神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed. 作:左右手
少々長いですが、そこまで内容が重い訳では無い(と思いたい)です。
-あらすじ-
フランドールと魔理沙の弾幕ごっこから数日が過ぎた。
いつも通り、部屋の片隅で外を眺めるレミリアは、いつもより難しい顔をしていた。
いつもと変わらない紅魔館の一室、その部屋の奥に佇む吸血鬼が一人。
500年の時を生きる幼き吸血鬼―レミリア・スカーレットは、眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべながら窓辺の椅子に腰かけていた。
「はぁ~…」
窓辺に頬杖を突き、窓の外を眺めながら溜息を吐くレミリア。
そこには異変の時のような生き生きとした表情は無く、ただただ黄昏れて意気阻喪という状態が最も当てはまるであろう憔悴した表情があった。
「これから、どうしよう…」
「何をだい?」
「うえぇいっ!?」
ぽつりと零した独り言を聞いていたらしく、唐突にレミリアの背後に現れるジーク。
不意を突かれたレミリアは、素っ頓狂な声を上げながら椅子から転げ落ちる。
「大丈夫かい?」
「いたた…。 お、驚かさないでよ…」
「ごめんごめん」
お尻を擦りながら文句を言うレミリアに軽い調子で謝りながら椅子にもたれ掛かるジーク。
「それで、何をどうするんだい?」
「えっ? …ああ、別に気にしないで。 大したことじゃ…」
そう言いかけたレミリアの鼻先に右手の人差し指を押し付けるジーク。
「この間言っただろう? 何か困った事があるんなら、気兼ねなく頼りなよ」
「…そうね、じゃあ、聞いてもらえるかしら?」
「ああ、聞いてやろう」
その言葉を受けて、レミリアはジークに自身の思いの丈を打ち明け始める。
「…今回の異変の後、ずっと考えていたの。 人間とも少しは向き合った方が良いのかな…って」
「人間と…かい?」
レミリアの口から放たれた意外な一言に目を丸めるジーク。
「意外かしら? …別に、人間と仲良しごっこがしたい訳じゃないわ。
ただ、少しは人間に吸血鬼の事を知ってもらえたら…って、そう思ったのよ。
忌避されてばかりだと、里に買い出しに行くのにも苦労するだろうからね…主に咲夜が」
レミリアら紅魔館の住人は、基本的に人里の人間からは怖れられていた。
人間の従者である咲夜でさえ、影では里の住人から『悪魔の屋敷の使い』等と噂されている。
過去に起きた吸血鬼異変を省みれば、それは致し方無い事と言えるだろう。
だが、レミリアはその現状を是としていない。
人間と関わる事が出来ず、肩身の狭い思いをしていた事も事実だろうが、何より咲夜の心理的な負担を抑えたいと言うのが彼女の本音であった。
「ふぅん……まあ、良いんじゃない?」
そんなレミリアの言葉を、あっさりと肯定するジーク。
言葉こそそっけなかったが、その表情は子を見守る親のような暖かさをレミリアに感じさせた。
「キミがそうしたいのなら、ボクは応援してあげるよ」
「うん……上手く、いくかな?」
「さぁ? ボクは『絶対に上手くいく』なんて、断言はできないね」
「ふふ…兄様らしいわね」
軽口を交え、レミリアの緊張を解していくジーク。
難しい表情のままだったレミリアは、いつの間にか笑顔を浮かべていた。
「よーしっ! 思い立ったが吉日、早速行ってくるわーっ!」
「あっ、レミィ…」
自信に満ち溢れた不敵な笑みを浮かべ、意気揚々と窓辺から身を乗り出すレミリア。
「今昼間だけど、日傘は?」
「あ゛っづッ!?」
照りつける日光が視界に満ち溢れ、そのままレミリアは真下に落下した。
意気込みも新たに挑んだレミリアの初陣は、見事に出鼻をくじかれる事となった。
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「あ゛~…死ぬかと思った…」
今度は咲夜から日傘を受け取り、きちんと玄関から外出したレミリア。
窓から出ようとした挙句に転落した為に、駆け付けた咲夜からお叱りを受けたが、今のレミリアにとってはそんな事は気にも留めない程に些末な事だった。
「…今日こそ、人間とまともに話せると良いな」
湖の畔をゆっくりと歩きながら、レミリアは静かに独りごちる。
「えっ?」
「えっ」
その言葉に反応するかのように、湖面から顔を出した少女がレミリアの言葉を聞き返す。
少女の存在に気が付かなかったレミリアは暫く唖然とした後、目に見えて赤面する。
「誰よアンタは!」
「ひ、ひぃ~! ご、ごめんなさいぃ~!」
恥ずかしさに耐えきれずにそう叫んだレミリアに驚いたのか、その少女は脅えた様子で湖に逃げ込む。少女が飛び込む刹那、その少女の下半身が魚のようになっているのをレミリアは視界の端に捕えていた。
「人間じゃ無かったみたいね…ノーカン、今のはノーカン」
そう自分に言い聞かせるように呟きながら、レミリアは再び歩き出す。
「…そういえば、人魚ってノーパン? …って、一体私は何を言っているのよ」
突飛な発言をした後、慌てて口元を押さえるレミリア。
あまりに唐突な出来事だった為に、少々テンションがおかしくなっていたようだ。
湖畔が見えなくなり、次第に鬱蒼とした森が広がってくる。
魔法の森と呼ばれるこの場所は、森全体に瘴気が広がっており、普通の人間が生活する事は無理に等しい。
「…さすがに、こんな場所に人間なんかいる訳無いわね」
吸血鬼であるレミリアは、辺りに漂う瘴気を物ともせずに森を練り歩く。
上機嫌なレミリアは、進む毎に刻一刻と変わり行く周囲の景観を鼻歌交じりに眺める。
風が吹く度に様々な場所から差し込む木漏れ日、一歩踏みしめる毎に形を変える落葉、不思議な色をした茸、煙突から煙を噴き上げる古ぼけた一件の家。
「…うん、こんな場所に人間なんていないわね。 うん、人間なんていなかった」
視界の端に映った『霧雨魔法店』の文字を頭の中から掻き消すように、レミリアは次第に歩く速度を速め、そのまま足早に森を抜けた。
「やっと着いた…歩きだとこんなに時間がかかるのね」
魔法の森を抜け、漸く人里の入口まで辿りついたレミリア。
館を出発した時は未だ東の空にあった太陽も、すっかり天辺まで昇りかけていた。
「少し寄り道しすぎちゃったかしらね…」
そう呟きながら、里の入口である門の前まで歩みを進める。
「…? おかしいわね…見張りの人間がいないわ」
何故か門の前には、人の出入りを見張る役目を負った門番が存在しなかった。
周囲を見渡してみても、それらしき人物は見当たらない。
「…何か言われそうだけど、勝手にお邪魔しましょう」
その不可解な状況に首を傾げながらも、それ以上の追及はせずに里へと足を踏み入れた。
先ず真っ先にレミリアが感じたのは、自身を怖れる者の視線。
(…やっぱり、そうなるよね)
大通りをゆっくりと歩くレミリアの周囲に、人々は近付かない。
誰もが皆、湖の畔の館に住まう恐ろしい吸血鬼である彼女を怖れ、忌避する。
レミリアの視界の端に、建物の影で小声で話をする者達の姿が映る。
近くに居なければ聞こえないような話し声だったが、レミリアの耳には嫌にはっきりと聞き取れた。
『おい…あの悪魔だ』
『近づくなよ、一滴残らず血を吸われちまうぜ』
『なんでここに来やがったんだ…化け物め』
『アイツのせいで…』
聞きたくも無い言葉を聞き、レミリアは思わず耳を塞ぎたくなる。
(分かってた…けど…)
ちらりとレミリアが目を向ければ、話をしていた者達は蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
去っていく者達の背中を眺めながら、レミリアは大きく溜息を吐いた。
そして、再び歩みを進めるレミリア。
彼女が離れると、その周りにいた人々は次々に安堵の表情を浮かべた。
そんな人々の様子を遠目に見て、再び溜息を吐くレミリア。
(きっと、私が怖くて逃げたんでしょうね、門番も…)
そう思考するレミリアの傍に、小さな影が走る。
「あはははっ!」
レミリアと同じ位の背丈の小さな子供が、走りながらレミリアの前を横切る。
隣に立つレミリアの存在に気付き、立ち止まってレミリアの方を向く。
「おねーちゃん、だーれ?」
「えっ…あっ…」
屈託の無い笑顔を浮かべて、レミリアに話しかける子供。
唐突に話しかけられた為、レミリアは言葉に詰まる。
「あ…えっと…わた…」
「坊や!」
自らの名前を名乗ろうとした矢先に、子供の母親の物であろう声に遮られるレミリア。
「何をしているの! 早く戻ってきなさい!!」
「えー? でも…」
「良いから早くっ!!」
「ちぇーっ」
必死の形相で叫ぶ母親に催促されるまま、その子供はレミリアを残して母親の元へと去っていく。
「あっ…」
その子供と言葉を交す事すら出来ず、ただレミリアはその場に立ち尽くしていた。
悲しげなその表情は、ともすればこのまま泣き出してしまいそうに見えた。
周りの人々は、心配そうな表情を浮かべる。
当然、レミリアへ向けられたものでは無く、先の子供に向けての物である。
誰一人として、レミリアの心境を推し量ろうとする者はいなかった。
レミリアは、こうなる事を覚悟の上で人里まで赴いてきた。
だが、齢500とて未だ心は幼いレミリアにとって、その苦痛は想像以上の物であった。
(…まだ、こんなところで折れる訳にはいかないわね)
それでも、レミリアはめげずに里を回った。
天辺まで昇り切った太陽が、次第に傾き始めていた。
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人に近づこうとすれば、磁石が反発するように、その人は逃げて行く。
人に話しかければ、その人は顔を見た瞬間に悲鳴を上げて逃げて行く。
店に立ち寄っても、そこに人は立っていなくて。
店に人がいたとしても、すぐに奥に消えていく。
誰もが皆、私を“人”としてなど見てはくれなかった。
…考えてもみれば当然の事だ。
私は吸血鬼、それ以上でも、それ以下でもない。
その私が、人間と交流を取ろうなんて、土台無理な話だったんだ。
…いっそのこと、徹底的に畏れさせてやろうか。
そうだ。恐怖こそ吸血鬼の、妖怪の本分だ。ならば初めから…
…それじゃあ、結局何も変わっていないじゃない。
私の馬鹿。一体何の為にここまで来たのよ。
兄様は応援してくれたじゃない。それを最初から切り捨てるって言うの?
…こんなところで、今までの努力を無駄にしたくない。
けど…どうすればいいのかなんて、全然分からない。
「……グスッ」
建物を背に地面に座り込み膝を抱えて蹲る。
何とみっともない姿だろう。こんな私を、誰も恐怖の吸血鬼だなんて思わないだろう。
道行く人々は、私を見向きもしない。
そりゃあ、誰だって関わりたくなんか無いだろう。…こんな悪魔なんかとね。
はぁ…結局、私には何も……
『そこな少女よ、如何した?』
「……?」
不意に声を掛けられ、その声がした方向に顔を上げる。
そこに立っていたのは、巨木の如く背の高い細身の男だった。
少なくとも、自分が今までこの人里で見かけた人間の中では最も背が高いと思われる。
切れ長の赤い鋭い瞳も相まって、圧倒的な存在感とプレッシャーを感じさせた。
「このような場所で座り込んでは、衣服が汚れてしまうぞ?」
その男はそんな言葉を投げかけてくる。
私を気遣ってくれてる……どうせ、私の正体を知らないからでしょうけど。
どうせ…コイツも私が吸血鬼だと知った途端、掌を返すに決まっている。
「…放っておいて」
突き離すようにそう吐き捨てる。
辛いだけなのよ…そんな優しさなんて…!
「否、しかし…」
「放っておいてって言ってるでしょっ!!」
私は耐えきれず立ち上がり、激昂した。
善人ぶった言葉が、許せなかった。
その言葉が、どれだけ私を苦しめているのかも知らないで…。
「…そうか、君は吸血鬼だったのか」
「ッ…!!」
露わになった背中の翼を見て、恐らく目の前の男は確信しただろう。
…もう、これ以上この場に居たくない。
目の前の人間に、これ以上忌避されたくない…。
「…非礼を詫びよう、吸血鬼の少女よ。
君の気持ちを推し量れなかった、浅はかな私を許して欲しい」
「えっ…?」
目の前の男の口から出たのは、紛れもない謝罪の言葉。
だが、この男の何処に詫びる要因があろうか。詫びるべきは私の方だと言うのに。
何も知らなかった男に、酷く無礼な態度を取ってしまった。
「なんとなくだが、分かるよ。 彼らが君に向けたのは、紛れも無い敵意だったのだろう。
…だが、どうか彼らを責めないでやって欲しい。 恐怖は時として、人を変えてしまうのだ」
それぐらい、わかっている。
わざとあんな態度を取っていた訳じゃない事くらい、わたしにだって、わかる。
「君がどんな想いでこの里に足を運んでくれたのか、話を聞かせてほしい物だ。
幸い、この時間は客も少ない。 …君さえよければ、是非うちに寄って行って欲しい」
私を怖れるどころか、話を聞きたいだなんて…。
この男、もしかしてただの人間じゃないのかしら…?
別に、まだ私はこの男に心を許した訳じゃ無いけれど…。
『ぐぅぅ~~』
そんな私の意志とは関係無しに、唐突に鳴り響く腹の虫。
「~~~ッ!!」
「腹が減っては語らいは出来ぬか。 賄いで良ければ、何か振る舞おう」
「…お、オネガイシマス」
結局、私はこの男の店に招かれる事となった。
男に招かれるままに、私は店内へと足を踏み入れる。
入口の暖簾や、テーブルや机等の内装は、他の店と同じく和風といった感じの佇まい。
奥の方にはカウンターを挟んで厨房が見える。調理器具等は紅魔館にある物と同じようだ。
店自体はそこまで広くは無いが、どこか落ち付いた気品のある店に思えた。
「好きな場所に腰掛けてくれ。 今から調理をするのでな」
厨房へと移動し、恐らく食品を貯蔵しているのであろう箱を物色し始める男。
箱の傍に氷の入ったケースのような物が置いてある辺り、アレは冷凍庫代わりなのだろう。
私はカウンターに座り、男が調理をする様子を見物する事にした。
フライパンを火にかけ、取り出した野菜を手早く洗い始める。
下ごしらえから入るのだろうか…私は素人なので、その辺はよく分からない。
そして、洗った野菜の皮を皮むき器で素早く剥いていく。…早すぎて手の動きが良く見えないわね。
それが終わったらフライパンに油を注ぎ、何度かフライパンを揺らす動作を取る。
多分、あれが咲夜が言っていた『油をひく』という行為だろう。…“ひく”ってなんだろう?
…凄いわね、難しそうな作業なのに平然とやってのけている。
まあ、だからこそ料理人をやれるのでしょうけど…。
…そういえば、この男がこの店を営んでいるのかしら?
だとすれば、多少は名前も知られているのかしらね。
私は思い切って、訪ねてみる事にした。
「ねえ、貴方は何者なの?」
「ふむ…紹介がまだだったか、これは失礼した。
私は
その男は、顔は正面を向いたままでそう答えた。
アスラ、ねぇ…随分と変わった名前なのね。まあ、覚えやすいと言えば覚えやすい名前だけど。
「…私は、レミリア。 レミリア・スカーレットよ」
「レミリア、だな。 …しかと記憶した」
調理をする手は止めず、そう言葉を返す阿修羅。
…何と言うか、随分と堅い言い回しを好む人みたいね。
「実を言うと、私は最近この幻想郷に訪れた身なのだ」
「へぇ…」
どうやらこの男は外来人らしい。成程、見慣れない服装だと思ったわ。
「とある方からこの店を譲り受け、今は私が切り盛りをしている」
「店員はいないみたいだけど…もしかして、一人でやっているの?」
「ああ、そうなるな。 まあ、特に不自由はしていないさ」
大したものね、何から何まで一人でやるなんて…まるで咲夜みたいだ。
店の広さから察するに、多くとも30人程度が定員だろう。…それでも、席が埋まった時とか、時間帯によっては非常に忙しそうだ。
それでも不自由していないとは…余程腕の立つ人なのだろうか。
「…ところで、本当に良かったの? 吸血鬼を店に入れたりして…」
「私の店は、人妖問わず誰でも歓迎がモットーだ」
阿修羅はそう言い切った。…何というか、大した人間ね。
「妖怪とて誰もが人を襲う訳ではない。
人と友好的な関係を築きたいと思っている妖怪も数多くいる。
故に私は、誰であろうと決して拒みはしない。
…人間だろうと、妖怪だろうと、吸血鬼だろうとな」
凄いわね…この人は。
私にはとてもじゃないけど、そんな崇高な事は言えないわ。
やっぱり、この男は只者じゃないわね…なんとなくだけど、そんな気がする。
そんな思考を巡らせていると、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
何を作っているのかしら…何だか涎が出てきちゃいそうだわ。
『御免、阿修羅はいるか?』
出入り口から誰かの声が響く。凛とした女性のような声だ。
ちらりと後ろに目をやる。やはりそこに立っていたのは女だった。
まず目につくのは、不思議な形の頭のかぶり物。…帽子?
遠目には分からないが、恐らく女性にしては背は高い方だと思われる。
小脇には教本のような物を抱えている…恐らくは教師か何かなのだろう。
「おや、いらっしゃい…この時間に来るとは、珍しいな」
相変わらず顔は向けず、正面を見つめたままでそう対応する阿修羅。
…もしかして、この人の知り合いだったりするのかしら?
「今日は早かったのでな。 …ああ、いつもので頼むよ」
「昼間からとは豪気だな。 わかった」
そんな短いやり取りを交す二人。あれか、『常連客』と言うヤツか。
「失礼、隣に座って宜しいか?」
「え? あ、ああ、良いわよ…」
その女性は此方に会釈をした後、膝に教本を乗せ、私の隣の席に座る。
「お待たせした、いつものだ」
「待っていないがな、どうもありがとう」
注文を受けてから10秒と経って無いと思うんだけど…。
瓶のような物と、液体が注がれたコップ…もしかして、お酒かな?
酒瓶が入った棚のような物もあったし、確かに取り出すのは早いかもだけど…。
それでも、後ろを向いて調理したままの状態であんなに早く取り出せるのか?
…というか、今この人の腕の本数が増えた様な…いや、気のせいか。
「うん、やはり仕事終わりの一杯は格別だな」
一口で半分くらいの量を一気に飲み、ぷはーっと息を吐く女性。
私には酒の銘柄は分からないが、ラベルに小さく『原酒』と書かれている辺り、かなりアルコール度数がきつい物なのだろう。
「…ところで、君はひょっとして湖の館の吸血鬼じゃないか?」
「ッ…!」
な…なんで分かって……あ、羽見えてた。
「その反応を見るに、どうやら当たりみたいだな。
直接会うのは初めてになるな。 私の名前は
慧音と名乗ったその女性は、此方を見て微笑む。
若干の酒気を帯びて赤らんだ頬が妙に色気を感じさせる。…そんな事はどうでもいい。
「…レミリア、レミリア・スカーレットよ。 どうせ、知ってるんでしょう」
「まあ、な…。 だが、君の口から直接名前を聞きたかったのさ」
「なによそれ…」
慧音は快活に笑う。酒の影響もあるのだろうが、何処か余裕を持って接してきている。
私が吸血鬼だと知っていながらこの態度…ここにいる人間達は随分と肝が座っているな…。
「お待たせしたな、レミリア」
料理が乗った皿が目の前に差しだされる。ナイフとフォークも一緒についてきた。
恐らくは洋食なのだろう。…この店は洋食も取り扱っているのかしら?
「ほう、美味そうじゃないか。 …私も肴に何か欲しくなってきたな」
「そう来ると思っていたよ。 暫し待っていてくれ」
隣で見ていた慧音が追加の注文をする。確かに、お酒だけじゃ物足りないかもね。
それにしても…とても美味しそうね。
「遠慮せず、冷めない内に食べてくれ。 …口に合うと良いのだが」
「…いただきます」
食事の前に、手を合わせて『いただきます』。
『食べ物に感謝するように』、そう咲夜も言っていた。
ナイフとフォークを使って肉を切り、その一切れを口の中に運ぶ。
「…! おいしい!」
「そうか…! それは重畳だ」
とてもジューシーで、舌の上でとろけるな味わい…まるで一流シェフの料理みたいだわ!
ポテトと合わせて食べると尚良いかも…備えつけのソースの味も絶品ね…。
「ははは、中々良い食べっぷりじゃないか」
少々がっつきすぎた…でも、こんなに美味しい料理、中々味わえないわ。
食べるのに夢中になって思わず喉につっかえてしまったが、自分でも驚くほどあっという間に平らげてしまった。
「…ごちそうさま」
「ああ、お粗末様だ」
本当に美味しかった…。咲夜に今度この料理のレシピ教えようかな。
…って、そうだ…私が此処に来た目的…。
「…ふぅ。 ところで、話をするんじゃなかったかしら?」
「ふむ…それが本義であったな。 …ならば、慧音を交えて懇談と行こうか」
「肴を待つ間の退屈しのぎにはなるかな…」
お酒の入ったコップを片手に、慧音は頬杖を突いて聞き入る体制に入る。
多少肌蹴た胸元がセクシー…じゃないっつーの。何なんだ、今日の私は一体どうしたんだ…。
「料理を作る手を止める訳には行かないので、このままの状態での話となるのをご容赦願いたい」
「別に構わないわ、聞いていてくれるだけで良いもの」
「…痛み入る」
後ろを向きながらそう答える阿修羅。…本当、言い回しが堅苦しいわね。
もう少しフランクでも良いと思うんだけど…まあ、それは本人次第よね…。
私は二人に対し、自分が人里にやって来た理由、その考えを話す事にした。
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何度か言葉に詰まる箇所もあったが、ありったけの自分の考えを打ち明けられた。
現実味の無い、希望的観測。自分勝手な事だとは、私だって理解している。
けれど…何時までもこの状況が続けば、きっと苦しむのは私だけじゃ無い筈。
だから、せめて何かを変えたい…と、そう思った。
私の言葉を最後まで聞いていた二人は、すっかり黙り込んでしまった。
店内に静寂が訪れる。その静寂が、私を苦しめる。
呆れたのかな…馬鹿な事だなと嗤うのかな…。
…それならそれで、しょうがないか。
「…君は、すごいな」
「えっ…?」
唐突に慧音がそう口を開く。一体何を…?
「確かに、あの異変以降、人と吸血鬼とはいがみ合ってきた。
…だが、その軋轢も怖れず、自分から一歩踏み出そうとする勇気が、私達人里の人間には欠けていたのかも知れないな。
けれど、今日君が人里に訪れて、人に歩み寄ろうという意志を見せてくれた。
…それだけで、私はとても嬉しいんだ」
一歩踏み出そうとする、勇気…か。そんな大層な物じゃ無いんだけどね…。
「君の考え、しかと胸に刻み込んだぞ」
「あっ…」
後ろを向いていた阿修羅は、いつの間にか此方を向いていた。
「今はまだ難しいだろうが…君の想いは、いずれこの里の人々にも分かってもらえる筈だ。
ふとしたきっかけで、人は変われるものだ。 …そのきっかけを、君が作ってくれた。
私からも、感謝の言葉を贈りたい」
きっかけ…。 別に…そんな、感謝される程の事なんて…。
「…君が今どんな事を考えているのか、分かるとは言わない。
だが、少なくとも私達は、君の勇気を笑ったりはしない。 何故なら…」
「…私も、人間では無いのだからな」
「…!!」
人間じゃない…ですって…?ということは…慧音は…。
「私は妖獣とのハーフ、半獣半人なんだ」
半獣半人…人と妖との境って訳ね…。
…きっと、その所為でいろんな苦労があったんでしょうね、慧音も。
「私も人と打ち解けるのは苦労したよ。 …でも、人と分かりあえたからこそ、今があるんだ。
だから…きっと君も、人と打ち解ける事が出来るさ。 私が保証するよ」
『きっと』…か。兄様なら絶対言わないだろうな。
でも…暖かい。とても優しくて、暖かい…言葉だ…。
私の事を理解してくれる…それだけで、こんなにも胸が熱くなる。
「お待たせしたな慧音よ、先程と同じメニューだが」
「おお、わざわざ同じ物を作ってくれたのか! 済まないな~」
「構わんよ」
何時の間に作ったのか、阿修羅は先程のメニューを慧音の前に置いた。
…うん、気のせいじゃないわね。やっぱり腕が増えている。
左右の肩から、それぞれ半透明な腕が生えている。
「貴方、その腕…」
「…そうだ、私も“人”とは違う」
「モグモグ…うん、とても美味いな!」
約一名空気を読んでいない者がいるが、まあ無視しよう。
それにしても…あの腕、一体何処から出て来たの…?
「その腕、貴方の能力だったりするの…?」
「そう解釈してもらって構わない」
「このお肉、とってもジューシーだぁ~♪」
「…まあ、これ以上の追及はしないでおくわ。 そういう空気じゃ無いし」
「そうだな、そうしてもらえると助かる」
全く、この半獣半人は…けどまあ、お陰で大分ラクになった。
「今日はどうもありがとう、私の話に付き合ってもらって」
「なに、構わないさ。 …私も、君の言葉に気付かせて貰ったからな」
後半は小声だった為、何を言っているのかが聞き取れなかった。
「何か言ったかしら?」
「…いや、何でも無いさ。 それより、もう帰るのか?」
「ええ、あんまり長居する訳にはいかないし」
「モグモグ…そうか、ならば気を付けて帰るんだぞ」
家に帰る子供を見送るかのように慧音はそう言う。 …まあ、間違っちゃいないけどさ。
「では、またいつでも来てくれ。 …ジークに、よろしくな」
「! …ええ、そうするわ。 …ごちそうさま!」
店内の二人に手を振りながら、私は店を後にした。
気が付けば、私は家を出た時よりも更に上機嫌になっていた。
『料理は魔法』か…兄様が言っていた言葉だけど、強ち嘘じゃないのかもね。
眩しい午後の日差しを日傘で防ぎながら、家の方向に向かって里を練り歩く。
相変わらず、向けられる視線は厳しい物ばかり。それでも、私は絶対に諦めない。
此方を睨みつけていた青年に、私は微笑み返した。
脅えながら此方を見る女性に、私はお辞儀をした。
返された相手のの反応は見えない。どんな顔をしているのかなんて、分からない。
それでも良い、それでいい。
いつかは、笑顔が帰ってくる。…多分ね。
さ~て、今日の夕飯は何かな~?
怖れるばかりが人じゃ無い、怖れられるばかりが吸血鬼じゃ無い。
人を知った吸血鬼を、人が知る日もいつかは来るだろう。…多分。
カメオ出演、わかさぎ姫。きっとわかさぎ姫はノーパンです(真顔)
後半で登場した阿修羅は、この物語のオリ主の一人です。
彼がメインとなる章も後々入れて行く予定です。なるべく、矛盾が無いように。
学校でも会社でも、どんな環境においても、人と人とが関わりを持つ為に一番大事なのは、まずは自分から一歩踏み出す勇気ですよね。
次回、『Argent Magic』 。ジークの初戦闘回です(予定)。