神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed.   作:左右手

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幕開け

八雲紫によって、スキマの中へと導かれていった彼らを待ち受けていたのは、夥しい数の目が蠢く不気味な空間であった。

 

彼らが今いる場所は、幻想郷へと続く道。

正確には、彼らが居た世界と幻想郷とを隔てるスキマ空間である。

 

スキマとは、紫が『境界を操る程度の能力』を用いる際に開かれる境界の境目であり、そのスキマを通して境界を超える事ができるのである。

さらに、その内部は彼女の意志一つで如何様にも形を変える事が可能である。あらゆる事象の狭間に存在するその空間に、広さの限界は存在しない。

 

紫は彼らが全員揃っている事を確認すると、先程まで開いていたスキマの入口を閉じ、彼らが立つ方向に向き直る。

 

「…さて、今から貴方達を幻想郷へと誘うのですが、その前にまず一つ、言っておかなければならない事があります」

 

改めて告げられた紫の言葉に、彼らはそれぞれに疑問の表情を浮かべる。

 

「なに?」

 

疑問を覚えつつも、徹底した無表情を貫く柴芭が紫に対して質問する。

紫は、柴芭を含め、疑問を浮かべる彼らをじっと見つめた後、目を閉じ、一息の間を置いて口を開く。

 

「…まずは、貴方達を幻想郷へと呼んだ理由を、きちんと話す必要がありますわね」

 

その言葉が途切れると同時に、紫は目を見開く。その目が捕えるのは、6人の異形達。

 

「貴方達は、この幻想郷にとって必要な存在なの」

 

単刀直入にそう言い切る紫。当然、たったそれだけの言葉で真意が伝わる筈も無く、彼らは訝しげな表情を浮かべる。

それは紫も承知の上なのであろう、そんな彼らを余所にさらに言葉を重ねていく。

 

「今はまだ、詳しい事は話せませんが、貴方達の存在は、必ず幻想郷に変化を齎してくれる。その変化がどんな結果に繋がるのかは誰にもわからないけれど、それはきっと、とても楽しいことになる筈ですわ。

 

この世界がどう変わるのか、それは貴方達次第なのかもしれない。

それでも、これから貴方達は自由に思い、行動し、生きて行けば良い。自分から話しておいて何ですが、先の事は考えず、思うままに暮らして欲しい。

 

私が伝えたいのは、唯それだけですわ」

 

そう言い終えた紫は、そのまま後ろを向いて黙り込む。

暫しの間、言葉の無い時間が続いたが、やがて緋月が言葉を発する。

 

「…そうかい、そういうことなら別に心配はないぜ。それより、早いとこ新天地に行きたいぜ!どんな場所かスゲェ楽しみだ!」

 

緋月はそう言って豪快に笑う。その磊落な態度からは、不安な気持ちは微塵も感じさせない。

 

「そうはしゃぎすぎると足をすくわれるよ?まあ、逸る気持ちもわかるけどね」

 

期待に胸を躍らせる緋月をからかうような言葉を投げかけるジーク。そんな彼もまた、新たなる世界への期待に目を輝かせていた。

 

「年甲斐も無くはしゃぎすぎッスよ」

 

「何だとォ!?」

 

紅炎の辛辣な一言に声を荒げ食らいつく緋月。その一言で再び笑いだすジーク。

そんなやり取りを見て苦笑を浮かべる阿修羅。相変わらず無表情の紫芭、眉を顰めてこめかみを押さえる綺羅。

 

再び妙な雰囲気に包まれるスキマ空間。流されそうになるのを抑え、紫は彼らに声をかける。

 

「それでは、幻想郷へと案内します。…ですが」

 

全員が紫に注目する。

 

「先ほど申し上げた、言っておかなければならない事を、お話させて頂きますわ」

 

彼らは黙り込み、紫の次の言葉を待つ。

 

「貴方達には、それぞれ別の場所へと行ってもらう事になります」

 

そう告げた瞬間、何人かは驚いたような表情になる。

 

「何ィ?」

 

「なんでッスか?」

 

緋月と紅炎がそれぞれ声を上げる。その声の中には、不満というよりも、純粋な疑問の意が込められていた。

 

「貴方達6人は、普通の人間とは違う、強い力を持った特別な存在。それ故、幻想郷においても必然的に力を持つ存在となる筈。だからこそ、貴方達をそれぞれ分けることで、幻想郷の均衡、即ちパワーバランスを取らなければならないの」

 

そう紫が説明すると、声を上げた二人は納得したような表情になる。

それを見届けた紫は、今度はその場にいる全員に問いかける。

 

「皆さん、それで宜しいでしょうか?」

 

6人は、互いに顔を見合わせた後、それぞれ答える。

 

「ああ、問題無い」

 

「構いませんよ」

 

「っていうか、ぶっちゃけ拒否権ないよね」

 

「まあ別に良いじゃないッスか」

 

「何でも良いから早くいこぉ~ぜぇ~」

 

「…りょうかい」

 

彼らの言葉による答えを聞き、恭しく頭を下げる紫。そこには、妖しげで胡散臭い妖怪ではなく、幻想郷の為に尽くす管理者としての姿があった。

 

 

「…長らく待たせてしまいましたが、参りましょう」

 

そう言うと、彼らの眼の前に6つの出口が生み出される。

 

「その先に、貴方達が望む世界が待っています。…幻想郷へようこそ。私は…この世界は、貴方達を歓迎いたしますわ」

 

その言葉を受け取った彼らは、幻想郷の入口へと足を踏み入れる。

緋月は歓声を上げながら、紅炎はそんな緋月を「うるさい」と非難しながら、ジークはわざと後ろ向きになって倒れこむように、綺羅は入り口の前で両掌を合わせてから、柴芭は何も言わずそのまま、各々スキマの向こう側へと消えていった。

 

最後に残った阿修羅が、幻想郷への入り口に足を踏み入れようとした所で、ふと紫の方を振り返る。

 

「…八雲紫、君の想いを聞いて、少し安心したよ。どうやら、君はその幻想郷を深く愛しているようだ」

 

その言葉に、一瞬大きく目を見開く紫。その様子を見て、阿修羅は口元に弧を描く。

 

「これでも、長く生きているからな、人の考えというものが言葉を通じて伝わってくるのだよ」

 

「あら、私は妖怪ですわよ?」

 

「ならば、君にも人らしい心があったのだろう」

 

「…さあ、どうかしらね?」

 

そんなやり取りの中、紫もまた笑みを浮かべる。

その様子を見届けた阿修羅は、幻想郷へと繋がるスキマの向こうへ消えていった。

 

 

「…人らしい心、か」

 

異形達が去ったスキマの中で、彼女は人知れず先の言葉を反芻していた。

 

 

------

 

朝を迎えた幻想郷、今日もまた、変わらぬ一日が流れて行くのだろう。

多くの人々はそう思っていた。だが、一部の者達は、何処か普段と違う空気を感じていた。

 

 

幻想郷には当然、人間もいる。妖怪や神が生きる為には、人の存在は必要不可欠なのだ。だが、妖怪とは人間を襲うものである。中には人間にも友好的な存在がいるが、大部分は人間にとって危険な存在なのである。

そんな人間が、唯一妖怪に襲われる事無く暮らせる場所、それが人里である。

 

朝の訪れと共に、人里もまた目覚め始める。まだ人通りの無い道を眺めるかのように、一人の女性が立っていた。

不思議な形の帽子を被った、というよりは、頭に乗せた姿が印象的な女性―上白沢慧音は、清々しい朝の空気を堪能していた。

季節こそ初夏ではあるが、やはり朝方の空気は涼しく感じるのであろう。慧音は暫しの間立ち尽くし、里を眺めていた。

 

堪能し終えた慧音が家へと戻ろうとした矢先、一陣の風が彼女をすり抜け、駆け抜けていった。

ほんの僅かな風に過ぎなかったが、彼女は何故かその風が強く心に残っていた。吹き抜けた風は、彼女の心に『新たな出会いが待っている』と告げていった。

 

気が付けば、人里はすっかり目覚めていた。大人たちは働き出し、子供たちははしゃぎながら駆け巡る。何時もの光景がそこに広がっていた。

 

「…新たな出会い、か」

 

髪を手で梳きながら、慧音はそう呟いた。

その呟きは、慌ただしくも活気付く人々の喧騒の声に飲まれて消えていった。

 

 

そんな人里からは遠く離れた森の奥、朝霧深く立ち込める湖の畔には、血のように紅い館があった。その館に住まうは紅き吸血鬼、レミリア・スカーレット。

外見には幼い印象を受けるが、彼女は既に500年の歳月を生きている存在である。

彼女は、窓から差し込む朝の光を歯牙にも掛けぬ程に高揚していた。玉座に坐し、冷静を装うも、押さえきれぬ高揚感が高笑いとなって彼女の口から零れ出す。

そんな彼女の様子を、不安げな表情で見つめる従者(メイド)、十六夜咲夜。

 

「お嬢様、一体如何なされたのですか?こんな朝早くから」

 

咲夜は、しきりに笑い続けるレミリアに心配そうな声でそう問いかける。

ひとしきり笑い終えたレミリアは咲夜の方へ顔を向け、舞台に立つ役者のような調子で語りかける。

 

「ねぇ咲夜、運命というのは本当に分からないものね」

 

「…?」

 

唐突にそんな事を言い出すレミリア。当然の如く咲夜は頭上に疑問符を浮かべる。

困惑する従者もお構いなしにレミリアは語り続ける。

 

「それまでは逢える筈も無い運命にあった人が、ある日突然、自分の目の前に現れて…。今まで見えなかった運命が、その日突然見えるようになって…本当、運命というのは悉く人を翻弄するわね」

 

まあ、私は吸血鬼なのだけどね。等と言って微笑を浮かべるレミリア。遠くを見つめる紅い瞳、その焦点の先には、大事そうに花瓶に生けられた一輪の紫色の薔薇。

咲夜もまた、彼女の視線の先にある薔薇を見つめる。そして、再びレミリアへ質問を投げかける。

 

「…運命が、見えたのですか?」

 

レミリアは、長い溜息をついた後、数拍置いてその質問に答える。

 

「…ええ、見えたのよ。強い、大きな力を持った影が。暖かくて、懐かしい影がね。

…けれど、今はまだ遠い。影の正体はまだ見えない…あの人には、まだ逢えないみたい…」

 

そう答えたレミリアは、優しくも、何処か寂しげな視線を薔薇に向けるのだった。

 

「あの人、とは…」

 

事情を知らぬ咲夜はレミリアに質問しようとするが、レミリアはそれを手で制する。

 

「気にしないで頂戴。私の思い過ごしかも知れないし、それに…」

 

そう言いかけた所で、口を噤むレミリア。

 

「…いえ、何でもないわ。それより、今日は調子が良いから、外で森林浴でもしたい気分だわ。…咲夜」

 

「畏まりました、お嬢様」

 

玉座から立ちあがり、部屋を出るレミリア。それに続く咲夜。

夜を統べる紅い悪魔と、それに付き従う完全で瀟洒な従者。紅く彩られた館の外へと、彼女らは歩みを進める。

 

(今はまだ遠いけど、きっといつか必ず逢える筈…。もし、このまま逢えないのが運命ならば、私は、その運命を変えて見せる。たとえ、どんな痛みを背負う事になっても…)

 

レミリアが胸中に抱いた想いは誰にも知られる事は無く、それでも強く彼女の心に焼きついていた。

 

「あ、お待ちくださいお嬢様。いま日傘を…」

 

扉を開き、館の中庭へと足を踏み入れる。それと同時に、初夏の日差しが彼女を照りつける。

 

「あっつッ!?」

 

「お嬢様!?」

 

焼けつくような日差しが彼女の素肌を文字通り焼き、彼女は火傷の痛みを背負うことになった。

 

 

------

 

そんな賑やかな幻想郷とは違い、声が一切響く事の無い静かな世界があった。ここは冥界と呼ばれる、死者の霊や転生を待つ魂達が住まう世界である。

厳密には幻想郷とは違う場所であるが、幻想郷とは深い関係を持っており、幻想郷で死んだ者の魂は、閻魔によって裁かれた後、此処に行き着く。

その閻魔から、この冥界の管理を一任されている者がいた。

 

その者の名は西行寺幽々子。彼女は亡霊であるが強い力を持っている為、冥界の魂達を管理する事が出来るのである。

彼女に使える半人半霊の少女―魂魄妖夢は、冥界にて幽々子が住まう屋敷、白玉楼で庭師として働きつつ、二人で暮らす日々を送っている。

 

その日、幽々子は妖夢を従え、白玉楼から少し離れた場所にある不思議な形をした門の前に立っていた。

その門は、神々の魂が眠る場所―黄泉の国へと繋がる門であった。

 

「幽々子様、この門は一体…?」

 

幽々子の隣に立っていた妖夢が、少し上ずった声でそう質問する。

彼女は、その門の不気味な佇まいと、その門の向こう側から感じる神々しくも悍ましい気配に気圧されていた。

 

「ここは黄泉の国へと繋がる門―黄泉比良坂門(よもつひらさかのもん)よ。黄泉の国は、偉大なる神々が眠る場所…普段は立ち入ることは出来ないのよ」

 

そんな妖夢とは対照的に、顔色一つ変えず平然とした調子でそう答える幽々子。

その言葉にさらに警戒を強めたのか、肩を縮めながら幽々子の影にそっと隠れる妖夢。

そんな妖夢の様子に苦笑しながらも、幽々子はその門をじっと見つめ、思考に耽る。

 

(そういえば、閻魔が言っていたわね。かつて転生を果たした神がいた、と…。一体どんな存在なのかは気になるけれど…私にとってはあんまり関係無いか)

 

そうして考えを止め、幽々子は白玉楼へと帰ることにした。

 

帰路に就こうとしたその時、ふと先の門に目を向けると、いくつかの魂がその周りを小躍りするように漂っていた。

その魂達は、まるで何かに導かれるように、その門の近くを漂い続けていた。

 

「魂を導く存在…ねぇ」

 

「幽々子様?」

 

思いがけず幽々子がそう呟いた言葉に妖夢が反応する。

その問いかけを受け、はっとしたような表情になるも、すぐさま笑顔を見せる幽々子。

 

「いいえ、なんでもないわ。ただ、神様が生まれ変わったらどうなるのかな、って思っただけ」

 

「はぁ…」

 

いまいち要領を得ない返答を受け取り、妖夢は『釈然としません』とでも言いたげな表情をするも、これ以上言及することは無かった。

そんな妖夢を尻目に、幽々子は既に昼食の事を考え始めていた。

 

再び静寂が訪れた黄泉比良坂門の前を、一匹の紅い蝶がひらひらと舞っていた。

 

 

静寂に包まれた冥界の遥か上空、雲よりも高い天、そこには大地があった。

天界とよばれるそこは、成仏した魂や、欲を捨て、天人や天女となった人間が住まう世界である。

嘗て地上にて人々に貢献した一族は、その功績を讃えられて天界へと住まうようになり、その中には、比那名居の一族も含まれていた。

 

その比那名居家の総領娘―比那名居天子は自室にて、何処か上の空で天井を眺めていた。

 

「失礼します、総領娘様。…お気分が優れないのですか?」

 

不意に天子の頭に声が響く。天子は虚ろな目で声の主を眺める。

 

声の主は、天子のお目付役である竜宮の使い―長江衣玖であった。先刻から扉の前で呼び掛けても返事が無かった為、室内へと入ってきた次第である。

心配そうな表情の衣玖に、天子は『心配は無い』と笑いかける。

 

「夢を見てたの。良くは、覚えてないけど…とっても、懐かしい感じがする夢、だった」

 

ぽつり、ぽつりと、呟くように、自分に言い聞かせるようにそう言葉を紡ぐ天子。

その言葉を聞き、安堵の表情を浮かべる衣玖。そして、彼女は天子の顔に近づき、

 

「…その懐かしい夢を見たから、貴方は泣いていたのですか?総領娘様」

 

天子の頬を伝う一筋の涙を指ですくった。

 

「…欠伸を我慢しただけよ」

 

素気なくそう答える天子。そんな彼女の様子を見て、優しげな笑みを浮かべる衣玖。

 

その後、衣玖に髪を梳かしてもらいながら、天子は先の夢の内容を反芻する。

 

(何か、凄く現実味がある夢だった気がする。それにしても、夢の中とはいえ、アイツの事を思い出すなんてね…。ホント、どうしてだろ…どうして“また会いたい”なんて、今になって思ったりするかな…)

 

変化の無い退屈な日常の中で、ふとした拍子に芽生えた想い。

それは、時間が経っても彼女の心の中に留まり続け、落ち着くことは無かった。

 

何時もとは違う天子の様子に、何処か不安を感じていた衣玖は、不意に地上に目を向ける。

彼女は、自身が持つ『空気を読む程度の能力』により、僅かな空気の変化を感じ取ったのだ。

 

そして、誰に云われるでもなく、気が付けば無意識の内に地上へ下りるべく飛び立っていた。

彼女は、何かに惹かれるように、唯ひたすらに地上を目指す。

 

地上へと落ちて行く、一筋の雷光のように。

 

 

------

 

死んだら何処へ行くのか?誰もが生前疑問に思った事であろう。

その疑問は、須く死後に解消される。何故なら、そこは生者が知らない場所だからだ。

 

三途の川を渡った先に、彼岸という場所がある。

所謂死後の世界と呼ばれる場所で、そこには是非曲直所と呼ばれる、十王率いる閻魔達が死者の魂を裁くための施設がある。

 

閻魔達の中で、幻想郷を担当する閻魔―四季映姫・ヤマザナドゥは、今日も今日とて閻魔の仕事に従事していた。

夜通し行っていた書類整理に一区切り付け、肩の力を抜いていると、ふと自分の部下である死神―小野塚小町の事が気になり、三途の川まで様子を見に行くことにした。

小町は良く仕事をサボる癖があり、しょっちゅうバレては映姫に叱られている。そんな訳で、彼女がきちんと仕事をしているかどうかを見に行くのである。

 

様子を見に行った所、意外にも彼女は真面目に仕事をしていた。

少し感心した様子でそれを見ていた映姫だが、外に出た辺りから妙な寒気を感じていた。

本来、彼岸には気候の変化等ありはしないのだが、何故か今は寒気を感じている。その事実に映姫は困惑した。

どうやら、それは小町も同じらしく、船を降りた彼女は少々顔色が悪かった。

もしかしたら、この寒さのせいで寝れなかったら真面目に仕事をしていたのでは…?等と邪推しかけていた映姫だが、不意に後ろを振り返る。

 

そこに人の影は無い。そもそも生きた人間が訪れる場所では無い。

だが、彼女は何かを感じ取っていた。辺りを包む寒気は、彼女を何処か物悲しい気分にさせた。

 

(誰かが助けを求めている…?孤独を、感じて…苦しんでいる…?)

 

映姫は、言葉ではなく心で、その想いを感じ取っていた。

次の瞬間には、上司がその場にいた事に気付いて慌てふためく小町を置いて、川の上流に沿って歩み始めていた。

 

この先に、助けを求める者がいる。

私は、私なら、その者に手を差し伸べる事が出来る。

 

抱いた想いは確信に変わる。彼女は迷うことなく、冷たい風を切り裂いて突き進む。

 

 

------

 

幻想郷において最も重要な場所は何処か、と聞かれれば、恐らく真っ先に名前が挙がるであろう場所が此処、博麗神社である。

この幻想郷と外の世界とを隔てる大結界を代々守護してきた神社で、幻想郷を象徴する場所でもある。

 

その神社の当代の巫女―博麗霊夢は、いつもと変わらないと思っていた朝の光景に何処か違和感を覚える。彼女は天性の勘の鋭さの持ち主で、その精度は未来予知レベルと断言しても過言ではない程である。

彼女は『幻想郷がいつもと違う』と直感で感じていた。彼女は、境内にて一人、思いに耽る。

 

(何か…何かが起ころうとしている…?でも、それは悪い事じゃない…?一体なんだって言うのよ…)

 

考えれば考える程思考の渦に囚われて行く。が、その内どうでもよくなり、霊夢は考えるのをやめた。

 

(アホらしい…。何が変わろうと結局私には関係無い…そういう事にしておこう)

 

そう考え、神社に戻ろうとした矢先、不意に何者かの気配を感じ取る。

こんな朝早くから訪れる者がいるのであろうか…。そう思いながらも、霊夢はゆっくりと体を鳥居の方向へ向け、来訪者を待つ。

 

階段を登る音が聞こえてきて、段々とその姿が見えてくる。

 

黒い髪、灰色の瞳、頬に描かれた牙の様な刺青、整った顔立ちだが、その表情はどこか不機嫌そうである。顔だけでも、その人物が男性であると特定できる。

 

彼が階段を登り切ると、漸くその全体像が浮き彫りになる。

 

首元に羽毛の様な物をあしらった黒い上着、その下には黒地に赤いラインの入った下着、バックルに竜の様な模様が彫られたベルト、腰から下げた不思議な色の短剣、以前外の世界の物を扱う店で見かけた、ジーンズと呼ばれる黒いズボン、鉄の様なものがつま先に取り付けられたブーツを身に着けている。

体格は良く、背丈は自分よりも頭一つ分上であろうか、此処まで登ってくるのに息切れ一つしていない辺り、体力も相応にあるのだろう。

 

彼は一体何者なのであろうか。そう疑問に思うも、先ずはお決まりの言葉を言っておこう。

 

 

「こんな朝早くから参拝客かしら?素敵なお賽銭箱はこちらよ」

 

 

次の瞬間、彼はその不機嫌そうな表情を困惑したような表情に変えた。

 

 

------

 

 

一日の始まりを告げる朝日が差す博麗神社は、朝日を浴びる幻想郷を見下ろしていた。

その境内の上空には空間の裂け目、紫によって開かれたスキマがあった。

 

紫はその裂け目から上半身を覗かせ、新たなる朝を迎えた幻想郷の大地を眺める。

そして、これから起こり得るであろう変化を思い浮かべ、一人ほくそ笑む。

 

人々を導く器を持つ者、

天を治めるに相応しい者、

彷徨う魂を導く力を得た者、

囚われた死者を救える者、

幼い紅き月が待ち望む者、

そして、博麗の巫女にとって必要な者。

 

彼らという新たな歯車は、この世界をどう変えて行くのであろうか。

 

新たな歯車を迎え入れた幻想郷は、ゆっくりとその時を刻み始める。

 

 

物語は、静かに始まりを告げた。

 

 

 




ここから物語は進んでいきます。
展開もう少し急いだ方が良いかもしれない。
文章を考えるのは大変ですが、がんばります。
おぜう様は、考え事をしていると周りが見えなくなるタイプだと個人的には思います。
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