黒崎君は助けてくれない。 続   作:たけぽん

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13. 姫宮美琴の葛藤

翌日、俺は朝学校には向かわず、越前を介して知ったある住所へと向かった。越前も協力するのに大分渋い反応をしていたが、俺のしつこさに根負けしたらしくこの住所を教えてくれた。

 

「この辺のはずなんだけどな」

 

携帯のメモ帳アプリを見ながら歩いていると、俺の視界の隅に大きな門が入ってきた。これまでの人生で見たことないくらいの立派な門だったので、思わずそちらを凝視してしまう。

 

「こんな家に住めたらなあ……」

 

そんな叶いもしないようなくだらない願いを呟いて、さっさと携帯のメモに視線を戻す。

 

「えーっと、こっちの通りに入って、赤い自販機を通り過ぎたところか……」

 

通りには入っているのであとは赤い自販機を見つけるだけだ。だが、前方数十メートルを見渡してもそれらしきものはない。仕方ないのでインターネットのマップを開き住所を打ち込み、現在地からの道順をアナウンスしてもらう。

 

『ガイドを開始します』

 

機械音に近いような女性の声が、ルート説明を始める。

 

『目的地周辺です。案内を終了します』

「え?お、おい」

 

なぜか即効で案内を終える携帯に、意味も分からず呆然としてしまう。

 

「目的地周辺って言われてもなあ……」

 

一応、周辺を見渡す。すると、俺の今いる場所から5メートルくらい後ろに赤い自販機を発見した。どうやらメモを見すぎて見落としていたらしい。

だが、それを見つけたところで、結局目的地は見つからない。あるのは大きな門の家が一軒。

 

いや、少し待とう。ほかに家がないのなら逆説的にこの家が目的地なのではないだろうか。俺は門の横の表札に目を向ける。

 

「……まじかよ」

 

そこにはしっかりと、『姫宮』と書かれていた。どうやら間違いないらしい。

家の大きさに、庶民の俺は少し委縮してしまうが、ここで突っ立っていても無駄な時間だ。さっさとインターホンを押し、内部からの反応を待つ。

 

 

「……はい」

 

20秒くらい待ったのち、反応があった。それは文化祭実行委員長の姫宮美琴の声に間違いなかった。

 

「よう。俺だ、黒崎だ」

「セールスならお断りしていますので」

「おい、黒崎だって言ってんだろ」

「……何の用かしら?」

「とりあえず入れてくれ。話はその後だ」

「宗教に興味ないので」

「さっきと断る口実が変わってんじゃねーか」

「私はあなたと話すことなんて無いわ」

「俺はあるんだよ」

「さよなら」

「いいのか?俺の要求に答えないのならそれ相応の報復をするぞ」

「あなたの報復なんて痛くもかゆくもないわ」

 

どうしても俺の話を聞いてくれないらしいので、俺はインターホンにもう一歩近づき、低い声で囁く。

 

「……書庫」

「……!」

 

それと同時に、インターホンの向こうからドタバタと音が聞こえ、門が勢いよく開かれる。

中から現れたのは大きく息を切らした姫宮だった。

 

「よう、姫み……や」

 

俺を視界に入れたとたん、まるで獲物を狙う肉食動物のような鋭い眼光を向ける姫宮に軽く恐怖を感じつつも、平静を装う。いや、嘘だわ。全く装えてない。何なら冷や汗たらたらだ。

 

「要件は?」

「いや、だから入れてくれって言ってるだろ」

「通報するわよ?」

「心配しなくても俺は何もしない。用が終わったら2度とお前の前に現れないと約束してもいいぞ」

「そんな口約束、何の意味も……」

「文化祭実行委員会の話だ」

「……!」

「結構長い話になる。俺としては、落ち着いた場で聞いてほしいんだ」

「そんな話はあなたにされなくても……」

「安城が倒れた」

 

俺の言葉に、姫宮は目を見開く。全て、というわけではないが、自分が委員長を降りたことが安城のことと関連していることは察したらしい。

 

「安城さんが……」

「話を聞いてくれる気になったか?」

「……わかったわ。あなたの話を聞くわ」

 

姫宮は半開きの門をもう少し開いて俺の入るスペースを作ってくれる。

 

「お邪魔します」

「靴を脱いだらこのスリッパに履き替えて」

「あいよ」

 

玄関に入ってすぐに靴を脱ぎ、青いスリッパに履き替える。外観の通り、姫宮宅はかなり立派な作りになっている。長く、そして幅も広い廊下は、俺の家なんかとは比較にならない。その廊下を歩く姫宮の後ろをついていくと、左手にリビングが見えてくる。

 

「そこのソファに座ってて」

 

姫宮の言葉に従いリビングに足を踏み入れ、人をダメにしそうなソファの端っこに腰掛ける。姫宮派というと、キッチンでお湯を沸かし始めた。

 

「あなた、学校はどうしたの?」

「そのセリフ、完全にお前に跳ね返ってるぞ」

「……」

「学校にはこの後行く。流石に丸一日サボるわけにもいかないしな」

「……そう」

「まあ、そんな感じだ」

 

特にうまい会話もできないので俺はそこで話を切り天井の模様をぼーっと見ていた。

 

「はい、どうぞ」

 

少しして、俺の前のテーブルに紅茶の入ったティーカップが差し出された。俺はその紅茶を息で少し冷ましてから口に含み、のどを潤す。その間に姫宮は、俺と一人分開けてソファに座る。

 

「それで、安城さんは大丈夫なの?」

「一度病院に搬送されたが、今は家で療養中らしい。ただ、しばらくは安静にとのことだ」

「そう……」

 

姫宮は先ほどの俺と同じように天井を見上げる。

 

「私の……せいね」

 

その言葉は、嘘偽りのない事実だ。安城が倒れたことの原因の一端は姫宮が委員長を降りたからなのだから。

 

「そうだな、お前のせいだ」

 

だから、それを取り繕ったり、濁したりはしない。今現在起きていること、そしてそれがなぜ起きたのか、それは明らかにしなければならないから。

 

 

「だが、すべての責任がお前にあるわけじゃない」

「何を言っているの?私に怒りをぶつけに来たんじゃないの?」

「そんなことをして、状況が好転するわけないだろ」

「……」

「まず、お前には今まで起きたことをすべて理解してもらう」

「理解?」

「そうだ。実行委員たちがボイコットした理由、桜木たちがお前を糾弾した理由、安城が倒れた理由。その全てをだ」

 

姫宮には俺の真意は伝わっていないのだろう。それでも俺の話から逃げないのは、彼女自身まだ整理できていないからに他ならない。

 

「まず、ボイコットの件だが。お前、理由分かるか?」

「私の方針に不満があったから、でしょ?」

「それは結論だ。俺が聞いているのはどうしてその結論に至ったかってこと」

「それは……」

 

姫宮自身、思い当たる節はあるのだろう、それは桜木が彼女にぶつけた言葉にしっかりと含まれていたから。

 

「私の方針が、独りよがりだったから……?」

「近いが、正解じゃない。連中がボイコットしたのは、自己肯定感の喪失が原因だ」

「どういうこと?」

「今回の実行委員、委員長のお前も、それを補佐していた桜木たちも、方針は間違ってない。文化祭をより良いものにするために尽力していた。それは、会議の進行速度からも見て取れる」

「……」

「だが、みんながお前たちのように能力が高いわけじゃない。中には会議って場が初めてだったやつもいるだろう。例えばだが、サッカーを始めたてのやつがプロのサッカー選手のプレイを見て、自分がそれと同等、または上回っていると思えるか?」

「……無理ね」

「そうだ。プロと比較すればそいつは劣っているからだ。今回のケースも似たようなことが言える。ただ、例と違うのは、お前も連中も同じ高校生だってことだ」

「……」

「年齢や経験といったくくりで、自分と大差ないと思っていた相手が、自分より数段上の技術を発揮すれば、そこには嫉妬が生まれる。最初はそれを糧に追い抜こうと頑張れるかもしれない。だが、それが実のらなければ、当然自信を無くす」

 

姫宮は俺の言葉に納得したのか、目を伏せた。

 

「それがボイコットの原因だ。次に、桜木の件だが、俺はお前たちの交友関係を詳しくは知らないから、憶測で話すぞ」

「構わないわ」

「お前たちの所属していた映画研究会。それがなくなったのはきっと俺のせいなんだろう。だが、桜木たちはそれだけが理由だとは思っていない。問題はお前の考え方だ。前に文化祭の過去の資料を見つけ、俺が全体での共有を促したとき、お前はそれを桜木たちだけに伝えようとしていた。お前は、自分が認めたもの以外の姿がほとんど目に入っていないんだよ」

「……そう、ね」

「問題はお前の視野の狭さ、それによる態度だ。だから桜木たちはお前を糾弾した」

 

俺はティーカップの紅茶に移る自分の顔を見てから、ティースプーンでそれをかき回す。

 

「最後に、安城が倒れた理由だ。これに関しては、さっき言った通りお前が委員長を降りた後のガタガタの状態の委員会を何とかしようとして招かれた結果だ」

「それは……」

「だが、大きな原因がお前なだけで、小さな原因は探せばいくらでもある。それは桜木たち中心人物が外れたこと、さっきも言ったボイコットが起こったこと、それと……俺とあいつの意思疎通がしっかりしていなかったこと」

「でも……」

「だから、本来責任を取るべきは委員会全体だ。だが、その責任の取り方は誰かを責めることでも、誰かに詫びることでも、委員会をやめることでもない」

「じゃあ、どうしたらいいのよ……」

「実行委員会を立て直し、文化祭を成功させることだ」

「でも、そんなのもう、無理よ……」

 

姫宮は少し涙目になりながら、それでも俺の言葉を待つ。

 

「一応、まだ手段はある。だがその前に、お前に聞きたいことがある」

「……なに?」

「お前は、どうして文化祭実行委員会に立候補したんだ?文化祭を成功させて、なにを得たかったんだ?」

 

仮に姫宮美琴がこの問いに対して明確な答えを持っていなければ、その時点で俺の考えた手法も無に帰す。だから俺は、姫宮の瞳をしっかりとみる。

 

「私は……」

 

ゆっくりと、姫宮が口を開く。

 

「私には、居場所があった。映画研究会が。たとえ桜木君や霧野さんたちがどう思っていたとしても、私にとっては居心地がよくて、誰かと共有できて、自分の全てを掛けられる、そんな場所だった」

「……」

「でも、それはなくなった。本当はわかってたわ、あなたが全ての原因じゃないことぐらい。でも、誰かのせいにしなきゃ、居場所を失った私の心細さはぬぐえなかった……」

「そうか」

「だから、自分のやってきたことが、何一つ無駄じゃなかったって、その証明を得るために、何かを成し遂げたかったの……。証があれば、なくなった居場所の代わりになると、そう思ったから……」

 

姫宮はそこまで言うと力が抜けたのか、ソファに深くもたれかかった。

 

「最低よね……私……」

「そんなことねーよ」

「え……?」

「居場所を欲して、その結果間違えた大馬鹿野郎を、俺は知ってる。でもそいつには、今居場所があるんだ。だから、お前が望み続ければ、居場所は見つかる」

 

そう告げて、俺は紅茶を飲み干しゆっくりと腰を上げる。

 

「じゃあ、俺行くわ。紅茶ご馳走様」

「ちょ、ちょっと待って?あなたは、私に委員会に戻るように言いに来たんじゃないの?」

「なんで?」

「なんでって……あなたが言ったんじゃない、実行委員会を立て直すって」

「言ったな」

「私を連れ戻しに来たのじゃなかったら、あなたは何をしに来たの?」

 

その言葉に、俺はゆっくりと振り向き、答えた。

 

「お前の願いを聞きに来た」

 

 

 

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