少しだけ長い夜のこと   作:D_P_cataconb

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 彼が棲むのは土の底。
 気が遠くなる時の中、身動き出来ない檻の中。

 誰に気付かれることもなく、暗闇の中でただ一人。
 年の終わりのただ一日。彼の世界は広くなる。

 その時が来ればすぐに分かる。
 楽しげに響く歌声が、世界の蓋を取り去るから。

 夜のパレードは続かない。月が沈めば宴は終わる。
 より正確にはより早く。夜明けより先に列は散る。

 自由な時間は瞬きの間に、過ぎてしまえばただ一瞬。
 どれだけ遠くに離れてみても、夜明けとともに逆戻り。

 全ては夢と変わらない、気付けば同じ土の中。
 たとえ夢でも構わない、独りは暗くて寒いから。

 水底から目を逸らすため、土の上へと腕を伸ばす。
 夢の時間を延ばすため、焦燥が彼を駆り立てる。


宵闇の祭宴

 灯りを目指して近づいてみれば、サーラを迎えたのは壁らしい壁もない無防備な農村。眼前には踏みならされた土の道が広がり、愉快に飾り付けられた木の柵に挟まれて畑や家々をつないでいた。

 身長ほどの柵を軽く飛び越え、宵闇を照らす等間隔の篝火をすり抜け、少女はこともなげに村へと入り込む。視界に入ってきたものは、顔の模様にくり抜かれ蝋燭を差し込まれた大きな野菜や、ドクロを被せられたカカシといった物寂しい道を賑やかす飾り付け、そして思い思いのお化けや怪物に扮装した子供たちが見えた。

 どちらへ目を向けようとも飛び込んでくる楽しげな光景に、少女は小さな違和感をも同時に覚えていた。その正体を探ろうとすれば、遥か過去の断片がシャボン玉のように浮かんでは消えていく。

 

――お城の広間に街中の人が集まってきて、それから……ごちそうを食べたり、おはなししたり……それから……それから…?

 

 とらえどころのない曖昧な記憶の中をさまよい歩き、しばらくしてサーラは気付いた。

「そうだ、お城。パーティはお城で開くものだわ。お城がないのなら、みんなどこにあつまるのかしら」

 城など、そうどこにでもあるものではない、その程度のことは知っていた。しかし、ならばどうするのか。考えたことさえなかったかもしれない。

 領主の館とか教会とか、代わりの大きな建物に集まるのだろうか。少女がヒントを求めるように周囲を見回せば、それはすぐに見つかった。

 歌いながら、喋りながら、騒ぎながら、どこかおどろおどろしく、けれどもやはり楽しげな子供たちの行列が小さくなっていく。幾人かがチラチラと、こちらをうかがっているようにも思えた。

 あの行列はパーティの会場へ向かっているに違いない。根拠もなく思い込んだ少女は足早に彼らを追いかける。

 徐々に遠ざかろうとする楽しげな歌声。そのゆっくりとした歩みには、普通の少女の足だとしても容易く追いつけることだろう。

 みんなーと声をかけて駆け寄れば、彼らも振り向き手を振り返し、はやくおいでよと急かしながら見知らぬ少女をも疑いなく迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 彼らが口ずさむ歌はすぐに覚えられた。

 聖なる夜だ。おめでとう。逢魔の夜だ。もてなさなければ悪さをするぞ。

 そんな言葉を繰り返すばかりの、どこか物騒な響きを含んだ一本調子の旋律。その歌の意味はすぐには分からなかったが、一緒になって唄うのはとても楽しく感じられた。

 歌いながらパタパタと駆け回る子もいれば、喋りながら道をまっすぐに進む子もいて、行列はその中の順番をめまぐるしく入れ替えながらゆっくりと前進していた。

 そんな彼らが足を止めたのは、畑のそばに建つ一軒の家。特別大きくもなければ変わったところもなく、玄関先が愉快に飾り付けられていることを除けば何の変哲もないレンガ造りの家だった。

 歌も会話もすっと静まり、毛皮をかぶった背の高い子がトントントンと戸を叩く。

 

――まさかこんなところで? 人があつまれるような場所には見えないけれど。

 怪訝な瞳で叩かれた戸を見守る少女の表情は、他の子供たちから浮いて見えたかもしれない。開かれた戸から現れたのはふくよかな体つきをしたおばさんで、ずらりと並んだ子供たちからは一斉に、もてなさなければ悪さをするぞと声が上がる。

 この人は何か悪いことでもしたのだろうか。彼らの言葉は少女の疑問を掻き立てるには十分なものだった。

 ぱちくりと瞬きを繰り返す少女の前で、あらあらそれは大変ねと、まるで困っているようには見えないにこやかな表情で、一度中へと引き返した家主は何かを抱えて戻ってきた。

 

 それは底の深い鍋のような籠。中には紙に包まれた球のようなものがぎっしりと詰まっていた。

 我先にと群がる子供たちは、たしなめられながらもその中身を掴み取っていく。それを受け取った子は後ろに下がり、服のポケットや鞄にしまい、あるいはその場で紙を開いて口に入れてしまう者もいた。

 どうやらそれがお菓子のようだと察した頃、目の前に空間が開いた。もう殆どの子供たちがそれを受け取ってしまったらしい。

 わたしにも頂戴と家主に声をかければ、お行儀の良い子ねと褒められ思わず笑みがこぼれた。少女が遠慮がちに箱の中身をすくい取ると、家主はあなたで最後みたいだからと言って、大人の大きな手で一掴みしたお菓子を編み籠に入れてくれた。

「あっ!」

 サーラの中で二つの点が繋がった。

――ミザリィはこれを知っていたのね!

 新たな発見によって、少女の胸中には驚きと嬉しさが湧き上がっていた。

「あら、そんなにいらなかった?」

 腕に提げた編み籠を見つめる少女に、からかいの色を帯びた優しい声がかかる。

「ううん、ありがとう!」

 

「みんないいなー? 次行くぞー!」

 一団の雑談を押しつぶす、高らかな宣言とそれに同調する掛け声が夜に響く。気付けば軒先に残っていたのはサーラ一人、慌てて礼をして行列に戻りながら、少女はどこか暖かなものを感じていた。

 再び歌い出したパレードの中、ふと振り返れば家主はまだ子供たちを見つめていた。目があったような気がして手を振ってみれば、彼女もまた手を振りかえしてくれた。

 

 そうして同じ歌を唄いながら、夜道を子供たちが行く。繰り返される短いフレーズは数えることを億劫にさせ、時間の感覚を狂わせる。

 次に彼らが足を止めたのは、またも特別さのない家屋。さっきとは別の少年がその扉を叩き、サーラの推測は確信へと変わった。

 この行列はパーティの会場へ向かっているのではなく、この行列そのものがお祭りなのだと。きっとまた家の主が出てきて、お菓子を配ってくれるに違いない。

 

 かくして、サーラの予想は見事的中した。もてなさなければ悪さをするぞと脅された家主は、また同じように何かを持ち出してきたのだ。

 それは網を被せられた大きな皿。さあどうぞと網が取り去られれば、姿を表したのは棒を刺され妙にテカテカとしたリンゴの山だった。我先にと群がる子供たちに出遅れながら、少女もリンゴを手に取った。

 直接触れてみれば表面は硬いながらもべとべとしていて、少し気持ち悪さを感じないでもない。しかしその芳しい香りと艶のある姿は食欲を誘うに余りあるものだった。

 これを編み籠に入れてしまえばさっきのお菓子が包み紙ごとべとべとになってしまう。だからこれは今すぐに食べなくちゃいけない。

 おずおずとかじりつく少女の鋭い歯の侵攻に、リンゴを覆う透き通った壁は抵抗の甲斐なくあっさりと貫かれた。その先で少女を待っていたのは、軽く火の通った甘酸っぱい果実。単純に甘い被膜とのコントラストが得も言われぬ幸福感を小さな口内に作り出し、少女は思わず染まった頬に手をあてがっていた。




 今年はいつもと何かが違うと、道半ばで行列に加わった彼は感じていた。
 子供たちは毎年のように違う仮装をしているから、顔や姿ではどの子が誰なのか見分けることはできないけれど、それでも彼らの声はよく憶えている。子供たちの声を繰り返し思い出すことは閉ざされた闇の底では貴重な慰みで、ときにはそこまで響いてくる声もあったから。
 聞き慣れた歌を唄う聞き慣れた声の中に、聞いたことのない声が混ざっている。
 去年までずっと参加しないでいたのだろうか、それとも最近になって他所からやってきたのだろうか。
 その知らない声は彼の興味を強く惹きつけた。その声の持ち主はなんとなく、他の子供たちとは違うような気がした。
 なんとかして探せないかとも思ったが、少し考えて結局やめた。
 どうせ今夜限りの夢ならば大して変わりはしない。その子が何者であれ関係のないことだ。既に終わりは見えているのだから、何を期待したって仕方がない。そう自分に言い聞かせて。

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