「みなさん!お待たせいたしました!いよいよ今日が、第51回赤羽高校文化祭の当日でございます!」
時刻は8時半。体育館のステージでは文化祭実行委員会から選出された男子生徒が意気揚々と司会をしている。それを見ている全校生徒たちは乗りに乗っていて、中にはウェーブをしている軍団までいるほどだ。
俺はというと、この後の開催宣言のためにステージ裏で待機している。文言もすでに頭の中に入っているし、全校生徒の前で話すことも特に抵抗はない。ただ、なぜか俺の心はざわついている。年に一度の文化祭とはいえ、すごく特別なことが起きるわけでもない。それなのに感じるこのざわつきは、いったい何なのだろう。
「それでは、お待ちかねの開催宣言!黒崎実行委員長の登場だああああ!」
「くーろさき!くーろさき!」
テンションが振り切った運動部と思われる生徒たちによる謎の黒崎コールの中、俺は壇上へと上がり、ゆっくりとその中央へと進んでいく。生徒たちも、はしゃいではいるが、それでも俺が司会からマイクを受け取ると少しばかり真剣な雰囲気に変わる。別にそんな大したことを言うわけじゃないんだけどな。
「えー、文化祭実行委員長の黒崎裕太郎です」
俺の声はマイクと連動するスピーカーによって体育館中に広がる。
「まずは、今日を迎えられたことをうれしく思います。今日という日が、皆さんにとって最高に楽しい一日になってくれたなら私としても幸いです」
一応開催宣言なので、真面目な文言で話し始める。
「まあ、私の話で大事な時間を削られたらいい迷惑だと思うので、お待ちかねの開催宣言をしたいと思います」
少し冗談を織り交ぜた言葉に生徒たちから少しばかり笑い声も聞こえる。俺はその雰囲気を確認すると、大きく息を吸って、マイクに向かって腹から声を出す。
「それでは、ここに、第52回赤羽高校文化祭の開催を宣言します!」
「「「「「うえーーーーーーーーい!」」」」」
俺の開催宣言とともに生徒たちから大歓声が響き渡る。
「今回の文化祭のスローガンは、『燃え上れ!赤き羽根をその空に広げて!』です。また、模擬店、ステージ発表の中で、最も優秀だった団体には特別賞が授与されます、頑張ってくださいね!」
俺はそこで司会にマイクを戻し、壇上を降りる。この後、模擬店をする団体は教室へ、ステージ発表をする団体は体育館に残る。その移動が済めば一般のお客さんが入場を許可され、そこから17時まではそれぞれが自分たちの自由に祭りを楽しむ。17時半からは地域の吹奏楽団や、軽音楽部によるライブ。その後はエンディングセレモニーが行われる。これが今日のプログラムだ。
俺はその間校内を巡回し、困りごとやもめごと、その他もろもろを発見次第グループラインで共有し人員を派遣し迅速に解決。そうして円滑な運営を行うのが仕事だ。初期案ではもっと仕事があったのだが、俺の負担を考えてくれたのか委員会のみんなが分散して受け持ってくれた。
後は、エンディングセレモニーでの特別賞の発表、閉幕の言葉を述べるくらいだ。
いろいろ言葉を弄してみたが、結局のところ、俺はほとんどフリーな状態というべきだろう。
俺は渡り廊下をゆっくりと歩きながら、右腕に実行委員会であることを示す腕章をつける。これをつけていれば、困っている人も話しかけやすいだろう。
『時間になりましたので、これより一般のお客様が来場なさいます。赤羽高校の生徒であることを念頭において常識的な対応をお願いします』
俺が2階への階段を上り始めたところで、校内アナウンスが入る。それと同時に、下の玄関口から賑やかな声が聞こえ始める。波にのまれる前に、俺は足早に階段を登り切り、漫画研究会が作品販売を行っている教室へと足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー」
教室内にいた部員たちが俺を迎え入れる。シフト制と聞いていたが、全員が残っている。彼らもこれから校内を回るのだろうか。
「あ、黒崎さん!茜~!黒崎さん来たよ~!」
2年生と思われる女子の言葉に、なぜか部員全員がニヤニヤしている。よくわからないが俺は教室の隅でもじもじしている雪里の元へ近づく。
「く、黒崎君……。おは……よう」
「ああ、おはよう雪里」
話ながらも、雪里に何か違和感を感じる。
「ああ、眼鏡かけてないのか」
「……!う、うん」
「あと、少し化粧もしてるか?」
雪里は恥ずかしそうに首を縦に振る。
「そっか、うん。似合ってると思うぞ」
「はひ!?」
まるで長時間サウナに閉じ込められていたかのように顔を火照らせる彼女を少し不思議に感じながらも、俺は教室の時計を見る。雪里のシフトは12時から。あまりここでぼさっとしているとせっかくの時間がもったいない。
「よし、行くか」
「うん……」
「茜~!頑張れ~!」
「も、もう……!」
少し頬を膨らませる雪里とともに俺は教室を出る。
「頑張るって、何を?」
「な、なんでも……ない……!」
「お、おう。そっか」
「うん……」
「そういえば、また部員増えたみたいだな」
「い、一年生が3人……」
「漫研の将来も安泰だな」
そんな会話をしていると、だんだんと校舎内が騒がしくなってくる。廊下には、すでに両手に模擬店の商品が入った袋をぶら下げている生徒や、他校の制服を着た女子たちが楽しそうに歩いている。
「思った以上の大盛況だな」
「黒崎君が……頑張ったから……だよ」
「……」
頑張った。雪里の言う頑張ったとは、実行委員会の運営のことだろうか、それとも……。
「黒崎君?」
「え?あ、ああ。そうだな。俺含め、実行委員会みんなの努力が実ってよかったよ」
「そうだね……」
「それで、どこから回る?」
俺はポケットからプログラム表を取り出し、安城にも見えるように広げる。
「ちなみに広告担当の実行委員によると1年C組のタピオカと3年C組のパフェがクオリティ高いらしいぞ」
「パフェ……」
駅前の喫茶店である『ミント』の常連である雪里はかなりのパフェ好きだ。ついでに言うと俺もパフェは好きだ。なんか最近は女子高生の間でタピオカが流行ってるらしいから候補に挙げたが、雪里はやはりパフェに食いついた。
「おけ。じゃあパフェにするか。俺も今日はたくさん食べるために朝飯少しにしてきたんだ」
「……」
雪里は何故かそれには答えず、ポカンとした表情で俺を見つめていた。
「な、なんだ?俺の顔になんかついてるか?」
「ち、違う……。その……ちゃんと考えてくれてたから……」
「そりゃそうだろ。友達と回るのにノープランとか感じよくないし」
「友達……」
雪里は俺から視線をそらし、何かつぶやいたが流石に回りも騒がしいのでそれを聞き取ることはできなかった。
そんなこんなしているうちに、3年C組の教室へとたどり着く。入り口には段ボールにポップな文字で書かれた店名と、簡単なメニュー表が置かれており、特に看板商品らしいものには造花までつけられているほどだ。
「いらっしゃいませ!2名様ですね?」
俺たちの来店を店員の上級生が迎え入れてくれる。ここのクラスは全員オレンジのクラスTシャツを作ったらしく、店員と思われる生徒がすぐにわかるから良心的だ。席も空いていたらしく、すぐに窓際の席に案内された。
「ご注文が決まったら呼んでくださいねー」
案内してくれた生徒がメニュー表を2つ置いて去っていく。俺はそれを手に取ると、メニューをまじまじと見る。それは向かいの席の雪里も同じらしく、もう一冊のメニュー表をじっくり見ている。
さて、どれにしようか。一押しはバナナパフェらしいが、チョコレートパフェも、イチゴパフェも捨てがたい。いや、せっかくの文化祭なのだし守りに入らず、何か目新しいものにするべきか?
などと考えながらページをめくると、『大穴メニュー』と記された箇所が目に付く。
そこにはトマトパフェだの青汁パフェだのパフェにする必要性を感じないものがずらりと表記されていたが、その中に一つ、サンドイッチパフェなるものが俺の注意を引いた。
「サンドイッチとパフェの融合……だと」
一体どんな代物なのか、写真も載っていないため未知数だが、俺の好物二つの融合、これはつまり『旨い+旨い=超うまい』の方程式が完成しているではないか。
いや、だが仮にこのメニューが俺の期待値に届かないものだった場合、俺はせっかくの文化祭の出鼻をくじかれることになる。パフェ一つとってもそうだが、基本的に文化祭の商品は結構なお値段がする。一応、今日のために蓄えてはきたが、ここで博打に出るのはどうなんだろうか。
「黒崎君……決まった?」
「あ、ああ。ごめん、もうちょっと待ってくれるか?」
「う、うん……わかった」
雪里の了承を得た俺は脳みそをフル稼働させてサンドイッチパフェにつて考える。
***
「はい、こちらイチゴパフェ2つになります」
注文から5分くらいで品物が運ばれてくる。悩みに悩んだ末に、俺は結局安全策をとってしまった。サンドイッチパフェはすごく気になるのだが、よく考えてみると、そんなに上質な組み合わせだとしたらとっくに世に流通しているのではないか、していないということはほかの大穴メニュ―同様地雷なのではないかと、そう結論付けたのだ。
「それでは、ごゆっくり」
机に伝票を置き去っていく店員を尻目に、俺はスプーンを手に取りイチゴパフェに手を付ける。雪里も同様に、小さな声で「いただきます」と告げてからパフェを食べだした。
「あ、結構うまいな」
俺は素直な感想を口にする。広告担当からクオリティが高いとは聞いていたが、これはもう普通にお店に出しても遜色ないほどの味ではないだろうか。
「うん……美味しいね」
雪里も共感を示してくれた。
「こういうものを作ってくれる相手と結婚出来たら毎日幸せだろうな」
だから、少し冗談交じりにそんなことを口にする。
「け、けけけ、結婚!?」
だが、なぜか帰ってきたのは素っ頓狂な声だった。流石に周囲の客もびっくりしたのか、こちらを振り向く。
「お、おい雪里?」
興奮する雪里をなだめようとするも、なぜか彼女はこちらへと身を乗り出してくる。
「く、黒崎君は……けけ、結婚……したいの?」
「え?いや、今のは単なる物の例え――」
「したいの?」
なんだこの状況は。だが、普段控えめな性格の雪里がここまで食い下がってくるのなら、それを無碍にするのも悪いだろう。
「まあ、したい、かな?将来のことはまだわからないけどさ」
「や、やっぱり……料理が上手な人……?」
どうやらさっきの例えをまだ引きずっているらしい。
「いや、別に料理は――」
「聞こえましたよ黒崎君!」
急に後ろから聞こえた声に振り向くと、いきなり顔面が何か柔らかいものに包まれた。
「きゃ!も、もう、黒崎君、大胆すぎますよ~」
目線を上に向けると、そこには白雪先輩の顔があり、そのアングルから、俺は何に突っ込んだのか察し、あわてて顔を離す。
「あれ、もういいんですか?もっと堪能してもいいんですよ~?」
「え、遠慮しときます。というか先輩はもうちょっと羞恥心を持ってくださいよ!」
「何言ってるんですか!私がこんなことを許すのは黒崎君だけです!」
「自信満々に勘違いされそうなこと言わないでくださいよ!」
そこまで言い終えて、俺は白雪先輩の格好が普段と違うことに気付く。俗にいうチャイナドレス、というやつを着ているのだ。
「あ、この衣装が気になりますか黒崎君!」
「いえ、別に」
「これはですね、一階家庭科室にてアニメーション研究会が貸し出ししている衣装の一つなんですよ!どうですか、似合いますか!」
その場でいくつかポーズをとる白雪先輩はもはや羞恥心のかけらもないらしい。俺はあきらめて視線をパフェに戻す。
すると、そのパフェの向こう側、雪里がじっとこちらを見つめている。
「黒崎君……」
「あ、えっとだな、この人は白雪先輩。俺やお前と同じ中学の先輩で、最近知り合ったんだ」
「黒崎君は……その……胸が大きい人が好きなの?」
その言葉にただでさえこちらに注目していた周囲が凍り付く。おかしいな、まだ午前中なんだけどな。
「答えて……黒崎君」
「いや、あのなあ……」
「黒崎君に限らず、男子はみんな大きいほうが好きなんですよ、お嬢さん」
さらに追撃をくらい、もはやこの場はブリザード状態と化した。周囲の男性客から尋常じゃないほどの敵意を感じるが、それよりもジトーっとした目を向けてくる雪里のほうが何倍も怖い。普段とのギャップだろうか、というかこの状況で俺にその視線を向けるのはおかしくないか?悪いの白雪先輩だよね?
「さらにさらに!」
「まだあるんですか」
「私はこのナイスバディに加えて、料理の腕もかなりのものですよ!なにせこのクラスのパフェの製作、指導は私の担当だったんですから!」
そういえば、白雪先輩のクラスはC組だったか。
「どうですか!これで黒崎君の求める理想の結婚相手の条件である料理上手、そして巨乳は完全クリアです!」
「いや、巨乳は言ってないですよ!」
「ふっふーん♪それじゃあ、私はほかのところ回るので!さらばです!」
荒らすだけ荒らした後、白雪先輩はスキップで教室を出ていく。
「え、えっと……雪里?」
後に残された俺は、恐る恐る雪里にコンタクトをとる。
「く、黒崎君の……むっつり……変態」
「いや、その判断は待とうか」
「だって……さっきも白雪先輩の胸ばっかり見てた……」
「いや、そんなことは――」
「見てた……」
もう雪里は俺の弁解など全く聞く気がないらしい。
俺がどうしようかと悩んでると、彼女は不機嫌そうにパフェをバクバクと食べだしたので、俺も一ひと先ずパフェを食べることにした。