神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed.   作:左右手

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色々の都合がつかず、投稿が遅れてしまいました。
少々この時期は忙しくなる為、予定通りの投稿が難しいかもしれません。


-あらすじ-
冬が終わらない。いつまでも寒い現状に苛立ち、異変解決に赴こうとする霊夢。
しかし、リハビリでブランクがあった彼女は、魔理沙の弾幕すら避けれなかった。
結局、異変解決は柴芭に任せ、彼女は一人、おるすばんすることになったのだ。



マヨヒガの黒猫

魔理沙、咲夜、柴芭の三名は、魔法の森へ向かって一直線に飛んでいく。

突き刺すような冷たい風に乗った雪が顔に当たる度に、彼らは一様に顔を顰める。

 

「冷たいというより、痛いなこりゃ」

 

帽子に被った雪を手で払い除けながら、魔理沙がそう呟く。

 

「全くね…。 あーあ、早い所終わらせて帰りたいわ」

 

御自慢のメイド服に付いた雪を払いながら、咲夜が魔理沙の言葉に同調する。

 

「……」

 

相変わらず、柴芭は言葉を発さない。

だが、上着の襟部分の羽毛に雪が混じるのを見て顔を顰めている辺り、彼も憤っている事が窺える。

 

その会話を最後に、咲夜は再び、向けたくもないであろう前方に目を向ける。

休みなく雪を降らせ続ける分厚い雲を、恨みがまし気に睨みつけ、魔理沙も再び前方に意識を集中させる。

 

「さてさて、お邪魔虫の登場だ」

 

魔理沙はそう言って、ポケットにしまっていた八卦炉を取り出し、臨戦態勢に入る。

 

その辺を飛んでいた数匹の妖精が、此方の存在に気が付いたのか、悪戯のつもりで彼らに向けて弾幕を放ってきた。

柴芭よりも前を飛んでいた魔理沙と咲夜は、その弾幕を僅かな動作で軽々と回避する。

後方にいた柴芭は、二人が回避した事により、その弾幕にそのまま襲われる形となった。

 

だが、柴芭は弾幕を前にしても、動揺一つ見せる事は無い。

外の世界のスポーツ競技等で見られる『スラローム』のように、空を蹴り、右へ左へと蛇行し、迫り来る弾幕を紙一重で回避していく。

 

まるで地上にいるかのような動作で、自在に空中を走っていく柴芭。

その姿を横目で見ていた魔理沙は、「ヒュー♪」と口笛を吹き、咲夜と共に、弾幕を放ってきた妖精を蹴散らした。

 

妖精の奇襲を涼しい顔で切りぬけた彼らは、再び魔法の森に進路を取り、進み続ける。

 

 

「さーて、もう少し進むと魔法の森に辿りつく訳だが…」

 

飛行を続ける最中、魔理沙が後ろを振り向かずに、そう咲夜と柴芭に語りかける。

 

「訳だが…何よ?」

 

含みのある言動を取る魔理沙に対し、怪訝そうな表情で問いかける咲夜。

咲夜の問い掛けを受け、魔理沙は改めて彼らの方に振り返り、自身の後方を指差して答える。

 

「どうやら、進んでる途中で湖の近くに出ちまったようだ。 さっきからこの辺、霧が出てるだろう?」

 

魔理沙が指差す先は濃霧に覆われており、数M手前から既に前方が見えない程であった。

その言葉通り、彼らは魔法の森へと向かうコースから少し逸れ、霧の湖の方へと進路を取っていたのだ。

 

「本当だわ。 …けど、一体どうして? 一直線に進んでいた筈なのに…」

 

眉を潜め、首を傾げる咲夜。

 

咲夜の言う通り、彼らは博麗神社を発ってから今の今まで、ずっと一直線に進路を取っていた。

その為、本来であれば今は魔法の森に到着している筈なのだ。故に、咲夜は疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「おそらく、妖精の仕業だな」

 

唐突に告げられた魔理沙の言葉に、咲夜と柴芭が同時に反応する。

 

「私達の気を惹いて、意図的に進路を逸らせたか…或いは、視覚を弄ったり、景色を変化させる能力を持った妖精が中にいたのか…どちらにせよ、私達はハメられた訳だな」

 

腕を組み、至って冷静にそう考察をする魔理沙。

人間でありながら魔法使いでもある彼女は、常人以上の胆力や観察力を持ち得ている。

故に、普通の人間であれば慌てふためくであろう状況であろうとも、彼女は冷静に思考、判断する。

 

その冷静さは、時として霊夢すら称賛する程でもあるという。

常に彼女の傍らで異変解決に携わってきた彼女だからこそ、そういった信頼も大きいのだろう。

 

「全く、厄介な真似をしてくれるわね…」

 

腕を組み、頬を膨らませ、「帰りが遅くなっちゃうじゃない」と憤慨する咲夜。

無論、人間よりも格下の存在である妖精()()にハメられたという事実に対する苛立ちも含まれているであろうが、瀟洒である彼女は、その感情を表に出す事は無い。

 

「ああ、厄介だ。 …だが、それ以上の厄介がやってきたようだぜ」

 

咲夜の言葉に頷きつつも、更なる脅威が訪れた事を示唆する言葉を零す魔理沙。

柴芭と咲夜は、魔理沙が視線を向ける方向へ、同じく視線を向ける。

 

 

その視線の先には、柔和な笑みを浮かべた一人の女性の姿。

青色をしたロングスカートの上に、エプロンのような物を身につけている。ゆったりとした白い服の上には、スカートと同じく青色のベストを着用しており、左胸部分には、三叉槍(トライデント)を彷彿とさせる形状をしたブローチを付けている。

頭に巻いたターバンと、薄紫のショートボブの髪を風に揺らし、薄く見開いた紫の瞳で、眼前の三人を見つめている。

 

「何の用だ? レティ・ホワイトロック」

 

真正面に対峙する魔理沙は、その女性―レティ・ホワイトロックに対し、そう問いかける。

 

「あら、冷たいわねぇ。 …冬だけに」

 

おどけた様子で肩をすくめ、そう言葉を返すレティ。

 

「この季節にお前を見かけると、大抵ロクな事が無いんでな。

…もう一度聞く、何の用だ? 用が無いなら、さっさと何処かへ行って欲しいんだが」

 

さり気無い彼女の洒落を無視し、早口にそう言い切る魔理沙。

 

レティ・ホワイトロックは、冬の間だけその姿を現すと言われている妖怪である。

事実、冬の季節以外で彼女を目撃したという証言は今までに無い。

 

冬場は彼女の天下である以上、多くの人間にとって、彼女との邂逅は(おの)の不運を意味する。

妖怪退治の仕事を励行していた霊夢と、常にその傍らに立っていた魔理沙は、レティの存在を認知しており、この出会いも、彼女にとっては初めての事では無い。

 

「もう、せっかちねぇ。 何をそんなに急いでいるっていうのよ?」

 

対するレティは、いかにも『のんびり』といった調子でそう問いかける。

 

「私達は、この異変を解決する為に急いでいるんだ。

邪魔しようって言うんなら、かかってきな。 すぐに沈めてやる」

 

そう息巻いて、八卦炉をレティの顔前に突きつける魔理沙。

 

「あら、やっぱりそうだったの。 …でも、別に邪魔しようとは思わないわよ」

 

それでも尚、レティはおっとりとした口調でそう返す。

その言葉に対し、心底意外そうに眼を見開き、八卦炉を下ろす魔理沙。

 

「…意外だな。 お前の事だから、血眼になって止めるものかと思ってたんだが…」

 

魔理沙の言葉を受け、小さく溜息を吐き、「やれやれ」といった様子で首を振るレティ。

その動作に若干眉を顰めた魔理沙を歯牙にも掛けず、レティは答えを返す。

 

「季節は移り変わるものよ。 私はただ、そこにある冬を満喫しているに過ぎないわ」

 

レティはそう言って、小さく指を振るう。すると、辺りに降る雪が自在に舞う。

「あるがままの自然を受け入れる」事こそが彼女のモットーであり、矜持でもあった。

 

「なら、一体何が目的で私達の前に?」

 

レティの行動に疑問を抱いた咲夜が、そう問いかける。

 

異変解決の邪魔立てをする気が無いのであれば、一体何故対峙するのか。

その問いかけを受け、レティは顎に右手の人差し指を当てて、暫く考え込んだ後、口を開く。

 

「そうねぇ…強いて言うなれば、気になる人がいたからかしら?」

 

レティの答えは、咲夜にとってはいまいち要領を得ないものだった。

 

「気になる人?」

 

その言葉の続きが気になったのか、催促するようにそう反芻する魔理沙。

 

「ええ。 あの氷精が名前を覚える人間が、どんな人なのか…って、思ってね」

 

薄く開いていたレティの目が少しだけ大きく見開かれ、深淵を覗くような怪しげな瞳で、魔理沙と咲夜の後方にいる柴芭を見つめる。

その視線の先の柴芭は、変わらず無表情のまま、その灰色の眼でレティを睥睨する。

 

二人は、互いに視線の先の相手を見据える。

両者の間に火花でも散っているかのように、得も言われぬプレッシャーが周囲を覆う。

 

普段はおっとりとした様子のレティが放つ奇妙な威圧感と、無表情の柴芭から放たれる尋常ならざる気迫を受け、思わず息を呑む魔理沙と咲夜。

 

暫し睨み合いが続いた後、レティは眼を閉じる。

 

「…へぇ、成程ね。 やっぱり、そうなんだ」

 

何処か意味有り気に、そう呟くレティ。

その言葉の本意を、この場にいる彼女以外の者達は、誰一人として理解できなかった。

 

「悪かったわね、時間取らせて。 用事はもう済んだわよ。 それじゃ、精々異変解決頑張ってね~。

私はここで、残り少ない冬を満喫させてもらうわ。 …迷いの霧に、気を付けてね」

 

最後に柴芭を一瞥し、そのままレティは何処かへと飛び去っていった。

 

その場に残された三人は、暫く唖然としていたが、漸く魔理沙が口を開く。

 

「…なんだったんだ、アイツは」

 

呆れたような表情でそう呟く魔理沙。

 

「言うだけ言って、そのまま何処かへ行ってしまったわね…」

 

咲夜も、同じく呆れた様子で、レティが去っていった方角を見つめる。

表情こそ変わらないが、柴芭もまた、内心では『一体何がしたかったんだ』と疑問に思っていた。

 

「…それにしても、さっきよりも霧が濃くなっているな」

 

魔理沙がそう呟けば、二人は辺りを見回す。

見れば、周囲には尋常では無い程の霧が立ち込めており、大地を覆う雪と相まって、彼らの目に移る光景は“白一色”に染まっていた。

 

「…これは、濃すぎじゃないかしら?」

 

流石に疑問を抱いたのか、咲夜がそう魔理沙に問いかける。

 

「…だな。 私も今まで何度も湖に来てはいるが、ここまで濃い霧に覆われている事は無かったな」

 

数Mの視界が完全に白に覆われた現状を見て、魔理沙はそう回想する。

 

「とりあえず、魔法の森の方角に進む…と、言いたいところだが、今じゃそれすら分からないな」

 

そう提案しようとした魔理沙だが、寸での所でその言葉を呑みこみ、考えを否定する。

先の妖精の妨害や、現在の濃霧も相まって、魔理沙には進む道も戻る道も分からなくなっていた。

 

それは咲夜や柴芭も同じようで、その言葉に対して何ら意見をする事も無く、ただ眼前の白を見ては、溜息を吐くばかりであった。

 

「一時的にでも、この霧が晴れれば……そうだ、柴芭」

 

そう言いかけた所で、何かを思いついたのか、眼を見開いて、柴芭の方を振り返る咲夜。

 

「貴方、()()()時凄い風を起こしていたじゃない? それを使えば、この霧も…」

 

咲夜の言う「あの時」とは、かつて紅霧異変において、紅魔館の廊下で柴芭と戦った時の事である。

羽ばたいただけで窓ガラスを粉砕し、自身を廊下の端まで吹き飛ばした半透明の翼を思い出し、その発言をするに至ったという次第である。

 

「…分かった」

 

柴芭は短くそう答えると、背中に意識を集中させる。

全身に滾っていた霊力を背中に集中させると、次第にその背が光を湛えていく。

 

光が晴れ、轟音と共に、その背に巨大な竜の翼が出現する。

以前と同じく、その姿は半透明のままであるが、心なしか以前よりも翼が大きくなっているように、咲夜には思えた。

 

「何度見ても、すごい迫力ね…。

さぁ、下がって魔理沙。 今から凄い衝撃が来るでしょうからね」

 

魔理沙にそう呼びかけ、咲夜はその場から10M程距離を取る。

 

「ああ、分かっている。 帽子が飛ばないように注意だな。

お前こそ、ちゃんとスカートを押さえて無いと、めくられちまうぞ?」

 

咲夜の呼びかけに応じるように、魔理沙も帽子を押さえながら距離を取る。

 

「人一人軽く吹き飛ぶ威力なのに、そんなこと気にしてる余裕なんて無いわよ」

 

嘗てその風を間近で喰らった経験のある咲夜は、肩をすくめて苦笑する。

そんな咲夜の態度を見て、魔理沙もまた笑みを浮かべる。

 

「それもそう……ッ!?」

 

そう言いかけた魔理沙の言葉は、そこで途切れた。

 

突如吹き荒れた凄まじい強風に煽られ、思わず両手で視界を覆ったからだ。

その傍らにいた咲夜も、当然スカートを抑えること等忘れ、唯只管に両手で顔を防いでいた。

 

凄まじい風圧によって、辺りを覆っていた霧が悉く晴れて行く。

 

数秒と経たぬ内に、周囲の霧は完全に消えて無くなっていた。

 

風が止んだ事を悟った魔理沙は、その風の元凶であろう人物の名を呼ぶ。

 

「柴芭ぁ! やるんなら合図とか出せよ!」

 

その名を呼ばれた当人は、背から生えた翼を霧散させ、ゆっくりと声の方向に振り返り、

 

「…最大威力、自己ベストだ」

 

無駄に清々しい表情で、そう言ってのけた。

 

「…時々、貴方のキャラが分からなくなるわ」

 

滅多に見られない柴芭の表情の変化に驚き、眼を見開く魔理沙を尻目に、咲夜は呆れ半分で溜息を吐いた。

 

 

「…ところで、ここは一体何処だ?」

 

再び調子を取り戻した魔理沙は、その場でぐるりと一周し、辺りを見回す。

それに倣い、咲夜と柴芭も同じように辺りを見回す。

 

先程まで見えていた、雪と霧に覆われ、辺りに平地や木々が広がる光景は、いつの間にか、辺りに平屋の建造物が散見する山中の光景へと様変わりしていた。

 

「…良く分からんが、ここはさっきの場所とは違うと見て、まず間違いないだろう」

 

先程までとは全く違った光景を前にしても、魔理沙は何ら慌てた様子は見せない。

突如見知らぬ場所に迷い込む等、彼女にとっては取るに足らない事象なのか、或いは、それが幻想郷という世界なのだという諦観があるのか、それは彼女自身にしか分からない。

 

物思いに耽るように空を見上げていた柴芭は、おもむろに口を開く。

 

「迷いの霧…」

 

柴芭の口から放たれたのは、先のレティが去り際に告げた言葉の一節。

その言葉に反応し、咲夜は再び辺りを見回し始める。

 

「そういえば、あの妖怪はそんな事を言っていたわね。 ひょっとすると、これが…?」

 

 

『そう、迷いの霧だよ』

 

 

声のした方向に目を向ければ、そこには一人の少女が立っていた。

 

活発そうな印象を与える赤いミニスカート、長袖の白いシャツの上に、スカートと同じく赤いベストを身につけており、その胸元には白い大きなリボンが目立つ。緑の帽子の下には、これまた活発そうな印象を与えるショートボブの茶色い髪。

その髪からは、片側にピンを留めた獣の耳が生え、下半身に目を向ければ、二本の尻尾がゆらゆらと風に乗って左右に揺れている。

人間には無い特徴を持つこの少女は、少なくとも人間では無いのだろう。その場にいた彼らは、全員頭の中で同じ意見を抱いた。

 

その少女は、後ろ手を汲みながら、一歩一歩、彼らの元へと歩み寄り、彼我の距離およそ数Mといった所で足を止め、更に言葉を紡ぐ。

 

「そして、ここは迷い家(マヨヒガ)。 あなた達は、ここに迷い込んじゃったんだよ」

 

その少女が告げた言葉に、三人は三様に首を傾げ、黙し、沈吟する。

 

そんな中、不意に魔理沙が口を開く。

 

「そういや、聞いた事があるな。 湖の近くを歩いていたら、何処からともなく深い霧が立ち込めて、不思議な場所へ迷い込んだって話をさ」

 

魔理沙の話に、文字通り『耳を傾けて』いた少女は、その言葉に数度頷く。

その反応を見て、その噂話が真実であろうと、咲夜は確信し、おもむろに口を開く。

 

「迷い込んだという話が残っているということは、つまり生還したという事ね。

なら、出口を探しましょう。 こんな所で油を売っている暇は無いわ…」

 

 

そう吐き捨てて、振り返ろうとした矢先、咲夜の頬を弾幕が掠める。

 

「そう簡単に、ここからは出られないよ」

 

弾幕の打ち出された場所に眼を向ければ、長い爪を剥き出しにし、餓えた獣のように鋭い視線で彼らを睨みつける少女の姿があった。

 

その弾幕に呼応するかのように、咲夜は数本のナイフを構え、魔理沙は大きく溜息を吐く。

 

「…やれやれ、(やっこ)さんやる気のようだな。 どうする?」

 

魔理沙の問い掛けに、咲夜は顔を正面に向けたまま答える。

 

「さあ? とりあえず、アレを倒してから考えますわ」

 

咲夜の発言が気に障ったのか、少しだけ顔を顰める少女。

 

「アレじゃなくて、(チェン)って名前があるわよ。 それに、人間が私に勝てると思うの?」

 

橙と名乗ったその少女は、帽子を外し、中からスペルカードを取り出した後、再び被り直す。

その真正面に対峙する咲夜は、構えていたナイフを仕舞い、下を向いて、静かに溜息をひとつ吐く。

 

「…そう、試してみたいのね」

 

そして、ゆっくりと顔を上げ、その手にあったスペルカードを構える。

 

 

「先手必勝! 式符『飛翔晴明』!」

 

先に動いたのは、橙の方だった。

 

スペルカードを宣言すると同時に、素早く辺りを飛び回る橙。

その軌道は五芒星を描いているように見え、その星の頂点には、それぞれ謎の光る球体が置かれている。

 

球体を訝しげに見つめる咲夜を他所に、橙は声高らかに叫ぶ。

 

「さぁ、弾けろ!」

 

その掛け声と共に、その光る球体が弾けた。

それと同時に、そこから大量の弾幕が撃ち出され、咲夜目掛けて飛んでいく。

 

その量と密度は、雑多な妖精や妖怪が放つような()()とは比較にならないレベルだが、その弾幕を前にしても、咲夜は表情一つ変えない。

 

 

自身が立つ場所から僅かに移動するだけで、それらの弾幕を全て回避した。

厳密にいえば、その弾幕が自身に到達する前に、自身の『時を操る程度の能力』を用いて、自身の周囲における時間の流れを早める事により、あたかも、数歩動いただけで弾幕を回避したようにみせたのだ。

 

無論、そんな事実を知る由も無い橙は、驚愕に眼を見開く。

 

「嘘…。 人間って、こんなに強いの…!? …ま、マグレよ! そうに違いないわ!」

 

自身の脳裏に過った不安を払拭するかのように、首を左右に振り、直前の言葉を否定する橙。

そして、すぐに咲夜の方へ向き直り、彼女を指差しながら再び宣言する。

 

「少し油断してたわ。 けど、もう容赦しないんだから!」

 

その宣言の刹那、空へと飛び上がり、建物の屋根へと降り立つ橙。

対する咲夜は、相も変わらず無表情で橙の方向を見つめる。

 

そして、橙は体を前倒しにし、四足歩行の姿勢になると、そのまま屋根の上を猫のように素早く駆ける。最も、化け猫たる彼女の場合、それが本来の動きなのかも知れないが。

 

 

建物の屋根から屋根へ、目にも止まらぬ速度で飛び交う橙。

普通の人間ならば、その速度は最早目ですら追えない域に達していた。

 

圧倒的な素早い動きによって、橙は見事に咲夜を翻弄していると言えるだろう。

 

その咲夜が、『常に正確に橙のいる方向に目を向け』ていなければ、だが。

 

 

「…ッ!? 馬鹿な…あいつ、一体どうして…!?」

 

自分の姿が完全に目で追われていると知った橙は、先程以上に愕然とした表情になる。

 

 

これもまた、咲夜の能力による物である。

 

咲夜自身、動体視力は人並み以上にあるものの、超人的な域までは達していない。

自身以外の時の進みを遅くする事で、素早い橙の動きも目で追えるようになったのだ。

 

その様子は、時間の進む感覚が変わらぬ他の者からすれば、咲夜が凄まじい反応速度で、橙の姿を目で追っているようにしか見えないのである。

 

 

これ以上動きまわるのは愚策と悟ったか、橙は一番大きな建物の屋根の上でブレーキを掛け、その勢いで空高く跳び上がる。

 

「こうなったら…一気に勝負を決めてやるっ! 『仙符「屍解永遠」』!」

 

そのスペルカードが宣言されると同時に、橙を中心に弾幕が広がっていく。

それらの弾幕は、徐々に大きく広がって行き、やがて上空に巨大な(無限)を描く程の大きさになる。

 

 

地上に向けて降り注ぐ無数の弾幕を前に、無表情を通していた咲夜が、不意に口元に弧を描く。

 

「まぁ、素敵。 血のように赤い弾幕だなんて…なんだか、ゾクゾクしてきてしまいますわ」

 

空を多く赤い垂れ幕を前に、悍ましくも妖艶な笑みを浮かべる咲夜。

 

恐らく、その表情を見た誰もが、背筋に何か奔る物を感じ、鳥肌が立つ感覚を覚えた事だろう。

 

「ひぃっ…」

 

それは、橙とて例外では無いようで、咲夜の目を見た瞬間、悲鳴にも似た声を上げる。

それと同時に、自身の二本の尻尾を丸めて、腹部へと持って来たのは、防衛本能故の行動なのだろうか、それはきっと、彼女自身にしか分からない。

 

 

「お望み通り、一気に勝負を決めてあげるわ。 『幻符「ジャック・ザ・リッパー」』!」

 

スペル宣言と共に、手に持ったスペルカードが光に包まれる。

数秒と立たぬ内に、スペルカードを覆っていた光が晴れる。彼女が手に持っていたスペルカードは、何時の間にか数本のナイフに代わっていた。

 

そのナイフに光が反射した瞬間、橙はその場でビクッと跳ね、尻尾の毛を逆立てる。

 

「そんなにおびえなくても、大丈夫よ。 だって…」

 

その言葉の続きを言い終わる前に、咲夜は突如その場から消える。

突如として消えた咲夜の居場所を特定すべく、辺りを見回す橙。

 

 

次の瞬間、咲夜は彼女の背後にいた。

呆気に取られる橙に、咲夜は静かに言葉を投げかける。

 

「もう、戦いは終わっているもの」

 

その言葉と共に、無数のナイフが橙の周囲を取り囲む。

 

あまりの出来事に身動き、一つ取れず、そのまま橙はナイフの餌食となった。

 

 

哀れなる化け猫の断末魔が、マヨヒガに響いた。

 

 

 

 

「…ふぅ、終わった終わった」

 

大きく溜息を吐きながら、二人が待つ場所へと歩いていく咲夜。

言動とは裏腹に、その表情に疲れの色は見受けられない。彼女にとっては、準備運動にすらならない児戯であったということなのだろうか。

 

「さぁ、アレは倒したし、さっさとここを抜けだして…って、二人ともどうしたの?」

 

ナイフに付着した血を舐め取りながらそう告げる咲夜を、二人はなんともいえぬ表情で見つめるのだった。

 

 

『頼りになるが、おっかない』

 

再び霧に包まれ行くマヨヒガにて、魔理沙と柴芭は、咲夜の事をそう捉えるようになった。

 

 

 




黒幕の出番が無いと言ったな。あれは嘘だ。
むしろ、こっちの方がメインになった気さえします…タイトルに偽り有r

レティ・ホワイトロック…長き時を生きる妖怪の一人でもある彼女は、何を知り、何を視るのか。
それはきっと、彼女にしか分からない。


今回は咲夜さんに戦ってもらいました。
大した見せ場も無いですが、能力はフル活用でいきました。

はっきり言って、1~2ボス程度にそこまで描写を割きたくないのです。
原作でも実際そんなものなんですよね、序盤の敵って。本命は後に控えているから…(震え声)
難易度Lunaticでもない限りは、特に苦戦も何も無く勝てる存在。それが序盤のボスの宿命なのです。

…というより、これはSTGのボス全体に言える事かもしれませんね。(ただし、怒首領蜂シリーズを除いて)


次回、「ブクレシュティの人形師」。タイトルで、誰が来るのか、丸わかり(季語無し)
6月1日、投稿予定です。


◇今回登場したスペルカード◇

レティ戦を省いたせいか、かなり少なめです。

式符「飛翔晴明」
橙のスペルカード。五芒星を描く飛翔。
星型に飛んで、その角に光球を残し、それが炸裂して弾幕になる。
由来は、平安時代の陰陽師「阿部晴明」と、その桔梗印から。
Hardで陰陽「道満晴明」に、Lunaticで陰陽「晴明大紋」になる。
ドーマンセーマン、ドーマンセーマン。

仙符「屍解永遠」
橙のスペルカード。いんふぃにてぃ・もーめんと。
∞の字を描くように弾幕が飛んでいく。シンプルながら、見栄えは良い。
「屍解」とは、魂だけが仙人になり、体だけが残るという古代中国由来の言葉。
「尸解」と書かれる事もある。そういや、東方キャラにも尸解仙がいたような…?

幻符「ジャック・ザ・リッパー」
咲夜のスペルカード。切り裂きジャック。
時を止めて、無数のナイフを展開して相手を切り裂く。
切り裂きジャックは、殺害に鋭利な刃物を用いた事で有名な連続猟奇殺人犯。
様々な作品に彼のオマージュ要素が登場する辺り、ある意味では人気者と言えるかもしれない。



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