神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed. 作:左右手
今回からは回想のお話。プロットの段階で非常に長くなったので、3つに分割します。
-あらすじ-
魔理沙と弾幕ごっこを繰り広げたジーク。敗北こそしたが、とても楽しんだようだ。
それから数日の後、いつも通りレミリアは何か悩んでいる様子…。
いつも通りの幻想郷の、いつも通りのある一日。
レミリアはいつも通り窓の外を眺めながら物思いに耽っていた。
「うーん…やっぱり、気になるなぁ…」
頬杖を突き、眉をひそめてそう呟くレミリア。
「けど、聞いて良い物か…」
「
「うおぉうっ!?」
一体何時の間に忍び込んだのか、独り沈吟するレミリアの背後に突如現れるジーク。
不意を突かれたレミリアは、素っ頓狂な声を上げて前のめりに倒れる。
「大丈夫かい?」
「いたた…。 ってまたこのパターン…」
「二番煎じ、二番煎じ」
鼻を押さえながらデジャヴを感じるレミリアを尻目に、ジークはレミリアのベッドに腰掛ける。
「で、何が知りたいんだい?」
「…実は、兄様に聞きたい事があるのよ」
ジークに向かい合うように椅子をベッドの反対側に運び、そこに腰掛けるレミリア。
「兄様、最近
レミリアの問い掛けに、ジークは肯定するように頷く。
「昨日神社で、柴芭って子に聞いたのよ。
兄様、柴芭
…家に帰ってくるまでに何があったのか、聞かせて欲しいの」
「……」
ジークは言葉を発する事無く、目を伏せて膝の上で組んだ両の手を見つめる。
「今まで、一回も話してくれなかったから…。
別に、話したくないなら無理に話さなくても…」
「そうだねぇ、アレは大体ひと月程前になるかなぁ」
「って普通に話すんかい!!」
あっさりと話し始めたジークに、思わず立ち上がりツッコミを入れるレミリア。
「何か話したくないような雰囲気だったじゃない今!
今まで話さなかったのは何か理由があるからじゃないの!?」
「いや、聞かれなかったから答えなかっただけだよ」
「そこは盲点だった!」
ジークの答えに対し、大げさにリアクションをとるレミリア。
「話すけど良いかい?」
「え、ええ……じゃあ、聞かせて?」
「分かったよ。 何から話そうかな…」
普段通りのテンションで淡々とそう告げれば、レミリアは素直に椅子に座る。
そして、ジークはこれまでの出来事を回想するように、ゆっくりと語り始める…
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この世界へと足を踏み入れたボクを待ち受けていたのは、鬱蒼とした森だった。
一見何の変哲もない森だけど、妖しげなキノコが生えていたり、幻影が発生したりと…まあ、普通の森では無いであろう事は分かった。
それに…ボクは平気だけど、普通の人間が吸引したら拙い事になるであろう瘴気も辺りに満ち溢れている。少なくとも、ここで現地人に出会う事は叶いそうにないね。
そういった点に目を瞑れば、ここはとても緑豊かで良い場所だ。
元居た場所も山奥だったけど、そことはまた違った景観が目の前に広がっている。
今までが今までだったから、何だか新鮮だねぇ。…ん?
「…おぅ。 この草、なかなか便利そうだね」
何やら良い具合に魔法の触媒に使えそうな植物を発見した。
せっかくだから、少しだけ頂戴しておこう。現地調達、現地調達。
進む度に色鮮やかに移ろう景色を眺めながら、南東の方へと歩いていく。
正確な方角なんて分からないけど、真っ直ぐに進んでいればいずれ森は抜けるだろう。
そんなもんさ、人生なんて。…まあ、ボクは吸血鬼なんだけど。
そんな事を考えながら歩いていると、脇の茂みからガサガサと物音がする。
何だろう?もしかして野生の動物かな?出来ればファーストコンタクトは人間が良かったんだけれどなぁ…。
だが、茂みから出て来たのは、動物でも人間でも無かった。
「…人形?」
大きさは人間の頭二つ分よりも少々小さい程度だろうか、青いエプロンドレスを着て、頭に赤いリボンを付けた金髪の西洋人形といった外見だ。
この世界に来て初めて出会ったのが、まさか生き物ですらなかったとはね…。
…まあそれは置いておくとして、この人形の持ち主は一体誰なんだろう?
見た所、操り糸らしき物は通っていない。魔法か何かで動かしているのかな?
その人形は何も言わずにボクの方をじっと見つめている。
何か気になる物でもあるのかな?…それとも、ボクみたいなのが珍しいだけか?
『上海、こんな所にいたのね』
その人形の後ろの方から声が響く。女性の声…みたいだねぇ。
草木の陰から出て来たのは、これまた人形のような印象を受ける少女だった。
青い服に白いケープ、フリルが付いた赤いヘアバンド、そして金髪の割と短めの髪。世間一般から見て、十分美少女と言えるであろう容姿だ。
指にはめた指輪のような物には、魔力を注ぎやすいようにルーン文字が刻まれているのが見て取れた。吸血鬼は視力も良いのだ…ってね。
その少女は此方の存在に気付いたのか、はっとしたような顔をする。
「どうもはじめまして、お嬢さん」
先ずはご挨拶、アイサツは大事だ。古事記に書いてあるかは知らないけど。
「え、えっと…はじめ、まして…?」
やや動揺しつつも返事を返してくれた。結構良い子かも知れない。
「この人形、キミのなのかい?」
「ええ、そうよ。 …ところで、貴方は一体誰なの?」
おっと、自己紹介がまだだったね。コレはうっかりしていたよ。
「これは失敬、ボクの名前はジーク・フォン・アーカード。
実は、ついさっき
「そう、外来人だったのね…。道理で見ない顔だと思ったわ。
私の名前はアリス・マーガトロイド。この辺に住んでいる人形師よ」
アリスと名乗ったその少女が指を鳴らすと、その場にいた人形がふよふよと移動してアリスの近くまで来る。そして、そのまま彼女の肩に乗った。
「これは私が作った人形、
こうやって、私の魔法で半自動的に動く事が出来るのよ。 …上海、ご挨拶なさい」
彼女が指で軽く促すと、その上海と呼ばれた人形がゆっくりと此方に近づいてくる。
『ヨロシクネー』
小さなお辞儀と共に、小さな声が聞こえてくる。
小さなその容姿も相まって、何とも小動物的な可愛らしさを感させる。
魔法で言葉を記憶させたのか、意志を持たせているのか…どちらにしても、稀有な魔法だ。
「こちらこそ、よろしくねぇ」
挨拶には挨拶で返そう。ボクは礼儀正しい吸血鬼だと自負してるからね。
上海が手を差しだしてきた。握手かな?なら、それに応えるまでだね。
握ったその手からは、人のぬくもりは感じなかった。
人のように振る舞えても、所詮は人形。その事実が、妙に強く印象に残った。
「さて…ところで、ジークって言ったかしら?」
「ああ、なんだい?」
再び持ち主の元に戻った上海を抱きかかえながら、アリスが話しかけてくる。
「こっちに来たばかりだって言っていたけれど…何処かアテはあるのかしら?」
アテ…ねぇ。まぁ…気がかりはあるけれど…
「…無いねぇ」
「まあ、そうでしょうね。 そこで、提案があるのだけど…」
おや、提案とは何でしょう?
「アテが無いのなら、私の家に来ない? 何日かの間だけだけど…」
なんと、見ず知らずのボクを家に招いてくれるのかい。
実は案外、面倒見の良い娘なのかも知れないね、彼女は。
…それにしても、女性からそんなお誘いを受けるだなんてねぇ…こんな状況でなければ、きっと今頃ボクは舞い上がってただろうね。
「どう? 貴方さえ良ければ…」
「
「本当? なら良かったわ。 …
同族ねぇ…まあ、ボクも色々聞いてみたい事とかあるけどね。
彼女のお誘いを受け、ボクはそれに応じる事にした。
実質的に、彼女がこの世界で一番最初に出会ったヒトという事になるね。
彼女に案内されるままに、森の中を歩く事10分少々。
辿りついたのは、閑静ながらも何処か暖かみのある佇まいの一件の洋館。
「ここが私の家。 どうぞ、上がって」
「では、お邪魔しますねぇ」
玄関をくぐると、そこは人形の世界だった。
…なんて、そこまでではないけれど、置物が全て人形だ。
しかも、それぞれ外見が違う。日本人形の隣にゴリ○ォーグのような人形が置いてある光景は何ともシュールだ。
だが、一つ一つの出来の精巧さが、彼女の人形師たる所以を物語っていた。
客間のような部屋に来る。立派な造りのソファーとテーブルが目に入ってくる。
「くつろいで待ってて、今お茶を入れるから」
そう言って彼女はキッチンへと向かう。この家、水道とか通っているんだね。
とすると、この世界のインフラ整備はあんまり向こうと変わらないのかな?
ただ黙って待っているのも退屈なので、周囲をぐるりと回ってみる。
黒いレンガ造りの暖炉がある。季節が夏だからか、薪はくべられていないみたいだ。
壁には肖像画のような物が掛けられている。柔和な笑みを浮かべた銀髪の女性の絵だ。
…それにしてもこの人物、随分と特徴的な髪型をしている。サイドテールとかたくましいな。
是非とも本人に会ってみたいものだねぇ。生きていれば…だけど。
テーブルを挟んで向かい側の棚には、恐らく完成品であろう人形が所狭しと並べられている。
細部に至るまで非常に作り込まれている。一人でこれだけの数を手掛けるのは相当な苦労だろう。
「あら、座っていて良かったのに」
お茶を入れに行ったアリスが戻ってくる。傍らには上海と…なんだろう、もう一体増えているね。
「これだけの芸術品だからね、目に焼き付けたかったのさ」
「そう褒められると、何だかこそばゆいわね…」
世辞と突っ撥ねもせず、卑屈にもなりすぎない…ますます好印象だねぇ。
「ところで、キミの隣に居る赤い服の人形は何だい?」
「ん? …ああ、この子は
蓬莱…確か、仙人サマが住まう地なんだっけ? ボクは道教は詳しくないから、その辺は適当だ。
蓬莱と呼ばれた人形は此方を一瞥するも、警戒しているのかそれ以降目を合わせようとしない。
「…とまあ、この子は少々警戒心が強いのよ。 あんまり気を悪くしないでね」
「別に良いよォ、警戒されるのなんて慣れっこだもん」
「…それはそれで、どうなのかしら」
しかたないじゃないしかたないじゃない、ボクは吸血鬼なんだもの。
一先ず、ソファーに座る事にしよう。
…反発し過ぎず、沈みすぎずで、ちょうどいい座り心地だ。
「お茶とお茶請けよ。 …口に合うと良いんだけど」
「どうもありがとう」
紅茶の入ったティーカップを手に取る。底の方に沈んでいるのは、氷砂糖かな?
それに、生クリームの入った器も用意してある…まるでフリースラントに来たみたいだ。
生クリームをスプーンで掬ってカップに注ぎ、ゆっくりと口に含む。とろけるような甘味が口の中に広がる。
「…やっぱり貴方、ドイツの人だったみたいね」
「ぉお? …良く分かったねぇ」
「前に読んだ本で、その紅茶の入れ方と楽しみ方を知ったのよ」
「ふぅん…」
ボクとしては、この世界に向こうの知識が伝来している事がオドロキだよ。
もしかすると、外からこっちに来る事ってのはそこまで珍しくは無いのかな?
…まぁ、いいか。それよりも、今はこの紅茶を堪能したいからね。
茶請けのワッフルを一つ手に取り、齧る。焼き加減と味からして、リェージュかな?
とても美味しいね。どうやら、彼女の才能は人形作りだけではないようだ。
「喜んで貰えたのなら、私も作った甲斐があるというものよ」
表情は変わらないが、心なしか彼女の声の調子が良くなった気がする。
彼女の方も紅茶に手を付け始める。クリームをスプーンで紅茶へ注ぎ、かき混ぜずにそのまま……そうそう、それが美味しいんだよねぇ。
「へぇ…こういう飲み方も良いかもしれないわね。
…さて、それじゃあ色々語らいましょう。 お互いに、ね」
「そうだねぇ…キミとの語らいは、楽しそうだ」
それから数時間程、ボクらは色々な事を語りあった。
アリスは、ボクの出身地や家柄、魔術の事等を質問してきた。
一つ一つ答える度に、彼女の表情が変わっていくのが何だか可笑しかったねぇ。
どうやら、彼女はボクが吸血鬼だとは気が付いて無かったらしい。そりゃあ、翼は隠してたけど…普通は牙とか見れば分かるよねぇ?
ボクは、アリスが使う魔法の特性や技法等を質問した。
魔法使いの中でも異色と言える彼女の魔法は、ボクとしてもかなり興味があったからね。
人形を操るだけならボクにも出来るけど、人形自体に小さな意志を持たせる程の技術はまだ無い。…習得はかなり難しそうだ。やっぱり彼女は凄いねぇ。
三杯目を飲む頃には大分紅茶が冷えていた。…冷えていても割と美味しかった。
「もうこんな時間ね…そろそろお昼ご飯作らないと。 …ところで」
「ん? 何だい?」
日が昇り切り、ちょうど昼時に差しかかったあたりで、アリスが尋ねてくる。
その表情は何やら難しそうだ。…話しにくい内容なのかな?
「…貴方、トマトは平気かしら?」
「平気だよ。 何でそんな深刻そうな感じに聞いたの?」
「だって…ホラ、吸血鬼ってトマト苦手なんじゃないの?」
「フィクション、フィクション」
…何というか、そんな事伝えて人間達は一体何がしたいんだろう。
まあ、トマト嫌いな吸血鬼もいるにはいるか……そういえば、レミィ達はどうしているかな。
「…ねぇ、アリス」
「なにかしら?」
「幻想郷にさ、レミリアって吸血鬼いない?」
そう質問すると、何か考え込むような動作を取るアリス。
数秒後、彼女が浮かべた表情は、その答えを知る者のそれとは言えないものだった。
「さぁ…分からないわ。 私もつい最近こっちに来たばかりだから…」
「そうかい…まぁ、仕方ないね」
「この幻想郷の現状を把握している者なんて、東にいる博麗の巫女か、『妖怪の山』の天狗達ぐらいじゃないかしら?」
ハクレイのミコというのが何なのかはさっぱり分からないが、天狗という言葉は聞いた事がある。
何でも、昔は日本に沢山いたそうじゃないか。サルタヒコって名前の神サマがいた気がする。
「その妖怪の山ってのは、どの辺にあるんだい?」
「南東にあるわ。 …ほら、あそこの高い山がそうよ」
アリスが窓の外を指差す。あの山かぁ…随分高いねぇ。山頂付近なんか霞んで見えないや。
「アクセスはどんな感じ?」
「南に数里渡った所にある『玄武の沢』という所から行くのが一番の近道よ。…けど、山を登るのはやめた方が良いと思うわ」
アリスの口から出て来たのは、制止を促す旨の言葉。
「…理由を聞かせて貰えるかい?」
「あの妖怪の山には、文字通り沢山の妖怪達が住んでいるわ。
その中で、あの山の治安を守る、事実上のトップが天狗達なの。
天狗はとても排他的な種族。 それ故に、山に来る者は徹底的に排除する。
昔は修験者とかは通していたらしいけど…人伝に聞いた話だから、正直良く分からないわ。
…けど天狗が排他的なのは事実よ。 私も一度遭ったから良く分かるわ」
その当時の事を思い出したのか、少々苦い顔をするアリス。
妖怪だって言うから、ボクを怖がらずに話を聞いてくれると思ったんだけどなぁ…。
ハクレイのミコって言うのは知らないけど、多分人間だろうから…やっぱり駄目だ。
…だけど、ここで引き下がるのもなんだか癪だし、どうにか近づきたいなぁ。
「そうだ、視察行こう」
「…一応聞くけど、どこに?」
「もちろん、妖怪の山に」
「…でしょうね」
ハァ…と大きく溜息を吐くアリス。呆れているのだろうか。…多分、呆れてるだろうね。
「別に、好きにすれば良いわ。 …ただし、行くのなら明日よ」
「今日じゃ駄目な理由を教えてくれるかい?」
「それは、その…アレよ、話相手がいないと…つまらないじゃない…」
途中からアリスの声が小さくなったため、言葉尻の方を聞き取れなかった。
何だろう…?まぁ、いいか…今日はここでゆっくりさせてもらうとしようか。
「分かったよ。 …お言葉に甘えて、今日はキミと過ごそう」
「ええ、そうね。 …フフ、それじゃお昼ご飯を作るわね」
あぁ、そう言えばまだお昼だったね。道理でボクのお腹が催促するワケだ。
急いては事を仕損じる…って日本のコトワザもあるからね。
お昼を食べ終え、ボクは彼女のアトリエと作業風景を見せて貰った。
やはり…というべきか、非常に作成の手際が良く、且つ見事な出来栄えだった。
ああやって一つ一つに丹精を籠めて作るから、表情豊かな人形が出来あがるのかな?
横目にちらりと見た素体だけの人形を見て、一瞬『爆弾人形』というフレーズが脳裏を過ったが、口には出さなかった。だってなんか実際にやりそうで怖いもの。
その後は、日が暮れるまで人形談話が続いた。
ボクの故郷のドイツで流行った人形とか、その他の国の人形の話だとか…。
中々有意義な時間だった。面白い話もたくさん聞けたからね。
夜、即ち、吸血鬼にとっての昼が訪れる。
アリスはもう眠るような時間だろうけど、ボクはまだまだ目が冴えてるよ。朝から起きていたにも関わらず、ね。
…と思いきや、アリスもアリスで、未だに起きている。
何故分かるかと言うと、彼女の部屋の若干開いた扉から光が漏れているからだ。
こんな時間まで一体何をしているのかなぁ…?
少し扉を開けて覗いてみると、彼女は人形作りをしていた。
ランプに火を灯し、僅かな明かりだけが彼女の部屋を照らしている。
徹夜で作業をするつもりなんだろうか…あまり体に良くないよ。
まあ、彼女は魔法使いだからあんまり関係ないんだろうけど。
廊下に出て、天窓を見上げる。
黒い空に宝石のように輝く星々、真珠のような白い月。
工場の煙や電線なんかで遮られていないと、こんなにも美しく映えるんだね。
…外の世界ではもう見る事が出来ないんだろうねぇ。
この夜空も、もう幻想なんだろうね。
そんな感傷に浸っていると、カタン…という小さな音がアリスの部屋から響く。
様子を見てみれば、つい先程まで起きていたアリスが机に突っ伏していた。
近づいてみると、彼女はすっかり眠っていた。傍に居た上海人形が人差し指を口の前で立てる。
…ああ、分かっているよ。静かに…だね。
…やっぱり、無理は体に良くないね。
彼女を抱きかかえ、ベッドに運ぶ。…もう完全に熟睡だよコレは。
すやすやと寝息を立てる彼女に薄い布団を掛ける。風邪をひくといけないからね。
『アリガトウネ』
そんな声が聞こえてくる。今はもう動いていない、上海の声だった。
…キミももう、オヤスミみたいだね。
やれやれ…ボクも眠くなってきたよ。
アリスに貸してもらった部屋で、ゆっくり寝るとしよう。
棺桶じゃ無いのは少々残念だけど、まぁ贅沢は言えないね。
それじゃ…オヤスミなさい。
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窓の外から差す光、吸血鬼の弱点とされる日の光だ。
その光を一身に受けながら、背筋を伸ばして唸る。
何だか、今日は寝ざめが良いや。棺桶も良いけど、ソファーも中々快適だねぇ。
「あ…お、おはよう…」
ストレッチでもしようかと思っていた矢先、不意に後ろから声がかかる。
アリスだった。寝惚け眼を擦りながら、ボクの方をぼんやりと見つめている。
「ああ、おはよう。 昨夜はお疲れだったねぇ?」
「えっ…あ、その……あ、ありがとうね」
「どういたしまして」
多分、昨夜の事を思い出したんだろう。少々顔を赤らめながらもそう答えるアリス。
初々しい反応が可愛らしいねぇ…。…なんて、そんな事は後にして、と。
「さて…と。 今日は視察の日だから、早速行ってくるよ」
「えっ…? ちょ、ちょっと…朝ごはんは?」
「ああ、別に良いよ。 …何だったら、キミの血でも吸わせてくれるのかい?」
「へっ? …いや、それは…その…」
あれれぇ…?ほんのジョークのつもりだったんだけど、何だか反応が…。
「どうしたんだい、そんな顔赤くして…」
「だって…血吸われると…き、気持ちよくなっちゃうんでしょう…?」
「フィクション、フィクション」
吸血は性行為じゃねェーよ。本当に一体何がしたいんだ人間。
初心な娘に変な知識植え付けるんじゃないよ全く…。
「…それじゃあ、そろそろ行ってくるよ」
「ハァ…まぁ、別に止めはしないわ。
吸血鬼の貴方に言うのも変だけど…気を付けてね」
「お気遣い、痛み入るよ」
女性に心配されるだなんて、罪な男だと言われそうだよ。
…最も、ボクにとっての帰る場所は、ただ一つなんだけどね。
アリスに見送られながら、南へと向かう事にした。
一時間程経っただろうか、どうやら此処が玄武の沢という場所のようだ。
切り立った崖からは数本の滝が流れている。どうやら、ここは沢の下流に位置するらしい。
ここを登っていけば、妖怪の山に辿りつくらしい。
面倒だなぁ…高いし、飛んで行こうかなぁ?…でも、天狗のテリトリーだから目立つとダメか。
仕方がない、徒歩で行くとしよう。
そんなしょぼい決意を抱いていると、ふと違和感を感じる。
あの岩場…何か周りと比べると色が違う…?
あそこだけ水に濡れていないのかな?…いや、違うな。何かがいるんだ、多分。
でも、姿が見えない…カメレオンじゃないだろうねぇ…?
うーん…気になるなぁ。こうなったら…
……
何か、女の子がめっちゃこっち見てる。
「…ボクに何か用かい?」
『ひゅい!?』
声をかけると、その少女は足を滑らせて滝壺に落下した。
びっくりしたのは分かるけど、そんな所に立ってるのも原因だよね。
その少女は、特に何ともない様子で水辺から顔を出した。
問題は無さそうだけど、一応声をかけておこう。
「大丈夫かい?」
「ふぇ~…びっくりしたぁー…」
胸を押さえて大きく深呼吸をするその少女。そんなに驚く事かい。
…いや、まあ驚くか。彼女にしてみれば、完全に隠れたつもりだっただろうし。
「…あれ? アンタ、人間じゃないよね?」
…初見で看破するとは、タダ者じゃないねこの子。
「よくわかったねぇ」
「そりゃ、いきなり左目が光る人間なんていないでしょ」
そこは盲点だった。
「あはは…。 ボクはジーク・フォン・アーカード、吸血鬼だよ」
「へぇ~、吸血鬼かい? そりゃまた珍しいねぇ」
「珍しいって…こっちじゃ吸血鬼はマイナーなのかい?」
「そうなるね。 私は初めて見るけど」
…と言う事は、この世界にも吸血鬼はいるという事か。
もしかしたら…レミィもいるのかな?…いると良いなぁ。
「…ところで、キミは一体何の妖怪なんだい?」
「ん? ああ、私の自己紹介がまだだったね」
その少女はそう言うと、此方の眼を見て笑みを浮かべる。
「私の名前は
「……え?」
カルチャーショック。ボクの中の河童像が壊れた瞬間であった。
どうやらジークは、頭に皿を乗っけたのが河童だと思っていたようだ。
ジャパニーズカルチャーは時として吸血鬼すら翻弄する。…備えよう。
戦闘描写が無いと楽ですねぇ、ホント。
そして、初めてのジークの一人称視点です。
ふざけているように見えて、案外紳士。そんなヤツです、ジークは。
アリスの二次創作でのキャラがどんな物なのかは良く分かりませんが、私の中でのアリスは知的で博識だけどソッチ方面では初心な子です。
次回、吸血鬼の幻想旅路・中。妖怪の山で様々な出会いがジークを待ち受けます。
後ほど、活動報告の方にこの話の解説を挟む予定です。
本編で分かりにくいと思われる個所を解説するので、気が向いたらみて下さい(投げやり)