黒崎君は助けてくれない。 続   作:たけぽん

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1. 黒崎君の憂鬱

 

 

青春とは、あっという間に過ぎ去ってしまう。さながら道を吹き抜ける風の様に。だから人は、限られた青春という時間を全力で生きる。結果失敗しようと黒歴史になっても、いつか大人になった時、心の中のアルバムを開いて感傷に浸るのだろう。

それだけ時間は有限であり残酷である。いくら充実していても、終わりが来てしまうのだ。だから、それに対して愚痴や文句を言う権利は誰にだってある。

つまり何が言いたいかと言うと、

 

「夏休み、短すぎるだろ……」

 

の一言に尽きるということだ。8月の暑さもだんだんと落ち着きを見せ、寒くもなく暑くもないちょうどいい気温になり、道を歩く赤羽高校の生徒たちも半そで半分、長袖半分と見事にハーフ&ハーフな今日この頃。

俺、黒崎裕太郎はというと長袖のワイシャツに薄いジャンパーを被せるという季節の境目らしい格好で通学路を思い足取りで進む。

おかしい。俺の記憶が正しければ夏休みにはいったのはついこないだで、最後にカレンダーを見た時は2学期まで2週間以上あったはずなのに、何故俺は学校に向かっているのだろうか。

 

だが、現実は非常であり、夏休みは既に過去の出来事となっていた。

 

通学路をぞろぞろと歩く生徒の集団の中、俺はポケットから携帯を取り出し今日のニュースや天気予報を検索する。別にニュースや天気予報に意味があるのではなく、俺含め最近の若者は何となしに携帯を見ることが多いのだ。ゲームは一日一時間と言っていた母の言葉は正しかったわけである。

 

それにしても今日は晴天だな。2学期の初めの日が晴れだと、なんとなく気分が上がる。1.3倍くらいには。

これだけ清々しい朝だとうっかり曲がり角でパンを加えた女子とぶつかりそうなもんだ。

 

「無いか。無いよな」

 

そんな少女漫画の様なテンプレ、今も昔も二次元の話だ。そう思い曲がり角を右に曲がる。

 

 

「きゃああああ!ど、どいてえええええ!」

「え?……へぐふっ!」

 

ありのままの事を言うが、俺は歩いていたはずがいつの間にか真っ青な空を見上げていた。どういう……ことだ。落ち着け、情報を整理だ。我、歩く。ゆえに我ぶつかる。

いや、全然わからんわ。取りあえず何かがぶつかって俺はそのまま地面に倒れている事しかわからん。

 

「いてて……」

 

ずっと地面に寝転がっているわけにもいかず、俺は上半身を起こす。

 

「いてて……」

 

それと同時に前方から俺と同じ言葉が聞こえてきた。それに目を向けた俺の視界に真っ先に飛び込んできたのは、白い布だった。

一瞬理解が及ばなかったが、すぐにそれが下着であることに気付き、あわてて上に眼をそらすと、次に視界に入ったのは、一人の女子だった。

 

肩にかかるくらいの黒髪に、幼げな顔、そしてその身にまとっているのは赤羽高校の制服だった。リボンの色を見るに1年生の様だが、どこかで見覚えがあるような……。

 

「あ、あのー聞いてます?」

「え?」

 

その女子が呆れたような眼で俺を見ている。

 

「あ、ああ。ごめん、聞いてなかった」

「そこでどうどうと聞いてないって言えるのは凄いですね……」

「褒めてんのかそれは……?ま、まあ取りあえずぶつかってごめん。不注意だった」

「それと全く同じことを今言ったんですけどね」

「まじか、全然聞いてなかった」

 

とにもかくにも、このまま地面に座ってると遅刻の危険性もある。俺はゆっくりと立ち上がり、ズボンについた砂利を掃う。女子生徒も同じように立ちあがり、傍らに落ちていた鞄を拾い上げる。

 

「取りあえず、今回の責任は両者にあるってことでここまでにして、学校に向かいませんか?」

「そうだな。新学期早々遅刻は目立ってしょうがない」

 

そのまま俺たちは横に並び学校へと歩き出す。

 

「先輩、あの黒崎裕太郎先輩ですよね?」

 

20メートルくらい歩いたところで女子生徒が藪から棒に口を開く。

 

「どの黒崎裕太郎か知らんが、確かに俺も黒崎裕太郎って名前だ」

「私がこの場で言ってる黒崎裕太郎は中学校で黒歴史を製造しまくり、先日の体育祭実行委員会でひと悶着起こした黒崎裕太郎です」

「ああ、それなら俺だ」

「今の言葉で認めるんですか……。普通、『そんな人は知らない』って誤魔化すところじゃないですか?」

「誤魔化そうが何しようが、その情報多分大多数が知ってるから今さらだろ」

「噂通り、歪んでますね」

「よく言われる」

「ふふ、そうですか」

 

女子生徒はクスリと笑う。

 

「それで?その問題児黒崎君に何の用だ?」

「まだ、用事があるなんて言ってませんよ?」

「用事がない奴がわざわざ曲がり角でスタンバイしてるわけがないだろ」

 

俺の言葉に女子生徒は眼を丸くする。

 

「なんでわかったんですか?」

「通学してる俺が進む方向から逆走してる時点で忘れものか、誰かに用事があって待っていたのどちらかに選択肢は絞られる。それに用事がない奴が俺みたいな奴に話しかけてくる用事がない」

 

 

俺の言葉にしばらくぶつぶつと独り言を言っている彼女だったが、じきにこっちの世界へと戻ってきたらしく、再び発言する。

 

「やっぱり、噂どおりですね。黒崎先輩」

「噂……?」

 

そこで今度は俺が自分の世界に入る。噂とはなんだ?たしかに実行委員会の一件は赤羽の生徒には噂として広がっている。だが、彼女が言っている噂とはそれとは違う意味を孕んでいる気がする。

ということは彼女は俺を知っているのか?さっき見覚えがあると感じたのは以前どこかで出会ったからか?記憶をたどってみるがそんな出会いは見つからない。

 

「ちなみに、私と先輩は初対面ですよ」

「なん……だと」

 

ますます謎が深まった。初対面で俺の本質に迫るような噂を知っている人物……。そもそも『初対面』と『知っている』はほぼ対義語の様なものだ。

 

いや、ある。一つだけこの条件を満たすことのできる人間関係が。

 

「もしかして、お前――」

「あ、学校着きましたね」

 

俺の言葉を遮るかのように女子生徒は校門へと早歩きで進む。

 

「お、おい」

「私の名前は神崎 亜美(かんざき あみ)。ご縁があったらまた会いましょう。黒崎先輩♪」

 

そう言い残すと神埼亜美は生徒の集団に紛れて行き、すぐに見えなくなってしまった。

 

「神埼……亜美……」

 

いくら探しても、その名前は俺の記憶には無かった。

 

 

***

 

神崎亜美との出会いから2時間。俺は特に彼女の事を探すわけでもなく普通に始業式に参加し、普通にホームルームに参加し、気付いたら机に突っ伏していた。

 

神崎亜美は言った。『ご縁があったらまた会いましょう』と。その発言は要するに縁がなければわざわざ会うつもりは無いと言う事だ。それなのにこっちから躍起になって探すのははっきり言って無駄だ。

彼女が得た2つの噂も、誰かにいいふらしたところで何の恩恵もない情報な訳で、もはや俺にもダメージはない。

そんな事を考えているうちにだんだんと眠気がやってきて、いつの間にか俺は夢の世界へと旅立っていた。

 

「旅立ちなら後にしろ、黒崎」

「え?どわあ!」

 

不意に名前を呼ばれ、俺は椅子から転げ落ちる。同時に教室内にくすくすと笑い声が聞こえだす。あれだよね、こういう笑われ方が一番傷つくよね。どうせならもっとゲラゲラ笑ってくれた方が気が楽だ。

 

「何をしている黒崎。はやく着席しろ」

 

教壇から俺に冷ややかな声をかけるのは、確か健康診断に引っかかり入院中の担任に変わり今学期から臨時でこのクラスの担任になった結城 愛梨(ゆうき あいり)という女教師。

なんというか、目つきといい口調といい女教師という言葉がぴったりな感じだ。

 

「それでは、ホームルームを続ける」

 

俺が席に戻ると同時に結城先生は話を続ける。

 

「知っての通り、10月には赤羽と緑川で合同体育祭が行われる。だが、それと同時に11月には文化祭も控えている。こちらは体育祭と違って生徒会や委員会とは関係なく有志で実行委員会を形成する。締め切りは今月中、希望者は私に伝えるように」

 

文化祭という単語に生徒たちの眼の色が変わる。体育祭とほぼ同時並行で文化祭の準備をするのは一見愚策に思えるが、実際に企業で働いたりすれば、いくつものプロジェクトが並行して行われるのはよくあることだし、有志という形態は生徒たちにとってかなり魅力的であり、生徒会や委員会に属さない者も気軽に参加できる。

 

「また、それとは違う話だが、来月からは進路調査、それに基づく2者、3者面談も行う。後で配る用紙に必要事項を記入して私に提出するように」

 

進路、か。正直何も考えていない。やりたいこともないし、これが得意だというものもない。ならば無難に進学だろうか。うちの両親も進学したいと言えば首を横には振らないだろう。

 

「そして最後に、部活動に関する連絡だ。近年の少子化によってわが校の生徒は以前より少なくなっている。それに対し部活動の数が多すぎるため、学校側としては人数の少ない部活動の合併や廃部を検討中だ。詳しくは顧問から話があると思うが、一応言っておく」

 

 

部活動の縮小か。ふと雪里の属する漫研のことが心配になったが、あそこは結構部員もいるし特に問題ないな。

となるとこのホームルーム、俺に役立つ情報ほぼゼロなんだが。

 

「ではこれでホームルームを終わる。……とはいえ、今日は授業は無いからこれで全日程終了だ。日直」

「起立!礼!」

 

一同が礼をしたところでチャイムが鳴る。それと同時に各々が活動を開始する。この後どこかへ遊びに行く予定を立てる者、部活動へ向かう者、ただ何となく教室で雑談する者。

俺はどれにも属さないため、帰って寝ることにしよう。

 

「黒崎君!」

 

そんな俺の予定はしょっぱなから崩壊した。それはいつも通り、安城奏が俺を呼ぶからだ。

 

「なんだよ安城」

 

だが、俺も以前ほど難色を示さずにそれに応じる。

 

「実は、手伝ってもらいたいことがあって」

「だろうな。で、内容はなんだ?というか新学期早々生徒会は仕事があるのか?」

「あるよ!ほらこれ!」

 

安城の言葉と同時に俺の机にホチキス止めされたであろうプリントの山が置かれる。適当に一束取ってぱらぱらとめくってみると、そこには赤羽高校剣道部の情報が記載されていた。

 

「えっと、なにこれ。剣道部のフリーペーパーでも作るのか?」

「違うよ!さっき結城先生も言ってたでしょ、部活動の縮小があるって!」

「おい、まさかとは思うがこれって……」

「そのまさか!これは部活動縮小にあたっての各部の資料だよ。ちなみにこれでも全体の半分!」

 

その言葉にげんなりしながらも俺はプリントの表紙をいくつかみてみる。剣道部、柔道部、手芸部、そば打ち部、ワンダーフォーゲル部、エトセトラ……。たしかにこれら全ては各部活動の資料らしい。

 

「これ、何部あるんだよ?」

「えーっとね、研究会とか同好会をふくめて43部かな」

 

これが半分と言っていたから全部合わせて86部以上……。本当にそんなに稼働している部活があるのか?いや、それがわからないから生徒会で精査するってことか。

 

「まあ、そりゃこれを一人でやるのは無理だよな……」

「一応、もう半分は仲谷会長と光定副会長がやってくれることになってるけど」

「それはそれで不安だな」

 

まあ、光定がちゃんと自己主張できればなんとかなりそうではあるが。

 

「ま、取りあえず用件は分かった。この資料の精査を手伝えばいいんだろ?」

「うん。あ、でも忙しいとかだったら断ってくれても」

「残念なことに俺の予定はガラ空きだ」

「そっか。それじゃあよろしくね!」

 

にっこりと笑う安城は俺の机の向かいに椅子を持ってきて座る。

 

「えっと、取りあえずどこから手をつけよっか」

「とりあえずは運動系と文科系で資料をわけて、その後規模や形態別に仕分けするところからだな」

「なるほど!よーし頑張ろう!」

 

そこから作業がスタートした。安城が持ってきたプリントの山を半分に分け、文科系と運動系で二つの束に分けて行く。この作業自体は部活動の名前を見て分ければ事足りるのだが、やっていく中で文科系なのか運動系なのか、そもそも趣旨が不明なものも出現したので、それらをその他としてもう一つ束を作る。『世界一周部』とか『宇宙探検部』とかあったが、一体誰がこんな部活を作ったんだ。というか何故学校は認可してんだよ……。

 

 

内心ツッコミを入れながらも仕分け作業を続けること1時間弱。ようやく全ての資料が3つの束に収まった。

 

「ぁあ~。疲れた~」

 

大きく伸びをする安城、それにつられ俺も何となく腕を伸ばす。

 

「ちょっと休憩にするか。今日って下校時間何時だっけ?」

「えーっと、午前日程だから1時?だったかな」

 

腕時計を見ると、11時ちょうどを指している。あと2時間か。

 

「まあ、30分くらい休憩しても罰は当たらないだろ。この仕事、期限はいつまでだ?」

「来週の頭には先生たちに提出する予定だよ」

 

今回は切羽詰まった仕事じゃないらしい。それならば、今日終わらなくてもあす以降やれば終わるだろう。

 

「よし、それじゃあ休憩するか」

「うん!ひとまずお疲れ様!」

「俺、一階の自販で飲み物買ってくるけど、なんか飲みたいものあるか?」

「え?い、いいよいいよ!せっかく手伝ってもらってるのにこれ以上贅沢言えないって」

「そうか。じゃあ俺が勝手に選んどくわ」

「いや、そういう意味じゃないし!」

 

異議を唱える安城は置いといて、俺は教室を後にした。

 

 

東階段を下り、一階昇降口付近の自販へとたどり着く。財布から小銭を取り出そうとしたが、生憎小銭は切れており、千円札を自販機へと入れる。全てのボタンが青く光ったのを見て、まずは迷わずに綾鷹のボタンを押す。すぐにガコンという音と共に綾鷹が落ちてくる。

次は安城の分だが、何にしようか。よくよく考えると安城の好みなんて全く知らない。まあ、知り合って半年で好み全部網羅してたら流石に気持ち悪いが。

どうしようか。無難に水かお茶。もしくは紅茶系か、はたまたコーヒー系か。

しばらく悩んでいると後ろから肩を叩かれた。自販機の客だろうか。

 

「あ、すみません。今どけま――」

 

振り向いた俺の頬にはその相手の人差し指がぶつかる。

今どきそんな古臭いコミュニケーション方法をとる人がいるとは思わなかったが、問題はそこでは無く、その相手だった。

 

「随分と、早い再会だな」

「そうですね、黒崎先輩♪」

 

にっこりと笑う神崎亜美に俺は苦笑いを浮かべる。まさか本当にご縁があるなんて、微塵も思っていなかった。

 

「それで、何か用か?自販機ならもう少し待ってくれ」

「別に用は無いんですけど、先輩が自販機の前で難しい顔をしてるのを見かけたので、ちょっと声をかけただけです」

 

なにその極振りコミュニケーション力。

 

「別に、ただどの飲み物を買おうか迷ってるだけだよ」

「当ててあげます。その飲み物を渡すのは女子ですね?」

「何お前、エスパーなの?」

「そしてそれは黒崎先輩にとって特別な人である」

「……」

「そこで黙ると図星だって丸わかりですよ?」

「別に、そういうんじゃない」

「でも、あの黒崎裕太郎先輩が何を渡すか熟考するような相手は限られてますよね?」

 

何だこいつ。なんでこんなに俺に絡んでくるんだ。俺が誰に何を渡そうと神崎には何も関係ないはずなのに。

 

「ちなみに、私のお勧めは2段目のバナナオレです」

「……そうかい」

 

俺はそう答えながらバナナオレのボタンを2回押す。当然、バナナオレも二つ出てくる。俺はその二つを取り出し、一つを神崎に渡す。

 

「なんですか?」

「情報料」

「口止め料の間違いじゃないですか?」

「なんでもいいよ。それじゃあな」

 

 

そのまま神崎に背を向け、俺は教室へと歩を進める。

 

右手に持ったバナナオレのパックは、既に俺の手の熱でほんのり温かくなっていた。

 

 


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