黒崎君は助けてくれない。 続   作:たけぽん

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16. 不協和音を奏でながら、それでも曲は進んでゆく

食欲の秋、読書の秋、芸術の秋。秋に付随する言葉は人の数だけありそうなもんだが、それはすべて秋を楽しむ肯定的な感情から生まれるものだ。

そんな秋ももうすぐ終わる、そんな時期に赤羽高校の文化祭は行われる。それが終わればもう今年のイベントは全工程終了。そのまま年が明ければ3年生の卒業後の学校の態勢が作られ始める。生徒会選挙や、委員会、部活動でも卒業する3年生たちとの思い出を振り返り、楽しかったとか賑やかだったとかむしろうるさかっただけだとか来年からは俺たちの天下だぜとか、皆がそれぞれの思いを胸に春へ備える。さらに2年生は3月に関東へ修学旅行。東京エレメンタルランドを楽しみにする生徒は少なくないだろう。

話を戻すと、直近のイベントは文化祭ということだ。

実行委員会もしっかりと仕事を進め、準備は完璧。あとは明後日の本番での進行をしっかりやれば、ミッションコンプリートだ。

 

「と、いうわけで、明後日は文化祭だが、赤羽高校の生徒だという自覚をもって、適度に楽しむようにな」

 

夕暮れの教室、帰りのホームルームで、連絡事項を伝え終わった結城先生は最後に付け加える。生徒たちもいつもより素直な態度でそれを聞いていた。

 

「それじゃあホームルームは終わりだ。日直」

「起立!礼」

 

その一言で、生徒たちはいっせいに放課後に突入する。とはいえ、文化祭間近の今日明日は部活動も休みだし、せっかく作った展示物を壊されても溜まったもんじゃないだろうからほとんどの生徒が直帰するはずだ。

かくいう俺も、実行委員長という立場ではあるが今日は特にやることもないので机に引っ掛けてあるカバンをゆっくりと持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる。

 

「あ、安城さーん!一緒に帰ろー!」

 

名前も知らないクラスの女子の言葉に俺は思わず反応してしまう。決して、俺に対して言った言葉ではないし、俺には関係のない、ただの日常会話だというのに、俺は横目でその相手を、安城奏を見てしまう。

あの日以来、俺と安城が関わることは無くなった。同じクラスで、同じ教室にいるというのに、朝登校してきても挨拶は交わさないし、休み時間廊下ですれ違っても会釈さえせず、放課後に下駄箱で姿を見つければ、柱の陰に隠れてやり過ごす。そんな、互いが互いをわざと認識しないように、『歪な無関係という関係』を続けていた。それでも、時間がたてば、きっとそれが当たり前になるのだろう。

だから俺は、彼女が気付く前に視線を前に戻しゆっくりと教室を後にする。

 

「はあ……」

「く、黒崎君……!」

 

廊下を歩いていたら俺に対し唐突に発せられた声に、俺は振り返る。ちょっと前までなら挙動不審な反応をしていたのだろうが、最近は実行委員関連で話しかけられることも多々あったため、なんだか慣れてしまった。

 

「おう、雪里か。どうした?」

「あ……えっと……」

 

雪里茜は少しためらいがちに、なぜか顔を赤くしながらもじもじとしている。

 

「長くなるなら、場所変えるか?俺も今日は暇だし」

「あ、その……そんなに長い話じゃ……ない……」

「そうか?ならここでいいか」

「う……うん……」

 

少しの間うつむいて何かつぶやいていた雪里だったが、意を決したように顔を上げた。

 

「く、黒崎君……実行委員長って……忙しいの……かな?」

「え?」

 

質問の意図がよくわからず間抜けな反応をしてしまうが、雪里は俺のことをじっと見つめたままだ。

 

「えっと……今日明日は特にやることは無いし、まあ当日も開催宣言したら後は校内を適当に巡回するくらい、だな」

 

 

ありのままの事実を伝えると、雪里はさらに硬い表情をする。

 

「そ、その……。あのね……」

「うん」

「文化祭……一緒に……回りませんか……!」

「ああ、いいよ」

「ええ!?」

 

珍しく雪里が素っ頓狂な声を上げる。

 

「流石に一日中は難しいけど、時間は作れるし」

「そう……なの?」

「てか、雪里のほうこそ大丈夫なのか?漫研も模擬店あるだろ?」

「そ……それは……大丈夫。シフト制……だから」

「そっか。じゃあ雪里に合わせる形で時間作っとくよ」

「う、うん……!後でラインする……ね」

「了解。それじゃあ、またな」

 

俺は雪里に小さく手を振って再び廊下を歩きだす。雪里もそれに対し小さく手を振り、俺とは反対のほうへと歩き出した。

 

 

***

「げ」

 

階段を下りて、玄関へたどり着いた俺は、思わず声を漏らしてしまう。その声は向こうにも聞こえてしまったらしく、彼女は俺のほうへ振り替える。

だが、彼女が振り返ったことで、俺はほっと息をつく。それは、彼女が俺が思っていた人物ではなかったからだ。

それでも、その髪形や体型、その顔にはどうしても警戒してしまうのだ。

 

「あ、先輩じゃないですか。今帰りですか?」

「よう神崎。奇遇だな」

 

神崎亜美とは、俺が実行委員長に就任した後もゲーム部のイベントの件で顔を合わせることは少なくなかった。それでも彼女に対しわずかばかりの警戒心を持ってしまうのは、彼女が安城のいとこだからだろう。

 

「先輩、一人なら、一緒に帰りませんか?」

「ん、ああ。そうだな。途中まで一緒だしな」

 

俺は少し足早に自分の下駄箱に駆け寄り、靴を履き替える。

 

「そんじゃ、行くぞ」

「……」

「おい、神崎」

「あ、はい。そうですね」

 

ぎこちない笑みを浮かべる神崎の気持ちがわからないわけじゃない。でも、それを言及しても何かが変わるわけじゃない。だから、俺はごく自然を装って玄関を出る。

 

「ゲーム部のイベント、何とかなってよかったな」

 

正門をくぐったあたりで、俺は適当な話題を持ち出す。

 

「そうですね、機材もゲーム部の物だけで間に合ったし、その分会場の装飾とか衣装とかに時間回せたので」

「派遣した実行委員とは上手くやれてるか?」

「あ、はい。みんな私の要望をしっかり聞いてくれたし、それに……」

 

神崎は一度言いよどんだが、すぐに言葉を続ける。

 

「みんな先輩の頼みだからって、すごくやる気出してくれてました」

「そりゃあ、当然だろ。俺が選び抜いた精鋭たちだぞ」

「そうですね。最近先輩大人気ですし」

 

実行委員長として活動を開始してから、校内での俺の評価は一変した。委員会を立て直し、なおかつそれを運営しているという事実が、黒崎裕太郎に対するイメージを肯定的なものへと押し上げたのだ。

それが顕著に表れているのが教師陣で、ゲーム部のプレゼンの時なんて主張を通すのに相当苦労したのに、今や俺の要望を快く聞いてくれるから気持ち悪……ありがたい。

 

「まあ、お前もイベント以外の部分でも文化祭楽しめよ」

「先輩は、楽しむんですか?」

「ああ、もちろん。何なら友達と一緒に回る約束もしたぞ」

「そう……ですか」

 

そこからは文化祭の話ではなく、神崎が最近はまっているゲームの話や、駅前のゲーセンがわずか数か月でつぶれた話、最終的にはもう何の意味があるかわからないようなくだらない話に興じていた。

 

「あ、私こっちなので」

 

交差点で、神崎が話を打ち切る。

 

「ああ、それじゃあな」

「はい。先輩も暇だったらゲーム部のイベント顔出してくださいねー」

「おーう」

 

神崎は大きく手を振ってから、信号を待つ人々の中へと消えていった。それを見送ってから、俺は自分の家の方面へと歩き出す。

 

 

夕暮れの空を見喘げた時、唐突にポケットの携帯が振動する。それは着信を告げるもので、特に何も考えずにそれに応答する。

 

「はい、黒崎です」

「やっほーゆーたろー!元気~?」

 

それは中学の同級生だった矢作恭子からの電話だった。

 

「おう、恭子か。元気だぞ」

「そっかー。最近連絡してなかったから干からびてるかと思ってたー」

「ご心配どうも」

「……ゆーたろー、なんかいいことでもあった?」

「え?特にないけど。なんでだよ?」

「ううん、別に。あ、そんなことよりさ、明後日赤羽の文化祭でしょ?」

「ああ、そうだけど?」

「私も友達と遊びに行くからさー、案内してくれない?」

「別にいいけど、俺も友達と回るから、時間帯だけ後でラインしてくれるか?」

「え?ああ、うん。おけー、それじゃあ明後日ねー」

 

恭子はそこで電話を切る。画面を見ると、通話時間はわずか18秒。世界記録も狙えるんじゃないかと思うほどの短さ。まあ、それが矢作恭子という人物ではあるが。

 

俺は携帯をポケットにしまうと、少し速足で家路につく。

 

 

 

 

全てが順調で、平和で、緩やかな日々。それは高校に入学した時の俺が渇望した、理想の日々だった。

 

 

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