SELF   作:NKF


原作:咲-Saki-
タグ:咲-Saki- 須賀京太郎 宮永咲
これは幻?それとも…
須賀京太郎がこの対局で見たものとは

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SELF

「ここは…」

 

気が付くと座っていたのは県大会の雀卓の椅子。

彼にとってはかつて大敗を喫した苦い場所である。

 

「ここにいたんだ、京ちゃん」

 

「咲!」

 

振り向くと、そこにいたのは彼の幼馴染。

だが、その姿はいつも知っている少女ではなかった。

 

「どうして俺達はここにいるんだ、それにここは」

 

「そんな事どうでもいいよ。これから一緒に麻雀をやるんだから」

 

少女の声をよそに慌てて会場を飛び出し通路の窓をのぞき込む。

目の前に映っていたのは緑と調和された綺麗な建物ではない。

多くの建物が水没し大雨が降り続く、まるでこの世の終わりであるかのような光景であった。

あまりの事態に困惑している京太郎に対し、咲は首根っこを掴みながら言い放った。

 

「分かってる?もうどこにも行けないんだよ」

 

「冗談を言っている場合じゃないだろ!早くここから逃げ」

 

「しつこいなぁ。ここにはもう誰もいないんだよ、私達の邪魔をする人なんて」

 

 

少女にはもう何を言っても通じない。

ここに至って観念した京太郎は遂に彼女との対局を決意した。

この場にいるのは京太郎と咲の2人だけ。

となればやれる麻雀はおのずと決まっている。

 

「二人打ち麻雀か」

 

高校麻雀をはじめプロでも行う事のないイレギュラーなルール。

しかし、1対1での実力を測るにはピッタリな条件とも言えるだろう。

とは言え2人の実力差は明白。

念のため京太郎はこの試合について聞いてみた。

 

「咲、俺の実力は知ってるよな?だったらこの対局の目的は何なんだ?」

 

「目的なんてないよ。ただ私が満足するまで打つ、それだけ」

 

少女の口から出てきたのは実に残酷な言葉であった。

いくらマイナスになろうと対局に終わりは無い。

彼女の気が済むまで延々と上がられ続けるという事であろう。

 

「俺にあいつを満足させる事なんてできるのか?」

 

彼の口調には不安な気持ちを隠せない。

点数がいくらになれば終わる、という大会のルールにどれだけ救いがあったか

という事を痛感した。

 

 

しかし、今までどのくらい彼女に接していただろうか、という気持ちも同時にわき始めていた。

入部するまではあれだけ親しかったのに、県大会や全国大会以降は

少し距離を置いていたのではないか。

他校の選手に目を取られ少女の事を見ていなかったのではないか。

阿知賀の部員と会わず一人でホテルに戻った際も付き添ってやるべきではなかったのか?

今まで自分がしてきた事に対し少年は後悔をしていた。

 

「気持ちをぶつけ合い、体を張ってそれを受け止めるしかない、か」

 

どこかのゲームで聞いた事があるような言葉。

だが彼の今の状況には最もふさわしいと言えるかもしれない。

全てを決意した京太郎は少女にこう返した。

 

「いいぜ、咲。受けてやるよ」

 

この言葉を聞き、少女には少しだけいつもの笑顔が見えた。

しかし、それも一瞬だけ。次の瞬間にはさっきまでの冷たい表情が戻っている。

 

「よかった。でもいくら弱音を吐いても手を抜かないからね」

 

「俺の諦めの悪さは知ってるだろ」

 

そして二人は同時にこう叫んだ。

 

「さあ、麻雀を(楽しもうか)(楽しもうよ)」

 

その瞬間、会場の外から大きな雷鳴が轟く。

同時に少女の後ろに巨大な影が映っていた。

 

 

あれからどれくらい経っただろうか。

少女の上りを示す声が止む事はなかった。

 

「才能も能力もないのに麻雀を打つ。なんでそんな無駄な事を続けるのかなぁ」

 

「努力は決して報われない。京ちゃんも薄々気が付いているでしょ」

 

「目標がある人間と何も目標がない人間、どっちが強いか分かるよね?」

 

数々の上りからこうした言葉が聞こえてくるようであった。

 

 

それでも京太郎の心は折れなかった、折れてはいけないと感じていた。

 

「辛いよね?でも私が今までどんな気持ちだったか分かる?」

 

「なんであの時京ちゃんは」

 

罵倒の陰に聞こえる少女のかすかな泣き声。

こうした言葉から京太郎は全てを理解した。

 

「そうか、咲はそこまで俺の事を」

 

過ぎ去ってしまった日々を戻す事はできない。

だけどそれを反省し前に進む事は可能だ、それに気が付けない人が多いだけに過ぎない。

朦朧とした意識の中、京太郎は覚悟を決めた。

 

「これが俺の答えだ、咲!」

 

対面の捨て牌を見た瞬間、彼は自分の全ての牌を倒し…

 

 

気が付くと京太郎はいつもの部室のパソコンの椅子に座っていた。

窓を見ると外は晴れており穏やかな緑の自然が広がっている。

さっきまでの対局は現実だったのだろうか?

彼が目にしたものは一体何だったのか。

 

「夢、にしては生々しすぎるな」

 

その時、廊下から大きな声が聞こえてきた。

 

「京ちゃーん!」

 

部室に入るや否や、少女は京太郎の胸に飛びついてきた。

 

「どうしたんだよ咲、そんなに慌てて」

 

「『どうしたんだ』じゃないよ。本当に心配したんだからね!」

 

話を聞くと、どうやら京太郎は昨日の夜から家に戻らなかったらしい。

どうせ和や優希と一緒にいるのだと思い電話をしたが、2人とも彼の行方は分からない

との事であった。

部長や竹井先輩にも連絡したがやはり知らないと返される。

両親にも連絡が無く、彼女は不安な一夜を過ごしたのであった。

 

「心配したんだから!本当に…」

 

彼は少女の頭を撫でながらこう言った。

 

「ごめんな、本当に」

 

言葉を発すると同時に彼は決心した。

確かに今までしてきた事を取り戻す事はできない。

しかし高校生活はまだ長い、できる事などたくさんある。

この少女と一緒に歩いていこうと、これからの自分も歩いて行けるようになるために。

 

その時授業開始の予鈴が鳴った。

 

「やばっ、急いで教室へ向かうぞ」

 

「うんっ」

 

2人は部室をあとにし、走りながら教室へ向かっていった。

 

「げっ、今日の分の教科書が無い」

 

「一緒に見せてあげるよ。減るもんじゃないし」

 

「ありがとうな。昼飯のレディースランチもよろしく、お姫様」

 

「まったくもう!」

 

軽口を叩きながら2人は光が差す道へ消えていった。

 

 

電源がつけられたままの取り残された部室のパソコン。

ネット麻雀のブラウザと同時に起動していたオーディオプレイヤーのタイトルには

こう記されていた。

 

「SELF」

 



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