神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed. 作:左右手
少々この時期は忙しくなる為、予定通りの投稿が難しいかもしれません。
-あらすじ-
冬が終わらない。いつまでも寒い現状に苛立ち、異変解決に赴こうとする霊夢。
しかし、リハビリでブランクがあった彼女は、魔理沙の弾幕すら避けれなかった。
結局、異変解決は柴芭に任せ、彼女は一人、おるすばんすることになったのだ。
魔理沙、咲夜、柴芭の三名は、魔法の森へ向かって一直線に飛んでいく。
突き刺すような冷たい風に乗った雪が顔に当たる度に、彼らは一様に顔を顰める。
「冷たいというより、痛いなこりゃ」
帽子に被った雪を手で払い除けながら、魔理沙がそう呟く。
「全くね…。 あーあ、早い所終わらせて帰りたいわ」
御自慢のメイド服に付いた雪を払いながら、咲夜が魔理沙の言葉に同調する。
「……」
相変わらず、柴芭は言葉を発さない。
だが、上着の襟部分の羽毛に雪が混じるのを見て顔を顰めている辺り、彼も憤っている事が窺える。
その会話を最後に、咲夜は再び、向けたくもないであろう前方に目を向ける。
休みなく雪を降らせ続ける分厚い雲を、恨みがまし気に睨みつけ、魔理沙も再び前方に意識を集中させる。
「さてさて、お邪魔虫の登場だ」
魔理沙はそう言って、ポケットにしまっていた八卦炉を取り出し、臨戦態勢に入る。
その辺を飛んでいた数匹の妖精が、此方の存在に気が付いたのか、悪戯のつもりで彼らに向けて弾幕を放ってきた。
柴芭よりも前を飛んでいた魔理沙と咲夜は、その弾幕を僅かな動作で軽々と回避する。
後方にいた柴芭は、二人が回避した事により、その弾幕にそのまま襲われる形となった。
だが、柴芭は弾幕を前にしても、動揺一つ見せる事は無い。
外の世界のスポーツ競技等で見られる『スラローム』のように、空を蹴り、右へ左へと蛇行し、迫り来る弾幕を紙一重で回避していく。
まるで地上にいるかのような動作で、自在に空中を走っていく柴芭。
その姿を横目で見ていた魔理沙は、「ヒュー♪」と口笛を吹き、咲夜と共に、弾幕を放ってきた妖精を蹴散らした。
妖精の奇襲を涼しい顔で切りぬけた彼らは、再び魔法の森に進路を取り、進み続ける。
「さーて、もう少し進むと魔法の森に辿りつく訳だが…」
飛行を続ける最中、魔理沙が後ろを振り向かずに、そう咲夜と柴芭に語りかける。
「訳だが…何よ?」
含みのある言動を取る魔理沙に対し、怪訝そうな表情で問いかける咲夜。
咲夜の問い掛けを受け、魔理沙は改めて彼らの方に振り返り、自身の後方を指差して答える。
「どうやら、進んでる途中で湖の近くに出ちまったようだ。 さっきからこの辺、霧が出てるだろう?」
魔理沙が指差す先は濃霧に覆われており、数M手前から既に前方が見えない程であった。
その言葉通り、彼らは魔法の森へと向かうコースから少し逸れ、霧の湖の方へと進路を取っていたのだ。
「本当だわ。 …けど、一体どうして? 一直線に進んでいた筈なのに…」
眉を潜め、首を傾げる咲夜。
咲夜の言う通り、彼らは博麗神社を発ってから今の今まで、ずっと一直線に進路を取っていた。
その為、本来であれば今は魔法の森に到着している筈なのだ。故に、咲夜は疑問を抱かずにはいられなかった。
「おそらく、妖精の仕業だな」
唐突に告げられた魔理沙の言葉に、咲夜と柴芭が同時に反応する。
「私達の気を惹いて、意図的に進路を逸らせたか…或いは、視覚を弄ったり、景色を変化させる能力を持った妖精が中にいたのか…どちらにせよ、私達はハメられた訳だな」
腕を組み、至って冷静にそう考察をする魔理沙。
人間でありながら魔法使いでもある彼女は、常人以上の胆力や観察力を持ち得ている。
故に、普通の人間であれば慌てふためくであろう状況であろうとも、彼女は冷静に思考、判断する。
その冷静さは、時として霊夢すら称賛する程でもあるという。
常に彼女の傍らで異変解決に携わってきた彼女だからこそ、そういった信頼も大きいのだろう。
「全く、厄介な真似をしてくれるわね…」
腕を組み、頬を膨らませ、「帰りが遅くなっちゃうじゃない」と憤慨する咲夜。
無論、人間よりも格下の存在である妖精
「ああ、厄介だ。 …だが、それ以上の厄介がやってきたようだぜ」
咲夜の言葉に頷きつつも、更なる脅威が訪れた事を示唆する言葉を零す魔理沙。
柴芭と咲夜は、魔理沙が視線を向ける方向へ、同じく視線を向ける。
その視線の先には、柔和な笑みを浮かべた一人の女性の姿。
青色をしたロングスカートの上に、エプロンのような物を身につけている。ゆったりとした白い服の上には、スカートと同じく青色のベストを着用しており、左胸部分には、
頭に巻いたターバンと、薄紫のショートボブの髪を風に揺らし、薄く見開いた紫の瞳で、眼前の三人を見つめている。
「何の用だ? レティ・ホワイトロック」
真正面に対峙する魔理沙は、その女性―レティ・ホワイトロックに対し、そう問いかける。
「あら、冷たいわねぇ。 …冬だけに」
おどけた様子で肩をすくめ、そう言葉を返すレティ。
「この季節にお前を見かけると、大抵ロクな事が無いんでな。
…もう一度聞く、何の用だ? 用が無いなら、さっさと何処かへ行って欲しいんだが」
さり気無い彼女の洒落を無視し、早口にそう言い切る魔理沙。
レティ・ホワイトロックは、冬の間だけその姿を現すと言われている妖怪である。
事実、冬の季節以外で彼女を目撃したという証言は今までに無い。
冬場は彼女の天下である以上、多くの人間にとって、彼女との邂逅は
妖怪退治の仕事を励行していた霊夢と、常にその傍らに立っていた魔理沙は、レティの存在を認知しており、この出会いも、彼女にとっては初めての事では無い。
「もう、せっかちねぇ。 何をそんなに急いでいるっていうのよ?」
対するレティは、いかにも『のんびり』といった調子でそう問いかける。
「私達は、この異変を解決する為に急いでいるんだ。
邪魔しようって言うんなら、かかってきな。 すぐに沈めてやる」
そう息巻いて、八卦炉をレティの顔前に突きつける魔理沙。
「あら、やっぱりそうだったの。 …でも、別に邪魔しようとは思わないわよ」
それでも尚、レティはおっとりとした口調でそう返す。
その言葉に対し、心底意外そうに眼を見開き、八卦炉を下ろす魔理沙。
「…意外だな。 お前の事だから、血眼になって止めるものかと思ってたんだが…」
魔理沙の言葉を受け、小さく溜息を吐き、「やれやれ」といった様子で首を振るレティ。
その動作に若干眉を顰めた魔理沙を歯牙にも掛けず、レティは答えを返す。
「季節は移り変わるものよ。 私はただ、そこにある冬を満喫しているに過ぎないわ」
レティはそう言って、小さく指を振るう。すると、辺りに降る雪が自在に舞う。
「あるがままの自然を受け入れる」事こそが彼女のモットーであり、矜持でもあった。
「なら、一体何が目的で私達の前に?」
レティの行動に疑問を抱いた咲夜が、そう問いかける。
異変解決の邪魔立てをする気が無いのであれば、一体何故対峙するのか。
その問いかけを受け、レティは顎に右手の人差し指を当てて、暫く考え込んだ後、口を開く。
「そうねぇ…強いて言うなれば、気になる人がいたからかしら?」
レティの答えは、咲夜にとってはいまいち要領を得ないものだった。
「気になる人?」
その言葉の続きが気になったのか、催促するようにそう反芻する魔理沙。
「ええ。 あの氷精が名前を覚える人間が、どんな人なのか…って、思ってね」
薄く開いていたレティの目が少しだけ大きく見開かれ、深淵を覗くような怪しげな瞳で、魔理沙と咲夜の後方にいる柴芭を見つめる。
その視線の先の柴芭は、変わらず無表情のまま、その灰色の眼でレティを睥睨する。
二人は、互いに視線の先の相手を見据える。
両者の間に火花でも散っているかのように、得も言われぬプレッシャーが周囲を覆う。
普段はおっとりとした様子のレティが放つ奇妙な威圧感と、無表情の柴芭から放たれる尋常ならざる気迫を受け、思わず息を呑む魔理沙と咲夜。
暫し睨み合いが続いた後、レティは眼を閉じる。
「…へぇ、成程ね。 やっぱり、そうなんだ」
何処か意味有り気に、そう呟くレティ。
その言葉の本意を、この場にいる彼女以外の者達は、誰一人として理解できなかった。
「悪かったわね、時間取らせて。 用事はもう済んだわよ。 それじゃ、精々異変解決頑張ってね~。
私はここで、残り少ない冬を満喫させてもらうわ。 …迷いの霧に、気を付けてね」
最後に柴芭を一瞥し、そのままレティは何処かへと飛び去っていった。
その場に残された三人は、暫く唖然としていたが、漸く魔理沙が口を開く。
「…なんだったんだ、アイツは」
呆れたような表情でそう呟く魔理沙。
「言うだけ言って、そのまま何処かへ行ってしまったわね…」
咲夜も、同じく呆れた様子で、レティが去っていった方角を見つめる。
表情こそ変わらないが、柴芭もまた、内心では『一体何がしたかったんだ』と疑問に思っていた。
「…それにしても、さっきよりも霧が濃くなっているな」
魔理沙がそう呟けば、二人は辺りを見回す。
見れば、周囲には尋常では無い程の霧が立ち込めており、大地を覆う雪と相まって、彼らの目に移る光景は“白一色”に染まっていた。
「…これは、濃すぎじゃないかしら?」
流石に疑問を抱いたのか、咲夜がそう魔理沙に問いかける。
「…だな。 私も今まで何度も湖に来てはいるが、ここまで濃い霧に覆われている事は無かったな」
数Mの視界が完全に白に覆われた現状を見て、魔理沙はそう回想する。
「とりあえず、魔法の森の方角に進む…と、言いたいところだが、今じゃそれすら分からないな」
そう提案しようとした魔理沙だが、寸での所でその言葉を呑みこみ、考えを否定する。
先の妖精の妨害や、現在の濃霧も相まって、魔理沙には進む道も戻る道も分からなくなっていた。
それは咲夜や柴芭も同じようで、その言葉に対して何ら意見をする事も無く、ただ眼前の白を見ては、溜息を吐くばかりであった。
「一時的にでも、この霧が晴れれば……そうだ、柴芭」
そう言いかけた所で、何かを思いついたのか、眼を見開いて、柴芭の方を振り返る咲夜。
「貴方、
咲夜の言う「あの時」とは、かつて紅霧異変において、紅魔館の廊下で柴芭と戦った時の事である。
羽ばたいただけで窓ガラスを粉砕し、自身を廊下の端まで吹き飛ばした半透明の翼を思い出し、その発言をするに至ったという次第である。
「…分かった」
柴芭は短くそう答えると、背中に意識を集中させる。
全身に滾っていた霊力を背中に集中させると、次第にその背が光を湛えていく。
光が晴れ、轟音と共に、その背に巨大な竜の翼が出現する。
以前と同じく、その姿は半透明のままであるが、心なしか以前よりも翼が大きくなっているように、咲夜には思えた。
「何度見ても、すごい迫力ね…。
さぁ、下がって魔理沙。 今から凄い衝撃が来るでしょうからね」
魔理沙にそう呼びかけ、咲夜はその場から10M程距離を取る。
「ああ、分かっている。 帽子が飛ばないように注意だな。
お前こそ、ちゃんとスカートを押さえて無いと、めくられちまうぞ?」
咲夜の呼びかけに応じるように、魔理沙も帽子を押さえながら距離を取る。
「人一人軽く吹き飛ぶ威力なのに、そんなこと気にしてる余裕なんて無いわよ」
嘗てその風を間近で喰らった経験のある咲夜は、肩をすくめて苦笑する。
そんな咲夜の態度を見て、魔理沙もまた笑みを浮かべる。
「それもそう……ッ!?」
そう言いかけた魔理沙の言葉は、そこで途切れた。
突如吹き荒れた凄まじい強風に煽られ、思わず両手で視界を覆ったからだ。
その傍らにいた咲夜も、当然スカートを抑えること等忘れ、唯只管に両手で顔を防いでいた。
凄まじい風圧によって、辺りを覆っていた霧が悉く晴れて行く。
数秒と経たぬ内に、周囲の霧は完全に消えて無くなっていた。
風が止んだ事を悟った魔理沙は、その風の元凶であろう人物の名を呼ぶ。
「柴芭ぁ! やるんなら合図とか出せよ!」
その名を呼ばれた当人は、背から生えた翼を霧散させ、ゆっくりと声の方向に振り返り、
「…最大威力、自己ベストだ」
無駄に清々しい表情で、そう言ってのけた。
「…時々、貴方のキャラが分からなくなるわ」
滅多に見られない柴芭の表情の変化に驚き、眼を見開く魔理沙を尻目に、咲夜は呆れ半分で溜息を吐いた。
「…ところで、ここは一体何処だ?」
再び調子を取り戻した魔理沙は、その場でぐるりと一周し、辺りを見回す。
それに倣い、咲夜と柴芭も同じように辺りを見回す。
先程まで見えていた、雪と霧に覆われ、辺りに平地や木々が広がる光景は、いつの間にか、辺りに平屋の建造物が散見する山中の光景へと様変わりしていた。
「…良く分からんが、ここはさっきの場所とは違うと見て、まず間違いないだろう」
先程までとは全く違った光景を前にしても、魔理沙は何ら慌てた様子は見せない。
突如見知らぬ場所に迷い込む等、彼女にとっては取るに足らない事象なのか、或いは、それが幻想郷という世界なのだという諦観があるのか、それは彼女自身にしか分からない。
物思いに耽るように空を見上げていた柴芭は、おもむろに口を開く。
「迷いの霧…」
柴芭の口から放たれたのは、先のレティが去り際に告げた言葉の一節。
その言葉に反応し、咲夜は再び辺りを見回し始める。
「そういえば、あの妖怪はそんな事を言っていたわね。 ひょっとすると、これが…?」
『そう、迷いの霧だよ』
声のした方向に目を向ければ、そこには一人の少女が立っていた。
活発そうな印象を与える赤いミニスカート、長袖の白いシャツの上に、スカートと同じく赤いベストを身につけており、その胸元には白い大きなリボンが目立つ。緑の帽子の下には、これまた活発そうな印象を与えるショートボブの茶色い髪。
その髪からは、片側にピンを留めた獣の耳が生え、下半身に目を向ければ、二本の尻尾がゆらゆらと風に乗って左右に揺れている。
人間には無い特徴を持つこの少女は、少なくとも人間では無いのだろう。その場にいた彼らは、全員頭の中で同じ意見を抱いた。
その少女は、後ろ手を汲みながら、一歩一歩、彼らの元へと歩み寄り、彼我の距離およそ数Mといった所で足を止め、更に言葉を紡ぐ。
「そして、ここは
その少女が告げた言葉に、三人は三様に首を傾げ、黙し、沈吟する。
そんな中、不意に魔理沙が口を開く。
「そういや、聞いた事があるな。 湖の近くを歩いていたら、何処からともなく深い霧が立ち込めて、不思議な場所へ迷い込んだって話をさ」
魔理沙の話に、文字通り『耳を傾けて』いた少女は、その言葉に数度頷く。
その反応を見て、その噂話が真実であろうと、咲夜は確信し、おもむろに口を開く。
「迷い込んだという話が残っているということは、つまり生還したという事ね。
なら、出口を探しましょう。 こんな所で油を売っている暇は無いわ…」
そう吐き捨てて、振り返ろうとした矢先、咲夜の頬を弾幕が掠める。
「そう簡単に、ここからは出られないよ」
弾幕の打ち出された場所に眼を向ければ、長い爪を剥き出しにし、餓えた獣のように鋭い視線で彼らを睨みつける少女の姿があった。
その弾幕に呼応するかのように、咲夜は数本のナイフを構え、魔理沙は大きく溜息を吐く。
「…やれやれ、
魔理沙の問い掛けに、咲夜は顔を正面に向けたまま答える。
「さあ? とりあえず、アレを倒してから考えますわ」
咲夜の発言が気に障ったのか、少しだけ顔を顰める少女。
「アレじゃなくて、
橙と名乗ったその少女は、帽子を外し、中からスペルカードを取り出した後、再び被り直す。
その真正面に対峙する咲夜は、構えていたナイフを仕舞い、下を向いて、静かに溜息をひとつ吐く。
「…そう、試してみたいのね」
そして、ゆっくりと顔を上げ、その手にあったスペルカードを構える。
「先手必勝! 式符『飛翔晴明』!」
先に動いたのは、橙の方だった。
スペルカードを宣言すると同時に、素早く辺りを飛び回る橙。
その軌道は五芒星を描いているように見え、その星の頂点には、それぞれ謎の光る球体が置かれている。
球体を訝しげに見つめる咲夜を他所に、橙は声高らかに叫ぶ。
「さぁ、弾けろ!」
その掛け声と共に、その光る球体が弾けた。
それと同時に、そこから大量の弾幕が撃ち出され、咲夜目掛けて飛んでいく。
その量と密度は、雑多な妖精や妖怪が放つような
自身が立つ場所から僅かに移動するだけで、それらの弾幕を全て回避した。
厳密にいえば、その弾幕が自身に到達する前に、自身の『時を操る程度の能力』を用いて、自身の周囲における時間の流れを早める事により、あたかも、数歩動いただけで弾幕を回避したようにみせたのだ。
無論、そんな事実を知る由も無い橙は、驚愕に眼を見開く。
「嘘…。 人間って、こんなに強いの…!? …ま、マグレよ! そうに違いないわ!」
自身の脳裏に過った不安を払拭するかのように、首を左右に振り、直前の言葉を否定する橙。
そして、すぐに咲夜の方へ向き直り、彼女を指差しながら再び宣言する。
「少し油断してたわ。 けど、もう容赦しないんだから!」
その宣言の刹那、空へと飛び上がり、建物の屋根へと降り立つ橙。
対する咲夜は、相も変わらず無表情で橙の方向を見つめる。
そして、橙は体を前倒しにし、四足歩行の姿勢になると、そのまま屋根の上を猫のように素早く駆ける。最も、化け猫たる彼女の場合、それが本来の動きなのかも知れないが。
建物の屋根から屋根へ、目にも止まらぬ速度で飛び交う橙。
普通の人間ならば、その速度は最早目ですら追えない域に達していた。
圧倒的な素早い動きによって、橙は見事に咲夜を翻弄していると言えるだろう。
その咲夜が、『常に正確に橙のいる方向に目を向け』ていなければ、だが。
「…ッ!? 馬鹿な…あいつ、一体どうして…!?」
自分の姿が完全に目で追われていると知った橙は、先程以上に愕然とした表情になる。
これもまた、咲夜の能力による物である。
咲夜自身、動体視力は人並み以上にあるものの、超人的な域までは達していない。
自身以外の時の進みを遅くする事で、素早い橙の動きも目で追えるようになったのだ。
その様子は、時間の進む感覚が変わらぬ他の者からすれば、咲夜が凄まじい反応速度で、橙の姿を目で追っているようにしか見えないのである。
これ以上動きまわるのは愚策と悟ったか、橙は一番大きな建物の屋根の上でブレーキを掛け、その勢いで空高く跳び上がる。
「こうなったら…一気に勝負を決めてやるっ! 『仙符「屍解永遠」』!」
そのスペルカードが宣言されると同時に、橙を中心に弾幕が広がっていく。
それらの弾幕は、徐々に大きく広がって行き、やがて上空に巨大な
地上に向けて降り注ぐ無数の弾幕を前に、無表情を通していた咲夜が、不意に口元に弧を描く。
「まぁ、素敵。 血のように赤い弾幕だなんて…なんだか、ゾクゾクしてきてしまいますわ」
空を多く赤い垂れ幕を前に、悍ましくも妖艶な笑みを浮かべる咲夜。
恐らく、その表情を見た誰もが、背筋に何か奔る物を感じ、鳥肌が立つ感覚を覚えた事だろう。
「ひぃっ…」
それは、橙とて例外では無いようで、咲夜の目を見た瞬間、悲鳴にも似た声を上げる。
それと同時に、自身の二本の尻尾を丸めて、腹部へと持って来たのは、防衛本能故の行動なのだろうか、それはきっと、彼女自身にしか分からない。
「お望み通り、一気に勝負を決めてあげるわ。 『幻符「ジャック・ザ・リッパー」』!」
スペル宣言と共に、手に持ったスペルカードが光に包まれる。
数秒と立たぬ内に、スペルカードを覆っていた光が晴れる。彼女が手に持っていたスペルカードは、何時の間にか数本のナイフに代わっていた。
そのナイフに光が反射した瞬間、橙はその場でビクッと跳ね、尻尾の毛を逆立てる。
「そんなにおびえなくても、大丈夫よ。 だって…」
その言葉の続きを言い終わる前に、咲夜は突如その場から消える。
突如として消えた咲夜の居場所を特定すべく、辺りを見回す橙。
次の瞬間、咲夜は彼女の背後にいた。
呆気に取られる橙に、咲夜は静かに言葉を投げかける。
「もう、戦いは終わっているもの」
その言葉と共に、無数のナイフが橙の周囲を取り囲む。
あまりの出来事に身動き、一つ取れず、そのまま橙はナイフの餌食となった。
哀れなる化け猫の断末魔が、マヨヒガに響いた。
「…ふぅ、終わった終わった」
大きく溜息を吐きながら、二人が待つ場所へと歩いていく咲夜。
言動とは裏腹に、その表情に疲れの色は見受けられない。彼女にとっては、準備運動にすらならない児戯であったということなのだろうか。
「さぁ、アレは倒したし、さっさとここを抜けだして…って、二人ともどうしたの?」
ナイフに付着した血を舐め取りながらそう告げる咲夜を、二人はなんともいえぬ表情で見つめるのだった。
『頼りになるが、おっかない』
再び霧に包まれ行くマヨヒガにて、魔理沙と柴芭は、咲夜の事をそう捉えるようになった。
黒幕の出番が無いと言ったな。あれは嘘だ。
むしろ、こっちの方がメインになった気さえします…タイトルに偽り有r
レティ・ホワイトロック…長き時を生きる妖怪の一人でもある彼女は、何を知り、何を視るのか。
それはきっと、彼女にしか分からない。
今回は咲夜さんに戦ってもらいました。
大した見せ場も無いですが、能力はフル活用でいきました。
はっきり言って、1~2ボス程度にそこまで描写を割きたくないのです。
原作でも実際そんなものなんですよね、序盤の敵って。本命は後に控えているから…(震え声)
難易度Lunaticでもない限りは、特に苦戦も何も無く勝てる存在。それが序盤のボスの宿命なのです。
…というより、これはSTGのボス全体に言える事かもしれませんね。(ただし、怒首領蜂シリーズを除いて)
次回、「ブクレシュティの人形師」。タイトルで、誰が来るのか、丸わかり(季語無し)
6月1日、投稿予定です。
◇今回登場したスペルカード◇
レティ戦を省いたせいか、かなり少なめです。
式符「飛翔晴明」
橙のスペルカード。五芒星を描く飛翔。
星型に飛んで、その角に光球を残し、それが炸裂して弾幕になる。
由来は、平安時代の陰陽師「阿部晴明」と、その桔梗印から。
Hardで陰陽「道満晴明」に、Lunaticで陰陽「晴明大紋」になる。
ドーマンセーマン、ドーマンセーマン。
仙符「屍解永遠」
橙のスペルカード。いんふぃにてぃ・もーめんと。
∞の字を描くように弾幕が飛んでいく。シンプルながら、見栄えは良い。
「屍解」とは、魂だけが仙人になり、体だけが残るという古代中国由来の言葉。
「尸解」と書かれる事もある。そういや、東方キャラにも尸解仙がいたような…?
幻符「ジャック・ザ・リッパー」
咲夜のスペルカード。切り裂きジャック。
時を止めて、無数のナイフを展開して相手を切り裂く。
切り裂きジャックは、殺害に鋭利な刃物を用いた事で有名な連続猟奇殺人犯。
様々な作品に彼のオマージュ要素が登場する辺り、ある意味では人気者と言えるかもしれない。