神々が愛した幻想郷 ~ Fantasia Variants Dreamed.   作:左右手

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次の章で使う予定の挿絵をのんびり書いてたら文章書くのが大幅に遅れているありさま。
最新話近くの平均文字数が大体10000越え……どうも、一遍に纏めたくなってしまうんですよね。

来月から本格的に忙しくなるので、更新ペースがさらに落ちるかもしれません。



それでは、本編をどうぞ。

-あらすじ-
柴芭の力の正体を知る為に、紫は彼らを自らのスキマに招き、ある実験を行った。
その果てに得られた情報、それは「青竜」という博麗神社に祀られていた龍神の存在だった。
あれから数日の後、真実の一端に触れた霊夢はというと……



いつもと違う日

卯月の空にあった温かな風は、次第に皐月の涼風へと移ろいゆく。

境内一面に咲き誇っていた桜も、次第にその身を散らし始め、大地を薄桃色に染める。

 

季節の変わり目が近付きつつある幻想郷は、今日もいつもと同じ表情を見せる。

異変も無ければ、何か事件がある訳でも無い。いつもと変わらず、平和で退屈な幻想郷だ。

 

変わったものがあるとすれば、それはきっと……。

 

 

ちらりと、私の左隣を横目に見る。そこに、柴芭はいない。

いつも私の隣で空を眺め、お茶を啜っていた彼の姿は、今は無い。

 

一口、手に持った湯呑を傾け、お茶を注ぎ込む。……少しだけ、物足りない味がする。

 

 

彼がいない理由……それを説明するには、()()()()()があった次の日まで遡る。

 

 

 

 

 

 

------

 

 

目が覚めた時、私は神社の母屋にいた。

 

そのまま体を起こし、眠たい目を擦りながら、混濁とした意識の中、昨日の出来事を回想する。

 

 

……あの時、紫が柴芭の記憶の境界を弄った時……。

柴芭は、突然苦しみだして……そして、そのまま……ッ!

 

「柴芭……ッ!」

 

思わず柴芭の名を叫ぶ。乾いた空気を伝い、部屋中に私の声が木霊する。

返ってくるのは、風に煽られ木々が揺れる音と、鳥の囀る音色だけ。

 

いつもはぶっきらぼうな返事の一つ程度は返ってくるのに、その言葉が返ってくることはない。

 

あの時、柴芭は眠っていたと言っていた……けれど、あの後柴芭が目覚めなかったとしたら……。

もし、柴芭があのまま何処か遠くへ行ってしまったら……思い浮かぶのは、そんな事ばかり。

 

言いようの無い不安に駆られ、段々と怖くなってくる。

一体、何に怯えているというのか……それの正体すら掴めずに、ただ漠然とした恐怖だけが、今も私の心を覆っていく。

 

 

不意に、眼の前の空間に縦に亀裂が入る。

端と端に赤いリボンのような物が付いた、見覚えのある()()は次第に横に広がって行き、中から見知った顔が現れる。

 

「やぁ、昨日ぶりね霊夢。 ……霊夢?」

 

現れたのは、紫だった。いつもの如く飄々とした笑みを浮かべて現れた彼女は、次第にその顔を困惑に歪めていく。

 

「あぁ、紫……」

 

「大丈夫、霊夢? 何だかあんまり元気が無いようだけれど……」

 

紫は少し心配そうに私の頬に手を当てる。……別に、私はいつも通りよ。

それよりも、私が知りたいのは柴芭の事だ。アイツは、何処に行ってしまったの……?

 

「……分かっているわ。 柴芭の事……よね」

 

私の心でも読んだのか、そう言って紫は私の頬から手を離し、スキマの境界へと腰掛ける。

 

「お察しの通り、彼は今ここにはいないわ。 故あって、私の住処に置いているのよ」

 

「どうして……?」

 

どうやら、柴芭は今、紫の住んでいる場所にいるらしい。……けれど、何故?

理由を問えば、紫は再び此方を向き直り、問い掛ける。

 

「……昨日の事は、覚えているわよね?」

 

昨日の事が、嫌と言う程よく覚えている。私は小さく頷く。

 

「あの時……柴芭は自身の心を守る為、青竜の封印を解き放ち、私を排除しようとした。

 ……それでも、その時彼が心に負った傷は、並の人間が耐え得る域を遥かに超えていたわ。

 今は、辛うじて自身を保っていられているけれど……とにかく、精神が不安定な状態なのよ」

 

やっぱり……そういう事だったのね。

 

「それに加えて、急激な力の覚醒に肉体が付いて行かなかったのか、身体的にも多大なダメージを負っているわ。彼には、傷の治りが早いという体質がある筈だけれど……それが今回は作用していないのか、未だに彼の身体は癒えないわ。

 だからこそ、今は私の力で彼の心と体を安定させているのよ。 ……理解してくれたかしら?」

 

理解はできる。頭では分かっている……けれど、

 

「……私じゃ、だめなの?」

 

気が付けば、その言葉を口に出していた。

 

「霊夢……」

 

思えば、私が動けなかったあの時……柴芭は私を助けてくれていた。

そんな柴芭を、今度は私が助ける。……そう思っていたのに。これじゃ、何も……

 

「いつもそう……私は、ただ待っているだけ。 ……私じゃ、力になれないの?」

 

このままじゃ……私、助けられっぱなしじゃない。

私だって、柴芭の為に何かしてやりたいのに……どうして、私はいつも除け者にされる?

 

「ごめんなさい、霊夢……」

 

紫が小さく首を横に振る。暗く沈んだその表情からは、本心からの無念が伝わってくる。

 

「……何よ、もう」

 

それでも、私の心は納得するはずも無く、ただ一言、そう吐き捨てる。

 

 

何も出来ない、もどかしさと、悔しさ。その感情だけが、私の心に渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

------

 

 

「はぁ……」

 

微妙に冷めたお茶を一気に飲み干し、一息付くと共に零れる溜息。

 

 

あの日以来、柴芭のいない生活が始まった。

別に、それが辛いわけでは無い。今までと変わらない……柴芭が来るまでは、ずっと一人だったのだから。

 

……だというのに、一体何なのだろう。この妙な虚しさというか……物足りなさというのか。

 

何か……何かが私の中で、欠けてしまっている。

けれど、それが一体何なのか……私には、分からなかった。

 

 

……あぁ、もうっ!

 

「うだうだしててもしょうがないっ!」

 

身体を大きく仰け反らせ、その勢いのままに立ち上がる。

今は、何か別の事でもして、気分を紛らわすのが一番だろう。

 

「暇つぶしに、里にでも行くかな」

 

そう呟きながら、身支度を整えに自室へと向かう。

 

そうこうして、準備を整えた私は、石段を()()下りて里へと向かった。

 

 

 

 

 

 

数分と経たずに辿り着いた人間の里。ここもまた、いつもと変わらぬ景色を見せる。

行き交う人々の喧噪の声を背に、行く当ても無く街道を練り歩く私。

 

最後に人里へと訪れたのは、柴芭と遊びに行った時以来だろうか。

ふと、あの時に食べた団子の味が恋しくなってくる。……駄目駄目、今はその事は考えないようにしないと。

 

そんな思考を払拭するために大きく「回れ右」をすると、不意に赤い双眼と眼が合う。

 

「あっ……話しかける前に気付かれるとはね。 流石、博麗の巫女……というべきかな?」

 

スミマセン。完全に偶然です今のは。

 

その赤眼は、同じく赤いリボンで結わいた、地に届きそうな程に長い白髪を小さく揺らす。

白いシャツに赤いもんぺといった出で立ちのその人物は、私にとっては馴染み深くは無かったが、その存在自体は認知していた。

 

「確か……慧音のヤツとよく一緒にいる人よね?」

 

「ああ、私は藤原妹紅って言うの。 一応、自己紹介させてね」

 

藤原妹紅……ね。確か、慧音がよく「もこもこ」言ってたような、ないような。

 

「で、その妹紅さんが私に何か用かしら?」

 

そう尋ねれば、妹紅は顎に指を当て、少し考え込むような動作をするも、直ぐに説明を始める。

 

「実はね……さっき慧音の所に寄ったんだけど、どうやら慧音は借りてたものを返しそびれたらしく、何だか一人でうんうん言っていたのよ」

 

借り物を返しそびれる……慧音にしては珍しいわね。それで、悩んでいるわけか。

……やれやれ、どっかの白黒とは大違いね。直接、聞かせてやりたいわ。

 

「仕事もあるし、なかなか返しに行けなかったんだろうね。 代わりに返しに行ってやろうと思ったは良いけど、今度はこっちにも仕事が舞い込んでくる始末で……」

 

あらら……まぁ、仕事なら仕方ないわね。妹紅にも、生活があるだろうし。

 

「阿修羅は店もあるし、他に誰か頼れそうな人はいないかな~って思って探していたら……」

 

「私を見つけた、と」

 

阿修羅さんとも知り合いなのか。確かに、この時間じゃ店は開けられないわね。

それにしても、博麗の巫女は何でも屋ってわけじゃ無いわよ……。まぁ、暇だったからいいけど。

 

「そういう事ね。 ……けど、やめておいた方が良いかな」

 

そこまで言っておいて、何故か言葉を濁す妹紅。なんでよ?

 

「貴方、あんまり元気が無いみたいだからさ……」

 

そう言われ、はっとする。また、顔に出てしまっていたようだ。……いけないわね、こんな事じゃ。

 

「大丈夫よ。 私は別に問題無いわ」

 

そう答えると、妹紅は少し訝しむ様に顔を覗き込む。近いわよ。

 

「そう? なら、お願いしていいかしら?」

 

妹紅の方も納得したのか、私にその荷物を差し出してくる。布に包まれたそれの中身は分からない。興味も無いが。

届け先は……『香霖堂』?慧音、霖之助さんから何か借りていたのかしら?……まぁ、どうでもいいか。

 

「任せておきなさい。 それじゃね」

 

「ああ、頼むよ」

 

それだけ告げると、妹紅は足早に曲がり角へと消えていった。

 

 

『おぉ~い! 妹紅ちゃんや~! そろそろ行くでのぉ~』

 

『はーい! 今行くよー……って、妹紅ちゃんはちょっと……』

 

 

曲がり角の向こうから、そんな声が聞こえてくる。……私も、そろそろ行くとしよう。

 

 

 

 

 

人々の賑わいとは離れたところにある、魔法の森に程近い里の郊外。

そこにぽつりと居を構える一件のお店。私は、そのお店へと歩みを進めていく。

 

店の名は『香霖堂(こうりんどう)』。主に、外の世界から流れ着いた古道具等を売っている店……らしい。

詳しい事は知らないし、興味も無い。だが、お祓い棒や巫女服等、ここで揃えられる品々の数々は、地味に私にとっても役立っているので、そういう意味では、馴染み深い場所だ。

 

扉を開けると、視界一杯に広がる謎の道具達。

……相変わらずの蒐集家のようで。こんなにあって、邪魔じゃないのかしら?

 

『……おや、いらっしゃい。 ……なんだ、君か』

 

店の奥から気だるそうな声が響く。暗くて顔は分からないが、声の主は良く知っている。

 

「なんだとはご挨拶ね、霖之助(りんのすけ)さん」

 

少しずつ目が慣れてくると、その容姿も明らかになってくる。

 

跳ねた一本の毛が目立つ銀髪が揺れ、半分だけ見開いた金色の瞳が眼鏡越しに輝く。

この香霖堂の店主、動かない古道具屋こと森近霖之助(もりちかりんのすけ)である。

 

「そうかい。 僕はてっきり、()()()を受け取りに来たのかと思ったからね」

 

そう語る霖之助さんの手には、一本の錫杖が握られている。

金色に輝くその錫杖には、本来はある筈の遊環(ゆかん)が通っておらず、長さも2M以上ありそうだった。

 

「何なの、それ?」

 

その異形の錫杖がどんな物なのかが気になったが、まずその持ち主が知りたくなった。

 

「阿修羅という人が、この前店に来てね。 これの修理を依頼して来たのさ。

 酷く破損していたけれど……まぁ、僕にかかればこの通り……ってね。

 ……すごい代物だよ、これは。 こんな武器を持っている辺り、彼も中々に修羅場を潜ってきたんだろうね」

 

どうやら、あれは阿修羅さんの物だったようだ。……確かに、あれ程の背丈なら、この錫杖も扱えるか。

けれど、仮にも金属で出来ている錫杖が破損するって……一体どんなヤツと一戦交えたのやら。

 

「……ところで、君は何の要件があるんだい?」

 

此方を向き直った霖之助さんがそう訪ねてくる。おっといけない、本題に移ろう。

 

「あぁ、そうだった。 ……これを預かっていたのよ、慧音からね」

 

そう言って、私は小脇に抱えていた包みを霖之助さんに手渡す。

本当は妹紅から預かった訳だけど……まぁ、どの道変わりないわね。

 

「ん……あぁ、これか。 ……やれやれ、彼女も随分と律儀なものだね。 多少の遅れ位、僕は構わないのに」

 

そう言って、霖之助さんはその荷物を棚に仕舞い込む。

確かに、とは思うが、慧音の性格を考えればそれは仕方ない事だろう。

 

さて……用事も済んだことだし、帰るとしましょうか。

 

「ん? もう帰るのかい? ……なら、一つ頼まれてくれないか?」

 

帰ろうとすると、霖之助さんが何やら呼び止める。

 

「阿修羅に……彼に会ったら、これを受け取りに来るよう伝えておいてくれないか?」

 

そう言って、その手に持った錫杖を指差す霖之助さん。あぁ……そうね、伝えておきましょう。

 

「分かったわ。 ……? 何よ?」

 

そう答えた後も、何やら霖之助さんは此方をじっと見つめてくる。

なんか、今日は良く顔をじっと見られるわね。一体なんだって言うのよ……。

 

「いや……何だか、この前会った時よりも、元気が無いように見えたからね。

 アドバイス……って程のことでも無いけど、そういう時は一人で抱え込むよりも、誰かに相談した方が良いかもしれないよ」

 

「…………」

 

言葉は返さず、そのまま振り返ることも無く、私は店を後にした。

 

 

「はぁ……」

 

店の軒先で、私は独り、重たい息を零す。

 

霖之助さんの言葉が間違っているとは思わない。むしろ、正鵠を射た指摘と言える。

けれど……そんな簡単に相談できるような事では無い。仮に出来たとして、誰がその悩みを解決しよう。

 

結局のところ、私に出来る事なんて、こうして気を紛らわす事ぐらい……。

今みたいに、何か頼まれごとの一つでも請け負っていれば、その間は気を紛らわすことができる。

……だとしても、今日はその率が高めだけれど。

 

 

そう考えながら帰路に就こうとすると、ふと木陰から一人の影が現れる。

 

その見覚えのある影を見た瞬間、何やら嫌な予感が脳裏を過る。

早くその場を去りたいと思い、空を飛んで一目散にその場を離れようとする。

 

だが、その人物は私が飛ぼうとする前に背後に回り込み、がっちりと私を拘束してしまった。

……こんな方法を使えるのは、一人しか知らない。

 

「何の用……? 咲夜……」

 

恐る恐る後ろを振り返ると、咲夜は「良い笑顔」を浮かべて私の顔を見る。

 

「あら、分かっているじゃない。 察しが良くて助かるわ」

 

案の定、と言うべきか。やはり厄介事を持ってきてくださった、このメイドは。

とりあえず、頼ってきた手前無碍にも出来ないので、離してもらい、話してもらう事にする。

 

「実は、ちょっと除霊をお願いしたくてね。 春雪異変の時……あの時に冥界から春に乗ってやってきた霊の中の残りだと思うんだけど……その霊が、あろうことかフランドール様のお部屋に居座ってしまっていて……」

 

フランドール……魔理沙が言っていた「悪魔の妹」だっけ?それはまた、災難な目にあったわね。

 

「フランドール様はすっかり怯えてしまって、今はレミリアお嬢様のお部屋に退避しているのよ」

 

なるほどねぇ……そのフランドールってのも、案外可愛らしいものね。幽霊に怯える悪魔とはね。

私としては、そのレミリアお嬢様も幽霊が怖いんじゃないか、と邪推してみる。

 

「美鈴は幽霊が苦手だし、パチュリー様や旦那様も除霊はできないと仰っていたし、当然私もそんな事できないし……」

 

門番が幽霊に怯えてどうする。魔法使い組は、まぁ仕方が無いか。旦那の方は実験に使おうとしてたらしいけど……。咲夜は……まぁ、依頼してる時点で察するわね。

……というか、さらりと小悪魔が戦力に数えられていないわね……まぁ、どうでもいいか。

 

「で、私の出番なワケだ」

 

「そういう事ね。 引き受けて下さるかしら? 報酬は出すわよ」

 

まぁ……報酬が出るなら、悪くは無いかな。それに、放置して悪霊にでもなられちゃ困るしね。

 

「……分かったわよ。 博麗の巫女として、その仕事を引き受けるわ」

 

「本当? 助かるわ!」

 

紆余曲折あり、私は咲夜と共に紅魔館へと向かう事になった。

 

そこへ向かう道中……時折、此方を不安そうに見やる咲夜の表情が妙に印象に残った。

 

 

 

 

 

 

仕事は比較的早くに終える事ができた。憑りついていた霊が、大した力も無い弱小霊だったのが幸いだったわね。

 

除霊の報告をすると、フランドールは大喜びした様子で此方に抱き付いてきた。

傍から見ればとても微笑ましい光景なのだろうが、何分相手は吸血鬼。その抱き付きは抱き付きの範疇に収まらない威力と相成り、結果、私はお腹を押さえて蹲る形となった。

 

事態が収まって、レミリアもほっとした様子だった。何だかんだ言って、やはり姉としては妹が心配だったのだろう。

 

咲夜から報酬も頂いて、さっさと帰ろうかと思った矢先、私はまたしても呼び止められた。

 

Guten Tag(グーテンターク), Priesterin(プリスタリン)(こんにちは、巫女さん)」

 

独特な言葉であいさつをされる……外の世界の言葉なのかな?

 

「ああ、ジークじゃない。 例の件なら、もう終わったわよ」

 

例の件というか、霊の件というか……とにかく、仕事を終えた旨を伝える。

その事を伝えると、ジークの笑みが少しだけ深まる。……常に笑っているから、表情の変化が分かりにくいわね。

 

「そうかい、それは良かった。Danke schön(ダンケシューン)(どうもありがとう). ……ところで、これから何か予定とかあるかい?」

 

予定……は無いけれど、何?何かのお誘いかしら?

 

「これからお茶にしようと思っているんだけれど、貴方さえ良ければ、ゆっくりしていって良いのよ?」

 

そう思っていると、不意に横から言葉を挟んでくるレミリア。

成程ね、お茶のお誘いだった訳ね。……まぁ、偶には良いんじゃないかしら?

 

「そうね……それじゃ、お言葉に甘えようかしら」

 

「そうこなくっちゃ! うふふふ~♪」

 

承諾すると、レミリアは嬉しそうに背中の翼を羽ばたかせる。

見た目相応の無邪気な一面もあった物ね。……けど、その笑い方は何かアレな物を想起させるのでやめて欲しい。

 

「多分、久々に君に会えたから嬉しいんだろうねぇ。 ……まぁ、付き合ってあげてよ」

 

そう苦笑しながら、耳元で小さく囁くジーク。吐息交じりの声が妙に色気を……って、それはどうでもいい。

 

気が付けば、既に私は客間のソファに案内されていた。咲夜が時を止めてこっちに連れてきたか。

……やれやれ。終わった後の方が苦労しそうね、これは。

 

 

 

 

 

 

……あれから、大体小一時間くらい経っただろうか。

気が付けば、すっかり日も落ちてきていた。吸血鬼にとっての昼が始まるってワケね。

 

考えてみれば、こうして沢山の人と一緒に騒いだりお茶したりした事が、随分と久しぶりの事のように感じる。

最後に宴会を開いたのって……確か、そう。春雪異変の後、里の復興が終わった時に、阿修羅さんの店を借りて開いたんだっけ。

 

あの時ほどの騒ぎでは無かったが……まぁ、楽しい時間だったわね。紅茶もそれなりに美味しかったし。

 

はしゃぎ疲れたのか、ジークの膝の上ですやすやと寝息を立てるフランドール。……こうして見てると、本当に可愛らしいわね。この笑顔をして「悪魔の妹」とは、到底考えられないわ。

 

さて……そろそろお暇しようかしら。あんまり長居しても迷惑だろうし。

 

「あら、もう帰っちゃうの……? 夕食に付き合ってくれてもいいのよ? なんだったら、今晩は泊まっていっても……」

 

「なんか、嫌に積極的ね……」

 

レミリアからの猛烈アピールを受け、若干引いてしまう。

 

対するレミリアの表情は、何処か此方を憂うかのような物であった。

 

「だって……何だか霊夢、寂しそうな顔してたから……」

 

「……ッ」

 

寂しい……なんて、別に私は思っていない。……と、思いたい。

 

「別に、私は大丈夫よ。 お誘いは嬉しかったわ」

 

そう告げれば、レミリアは諦めたのか、少しだけしゅんとした様子になるも、それでも此方に笑顔を向ける。

 

「そう……残念だけど、仕方ないわね。 それじゃ、気を付けてね」

 

「ええ、さようなら」

 

そう告げて、私は紅魔館を後にすることにした。

 

 

 

 

 

 

「おや、もうお帰りかい? 吸血鬼の時間は、これからだよ?」

 

玄関の扉に手を掛けようとした瞬間、横からそんな声が聞こえてくる。

一体いつの間に移動したのか、ジークが壁を背に預け、此方を見ていた。

 

「お生憎様、私は人間よ」

 

昼に起きて、夜に寝る生き物よ。

 

「そりゃそうだ」

 

何が可笑しかったのか知らないが、「ククク……」と薄気味悪く笑うジーク。

楽しそうで何よりです。せいぜい人前でそれやらないようにね~。

 

そう考えていると、ふと肩に誰かの手がのせられる。

華奢で色白なその手は、けれども何処か頼もしくさえ見えた。

 

「……何があったかは、ボクは知らないよ。 けど……もし、君がまだ心に何かを抱えているのなら……阿修羅(カレ)を尋ねるといい」

 

肩に乗せた手を離し、私の横に並び立つジーク。

 

「あの頃のボク達は、皆が皆、それぞれ迷い、悩み、苦しんでいた。 ……けれども、その度にカレは導いてくれた。

 ボクらにとって、彼は正真正銘のリーダーなのさ。 ……きっと、君が抱えている事にも、耳を傾けてくれる筈だよ」

 

…………。

 

「どうするかは、君の自由さ。 それじゃあね」

 

それだけを告げると、ジークはいつの間にか何処かへ去っていた。

 

 

……どうなんだろう。 ……私は、どうしたいのかな。

 

 

 

 

 

 

------

 

 

夜の帳が下りた人里を、私は一人、練り歩く。

 

あれから、帰って一人で夕食を食べた後、やることも無いのでそのまま寝ようと思っていた。

……けれど、眠ることはできなかった。あのもどかしい気持ちがぶり返してきて、寝るに寝れなかったのだ。

 

特にすることも無いので、こうして人里を歩き回っているという次第だ。

 

まるで気分は夜遊びだ。里の一角にある居酒屋から、提灯の灯りと人々の喧噪の声が零れている。

夜になっても、この里は明るいままだ。夜空から見下ろす月にも負けないくらい、人々の心は華やいでいる。

 

……華やいでいないのは、私ぐらいか。

 

 

「……ん?」

 

ふと歩みを止め、視線を左へと向ける。そこには、嘗て訪れた事のある阿修羅さんの店があった。

 

……そういえば、霖之助さんから言伝を預かっていたのを思い出した。

まだ店の明かりが灯っているし……ちょうどいい、寄っていくとしよう。

 

 

店の中に入ると、先ず見覚えのある人物へと目が行く。

遠目に見ても分かる程の巨躯、鋭く光る赤い眼、そんな人物は一人しか知らない。

 

「む……? おや、いらっしゃい」

 

カウンターの奥に佇む店主がそう告げる。時間が時間だからか、私の他に客はいない。

 

「こんばんは、阿修羅さん。 悪いわね、こんな遅くに」

「いや、まだ一応は営業時間さ。 好きな所に掛けてくれ」

 

大分遅くに尋ねたが、どうやらまだ店はやっている時間らしい。まぁ、深夜でもお客は来るか。私みたいに。

阿修羅さんに勧められるまま、何の気無しに正面のカウンター席に座る。

 

「夜風で冷えたかしらね……強めの一杯お願い、熱燗で」

「承知した」

 

簡潔にそう答えると、阿修羅さんは背後の棚から徳利とお猪口を取り出す。

あらかじめ用意されていたのか、程よく人肌に温められた酒が目の前に差し出される。

 

「お待たせした」

 

別に待ってはいないけれど、それはある種の決まり文句のような物。気にせず受け流そう。

 

お猪口に並々と注ぎ込み、一気に飲み干す。

その熱さが喉を通り過ぎると同時に、ほんのりと体の奥が火照ってくる。

 

少しだけ上ずった気分のままに、私は何気無く話を切り出してみる。

 

「普段って、どれ位人が来るのかしら?」

 

そう問えば、阿修羅さんは少し考え込むように俯くと、直ぐに顔を上げて答える。

 

「日によりけり、だな。 まぁ、それ程多い訳では無いが……まだ閑古鳥の声は聞こえていないな」

「ふーん……なら、結構儲かってたりするのかしらね?」

「潤沢とは言えぬが……そうだな、生活には困窮していない」

 

あくまで最低限、生活に必要な儲けさえあれば良い……と。何とも謙虚なことで。

 

「はぁ~、逞しいわねぇ。 店の経営ってだけでも大変でしょうに」

「なに、慣れたものさ。 それに、退屈はしないぞ」

「でしょうね」

 

そう返せば、阿修羅さんは小さく笑う。それにつられて、私も笑みを零す。

 

何とも言えず、不思議な感じだった。この人と話していると、言葉がすんなりと出てくる。

話すのが楽しいのか……話すことに抵抗が無いのか。とにかく、私は色々な質問を繰り返した。

 

 

「それにしても、今日は何時に無く疲弊した様子だったが……」

 

質問を終え一息付いたところで、今度は阿修羅さんがそんな質問を投げかけてくる。

その言葉を皮切りに、今の今まで忘れ去っていた疲労感がどっと沸いて出てくる。

 

「……ええ、今日は大変だったわ。 道を歩けば、色んな人に尋ねられるわ、面倒事を押し付けられるわで……私を便利屋か何かだとか思ってませんかー、って……」

 

その感覚に突き動かされるままに愚痴を零し続ける。傍から見れば、ただの性質の悪い酔っ払いだ。

それでも、阿修羅さんは眉一つ動かすことなく、黙って私の言葉に耳を傾けてくれていた。

 

「それだけ、君が信頼され、必要とされているという事だろう」

 

「え……?」

 

静かに耳を傾けていた阿修羅さんが、不意にそう語り掛ける。

 

「信頼に足る人物……皆にそう思われる事は、誉れと言えるのではないか?」

 

「信頼」……確かに、それは生きていく上で大事なものだ。

人から信頼される事は、それだけ期待されるという事。それは分かっている……けれど、

 

「……本当に、そうなのかしら?」

 

不意に口をついて零れる想い。噤もうとしても、次々と言葉が流れてくる。

 

その言葉を、私も阿修羅さんも止めようとはしなかった。

 

「本当に、私は必要とされているのかな? ……だとしたら、どうしてアイツは、私を頼ってくれないのかな?」

 

今までも、何度だって私はアイツに助けられてきた。だからこそ、私もアイツを助けたかった。……力になりたかった。

なのに、いざアイツが苦しんでいると知ったら時には、もう全てが終わった後で……。

 

「近くにいるのに、手を差し伸べる事も出来ない……。 結局、私は何も……」

 

机に伏していた私の頭の上に、そっと何かが置かれる。

 

顔を上げて見てみれば、それは阿修羅さんの手だった。

大きくて力強い、全てを包み込んでくれるような温かさを感じる手だった。

 

見る者全てに威圧感を与える赫眼は、まるで父親のような力強さと優しさに満ちていた。

 

「君の憂いは理解できる。 ……だが、それは杞憂だと言っておこう」

 

私の頭に置いていた手を離し、静かにそう口にする阿修羅さん。

 

「……以前、彼が私の元を訪ねた時、彼はこう言っていた」

 

そして、アイツが残した言葉を私に告げる。

 

 

 

 『オレは霊夢に出会えて、良かったと思っている。

   アイツがいたから、今のオレがあるんだ……だから、感謝している』

 

 

 

驚喜するでも無く、落胆するでも無く、ただひたすらに、その言葉を脳裏で反芻する。

 

「それを本人に伝える気はあるのかと問うてみたが、無言の返答が返ってきただけだったな」

 

…………。

 

「……憂う事は無い、霊夢よ。 彼が君を信じているように、君も彼を信じていれば良い」

 

その言葉を告げられた途端、一気に目頭が熱くなる感覚を覚える。

 

「……ッ、ご馳走様。 これ、お勘定ね」

 

表情を悟られないよう、無造作に代金をテーブルに置き、素早く立ち上がり後ろを向く。

 

「 ……あぁ、そうだ。 霖之助さん、修理終わったって」

 

引き戸に手を掛ける直前、伝えそびれていた要件を思い出す。

ぶっきらぼうにそう告げると、阿修羅さんの「そうか……もう終わったのか」と呟く声が聞こえてくる。

 

「ふむ、相解った。 では、後日伺う事としよう。 伝えてくれてありがとう」

 

……『ありがとう』、ね。

 

「……それは、こっちの台詞よ」

 

結局、私はその言葉を告げられず、遠回しにそう伝えるだけだった。

今の私は、アイツと同じくらい……いや、それ以上に素直じゃないのかも。

 

「それならば、重畳だ」

 

去り際に耳に届いた言葉、去り行く私の背中に投げかけられた阿修羅さんの言葉。

 

きっと、最初からあの人にはお見通しだったのだろう。

私の不器用さも含めて……ね。

 

 

 

 

外に出れば、夜の寒気が私を出迎える。けれど、その寒さを私は感じない。

その理由はきっと、「お酒で火照ったから」だけでは無いのだろう。

 

今までの感情がうそのように、今の私の心は晴れやかだ。

未だ喧噪の渦中にあるあの酒場の誰よりも、私の心は華やいでいるに違いない。

 

 

帰路に就く中、先の会話を回想する。

 

『私もアイツを信じていればいい』……そんな簡単な事に気が付かないとは、私もまだまだね。

 

 

「さて、と……帰るかな」

 

欠伸と共に駆け上ってきた眠気に誘われるように、自然と足早になっていく。

 

「帰ったら、色々やってもらう事がたくさんあるんだからね」

 

巫女は結構厳しいのよ?せいぜい、覚悟しておきなさいな。

 

 

だから……ちゃんと元気な姿で帰ってきなさいね、柴芭。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

------

 

 

扉を開けて外を眺めれば、遠くの灯りが一つ、また一つと消え行くのが見える。

道行く人々の声が消え、喧噪に塗れた酒場の光が絶え、華の里に真の夜が訪れる。

 

人の絶えた店内、煌々と溢れる光を消すべく、灯りに手を触れようとした刹那、先の出来事が脳裏を過る。

 

それは、この日の最後に訪れた客。焦燥と憂いを帯びて訪れた一人の少女。

初めて出会った時から超然とした雰囲気を纏っていた彼女もまた、人並みに悩み、人への想いを抱いていたのだ。

「誰かに必要とされている事」を自覚していた彼女だからこそ、それとは対極の状態に対する恐れも人よりあったのだろう。

 

そんな憂いも、帰る頃には表情から消え失せていた。恐らく、もう心配はいらないだろう。

 

 

「……私も、同じだった」

 

誰に告げるでも無く、抱いていた胸の内を虚空に向けて告白する。

 

 

灯りの消えた暗闇の中、目を閉じれば浮かぶ、幾億もの記憶。

 

あの日、この世界に足を踏み入れた時から始まった、幻想に綴りし物語の、その追憶。

 

 

 

 

 

 




誰かを信じる事は簡単ではないけど、信じあえるからこそ人は強くなれる。



霊夢の立ち位置は、柴芭のストーリーにおけるもう一人の主人公だと思っています。
柴芭と共に、霊夢もまた成長してきました。
嘗ての彼女を知るものならば「変わったな」と思う事でしょう。

一先ず、これにて柴芭のストーリーは一休みとなります。
次回以降は、オリ主の一人、阿修羅が主人公の章へと移行します。

オリ主組のリーダー的存在である彼の活躍を、頑張って描いていきたいと思います。


次回、「幻想に綴る幕明」。物語は、ここより始まる。
1月31日以降、更新予定です。


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