神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed.   作:左右手

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今日は成人式がありましたね。スーツよりも羽織袴の方が個人的には好きです。

正月気分が抜けきっていない人も、未だに残ってそうな今日この頃。
我が家では、消化しきれなかった餅の処理に追われ、連日食卓が戦場です。


それでは、本編でございます。



-あらすじ-

咲夜が橙のリベンジを軽くあしらっていた頃、柴芭と霊夢もまた冥界へと訪れていた。
そこで待ち受けていた紫は、「柴芭の持つ力の秘密を調べていた」と告げた。
柴芭の力の秘密――その真実とは、一体……



☆Awakening Incomplete

 

 

「――話してあげるわ。 私がこの冬の間に調べた限りの事を、ね」

 

白玉楼の廊下、静寂だけが支配するその空間に、その言葉が静かに木霊する。

 

眼前に対峙する紫に、普段の余裕に満ち溢れた表情は無かった。短く告げられたその言葉から伝わる威圧感に、思わず息を呑む。

 

八雲紫という妖怪の性質は詳しくは知らないが、冬の間は冬眠しているという事は知っている。

だのというのにに、その紫が冬眠もせずにずっと調べていた……それだけで、どれ程異常な事態なのかは察しが付く。

 

組んでいた腕を解き、伏せていた目をおもむろに開く紫。

話を始めるのだろうか……そう思っていると、不意に紫が閉じた扇子を虚空に翳す。

 

「……けれど、その話をするのに、()()は相応しくないわ」

 

そう呟くと、紫は翳した扇子を振り下ろす。

その瞬間、その扇子が通過した虚空が縦に裂け、悍ましい空間(スキマ)が露わになる。

 

「ここでなら、誰にも干渉されないわ」

 

紫の能力「境界を操る程度の能力」は、あらゆる存在が持つ“境界”を自由自在に操れる力だ。

可視と不可視、空と水面、現と幻……まさに、全ての事柄を意のままに操れる能力と言える。

 

私の目の前に存在するスキマ……あれも紫の能力で生み出した物だ。

空間の境界を操ることで、その空間に裂け目を生み出し、別の場所へと繋げるのだとか。

……詳しい事は分からないけど、「便利な能力」という認識で良いだろう。

 

そんなスキマは、当然紫以外には生み出せない。そして、紫以外の存在が干渉する事も出来ない。

スキマ空間の中であれば、周囲に聞かれることも無いだろう。……けれど、一体どうして?

 

「……って、言いたげな顔してるわね」

 

なぜ、ばれたし。

 

「柴芭が言ってたでしょう? ……貴方達()()でなければ駄目だと、ね」

 

そう言われれば、そう言っていた……理由は分からないけれど、それが単純では無い事ぐらい分かる。

 

「分かったわよ……」

 

そう答えれば、紫は小さく笑って踵を返す。

 

スキマ空間へと足を踏み入れようとした手前、ふと紫は立ち止まり、再び此方を振り向く。

 

「……一つ、確認しておくわ」

 

「何よ?」

 

そんな紫の思わせぶりな態度に、思わず眉が吊り上がる。

今になって、何を確認するというのかしら……。

 

おもむろに口を開け、静かに言葉を紡ぎ出す紫。

 

「これからする話は、恐らく……単なる話では済まないと思われるわ。

 もし、そうなったら……。 柴芭……貴方は、無事ではいられないかもしれない」

 

「なっ……」

 

唐突にそう告げられ、思わず言葉を失う。

けれど、どうにか思考を冷静に戻し、先の言葉の意味を問おうとする。

 

「アンタ、何言って……」

 

しかし、そう言いかけた私の言葉は、顔の前に翳された紫の手によって遮られる事となった。

 

「私は事実を言ったまでよ。 私が聞きたいのは、貴方の意志……柴芭」

 

淡々と、何処か力強く、それが事実であると告げた紫。

その紫の視線は、無言でスキマを睨む柴芭へと向けられていた。

 

「貴方には、真実を知る覚悟があるかしら?」

 

ドクン――と、大きく心臓が音を鳴らす。

 

たった一言、その一言の中に込められた、怖気立つ程に凄まじいプレッシャー。

一滴の汗が頬を伝う。紫が発した一言は、今にも飲み込まれそうな程に重々しい空気を生み出した。

 

紫が言う「真実」が一体何なのかは見当も付かない。

……けれど、私の中の何かが、その「真実」という言葉を聞いた瞬間、大きく揺らいだ。

 

まるで、それを知ることを恐れているかのように。

 

 

「聞かせてくれ」

 

酷く簡潔な答えが、柴芭から返ってくる。

 

「柴芭……?」

 

振り向き、柴芭の顔を見る。

 

そこにあった柴芭の顔には、恐怖も迷いも無かった。

“好奇心”なのか、そうで無いのか……私には、分からなかった。

 

「……分かったわ。 それでは、参りましょう」

 

そのごく短い答えを聞くと、それだけ告げて、紫はスキマの中へと消えていった。

それに続くように、柴芭もその空間へと足を踏み入れる。

 

 

人の絶えた廊下、眼前で口を開けるスキマの前で、私は静かに吐露する。

 

「柴芭……貴方は、恐くはないの?」

 

誰に尋ねるでもなく零れた言葉は、冥界の風に乗って、空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

------

 

 

幾つもの目が蠢き、瞬きを繰り返す、気味の悪い空間。

 

――相変わらず、嫌な場所だ。言葉にし掛けた呟きを、喉の奥で飲み込んだ。

右も左も上も下も、何もかもが曖昧で分からない。この場所にいるだけで、気が狂いそうになる。

 

スキマ空間に降り立った私を見ると、紫が静かに口を開く。

 

「来たわね。 ……それじゃあ、いいかしら?」

 

「何が」、とは聞かなかった。そんな事、説明するまでも無いからだ。

 

私と柴芭が頷くと、紫は今度こそ話を始めた。

 

「最初に断わっておくと、まだ私も全てを把握した訳では無いの。

 むしろ、分からない事の方が多いわ。 ……けれど、限りなく事実に近い筈よ。 そこは、信じてくれて構わないわ」

 

濁すような発言をする紫。何よ、それ……。

けれど、紫が言う「限りなく」がどれ程の信ぴょう性を持つか、私自身も良く知っている。

 

素直に話を聞こう。そう考えている間にも、紫の言葉は続く。

 

「――今の柴芭の能力は、とても不安定な状態なの」

 

いきなりそう告げられ、思わず首を傾げる。不安定って……一体どういう事なのよ?

 

「“鍵”を持った存在からの意図せぬ外殻封印への強制干渉……平たく言えば、中途半端に覚醒してしまっているのよ」

 

「ッ……!」

 

前半の内容はさっぱりだが、直後に告げられた「中途半端な覚醒」という言葉を聞き、思わず息が詰まる。

 

柴芭が最初に使っていたスペルカード……白黒で塗り重ねられた無機質な()()は、紛れも無く「中途半端」と言えるモノだった。

けれど、仮にそれが覚醒によるものだったとして、一体どうやって柴芭はその能力を覚醒させたの……?

 

「霊夢……貴方の思っている『覚醒』と、私の言っている『覚醒』とは、多分違うわ」

 

えっ?それって一体どういう事よ……?

 

「柴芭の『覚醒』は、新たに能力に目覚めたのでは無く、既存の能力の『覚醒』……つまり、元あった力が目覚めた状態なのよ」

 

柴芭の能力は、元々持っていた力だった……って事か。そういえば、最初に私と会った時も、そんな事を言っていたっけね。

 

「何らかの理由があって、その力を封じていた……と、最初は思っていたわ」

 

“思っていた”……?まるで、今は違う考えだとでも言いたげね。

 

「彼の封印は、一つでは無かったのよ」

 

一つでは無い?……他に封印があったっていう事?

 

「一つは、彼自身が無意識の内に施したであろう封印。 ……もう一つは、彼以外の存在が意図的に施した封印よ」

 

彼以外の存在……誰かが柴芭の能力を封じるために、封印を施したって事?

 

「けど、一体誰が……?」

 

そう呟くと、紫は首を横に振る。

 

「それは、私にも分からないわ。 ……けれど、ある程度推測はできます。 柴芭のその痣で、ね」

 

そこまで告げると、紫は柴芭の方を振り向き、柴芭の両頬にある刺青のような物を指さす。

柴芭の体には、頬や腕に不思議な形の刺青のような物が入れてある。見方によっては、それは爪や牙のようにも見えた。

 

けれど、その刺青がどう関係しているというのだろう?紫は「痣」と呼んでいるけど……。

 

「確かに、刺青に見えなくもないわ。 けれど、これは『痣』と呼ぶ方が相応しいかもしれないわね。

 

 この痣は恐らく、誰かが魔力を込めて彼の体に刻んだものよ。 ……それも、途轍もない程の魔力で、ね」

 

「魔力……?」

 

魔力――それは魔法使いが魔法を行使したり、能力を使うために消費するエネルギーのような物。

大規模な術を使うには、それだけ大量の魔力を消費する。つまり、魔力の量が魔法使いの強さの指標でもある。

 

幻想郷でも有数の実力者である紫を以てして「途轍もない」と言わせしめる程の魔力の持ち主……そいつが、柴芭の能力を封じたという事なの?

 

「……けれど、その魔力が誰の物なのかまでは分からなかったわ。

 私の能力による干渉が通じないのか、どれ程境界を探ろうと、その尻尾すら掴めなかった」

 

紫の能力が通じない程の封印……一体、どれ程の力を持ったヤツだって言うのよ……。

 

「その痣による封印を『外殻』、柴芭自身が施した封印を『内殻』と……それぞれ便宜上そう呼ばせて貰っているわ」

 

紫はそこで一区切りすると、小さく溜め息を吐き、疲れたような表情を見せる。

 

「……正直に告白すると、今の私には『外殻』への干渉は不可能よ。

 全盛期ならそれも可能だったかもしれないけれど……きっと、術者にしか解除は不可能ね」

 

紫の言う「全盛期」がどんなだったかは知らないが、今の紫が不可能ならば、幻想郷の誰にも不可能なのでは?

……でも、『外殻』()()干渉できない……と言う事は、

 

「じゃあ……『内殻』には」

 

少しだけ期待を含めた言い方でそう問い掛ければ、紫は「その通りだ」とでも言いたげに小さく頷く。

 

「ええ、可能よ。 けれど……」

 

そこまで言いかけたところで、紫は顔を顰めて言い淀む。……何よ、言いにくい事なの?

 

「……『内殻』への干渉は、詰まる所『心』への干渉になるわ。

 彼の意志で行われている封印を解く為に、彼の意志に直接干渉し、その制御を外すのよ」

 

意志に直接干渉する……有り体に言ってしまえば、洗脳にも近い行為ね。

確かに、そんな行動を行うのは気が引けるだろう。……けれど、理由はそれだけでは無い筈だ。

 

「彼がどういった理由で封印を施したのかは分からないわ……恐らく、彼本人にもね。

 けれど、『封印せざるを得ない程の物』だった……そう捉えれば、容易に想像は付くわよね?」

 

「……ッ」

 

動悸が早まり、胸を締め付けられるような感覚を覚える。

紫から発せられる一言一言がプレッシャーとなり、重く圧し掛かってくる。

 

「封じ込めねばならない程の記憶……それを解いたら、心が壊れてしまうかも知れない」

 

心が壊れる……?もしそうなってしまったら、柴芭は……

 

「……正直な所、危険な賭けと言わざるを得ないわね。 ……最後は、貴方が決めて欲しいわ」

 

そう言って、紫は柴芭の方を見やる。最後には、本人の意志……か。

終始無言で聞いていたであろう柴芭は、相変わらず表情一つ変えずに紫を見続けている。

 

「このまま引き返すか、真実に触れるか……私は、貴方の意志に従うわ」

 

紫がそう告げると、柴芭は無言のまま、目を伏せて俯く。

 

悩んでいる……のかな?……まぁ、そりゃ当然よね。私だって、まだ……

 

 

 

 

 

「オレは……知りたい」

 

 

その逡巡は、あっけなく終わってしまった。

不意を突くように下された決断に、思わず柴芭の方を見やる。

 

二人分の視線を浴びながら、柴芭は静かに語り始めた。

 

「……この世界に来てから、ずっと考えていた事があった。 オレは、皆と一緒にいて良いのかな……って」

 

柴芭の口から零れたのは、彼が人知れず抱き続けていた思い。

 

「色んな事を知って、スペルカードも覚えて、何度も戦ってきた。

 ……けど、それでも、まだ届かないんだ。 霊夢や魔理沙、咲夜達には……」

 

誰にも打ち明けようとしなかった。ずっと傍にいた私でさえ、気が付かなかった。

 

……そんな事、考えていたのね。柴芭。

 

「このままじゃ、ダメなんだ……きっと。 だから、俺は……知らなきゃいけない。

 皆と一緒に……同じ場所に立って、戦いたいから……」

 

そして、一呼吸置き、柴芭は強く拳を握り締める。

決意のあらわれなのか、はたまた己の無力を嘆いているのか……私には、分からなかった。

 

「オレは……もっと強くなりたいんだ」

 

それでも、彼の意志は本物だという事は理解した。

 

 

「……そう、ですか」

 

柴芭の口から初めて語られた、彼自身の思いの顛末。

その言葉に込められた彼の決意は、紫を頷かせるには十分すぎる程に固かった。

 

居ても立っても居られず、私は柴芭に声を掛ける。

 

「柴芭、貴方は――」

 

『十分、強いわよ』。そう言いかけた言葉は、言葉にならずに喉の奥に消える。

 

真っ直ぐに此方を見つめる柴芭の眼が、それ以上の発言を許してはくれなかった。

 

「オレは、大丈夫だ」

 

ただ一言、そう告げられる。

今の彼の意志を覆させるような言葉を、私は持ち合わせちない。

 

「……分かったわ」

 

こうなったら、後は見守るだけね。

どうなるのかなんて分からないけれど……柴芭はきっと、自分を見失ったりはしない筈だ。

 

「始めるわよ……霊夢、念の為に下がっていなさい」

 

紫に言われた通り、数歩下がって紫の後ろに移動する。

 

 

「では、柴芭……深く目を閉じて、思い起こしなさい。 自らの知る限り、最も古い過去の記憶を……」

 

紫がそう指示を出すと、柴芭は目を閉じる。自身の記憶を探っているのだろう。

 

それから少し経った所で、紫は柴芭の顔の前に右手を翳す。

 

「行くわよ……」

 

次の瞬間、柴芭の頭の上から空間を裂くように、小さなスキマが広がった。

恐らく、柴芭の記憶の境界を操っているのだろう。……スキマの中にスキマとは、実に気味が悪いが。

 

 

「……ッ!? こ、これは……」

 

突然、そんな声が紫の口から零れる。酷く動揺している……一体、何が……

 

「霊夢ッ! 下がってッ!」

 

「えっ――」

 

理解が追いつくよりも早く、私の身体は後ろに飛び退いた。

 

 

 

 

 

 

 ――刹那、眼前が蒼に染まる。

 

 

「……え?」

 

私がさっきまでいた場所は、その蒼に呑まれていた。

それが一体どんな物質なのか、どういう力なのか、私にはさっぱり分からない。

 

けれど、その蒼に触れれば無事では済まされないであろう事は理解できた。

 

「柴芭……紫……!」

 

「私なら大丈夫よ」

 

私の傍らに現れた紫。外傷も無ければ、何かを受けた様子も無い。

そういえば、ここは紫のスキマ空間だった。ということは、スキマを用いて抜け出したのかも知れない。

 

「それよりも、拙い事になったわ……」

 

紫の言葉を受け、柴芭の方を見やる。

 

そこには、全身を蒼いオーラのような物に覆われた柴芭がいた。

 

「柴芭! ……柴芭?」

 

だが、その柴芭の様子がおかしい。

呼吸が乱れており、頻りに頭を押さえては、苦痛に悶えるようにうめき声をあげる。

 

遠目に見ても、良い状態で無い事ぐらい分かる。

 

「まさか、これ程までに強い力が封じ込められていただなんて……。

 どうにか、封印の解除は『内殻』の一部に留める事は出来たけれど……それでも、相当な力ね」

 

紫は苦々しげにそう呟く。その頬には、一筋の汗が伝っていた。

 

たった一部だというのに……あれ程までに凄まじい霊力を放っている……。

もし、全ての封印が解けたら、一体どうなってしまうのか……

 

「ぐっ……! うぅ……ッ! がぁッ……!!」

 

「……! 柴芭ッ!」

 

身体を押さえて蹲る柴芭。その表情は、先程よりもさらに険しいものになっていた。

否が応でも不安を掻き立てられる。柴芭は一体、どうなってしまうというの……?

 

「これ以上の『内殻』への干渉を防ぐ為に、恐らくは自己防衛を行う筈よ。

 本人の意志とは無関係に……このままだと、暴走しかねないわね」

 

紫は冷静にそう分析する。この状況でも肝が据わっている辺り、やはり妖怪の賢者と呼ばれているだけある。その冷静さが、今の私には心強くもあった。

 

「もし、そうなったら……?」

 

恐る恐るそう尋ねると、紫は此方を向く事無く答える。

 

「止めるのよ、私達で」

 

……ほんの少しだけ、迷いが晴れた気がした。

 

 

 

 

 

 

 『ぐッ……ォおおおおおオォォォォッ!!』

 

 

そう思った瞬間、けたたましい声が辺りに響く。

人の声とは思えないほどに悍ましいその咆哮に、思わず耳を塞ぐ。

 

直後、凄まじい突風が私達を襲う。

 

「くっ……!?」

 

吹き飛ばされないように、何とか足に力を入れて踏ん張る。

 

 

風が収まり、眼を開けた先に飛び込んできた光景に、思わず自分の認識を疑った。

先程まで夥しい数の目が蠢いていた空間は、いつの間にか灰色の暗雲の真っ只中にあったのだ。

 

数度瞬きを繰り返した後、私の隣に立つ紫の顔を見る。紫も、私と同じ顔をしていた。

 

困惑気味に辺りを見回していると、その目の中心に柴芭を捉える。

 

「――ッ!?」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

その渦の中心にいた柴芭の姿は、私の知る彼の姿と大きく乖離していた。

 

灰色の甲殻を纏っていた龍腕は蒼く染まり、肥大化したその爪先は青白い光を纏っている。

顔に目を向ければ、彼の頬にあった痣の上から龍の顎のような蒼い甲殻が生成されており、頭にも同様に青い角が生えている。

苦悶の表情を浮かべ続ける彼の左目は闇に覆われ、眼光だけが妖しく光っていた。

 

殊更目に飛び込んできたのは、その背に生えた片翼。

服の羽毛部分から連なるように生えたその翼は、一見すると鳥のそれのようにも見えるが、骨格の部分を覆う蒼い甲殻が、それを異形の物たらしめていた。

対となる右の羽は、根元から先が蒼い甲殻しか存在せず、何処か不完全な印象を与える。

 

翼だけでは無い。腕も、角も、全てが不完全で、何処か欠けている様な姿だった。

 

これが……柴芭の、本来の力……?

 

「……霊夢、貴方は下がっていなさい」

 

「なっ!? どうして……」

 

いきなりそんな事を言い出す紫に、思わず食って掛かる。

さっきと言っていることが違うじゃない!私達で止めるって……

 

「まともにやりあったら、死ぬわよ」

 

「……ッ!!」

 

紡がれた二の句は、私から反論の為の言葉を奪った。

それだけを告げると、紫は静かに柴芭の方へと向き直る。

 

「限定的とはいえ、この空間に対して私以外が干渉するだなんて……前代未聞ね」

 

紫の語る通り、今現在、このスキマ空間の中は、恐らく柴芭から発せられたであろう暗雲に覆われている。

暗雲は柴芭を中心に渦巻いており、青白い稲妻が光っている。……もしかして、これは嵐の中なのだろうか。

 

「正直、ここまでの力とは想像だにしていなかったわ。 ……けれど、これでハッキリしたわ」

 

目を伏せ、そう呟いた紫は、その目を薄らと見開き、眼前の柴芭を睥睨する。

 

「やはり貴方には、その力を御し切ってもらわなければいけないわ」

 

『…………』

 

紫と対峙する柴芭は、何も言わない。虚ろなその瞳は、紫に焦点を当ててはいないのだろう。

彼が無口なのは今に始まった事では無いが、今はその静寂が、この上なく不気味に感じた。

 

「ちょっと荒療治になりますけれど、アフターケアは充実していますから、ご心配なさらずに」

 

その瞬間、虚空から無数の鎖が飛び出し、柴芭目掛けて一斉に飛来する。

 

紫の能力は不明だが、このスキマの中には様々なものが存在している。

外の世界で不要となった物などが主なようだが……ああやって、攻撃手段にも転じる辺り、その汎用性の高さが伺える。

 

 

鎖が柴芭の身体を捕えようとしたその瞬間、柴芭の姿が消える。

 

「消えたっ!?」

 

一体、何処に……!?って、アレは……!!

 

「紫! 後ろっ!!」

 

「なっ……!?」

 

消えたと思った柴芭は、一瞬にして紫の背後に回り込んでいた。

あり得ない……亜空穴や札分身ならともかく、生身であれ程の速度を……!?

 

そんな思考を遮るかのように、鈍い音が鳴り響く。

急いで目を向ければ、柴芭が振るった龍腕を、紫が両の腕で受け止めていた。

 

「ぐっ……! 凄まじい重さね……」

 

龍腕の一撃を防いだ紫も凄いけど、通常の体術は通じない筈の紫が力で押し負けつつあるだなんて……一体、どれ程の膂力だって言うのよ……!?

 

紫が両腕を払い、柴芭が弾き飛ばされる……かと思いきや、柴芭は中空で素早く身を翻し、鋭い蹴りを紫の鳩尾に突き刺す。

 

「がっ……」

 

思わず耳を塞ぎたくなる程に痛々しい音が響き、紫はそのまま遥か後方まで吹き飛ばされる。

直後、紫の姿が消える。恐らく、スキマを用いて体制を立て直すのだろう。……って事は、次に狙われるのは

 

「……?」

 

ところが、いつまでたっても柴芭が此方を狙ってくる様子は無い。

 

「大丈夫よ、霊夢。 彼の狙いは、私だけだもの」

 

そんな私の疑問を解消するように、居ない筈の紫の声が響く。

直後、私の目の前の空間が裂け、先程吹き飛ばされた紫が這い出てくる。

 

外傷は無いように見えるが、その口元からは一筋の血が流れていた。

 

「紫、アンタ……大丈夫なの!?」

 

「ええ、大丈夫よ。 こう見えても、そこまでダメージは無いわ」

 

大丈夫、とは言われても……『紫が手傷を負っている』というだけで私は不安になる。

 

「彼の行動は至って単純。 “『内殻』へと干渉しようとするモノの排除”、それだけよ」

 

排除……そこまで、触れられたくないものなのかな。

 

「それ故に、私は囮になれるってワケ。

 能力がある以上、私が死ぬことは無いけれど……あまり長引かせては、彼が危険だわ」

 

紫を囮にするのも気が引けるけれど……それよりも、柴芭が危ないとなれば、長引かせるわけにはいかない。けど……

 

「一体、どうすれば……」

 

その柴芭を止める方法が、私には分からない。

きっと、今の柴芭には、もう言葉も通じないのだろう。

 

「向こうが『害は無い』と判断すれば、この自己防衛も止まるとは思うわ。

 それをどうやって証明するか、だけれどね……」

 

「そんな……」

 

そんな悠長な方法で……そんなことをしていたら、柴芭だって……

 

「……今は、これしか方法が無いのよ。 もしもの時は、貴方はすぐに逃げるのよ」

 

「なっ……!?」

 

逃げろって……そんな事、できる訳……!

 

そんな私の意志など鑑みる素振りも無く、紫はそのまま背を向け、柴芭と対峙する。

止める事も出来ず、ただ紫の背中を見つめる事しか出来なかった。

 

「……お待たせしましたわ、『化け物さん』。 貴方の気が済むまで、私がお相手して差し上げますわ!」

 

『…………ッ』

 

紫が構えると同時に、柴芭が紫目掛けて肉薄する。

再び振り下ろされる龍腕。今度も紫は両腕で防ぎ、素早く追撃から逃れる。

 

行動こそ冷静なものの、そこに普段の柴芭にあった表情は無い。

 

 

柴芭……貴方は、本当に『化け物さん』になってしまったの……?

 

 

 

 

 

 

龍腕を振るい、脚を振るい、翼を薙ぎ、爪を突き立て、鱗を飛ばし、弾幕を放つ。

ありとあらゆる方法で攻撃を行い、その悉くが、紫を追い詰める凶刃となって襲い来る。

 

その腕を薙げば虚空が裂かれ、翼を羽ばたかせれば嵐を巻き起こし、その歩みは刹那で相手の懐へと至る。

全てが桁違い。最早、人間の範疇に収まらぬその力は、紛うこと無き『化け物』の証明でもあった。

 

最初の方こそ余裕を見せていた紫だが、今はただ、耐え続けているだけだ。

幾度と無く重ねられてきた攻防を、私はただ、見ている事しか出来ない。

 

 

……どうして、私はここにいるの?どうして、紫は私をここに連れてきたの?

ただ一方的にやられる様を見せる為だったの?……ちがう、それはわかってる。

 

でも、私には何も……このまま、柴芭が暴れ続けるのを、黙って見てる事しか……。

 

 

……柴芭。 貴方の……いや、アンタの求めていた“強さ”って、こんな物だったの?

ただ力任せに振るうだけの力が、アンタの言う“強さ”だって言うの……?

 

 

……そんなの、認めないわよ。

 

 

 

「霊夢……? 貴方、何して……」

 

気が付けば、私は紫の前に立ち、正面に柴芭を見据えていた。

紫が何かを叫んでいるが、私の耳には届かない。……届いても、気にしない。

 

柴芭が此方に向けて龍腕を振り下ろさんと、大きく腕を上げる。

 

 

それでも、臆すること無く……私は大きく息を吸い、叫んだ。

 

 

 

「柴芭ッ!! しっかりしなさいよ!!」

 

 

そう叫んだ瞬間、柴芭の腕がピタリと止まる。

唖然とする紫を尻目に、私は構わず声を上げる。

 

 

「自分の能力(チカラ)なんでしょう!? 何振り回されてるのよ!

 それが正しい使い方なの!? 違うでしょう!? なら、ちゃんと使いこなして見せなさいよ! 」

 

 

私の知っている柴芭は、私の知らない所で、私に追い付こうと必死で努力してきたヤツだった。

そんなアンタだからこそ、私はアンタの事を“パートナー”だと思っていた……なのに私は、何も知らなかった。

 

そんな劣等感を抱えているのも知らずに、私はきっと、ずっとアンタを苦しめていた……パートナー失格よね。

 

 

……けれど、アンタは力を持っているじゃない。

私や魔理沙にも負けないくらい、凄い力を持っているじゃない!

 

それが怖かったんだろうけどさ……そうじゃないんでしょう? アンタの信じているものは……。

 

 

「その力で、誰かを傷つけるのが怖かったの? 何かを失うのが怖かったの?

 ……でもね、見なさいよ! 紫は、私は、ちゃんと生きている! ここにいるのよ!

 誰も何も、失ってなんていないわ!」

 

 

誰かを傷つけるだけが力じゃない。それは、アンタが一番良く分かっていることでしょう。

 

誰よりも、弾幕ごっこを“楽しむこと”を大切にしていたアンタだからこそ、私は……ッ!

 

 

「……ちゃんと見えているんでしょう!? 聞こえているんでしょう!? ……なら、分かるわよね!」

 

 

失うのが怖い? ……バカ言ってんじゃ無いわよッ!

 

 

 「――私は、ここにいるわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  『――大丈夫だよ。 私は、ちゃんと……ここにいるから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に、誰かの声が聞こえた気がした。それが誰の声だったのかは、分からない。

 

けれど……とても暖かくて、優しい声だった。それだけは、覚えている。

 

 

 

 

 

 

頭上高く上げていた腕をゆっくりと下ろす柴芭。

力無く腕を垂らしたかと思うと、そのまま膝から崩れ落ち、倒れこんだ。

 

「柴芭ッ……!」

 

駆け寄ろうとしたその瞬間、再び柴芭の身体から蒼いオーラが立ち昇る。

その蒼い光に阻まれ、柴芭へと近づく事は叶わなかった。眩しさのあまり、思わず手で顔を覆う。

 

 

 

 

 

 

光の晴れた先には、一匹の青い竜の姿があった。

 

 

透き通るような青い甲殻を持った、翼の無い蛇のような姿をした龍だ。

私や紫、そして真下に倒れ伏す柴芭の何倍もの巨躯を持つ竜が、蜷局(とぐろ)を巻いて此方を睥睨する。

 

 

『…………』

 

物言わぬ竜は、静かに此方を見つめ続ける。

その竜から、私は目を逸らさなかった。……()()()()()()()

 

 

そして、竜は真下の柴芭を一瞥し、再び此方に目を向け、静かに口を開く。

 

 

『――――――――』

 

 

すると、その竜の姿が次第に薄らいで行き、最後には霧散してしまった。

 

 

あの竜が何を告げたのか、私の耳には届かなかった。

言葉だったのかどうかすら分からないが……。けれど、確かに……何かを告げていったのだろう。

 

 

 

……そうだ、柴芭は!?

 

 

「安心しなさい、眠っているだけよ」

 

答えたのは、紫の声。既に紫は回復したのか、倒れていた柴芭を介抱していた。

その姿は紛れも無く、私の知る“いつもの柴芭”だった。……自然と、安堵の息が零れる。

 

「どうなる事かと思ったけれど……最後は貴方に助けられたわね、霊夢」

 

私が……助けた、のかな……?どうなんだろう……よく、分からないな。

もう、無我夢中だったから……。

 

 

「……けれど、これでハッキリした事が一つあったわ」

 

そう言うと、紫は先程まで見せていた穏やかな表情から一転、どこか険しい表情を浮かべる。

 

「霊夢、貴方も見たでしょう? 彼から出てきたあの“竜”を……」

 

“竜”……そう、あれは紛れも無く“竜”だった。

伝承や言い伝えでしかその存在は見た事が無かったけれど……それが、柴芭と何か関係が……?

 

 

 

 

「彼の竜は――青竜(せいりゅう)。 ……嘗て、博麗神社に祀られていた龍神よ」

 

 

「……ッ!!」

 

 

唐突に告げられたその言葉に、私は声を出す事すら出来なかった。

 

その言葉から、様々な思考を巡らせては消散させてを繰り返す。

龍神……!? それに、博麗神社って……!? ……あぁ、もう! 何も分からないわよっ!

 

 

考えれば考えるほど深みに嵌って行って……何も、考え付かない。

 

……? あ、あれ……? なんでだろう……。 私、どうして……倒れ、て……?

 

 

「……今は、何も考えなくて良いわ。 今はただ……ゆっくり休みなさい、二人とも……」

 

紫の言葉が聞こえる。 そして、額に誰かの手が乗せられる。

その感触の心地良さに身を委ねているうちに、更に意識は遠退いていく。

 

 

「いつか、時が来たら……その時には、きっと……」

 

 

その言葉を最後に、私の意識は途切れた……。

 

 

 

 

 

 

 




真実に触れた時、人は何を想うか。



シリアスの多いこの作品ですが、今回は最初から最後までシリアス一直線だった気がします。
最も、ストーリーを進める上で、避けては通れぬものですが。


次回、「いつもと違う日」。あの日以来、日常から何かが欠けてしまった。
1月17日、更新予定です。


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