間は恐れ、恐れは拒絶へ変わり、いずれその存在をも否定し始める。
そうなってしまえば、辿る末路は、今言った事と同じになっていただろう。
とにかく、今の姿を保つ為には、その幻想郷という場所が最も適しているという事だ」
淡々とした語り口で流暢に説明を行う阿修羅。気がつけば、紫を含むその場にいた全員が聞き入っていた。
「そうなんスか…」
納得した様な表情を浮かべる紅炎を余所に、緋月は憮然とした表情で黙り込んでいた。
「マジかよ…俺消えんの?」
等と弱々しい声をひり出しながら、その場にへたり込む緋月。
「…それを防ぐために、幻想郷に来るように紫さんは仰っているのですが」
そう突っ込みながら、綺羅は呆れたような表情で緋月を見る。
そんな様子を眺めていた紅炎はやれやれいった面持で首を横に振り、柴芭は相変わらず無表情のまま、ジークは腹を抱えて笑う。そのやり取りを眺めていた紫は呆気に取られていた。
綺羅の話を聞いた緋月は、先程までの憮然とした表情から一転して嬉々とした表情に変わる。
「…あーなるほど。つまり、なんとかなるって訳ね」
いまいち理解が出来ていなさそうな緋月は、話の内容を“超”が付く程ざっくばらんに纏める。
「まあ、そうなるな」
依然変わらぬ淡々とした口調でそう返す阿修羅。そのやり取りがツボに入ったのか、更に笑いだし、咽返るジーク。そんなジークの様子を見て心配そうな表情になる紅炎。無表情のままであった柴芭までもつられて笑う。綺羅は頭を抱えていた。
そして、それを眺めていた紫ははっとした。自分が気付かぬ内に笑みを零していた事に。
それは、自分を演じる為の微笑みでは無く、心からの笑みであった事に驚いたのだ。
この異様ではあるが、何処か温かな雰囲気に、知らない間に自分も飲まれていたのかもしれない…。
そう心の中で思った紫であったが、不思議と不快な感情は湧かなかった。
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やがて、全員が幻想郷へ赴く事に賛同した。
気がつけば、山の間から顔を覗かせる光が黎明を告げていた。それほどまでに時間を忘れて談笑を続けていたのだろう。
自嘲的な笑みを浮かべる紫を余所に、彼らは各々が暮らしていた場所へと足を運ぶ。
そして、戻ってきた彼らはそれぞれ各々の得物や、思い入れのある品々を手にしていた。
阿修羅は、梵字を模した6つの遊環が通る錫杖を。
緋月は、神々しい光沢を放つ2本の巨大な金剛杵を。
紅炎は、切っ先が炎のような形状をした長大な刀身を持つ大刀を。
ジークは、抱えた手に余る程に分厚い古びた
綺羅は、13の数字と死神の絵が描かれたタロットを。
柴芭は、ルーン文字が彫られた幅広い刀身を持つ短剣を。
二度とは帰らぬ地の景色を見納めておく心算なのであろう。彼らは暫しの間、住処であったこの場所を眺めていた。
そんな彼らの行動を、紫は止めることなく、ただ静かに見つめていた。
やがて、思い残す事も無くなったのか、誰に言われるまでもなく自然と彼らは紫の元に集まって行った。
「…待たせたな」
先程と変わらず無表情のまま、ぶっきらぼうにそう投げかける紫芭。
「もう、良いのかしら?」
紫芭と、その後ろに続く5人にそう問いかける紫。
相変わらず返答は無かったが、その表情に憂いや戸惑いは見えなかった。
言葉無き返答を受け取り、満足げに微笑む紫。
そっと、彼女の細い指が虚空をなぞる。
ただそれだけの動作で、世界を隔てる境界はいとも容易く門戸を開いた。
「それでは、参りましょう。最後の楽園へ…」
そう告げてスキマの中へと消えて行く紫。それに続くように、彼らもまたスキマの中へと足を踏み入れる。
現に存在を拒まれし異形達は、夢幻を受け入れる幻想の世界へと足を踏み入れる。
「ようこそ、幻想郷へ」
小難しい表現は苦手です(直球)
こんな調子で進めて行きますが、気長に見守ってくださるとうれしいです。
オリ主にしっかりと個性を持たせつつ、尚且つ原作キャラは崩すことなくしっかりと活躍させたいですね。