翌日の放課後も、文化祭実行委員会の会議は行われた。姫宮達の進行は昨日と同じく安定しており、今日も会議は無事に終了した。相変わらず俺は座っているだけ、なんと楽な仕事であろうか。
そんなくだらない思考の元、俺は会議室を後にし、家路につく。
「あ、黒崎君。ちょっと待ってくれる?」
はずだったのだが、そんな俺を会議室の出入り口で引き留めたのは姫宮だった。さすがに無視するのも悪いので俺は足を止め、彼女のほうへ視線を向ける。
「なんだ……なんですか」
「そんな硬くならなくていいって。あと、敬語もいらないわ。同じ学年なんだし」
昨日会ったばかりの人物に対しこのフレンドリーさ、なんというコミュ力の高さだろうか。さすが実行委員長。
「お、おう。わかった。それで、なんだ?」
「ちょっと頼みたい仕事があるの。桜木君たちは昨日任せた仕事で手いっぱいだから」
姫宮の目線の先の机では、確かに桜木や霧野、その他の面々がせわしなく手を動かしている。そして、それ以外の実行委員はいつの間にか帰ってしまったらしい。彼ら以外に会議室に残っているのは議事録を作成しているであろう安城と今呼び止められた俺だけ。消去法で俺に頼んだということだろうか。
「あ、ごめん。なんか用事ある?」
俺が少し考えこんでいると思ったらしい姫宮は申し訳なさそうな顔をする。
「いや、用事はないが……」
「それじゃあ、お願いしてもいいのかしら?」
正直、お願いされたくない。このまま帰ってベッドにダイブしたいというのが本音だ。だが、たった今用事はないと言ってしまったし、周りが忙しそうにしている中そそくさと退散するのも彼らに悪い気がする。
「……俺にできることなら」
だから、出てきたのはそんな了承かどうか判断しずらい回答だった。
「ありがとう。大丈夫、黒崎君の実力なら絶対できる仕事だから」
「実力って……」
「とりあえず、図書室へ移動してから要件を伝えるわ。荷物はここに置いて行ってもいいし、持ったままでもいいわ」
その言葉に従い、俺はカバンを近くの座席に立てかける。特に貴重品も入っていないし持ち運ぶのも手間だしな。
「それじゃ行きましょ」
姫宮はノートパソコンと筆記用具だけ持って俺とともに会議室を出た。
「黒崎君って、委員会とかやってたかしら?」
会議室と同じ四階に位置する図書室への数メートルの間に、姫宮はそんな問いを投げかけてくる。
「いや、委員会も、部活も入ってない。純度100パーセントの帰宅部だ」
「ははっ、なにそれ。純度100パーセントの帰宅部なんてパワーワード初めて聞いたわ」
本当のところを言えば一応ゲーム部に所属だけはしているのだが、ゲーム部の事情もあるのでそれは伝えないことにした。
「えっと、姫宮はなんか所属してるのか?」
投げられたボールをただ投げ返しただけなはずなのに、姫宮は俺の問いに対し回答するのを戸惑っている様子だった。
「ま、まあ、もうすぐ図書室つくしその話は今度でいいか」
話しづらそうなことを無理に聞くほど俺と姫宮は親しくないし、親しい仲だとしてもやはり話しづらいことはあるものだ。
話を中断して、俺たちはたどり着いた図書室のドアを開ける。図書室に来るのは7月の体育祭実行委員会の時に光定を説得しにきたのが最後だったか。さすがに休日だったあの時よりも人はいるようだが、それでも2,3人だ。最近は電子書籍なんてものもあるし、あまり紙媒体の本に興味はそそられないということか。
俺がボケーっと室内を見渡している間に姫宮はカウンターに座っている図書委員に何やら話しかけている。が、すぐにこちらへ戻ってきた。その手にはどこかの鍵が握られていた。
「待たせてごめんね。書庫の鍵借りてきたから、とりあえず移動しましょう」
鍵付きの書庫なんてこの図書室にあったのか。普段あまり利用しないから知らなかったし、そもそもそんな書庫で一体何の仕事をするというのだろうか。疑問はあるがとりあえず姫宮の後ろに付き従い、図書室の奥へと進んでいく。すると、今までいた空間とはドアで遮られてた場所にたどり着いた。ドアの取っ手には、古臭い南京錠が2個もつけられていた。2個もつけるなんて、よっぽど重要な書類でも保管しているのか、それとも単に2個あればセキュリティ2倍みたいな考えなのだろうか。
どちらにせよ、姫宮が俺に頼みたい仕事はこの中で行われるということは確定している。だから俺は姫宮が南京錠を開けるのを黙って待つ。
が、姫宮は鍵をガチャガチャとならすだけで一向に扉は開かない。
「……俺が開けようか?」
15秒に渡る姫宮の奮闘に同情したのか、俺は代打を申し出る。
「あう……お願いします……」
姫宮は少し顔を赤くしながら俺に鍵を渡す。俺はそれを受け取り南京錠に手をかける。とはいえ、俺が姫宮よりスムーズに開けられる保証もないのだが。
「よっと」
鍵はすらりと南京錠に差し込まれる。そしてそれを左に軽くひねると一つ目の錠はかちゃりと音を立てて開錠された。
「……」
思わず姫宮と南京錠を交互に見てしまう。
「黒崎君、あなた今私に対して失礼なことを考えているでしょ」
「なんのことやら」
「そんな棒読みの弁解でよく人をだませると思ったわね」
「……すまん。正直バカにしたわ」
「正直すぎ!悪かったわね!不器用で!」
「気にするな。俺の知り合いは大体不器用だから慣れてる」
「ふ、ふん!ほら、さっさともう一つも開けなさい!」
相当憤慨した様子で姫宮は命令してくる。俺はそれに従いもう一つも開け、鍵を姫宮に預け古びた扉をゆっくりと開ける。
ギシギシと音を立てながら開いた扉の向こうには壁一帯を覆うように配置された本棚と、その片隅に配置された古ぼけた机が二つ。これだけでこの書庫を利用する人物がほとんどいないことがわかる。
とりあえず室内へと入り、姫宮を中へ促しドアを閉める。そのあとドア横の蛍光灯のスイッチを入れるが、点灯したのは奥の本棚の付近のものだけだった。
「で、この劣悪な環境で何の仕事するんだ?」
「あ、うん。今日やるのは赤羽文化祭の過去の資料のチェックよ」
なるほど、理屈としてはわかる。過去の文化祭の出店リストやスケジュール、スローガンや実行委員の議事録なんかがあれば今年の文化祭の質は上がるだろう。
ただ一つ、素朴な疑問がある。
「……何年分遡るつもりだ?」
去年や一昨年のデータならUSBとかそれこそ議事録とかを教員が管理しているのが普通だ。だが、わざわざこんな古臭い書庫まで来て資料を集めるとすると、少なく見積もっても5年位前まで遡るつもりなのだろう。
「うーん。20年分位かしら?」
「へあっ!?」
彼女が発した言葉は、誰が聞いても鼻で笑い飛ばす冗談のような内容だったけれど、それでも、少なくとも俺がこの短い期間で把握した姫宮美琴という人物は実行委員会活動という点においては、妥協、簡略化、効率化などの甘えは一切許さないストイックさを持ち合わせた、そんな人物だった。
……じゃなくて。そんなモノローグを考えてる場合じゃなくて、問題を明らかにしろ俺。
「えーっと、文化祭の資料はー」
俺の想像の4倍の仕事量を提示してきた姫宮実行委員長殿はさっそく本棚をあさり始める。
「お、おい、ちょっと待て。本気で20年分も遡るつもりか?」
「うーん。取り合えずは。不足点があったらさらに10年分くらい遡るつもりよ」
ろ、6倍だと……。なんだこいつは、ストイックとか通り越してただのどMなんじゃないのか?
「いや、そこまで遡る必要はないだろ。それなら桜木たちの仕事を手伝ったほうが……」
「それじゃダメなの。私はこの文化祭を最高のクオリティに仕上げなきゃいけないから」
「なんだよそれ?お前は既に十分文化祭に貢献してるじゃねーか」
「それは……」
姫宮はそこで本棚を漁る手を止めた。
「それは?」
「……黒崎君とは関係ないことよ」
そこで俺たちの間には沈黙が訪れる。俺は一度目を閉じて、すぐに開く。
「そうか。わかった」
「え?」
「ほら、さっさと資料集めるぞ。20年分遡るなら二人で同じことすんのは非効率的だ。俺が本棚探すからお前はそのパソコンに要約してまとめろ」
俺は近くの本棚から探索を開始する。
「え、ちょ、ちょっと」
それに対し困惑した様子の姫宮が俺を制止する。
「なんだよ?早くしないと日が暮れるぞ」
「そうじゃなくて、今の説明で納得したの?」
「納得してないって言ったら話してくれるのか?」
「それは……」
「別に言いたくないことを無理に言わなくてもいい。誰だってそういうことはある。もしも言ってもいいと思える時が来たら言えばいい」
「黒崎君……」
「ほら、さっさとパソコン起動しろって」
「……うん。わかったわ。それじゃあ本棚の探索は任せるから」
そこから、俺はたちは黙々と作業を続けた。
***
「っあ~……」
作業を始めてからどれくらいの時間がたっただろうか。腹の虫が鳴きそうなところから考えると、もうすぐ飯時だろう。俺は手に持った80年代の文化祭議事録を机に軽く放って、宙を仰ぐ。向かいで入力作業を行っていた姫宮もさすがに疲れたのかパソコンをシャットダウンし大きく伸びをする。
「結局、40年分くらい遡ったな……」
「ふふ、そうね。90年代の文化祭がかなりの盛り上がりだったから、ついついその前に前にって思ったらこんな量になっちゃった」
「それは言えるな。特に95年のはクオリティが尋常じゃなかった」
「ええ、私もそこが一番いいなって思ったわ」
「ま、とりあえず目的は達成したな。今日入手した情報は次の会議で共有すればいいだろう」
「そうね。桜木君たちなら有益に使ってくれると思う」
「いや、別に桜木たちに限った話じゃ……」
「それじゃ、帰りましょ。あ、そうだ。今日手伝ってくれたお礼になんか奢るわ」
「いや、別にいらな……」
俺の言葉が全部発せられる前に、バチンという音ともに室内が真っ暗になった。
「きゃあ!な、なに!?停電?」
「……いや、単にここの蛍光灯が切れただけっぽいぞ」
「な、なんだ。よかった。それじゃあさっさとここを出て……」
「あれ?ここの書庫鍵が開きっぱなしじゃない。閉めとかないとだわ」
そんな声が入り口付近で聞こえたと思った時にはもう遅かった。ガチャリという音が2回鳴り、その声の主の足音は遠くへ消えていったのだ。
「え、な、なに?どうなったの?」
暗闇の中、俺と同じく南京錠が固く閉じる音を耳にしたであろう姫宮が状況の説明を求めてくる。
だが、もはや説明の必要もないであろう。
この状況を一言で言うなら
「閉じ込められた……」
***
「さて、どうしよう」
暗闇生活1日目。いや、何日も続いてもらったら困るよな。訂正、暗闇生活1時間目。
あんまり変わらない気もするが、そんなブラックジョークを決めざるを得ないほどに俺は窮地に立たされていた。
落ち着け、困ったらセーブ……じゃなくて状況の整理だ。
まず、この書庫にいるのは俺と姫宮の2名。そして書庫内の明かりは先ほど最後の一つが落ち、全くの暗闇。さらに外部から南京錠によって施錠されており、内部から開けるのは不可能。
つまり、最終目標はこの空間からの脱出。そのために必要なのは外部から鍵を開けるほかない。
「どうせいっちゅうねん……」
つい関西弁で不平を吐きたくなるほどの絶体絶命。
「なあ、姫宮お前はどうしたらいいと思う?」
俺は唯一この状況をシェアしている姫宮に尋ねる。
「……」
が、姫宮は返事をしてくれない。
「お、おーい。姫宮さん?いるよね?」
「……」
しかし、返事はない。俺は目を凝らし暗闇の中の姫宮を探す。
すぐに姫宮の姿は見つかったが、何か様子がおかしい。彼女は書庫の隅の本棚に背を預け、体育座りでうつむいている。
「おい、姫宮?どうした?具合悪いか?」
暗闇の中、転ばないように注意を払いながら姫宮に近づく。
「おい、姫宮!」
俺は彼女の肩に手を置いて軽くゆする。すると、姫宮はゆっくりと顔をあげてくれる。
なぜか目に大粒の涙をためながら。
「黒sdfれあkしえ!」
「は?……っておわああ!」
言葉にならない悲鳴を上げた姫宮はそのまま同じ目線まで腰を下ろしていた俺に抱き着いてきた。当然俺はそんなこと予期していないわけで、そのまま後ろへと倒れていく。
幸いにも俺の後ろは平坦な床だったため、後頭部にも背中にも、ダメージはなかった。
だが、後ろより前に問題があった。俺の上には当然ながら姫宮が覆いかぶさっており、その女の子らしい柔らかさや香りが俺の五感を刺激してくるのだ。
「お、おい……!ひ、ひめみや……!」
俺は必死に姫宮にコンタクトを取ろうと試みる。
「う、うう……」
コンタクトは成功した。姫宮は呻きながらもなんとか言葉を出そうとしてくれる。
「ご、ごわいよおおおお!助けてえええええ!」
「……は?」
俺は帰ってきたメッセージに対し間抜けな声を上げることしかできなかった。
「お、おい?姫宮さん?」
「暗いいいい!暗いよおおお!助けてええええ!」
なおもわめき続ける姫宮。よくわからんがどうやら相当パニック状態なのは確かだ。
どうする?このまま姫宮の下敷きになっていても事態は好転しない。それに、この場から脱出するには姫宮の力を借りたいところだ。で、あれば、姫宮のパニック状態を何とかする必要がある。
「うぐっ、ひぐっ!こ、こわいよおお……」
「お、おい姫宮!あんまり体動かすな!」
姫宮がもぞもぞするたびに俺の理性が飛びそうになる。耳元に聞こえる吐息、サラサラの髪のにおい。もう俺には正常な判断ができなくなってきた。
だからだろうか、俺の手は勝手に動き、姫宮の背中にそっと置かれる。
「ひ、ひにゃあ!?」
あ、やべ。なんかとんでもないことしてないか、俺?
それはさておき、俺の上の姫宮の震えが止まった。もう喚き声も聞こえない。
「よかった……。おい、姫宮?」
俺はいつの間にかゆっくりと体を起こしていた姫宮にコンタクトをとる。
「こ、この……」
「おい、姫宮。何とか言えって」
「この……へんたい!」
その言葉と同時に俺の頬にひりひりとした痛みと、その痛みを発する要因となった音が響き渡る。
それから数分。
「落ち着いたか?」
「落ち着くわけないでしょ!このへんたい!」
書庫の隅に配置した椅子に座る俺の質問に、逆の隅でわなわなとする姫宮が答える。
「いや、そもそも押し倒したのはお前……」
「おおお、押し倒したとか言わないで!大体黒崎君こそ、急にあんなこと
……!」
どうしよう。姫宮の正気を取り戻したまではいいが別の問題が発生してしまった。
「いや、あれは俺も動揺しててさ……」
「そんな中途半端な気持ちで抱きしめたの!?」
だめだ、一向に話が進まない。
「落ち着け姫宮。じゃないともう一度さっきの一撃をかますぞ」
「ふふふふざけないでよ!もうあんなの耐えられないから!」
「なら、落ち着け。深呼吸だ」
「は、はい。すー……はー……」
少し口調を強めたところ、姫宮は落ち着いてくれたようだ。
「そ、それで?どうするの?」
まだ少しさっきのテンションが残っているが、一応まともな会話が始められそうだ。
「どうもこうも、ここを脱出するんだよ」
「いや、でも外から施錠されてるし、図書室の利用時間ももう過ぎてるのよ?」
姫宮の理屈も最もだが、俺もこの数分をさっきのアクシデントについて悶々としていただけじゃない。ちゃんと解決法を考えてある。
「姫宮。俺たちは大変なものを忘れている」
「あなたの心です?」
「ちげえよ。有名な映画のワンシーンじゃねえんだよ」
「じゃあ、なに?」
「それはずばり、携帯だ」
そう、俺達には携帯がある。これを使って外部の人間、具体的には安城とか桜木とかに連絡を取れば即解決する。見事な思考回路、完全勝利。まるで将棋だな。
「なるほど。それじゃあ、黒崎君。お願い」
「おう、任せろ」
俺はズボンの右ポケットからスマホを取り出す。携帯を……。携帯。スマホ。ス、スマ……。
「黒崎君?」
「あー……携帯カバンの中だわ……」
そしてそのカバンは会議室に置いてきた。
「ダメじゃん……」
「いや、まだだ」
「まだ何かあるの?」
「簡単な話だ。姫宮、お前のスマホがあるだろ」
「なるほど。そういえばそうね」
姫宮は自分の胸ポケットに手を入れる。が、すぐにがっくりと肩を落とす。
「携帯……会議室の机の上だわ……」
「なん……だと」
俺たちの脱出経路、その最も有力な手が、今消え去った。
「黒崎君?さ、流石に他にも考えてるのよね?」
「仕方ない。これは奥の手だったんだがな……」
「おお、流石黒崎君」
「ドアを破壊する」
「いや、ちょっと待って!急に強行突破しようとしないで!」
「だが、現状もう手はこれしか……」
「文化祭実行委員が学校の備品破壊とかシャレにならないでしょ!」
確かに。そんなことが明るみになれば溜まったもんじゃない。
「いや、待てよ。やっぱり俺たちは大変なものを忘れている」
「なに?心?」
「よく考えたら、というかよく考えなくとも、俺たちが戻らなければ安城たちが心配して探しに来るんじゃないか?」
これなら、スマホを使わなくても、備品を破壊しなくてもここから出ることが可能だ。
だが、姫宮はそれに喜ぶわけでもなく、やはり肩を落とす。
「なんだよ?これで解決だろ?」
「私、安城さんたちに『私が会議室閉めるから仕事終わったら先帰ってて』って言っちゃったわ……」
またしても道が閉ざされた。姫宮が安城たちに任せた仕事の量はわからないが、どんなに長く見積もってもあと1時間もすれば撤収してしまうだろう。
どうしよう。流石にもう何も思いつかない。俺はぐったりと床に腰を落とす。
「ごめんなさい、黒崎君。私のせいで……」
同じく気力が尽きた姫宮が隣に腰を下ろす。
「どうせお前ひとりでも閉じ込められてただろうし、たいして変わんないだろ」
もう自嘲気味に笑うことくらいしかできない。
「そうね。黒崎君がいてくれるだけマシかもね」
「対して役にも立たないけどな」
「さっきは取り乱してごめんなさい。昔から暗闇が苦手で……」
「そりゃあ、なおさら一人じゃなくてよかったな」
そこで、一度俺たちの会話は途切れる。
「ねえ、黒崎君。一つ聞いても……」
再び姫宮が何か言いかけた時、書庫内に何か電子音らしきものが鳴った。なんだ?携帯か?いや、ここには俺の携帯も、姫宮の携帯もない。それなら、この電子音はどこから……?
再び、電子音が鳴る。俺はそれに耳を澄まそうと立ち上がる。
立ち上がってすぐに、その電子音の発生源はわかった。
***
10分、いや、20分経っただろうか。俺が腕時計を確認しようとしたとき、書庫の外で、南京錠をいじる音が聞こえる。それは姫宮にも聞こえたらしく、俺たちは軽くハイタッチする。
「黒崎君!大丈夫!?」
あわただしくドアを開くのは、安城だった。
「おう、すまんな安城。手間かけて」
「ほんとだよもう!私が議事録の作成中だったからよかったものの!」
「いや、マジでそれな。姫宮がパソコン持ってきてなかったら詰んでたわ」
俺は机の上のパソコンを軽くなでる。パソコンなんて最近はパワーポイントとかワードとかのソフトしか使ってなかったからメール機能があるってすっかり忘れてた。なんにせよ、姫宮のパソコンに議事録作成用のパソコンのアドレスが入っててよかった。
「ありがとう、安城さん。おかげで助かったわ」
「姫宮さんこそ大丈夫!?黒崎君に何かされなかった?」
「おい、安城。お前なぁ」
「だって、黒崎君むっつりだし……」
おそらくは夏休みのことを思い出しているのだろう。安城は少し恥ずかしそうにそんなことを言う。
「お、お前!あれは俺のせいじゃ……」
「え、ええ。大丈夫よ。何もなかったわ。何も……」
そう答えつつも、姫宮は少し顔を赤くしている。
「ちょ!その反応なんかあったやつじゃん!黒崎君!なにしたの!?」
安城は俺の肩をつかんでゆすってくる。
「お、落ち着け。ちょっとしたアクシデントがあっただけだ。お前が想像しているほどのことじゃない」
「ほ、本当に~?」
「明日のサンドイッチに誓おう」
「いまいち信用できない!」
「あの~、私もいるんですけど~」
安城の後ろからひょっこりと顔を出したのは神崎だった。安城同様、俺のことをジトーっと見ている。
「いや、待て神崎。流石にお前までそっちに回られると俺は完全なぼっちだ」
「いいじゃないですか。先輩クラスでも似たようなもんでしょ」
ちょ、神崎さん?その冷たい声やめて?
「まあ、そんなことはどうでもいいんですけど~」
「無意味に俺の心臓に負荷かけるのやめてくれない?」
「ゲーム部のイベント、そろそろ話し合いたいんですよ~」
「え?あ、ああそうか。忘れてたわ」
「ええっ。なんですかその無責任。先輩自分で教師陣に頭下げたくせに放置とかクズ過ぎません?」
「クズじゃねえ、どっちかというとゲスだ」
「その二つだとどっちも底辺じゃないですか……」
「ちょっと待って」
俺と神崎の会話に割って入ったのは、姫宮だった。
「神崎って、あなたゲーム部の神崎さんかしら?」
「え?は、はい。そうですけど」
「黒崎君。あなた、部活には入ってないって言ったわよね?」
姫宮はなぜか冷たい目で俺を見つめる。
「あー。まあ、ゲーム部に関してはちょっと複雑な事情があってだな……」
「黒崎裕太郎」
「へ?」
「思い出したわ。どこかで聞いた名前だと思ったら、あなたが教師陣にゲーム部の存続を承認させた黒崎裕太郎ね?」
なぜそれを姫宮が?そのことを知っているとすればゲーム部に関係している人物だけのはずなのに。
ゲーム部に、関係?
「お前、まさか……」
「がっかりだわ。まさか自分がこんな男に協力を求めていたなんて」
「え?え?」
「なに?どういうこと?」
疑問符を浮かべる安城と神崎。だが俺は、そんなことを気にしているほど余裕はなかった。
だが、姫宮はそれ以上は言わずに図書室を出ていく。
「お、おい姫宮!」
俺はそれを追って図書室を出る。それに反応してか、振り返った姫宮は冷たく言い放った。
「私は、あなたを許さないわ」
それは、今まで見たこともない姫宮美琴の姿だった。