神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed. 作:左右手
学期末というのは否が応でも忙しくなって嫌ですねもう。
「テスト」という単語が付き纏うこの現状を、変えたい!(NNMR)
今回は日常回……のハズです。
それでは、本編をお楽しみくださいませ。
休息
全てを包み込む優しげな日の光が木々の間から差し込み、暖かな春の風が野山に吹き抜ける。
暖気に覆われ、緑が生い茂り、草花が萌え、桜の花が咲き乱れる。
いつもと変わらぬ幻想郷の春が、そこにあった。
幻想郷の端に位置する博麗神社にもまた、春が訪れていた。
枯葉と雪に覆われていた境内には、薄桃色の絨毯が敷き詰められていた。
穏やかな風を肌で感じながら、眠たげな表情で縁側に寝そべる紅白の巫女――博麗霊夢。
その傍らで、どこかぼんやりとした表情で空を眺め思考に耽る灰眼の少年――天月柴芭。
春眠暁を覚えず、今にも眠り出しそうな霊夢のその表情は、異変の解決に奔走していた時とは目に見えて違っていた。
だが、その眠たげな表情にはある理由があった。
長い冬が終わり、幻想郷に春が訪れた。
だが、それで「めでたしめでたし」、という訳にも行かないのが現実である。
長く続いた冬は、人々の生活や営みに多大な影響を齎していた。
作物が育たぬ冬が続いた為に、人里の農家は凶作に見舞われ、その為に食糧の高騰が相次いだ。
異変が終わったとて、直ぐにその建て直しができる訳ではない。
その異変による影響への対処、所謂「事後処理」等も、博麗の巫女としての仕事なのである。
里の隅々まで回り、作物は勿論の事、雪の重みで損壊ないしは倒壊したりした家屋等の被害、その影響による品物の高騰や資材の不足等の現状を把握し、その対策や打開案を考案、提示したり、あるいはその場で対処をしたりする。
それだけに留まらず、冬の影響で発生した害獣や妖怪の退治、性質の悪い悪霊に憑かれた者のお祓いなど、その仕事は多岐に渡る。
以前に起きた紅霧異変の際には、異変の期間がそれ程長引かなかった為、その影響も小さかった。それこそ、博麗の巫女に頼らずとも、里の人間達だけで立て直しが可能な程に。
しかし、今回は長期に渡る異変であった為に、それによる被害も相応に拡大していた。
当然ながら、それ程の量の仕事を一人でこなせる訳が無い。
同じく、異変解決者として動いた柴芭、魔理沙、咲夜の他に、人里の守護を務める半獣の上白沢慧音や、料理屋を営む外来人の阿修羅
咲夜と魔理沙は病人や怪我人等への対処、慧音は家屋が倒壊した人達の為に仮設の住居を設け、阿修羅は食糧不足に苦しむ人々の為に料理を作り配給した。
各々が各々の役割を担い動いたが、その中でも特に仕事の量が多かったのは、やはり博麗の巫女たる霊夢だった。
柴芭は主に力仕事に精を出し、霊夢は霊夢で、上述の「巫女の仕事」に尽力していた。
負担は軽減されているとはいえ、やはりそれでも異変における巫女の仕事というのは多忙を極めるのである。
長く続いた仕事の影響もあって、ここ数日の間は、体から疲れが取れない日々が続いていた。
今は事後処理も一段落着いた為に、こうして二人は縁側でゆっくりと休息を取っている次第である。
「最近は忙しかったから、こうして桜の花を眺める時間も無かったわね」
風に揺られてその花弁を空に漂わせる桜を眺めながら、霊夢はゆっくりと首を
「……改めて、春が来たんだなって思えるわね。 こうしていると」
そのまま眠りに落ちてしまいそうな程に、暖気で緩み切った表情でそう呟く霊夢。
「ああ……」
その隣で空を眺め続ける柴芭が、言葉少なに同調する。
すると、空を漂っていた一枚の桜の花弁が、
「ん……?」
その花弁に気付いた霊夢は、頭に乗った花弁を掴み取り、顔の前に持ってくる。
「縁起が良い……のかしらね?」
そして、その花弁を再び風に舞わせ、小さく笑みを浮かべた。
「さぁな……」
その笑みに応えるかのように、柴芭も僅かに口角を吊り上げる。
そんなやり取りの後、再び二人の間に沈黙が流れる。
しかし、それは居心地の悪さを感じるものでは無い――霊夢は、心の何処かで、そう感じていた。
「……それにしても」
その沈黙を破るかのように、柴芭が口を開く。
普段滅多に話を切り出す事の無い柴芭からの言葉に少しだけ驚きつつも、霊夢は聞きに入る。
「今日は……来ないんだな、
「あぁ~……」
その柴芭の一言を受け、柴芭が考えていた事を漸く理解する霊夢。
(何時も、この時間帯には大体魔理沙が遊びに来るからね……)
それに対して霊夢も疑問を抱くと同時に、どこか納得もしていた。
「ここ最近の疲れで、流石のアイツもダウンしてるんじゃないかしらね?」
「そうか……」
霊夢がそう答えれば、柴芭は短くそう答え、再び空を眺め始める。
「……けどまぁ」
再びの沈黙、次にそれを破ったのは霊夢の言葉。
「それはそれで、退屈ではあるわね」
寝転んでいた霊夢は、おもむろに体を起こし、立ち上がって大きく伸びをする。
その瞬間、何かを思いついたのか、小さく笑みを浮かべて柴芭の方に顔を向ける霊夢。
「ねぇ、柴芭。 偶には、プライベートで人里に行かない?」
霊夢の提案に、柴芭は「どういうことなんだ?」とでも言いたげな(無)表情で霊夢を見上げる。
「こういう時位しか機会も無いでしょうし……それに、アンタも暇なんでしょ?」
困惑気味な様子の柴芭を他所に、霊夢は言葉を紡ぐ。
数秒程固まっていた柴芭であったが、やがてその言葉の意図を汲んだのか、小さく頷いた。
「なら、決まりね」
その返答を受けた霊夢が身支度を整えに居間へと消えていった後、柴芭もまた、準備の為に立ち上がるのであった。
大地から顔を出した小さな新芽が、穏やかな春風を受けてそっと揺れた。
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長い階段を降り、木漏れ日の差す細道を抜け、私たちは人里へとやってきた。
最後に里に仕事の為に降りたのは、だいたい一週間程前の事。
あれからの躍進は本当にすごいもので、人里は既に異変以前とほぼ変わらぬまでに復興していた。
里の入り口である門をくぐれば、大きく聳える桜の木が出迎える。
降り積もる雪にも、突き刺すような吹雪にも負けず、今年もまた、立派に花を咲かせたようだ。
そのまま街道を歩けば、私達の存在に気付いたのか、多くの人が此方に顔を向ける。
「博麗の巫女様! その節はお世話になりました!」
「おおっ! 巫女様じゃねぇか! あん時はあんがとよ!」
「お出かけですか? お気をつけて!」
「おお、巫女様……。 ありがたや、ありがたや……」
道行く人々に次々声を掛けられる。中には拝んでくる人もいるし……。
とりあえず、会釈くらいは返しておく。流石に一人一人相手にしていたら、比喩ではなく日が暮れてしまう。
私としては、毎回こんな調子では少々窮屈なのだけど……まぁ、仕方がないか。
妖怪や自然の猛威に怯えながらも、力強く精一杯に今を生きている人々にとって、「博麗の巫女」の存在はそれだけ大きいのだろう。
自分達には無い「力」を以て、異変を解決に導いてくれる「英雄」。
それが、人々にとっての「博麗霊夢」の姿なのだろう。
……とはいえ、私自身、自分が「英雄」だなんて思ったことは無いし、そう振る舞うつもりも無い。
いつものように境内を掃いて、縁側でお茶を啜りながら、まったりと過ごす日々の方が、私にとっては重要だ。
そんな事を考えながら、ふと隣を歩く柴芭に目を向けてみる。
すると、柴芭の元にもまた、声を掛けてくる人が数人ほどいた。
「おや、あの時の坊やじゃないかい! あの時は助かったよ、どうもありがとうね!」
「あー! こないだの兄ちゃんだー! ねーねー、また遊んでおくれよー!」
「おお、お若いの。 久しいのう……いや、そうでもないかの? まぁ、元気そうでなによりじゃ」
「……!」
柴芭って……意外と顔、覚えられてるのね。
……少し驚いたけど、よくよく考えてみれば、別におかしなことでは無い。
紅霧異変の後、動けなかった私に代わって、いろいろ動いていてくれたのは主に柴芭だ。
当然、人里に赴く機会だってあっただろうし、その過程で色々な人とも接点を持っていて当然だ。
しかし……あの無口無表情な柴芭が、私や魔理沙達以外と会話が成立する画が浮かんでこないが……いや、まぁ……
対する柴芭はというと、相変わらず表情は変わらないし、言葉も発さない。
だが、軽く手を振ったり、小さくお辞儀をしたりしている辺り、人々の言葉に応じる意志はあるようだ。
なんていうか、少し、意外だった。ただ、それだけ。
……あんまり気にしても仕方が無い。さて……まずはどこに行こうかしら?
『おや……? その後ろ姿は……霊夢では無いか?』
不意に後ろから声を掛けられ、私はその声がした方向に振り返る。
先ず真っ先に目に飛び込んで来るのは、やはりその特徴的な被り物。
青色交じりの銀色の髪、生真面目な彼女の性質をそのまま表したかのように澄んだ赤い瞳。
私は、その人物には確かな覚えがあった。
「あぁ、慧音。 こんにちは」
人間大好きワーハクタク、上白沢慧音その人である。
この時間に外にいて、いつもの教本も持ち歩いていない辺り、今日は何も無い日なのだろう。なんて推察してみる。
「こんにちは、霊夢。 仕事以外で里に下りてくるとは珍しいな。 どういう風の吹き回しかな?」
右手で髪を掻き揚げ、優しげに微笑みながらそう問いかけてくる慧音。
その仕草、容姿も相まって、実に大人っぽい。……まぁ、それはどうでもいい。
「どうもこうも、単に来たいと思っただけよ。 柴芭も私も、この間までずっと働き詰めだったから『少しは遊ぶ時間をちょーだいな』……って事で、遊びに来たワケ」
私がそう告げれば、柴芭の存在に気付いたのか、慧音が少しだけ目を見開く。
「おお、柴芭も一緒だったか。 霊夢に連れ回されているのか? 大変だな」
「どういう意味よ」
私が問い詰めようとした所、慧音は明後日の方向を向いてカラカラと笑う。どうやらはぐらかされた模様。ちくしょうめ。
「……ところで、君は阿修羅の所には顔をだしてみたかな?」
ふと、思い出したかのように慧音がそう問いかける。
阿修羅……いつぞや神社に訪れた男性。今回の異変の収拾の為に駆り出された一人でもある。
最初に会った時はロクに挨拶も交わせなかった為、今回ようやくお互いに話す機会が得られた訳である。
刃物のように鋭い切れ長の目、長身で細身な体躯、最初に会った時と同じように見た目だけで威圧感を放っていた。
だが、そんな見た目とは裏腹に、意外にも穏健で思慮深い人物であるという事が話を通じて分かった。
冬の兆候やその模様を見て、事前に備蓄をしておく事で今回の異変に対処した辺り、そういった知識や先見の明も持っているのだろう。
人は見かけによらない、とはまさにこの事だろう。
「いや……」
慧音の問いかけに対し、少し下を向いて言い淀む柴芭。
……なんだろう、何か会いたくない理由でもあるのかな?
「聞けば、長い付き合いなのだろう? たまには会ってやったらどうだ?」
そういえば、以前に博麗神社に来た……確か、そう……キラが言っていたわね。
阿修羅は以前は柴芭達と共に暮らしていて、その集まりの中でのリーダーみたいな人だったって。
……ということはやはり、柴芭ともそれなりに付き合いが長いのだろう。
「……また、今度」
そんな慧音の提案に対し、柴芭は頬を掻きながらそう答える。
……なんていうか、柴芭って……
「まぁ、そういうと思ったさ。 ……なら、君から彼に何か伝えることはあるかな?」
「……『今度、行くから』って」
「ふふ……わかった、伝えておこう」
短くそうやり取りをすると、慧音は此方に向き直る。
「折角人里に来たんだ、今日は楽しむといい」
「ええ、そうさせてもらうわ」
何を楽しめばいいのかはよく分からないが、いろいろ回ってみるのもいいだろう。
ありがたくその提案を受けいれるとしましょう。最も、最初からそのつもりだったけど。
「ああ。 では、またな」
最後にそう告げて、慧音は人混みをすり抜け、そのまま路地へと消えていった。
……それにしても、
「あんたも随分、素直じゃないわね?」
「……」
引っ込み思案で恥ずかしがり屋、そんな柴芭の一面を垣間見た気がした。
それからしばらくして、私達は里の一角にある甘味処にやってきていた。
色々な店を回ったり人々と話したりして少し疲れてきたので、この店で小休止である。
「はいよ、おまちどおさん」
軒先にある席で人通りを眺めていると、お店の店員が注文の品を持ってきた。
もう大分歳であろうその人は、旦那さんと二人でこのお店を切り盛りしているらしい。
暖かな人柄から時折垣間見える逞しさが、この年まで現役でいられる秘訣なのかもしれない。
「どうもありがとう」
注文品は二人ともお団子である。ちなみに、私がみたらし、柴芭は餡子だ。
柴芭はああいう甘い物が好みらしい。……まぁ、それは置いておいて。
「どれ、早速……いただきまーす」
みたらし団子を一つ取って口の中に運ぶと、甘みのあるタレの風味が口いっぱいに広がる。
やっぱり、ここの団子は絶品ね。来て良かったわ……柴芭の方も、どうやら満足気な様子だし。
「……」
ほぼ無表情だが、黙々と団子を頬張る柴芭の目は、心なしか普段よりも輝いている……ように見えなくもない。
やっぱり、美味しいものを食べるときっていうのは、誰しも皆素直な気持ちになるものなのね。
……いやまぁ、全然そんなこと知らないんだけどね。
春故かは知らないが、どうにも食は進むもので、気が付けばもう皿を開けてしまっていた。
お腹が膨れる感覚を覚えつつも、今日の夕食の献立は何にしようかと、気が付けば思考を巡らせてしまっている自分がいる。
両手を後ろに突きながら、道を行き交う人々をぼんやりと眺める。
汗水垂らしながら仕事に精を出す若い男性、昔を懐かしむように家々を眺める腰の曲がったお婆さん、これから遊びにでも行くのか、はしゃぎながら道を疾走する子供たち。
こうして眺めていると、色んな人達がいる。
どんな人にも、その目には確かな輝きがあって、みんな生き生きとしている。
……私の目は、輝いているのだろうか。
彼らと同じように、生き生きとしているのだろうか。
ちらりと、横に座る柴芭に目を向けてみる。
彼もまた、ぼんやりと行き交う人々を眺めていた。
そんな彼が視線を向けているのは、母親と思しき女性に手を引かれながら歩く一人の子供。
家族……か。
そういえば柴芭、家族のことなんて、一度も話そうとしなかったわね。
ただ覚えていないだけなのか……それとも、いないのか……。
どちらにせよ、私が知って何か変わるワケでもないわね。過ぎた事だもの。
私も家族のことなんて全然覚えてないけど、だからどうなるって事も無いし、問題ないわね。
……けれど、できれば後者であって欲しい。そう、心の何処かで願う自分もいた。
その母子を見つめる柴芭の目は、私には輝いては見えなかった。
……きっと、私も同じなんだろう。
『おや、あなたは霊夢さんじゃないですか』
少しだけ湿っぽくなった空気を払拭するかのように、まだ幼さの残る鈴の振るような声が耳に響く。
その声の方向に顔を向ければ、これまた私の見知った顔が目に飛び込んで来る。
赤い帯に赤いスカートを身に着け、花柄の刺繍が光る黄色い羽織を若草色の長着の上から着た姿は、先ず第一に生まれ育ちの良さを感じさせる佇まいである。
紫色の髪はおかっぱに纏まっており、大きな花の髪飾りがその少女の可憐さを引き立てる。
幻想郷の歴史と記憶の継承者 たる
「あら、阿求じゃない。 アンタが一人で出歩いているなんて珍しいわね」
稗田家の令嬢、それも阿礼乙女と来れば、過保護に扱われるのが宿命のような物。
そんな阿求が割とフリーに動いているのを今まで見たことが無かった為、なんだか新鮮に感じる。
「私としては、霊夢さんがこうして寛いでいる姿の方が珍しいと思いますが」
「む……」
上手い事返された……けどまぁ、事実だわね。
「それに、今日は柴芭さんも一緒なんですね。 本当、珍しいですね」
その言葉が聞こえた瞬間、思わず私は柴芭の方を見た。
色々な接点を持っていることはさっき分かったけど、まさか阿求とも関わりがあったなんて……。
私が唖然としていると、それに気が付いたのか、阿求が小さく「あっ」と言って此方に向き直った。
「実は……私、以前に一人で里の外に出た事があったんですよ」
何やらとんでもない事をカミングアウトしてきたよ、この阿礼乙女。
「アンタ何やってんのよ……」
呆れ返った口調でそう呟けば、顔を赤らめて舌を出す阿求。
何とも可愛らしい仕草だが、内容が内容なだけに流石に和まない。
「外来種の動物が是非とも見たかったので、つい……。 当然その時は、周りに護衛も居なかった訳で……」
「そこで妖怪か何かに襲われた……ってワケ?」
私がそう付け加えれば、阿求は「そうそう」と頷く。
隣で柴芭の溜息が聞こえた気がする。……分かるわよ、柴芭。今その気持ち良く分かる。
「そうなんですよ。 いや~、あの時は流石に怖かったですね~」
そう笑う阿求からは、危機感の「き」の字も感じられないのは気のせいだろうか。
そんな思考を巡らせている間にも、阿求はどんどん言葉を紡いでいく。
「その時助けて下さったのが、柴芭さんだったんです。 それはもう颯爽と現れて、かっこよかったんですよ~。 一瞬で両腕が大きくなったかと思うと、赤い残光を奔らせながら妖怪に肉薄して、一薙ぎで妖怪を吹き飛ばしてしまって……もう、すごかったです! サイッコーにエキサイティングでした!」
「あぁ……そう……」
歴代の阿礼乙女がどうなのかは知らないが、少なくとも当代の阿礼は相当な変わり者だと言わざるを得ない。
「まぁ、その後こっ酷く叱られたんですけどね~……あはは……は……」
そう笑う阿求の目はどこか虚ろである。どうやら、彼女にとっての恐怖の度合いは「親>妖怪」であるようだ。
「……けれど、もしもあの時、あそこで貴方がいなかったら、私は勤めを果たせぬまま彼岸へと渡っていた事でしょう。 本当に、感謝しています」
ひとしきり騒いでいた阿求だったが、その言葉と共に放つ雰囲気が変わった。
アクティブで変わり者の少女ではなく、記憶と歴史の編纂者、阿礼乙女としての「稗田阿求」の姿であった。
「……あ! そうだった、小鈴と待ち合わせしてるんだった。 ……それじゃあ、私はここでお暇いたしますね」
はっと気が付いたようにそう声を上げる阿求。どうやら、誰かと待ち合わせをしていたようだ。
なら、こんな所で道草を食っている場合じゃないでしょうね。
「あぁ、そうなの。 そんじゃね」
「ええ、それでは。 ……そうだ、柴芭さん」
そのまま立ち去ろうとした阿求がふと立ち止まり、柴芭の名を呼ぶ。
自分が呼ばれるとは思っていなかったのか、欠伸をしかけた柴芭が口を開けたままで阿求の方を見る。
「いつか貴方の歴史も、残させてくださいね」
それだけを告げると、そのまま阿求は走り去っていった。
……阿礼乙女たる彼女の言葉だからこそ、重みのある言葉ね。
代々幻想郷の歴史を編纂してきた稗田家の中で、百年に一度生まれると言われる「
その子には、一度見た、聞いた物を決して忘れない力が備わり、その力によって、この世の多くを目に留め、記憶し、書き記す。
そんな御阿礼の子には、長い時を生きられない、という制約がある。
妖怪から見ればあまりにも短い人間の人生、そんな人間から見ても遥かに短い時しか生きられない。
そんな人生を経て、再び御阿礼の子は転生するのだという。
見聞きしたものを決して忘れぬ能力と引き換えに、全ての記憶を失って。
記憶を失うという事。それは、出会った人々や、その時見て感じたもの、そんな思い出も何もかも、全て忘れてしまうという事。
だからこそ阿求は、人々の「歴史」を大事にする。
名も顔も知らない誰かの「歴史」でも、前の代の御阿礼の子が生きた「歴史」に他ならない。
「記憶」には残らなくても、形あるものとして、その想いを次に伝える。
そういうことを、一体今まで何回繰り返してきたのだろう。……9回くらい?
思考を重ねていく内にどうでもよくなってきたので、そろそろ帰ろうかな、と空を見上げる。
行きは明るかった空も、次第に日が傾き始め、夕空へと移り変わろうとしていた。
「……んじゃ、帰ろうか」
「ああ……」
柴芭もそろそろ飽きてきたのか、既に立ち上がり、靴を直していた。
勘定を済ませた私は、柴芭と共に来た道を進み、里を後にした。
冬が過ぎ、日の入りまでの時間は伸びはしたものの、やはり夜が訪れるのは早い。
最も、まだ微かに日が顔を覗かせているため、厳密には夕方であると言えるだろうけど。
神社に戻った私達は、昼間と同じように縁側に腰を下ろし、またぼんやりと空を眺めていた。
……今日はなんだか、色んなことがあった気がする。
慧音や阿求達との話を介して、柴芭の色んな面を知った気がする。
……私は柴芭の事、あんまり知らなかったのかもしれない。
あの夏の日、突如として外の世界から紫が連れてきた外来人。
一通りのことを教えて、弾幕ごっこをしたり、異変の解決に参加したりした。
私が動けなかった時も、忙しいのに面倒見てくれたり、代わりに異変解決に赴いたりもしていた。
短くない時間を一緒に過ごしてきた筈なのに……まだまだ知らない事がいっぱいある。
それを面白いと思う反面、少しだけ寂しくも思っている自分がいる。
何故そんな感情を抱いているのかは、よくわからない。
……まぁ、そんな事は気にしないでいいや。
知らないなら、これから知ればいい。
その為の時間なら、これからいっぱい作ればいい。
「霊夢、お茶が入ったぞ」
先の事なんて誰にも分からない。
だから、私は未来の事なんていちいち考えない。だって、面倒だもの。
「ありがとう」
今はただ、お茶を啜りながら空を眺める、この時間を大事にしたい。
見上げれば、一筋の流れ星が、夕闇に染まる空に瞬いた……気がした。
日常回の皮を被った説明回のようである。
戦闘が無いと描写楽ですね(失言)
何か前にもこんな事言っていた気がします。
博麗の巫女の仕事について、これは完全に筆者のオリジナルです。
異変を解決した後の事を考えると、こういう仕事を請け負う人も出てくるんじゃないかなと。そう思った訳ですよ。
そう考えると、巫女ハンパないですね。すごいね(他人事)
オリ主の一人である阿修羅にスポットを当てた章も、近い内に書きたいですね。
阿求は好奇心だけで動いてそうな印象。命がいくつあっても足りなさそう。
次回、「リベンジャー」。あの妖怪がやられた恨みを晴らす!?
更新日は未定ですが、今月内を予定しています。