「お、おい雪里!」
パフェを食べ終え、会計を済ませると、雪里は俺の手を引っ張り、校内をぐいぐいと進んでいく。
「おいって!どこ行くんだよ?」
「……」
だが、雪里は俺の言葉には応じない、ただ、進むルートに迷いがないところからして、目的地があるのは確かだ。
「ついた……」
しばらく引っ張られた後、雪里が足を止めたのは、家庭科室の前だった。ドアの横には、『アニ研大サービス!コスプレ衣装レンタル店!』と書かれた看板が立てかけられている。
「えっと、ここで何すんの?」
「……コスプレ」
「は?」
「コスプレ……する」
どうやらさっきの白雪先輩の挑発に完全に乗ってしまったらしい。何なら俺の好みも相当やばいほうだと認識しているかもしれない。
「いや、別にそんなことせんでも―――」
「あ、ゆーたろー!」
雪里を諭そうとした俺の言葉は、俺の名前を呼ぶ声にかき消される。その声のほうを見ると、他校の制服を着た三人組の女子が見つかった。
「おう、恭子か」
その三人組の真ん中にいる矢作恭子に俺は声をかける。
「いやーマジで久しぶり!元気してた?」
恭子の方も、元気よく返してくれる。
「ああ、心身ともに健康だ。そっちは、恭子の友達か?」
「あ、うん!同じクラスの沙雪と千春!」
「こんにちは。俺は恭子と同じ中学だった黒崎裕太郎。今日はうちの文化祭に来てくれてありがとね」
恭子の紹介を聞いて、俺は彼女たちに軽く挨拶をする。
「え、まって超ヤバイ!まじかっこいいんだけど!」
「ほんとそれ!できる男感にじみ出てるわ~!」
恭子の友人たちはよくわからんがとても喜んでいるらしい。
「え、恭子同じ中学なんでしょ?もしかして、彼氏だったりする?」
「そっかー、だから赤羽の文化祭行こうなんて誘ってきたんだ~」
「ちょ、二人とも何言ってんの!違うし!ゆーたろーは友達だから!」
恭子は彼女たちの言葉に必死に反論するが、そのリアクションだとあと1か月くらいはこのネタでいじられること間違いないだろう。
「えー、だって黒崎さんも恭子もお互い名前で呼んでるし~」
「それは、昔からそうだっただけだって!」
「それマジで?中学の時から脈ありだったってことじゃん!」
女子のノリってこえー。いや、別にノリ以外も怖いけどね、女子。
「じゃあ、あーしら邪魔したら悪いし、適当に回ってくるわ~」
「ごゆっくり~」
「ちょ、ちょっと沙雪!千春!」
恭子の呼びかけもむなしく、彼女たちは足早に人ごみの中に消えて行ってしまった。
「え、えーっと~。……あれ?」
恭子はそこでようやく、俺の手を引く雪里の存在に気付いたらしい。雪里も恭子のほうを凝視しているらしく、数秒の間、二人のアイコンタクトが行われた。
「だれ?彼女?」
先に口を開いたのは恭子だった。
「いや、彼女じゃねーよ。こいつは雪里茜。俺たちと同じ中学で、漫研の部長だよ」
「あ~!そうだそうだ、いたわこの子!ゆーたろーと同じ高校だったんだ~!」
恭子は納得したようにうなずく。雪里はというと、まだ恭子を見つめたままだ。
「また……巨乳……」
「え?な、なんなん?」
どうやら恭子の登場は火に油を注いでしまったらしい。とはいえ、こうなった経緯を伝ええると、再びブリザードが吹き荒れること間違いなしだ。
「えっとだな……」
「黒崎君……早く」
俺が何とかお茶を濁そうとしたところで雪里は俺の手を引っ張り家庭科室へと踏み入れる。
「ちょ、ちょっとゆーたろー!」
その後を追って恭子も家庭科室へと入ってくる。
「よく来たな……ようこそわがアニ研コスプレ市へ!フフフ、フウーハッハッハッハ!」
出迎えてくれたのは白衣をまとい、髪をオールバックにし、少しのあごひげを携えた男子生徒だった。そのうざったらしい口調からして何かのアニメのコスプレなのだろう。特にツッコミは入れないけど。
周囲を見渡すと、教室の端に衣文かけが設置されており、たくさんの客が群がっている。その横にはウィッグなどの装飾品のコーナーと、服屋にあるような、着替え用のボックスが用意されている。
「えーっと……」
「どうした?あまりの規模に衝撃を受けたか?だがな、それもすべて想定内だ……貴様たちは、我らの計画のほんの一端に触れているに過ぎないのだ……」
「コスプレ……したいです!」
よくわからん珍なことを言っている店員に、雪里は意志を伝える。
「ほう……いいのか?こちらへ踏み込めば貴様も引き返せなくなるぞ……?」
「大丈夫……。どんなに世界線を越えても、アトラクタフィールドの収束により、道は決まっているわ……」
何故か雪里も訳の分からないことを言い出してしまった。ダメだこいつら、早く何とかしないと……。
「なるほど……貴様も機関に反旗をひるがえすものというわけか……では、もう何も言うまい。健闘を祈る……」
「エル・プサイ・コングルゥ……」
謎のあいさつを交わしつつ、雪里は財布を取り出し料金を支払う。白衣の男も、普通に会計を済ませ、俺たちを衣文かけのほうへと促す。
「うーん……どれにしよう……?」
コスプレ衣装を漁る雪里の後ろで、俺と恭子はこの部屋に満ちる謎の雰囲気に困惑しながら近くのテーブルに軽く腰掛ける。
「てか、来るの早かったな。昨日のラインじゃ昼頃に来るって言ってなかったか?」
黙って待っているのも暇なので、適当な話題を振る。
「だって、こういうサプライズ的なほうがゆーたろーびっくりするかなって思ってさー」
「まあ、確かに意表を突かれはしたな」
「でしょ!久しぶりに会うから、インパクト重視、的な?」
「変わらないな、恭子は」
いつも通りの恭子に、少し口角が上がってしまう。
だが、そんな俺を見てか、恭子は少し驚いた表情をする。
「な、なんだよ恭子?」
「いや、その、なんていうか……」
「あ、やっと見つけた!黒崎委員長!少しいいですか?」
恭子の言葉にかぶさってきたのは、実行委員の生徒だった。確か彼は模擬店の見回り担当だったはずだが、何かトラブルだろうか。
「どうした?」
「えっとですね、2年C組のポップコーン屋にお客さんが来すぎて、教室がパンク状態なんですよ……。どうしたらいいすかね?」
「そうだな……とりあえずお客さんたちを一列にして順番をしっかり決めること、それでも管理できなければ適当にメモ帳でもちぎって番号振って整理券を作って配ろう。後は、模擬店のクラスリーダーに聞いて待ち時間を明示しとくか。C組の隣の空き教室に余ってる段ボールがあるからそれを使って看板を作ればいい」
「なるほど……。わかりました!すぐに実行します!ありがとうございました!」
「今言った方法でも無理そうなら、ラインで呼んでくれ。すぐに行くから」
「了解です!それじゃあ!」
実行員の彼は俺に軽く会釈してから足早に家庭科室を出ていく。
「あ、それでなんだっけ?」
俺は中断してしまった恭子との話を再開することにした。
「ゆーたろー、実行委員長なの?」
だが、恭子の返答は先ほどの会話とは全く違うベクトルのものだった。
「え?まあ、紆余曲折あってな。実行委員長やってる」
「へえ……」
何故か恭子は意味深な相槌を打つ。
「まあ、それはいいや」
「いいのかよ……」
「で、なんであの……雪里だっけあの子と回ってんの?」
「ああ、雪里から誘われてさ。俺も文化祭回りたかったし、それでかな」
「そーじゃなくて」
「は?いや、ちゃんと事実を述べたぞ俺は」
「私が言いたいのは、安城さんはどうしたのかって話」
恭子の口から出た名前に、俺はすぐに答えることはできなかった。いや、むしろ出来るはずがない。俺と安城の今の関係をどう伝えようとしても、きっと恭子を納得させることはできない。俺たちの以前の関係を知っている彼女はきっと、それを認めてはくれないだろう。それは雪里にも言えることで、この話を聞けばみんな俺たちの関係の修復を望み、そのための行動を起こすだろう。彼女たちは優しいから、俺たちのことを大事に思ってくれているから。
でも、俺たちはそれを望んでいない。この現状は、俺と安城が悩みに悩んだ末に導きだしたものだ。以前のままの関係を続けていれば、俺たちはもっとひどい結末を迎えていたかもしれない。そのせいで、周囲の人間たちにも迷惑をかけてしまうかもしれない。俺たちは、互いを、そして互いの友たちを大切に思っているからこそこの道を選んだのだから。
「なんかあったの?」
「別に、なにもねーって」
「じゃあ、安城さんに聞くからいいしー」
「ま、待て、それは……」
「やーっぱなんかあったんじゃん」
「……」
見事に誘導されてしまった俺は何も言い返せずに沈黙するしかなかった。そういえば恭子は昔から、こういう駆け引きにおいては敵なしだった。一緒にゲーセンに入り浸っていたあの頃も、ナンパしてくるチャラい男たちをうまく言い負かしていた。
だからといって、やはり安城とのことを話す気にはなれなかった。
「わかった。言いたくないならいいよ。私もそこまで鬼じゃないし」
「悪いな」
「じゃあ、代わりに答え合わせしよ?」
「答え合わせ?なんだよそれ」
「夏休みの前に出した問題だよ」
夏休みの前、駅前のゲームセンターに行った帰りに、恭子から出された問い。それは体育祭実行員会の一件の時、俺が見せた笑顔の理由。思えばその答えを考えることに夏休みの半分くらいを使っていた。
そして、俺なりに答えは出せたつもりだった。それは、俺が安城奏に向けていた感情からなるもので、あの日の空き教室で安城から同じ気持ちを告げられた。
だけど、俺はそれには答えられなかった。本当は答えたかった。互いに向き合った気持ちを共有したかった。でも、それをしてしまえば安城の願いは叶えられなかった。
文化祭時以降委員会が崩壊しかけた時、それを何とかしようと思った安城の願い、それは『黒崎裕太郎の助力がなくても物事を成し遂げられる人間になりたい』というもの。
いつかの夜、結城先生が話してくれた先生の過去と同じで、俺が安城を助け続ければ目先の問題は解決できるかもしれない。だがそれは逆に、俺との接点がなくなった時、安城は一人で何もできない状態になってしまうことを意味する。
はたから見れば大げさかもしれない。俺一人の存在が安城自立を妨げるだなんて、自意識過剰だと、そう思われても何らおかしくない。
でも俺たちにはわかるのだ。間違っている人間は間違っていることに気づけない。だからこそ俺たちは間違った関係性を切り捨てた。たぶんそれが、今も俺と彼女が共有しているたった一つの信念なのだ。
「ゆーたろー、答えは出てるんでしょ?」
「それは……」
「でも、その答えをなかったことにしようとしてるんじゃない?」
「……!」
「わかるよ。これでも3年間同じ中学だったんだよ?それに、今のゆーたろーは……」
恭子は、嬉しそうな感情と哀しそうな感情、その二つが入り交ざったかのような表情で言葉を続ける。
「今のゆーたろーは、中学の時のゆーたろーに戻ったみたいに見えるから」
一言。そのたった一言を恭子の口から聞いただけで、俺はまるで金縛りにでもあったかのように体も心も動かなくなるのを感じた。
それだけの意味が、力がその言葉にはあったから。
「どういう……意味だ?」
だからだろうか、俺が全力で発した言葉は弱弱しく覇気のない独り言のようなものだった。
「言葉のままだよ」
それに対する恭子の返答はそっけなかった。だが、そんな彼女が俺に向ける視線は先ほどまでとはまるで違った。
決して冷たいものではない。かといって温かさを感じるものでもない。だがそれは、確実に矢作恭子がふだん見せることのないものだった。
まるで何かに落胆するような、何かをあきらめたような、そんな悲しげな表情なのに、そこから俺を責めるわけでもなく、けなすわけでもなく、果たして本当に彼女には俺が見えているのか、それさえわからない。
だから、俺が彼女の気持ちを知るにはさっきの言葉しか材料がなかった。
中学の時の俺に戻ったと、恭子はそう言った。だから、俺はその当時の自分を思い出す。
中学の頃の自分。
明るくて、友達もたくさんいて、いつも誰かの為に行動していた。
誰かを助けるたびに、相手からお礼を言われるたびに嬉しくて、その気持ちがまた誰かを助けるための糧になって。
生徒会の副会長になって、周囲から一層評価されて。
だから、誰かを助け続けて。
そして、一人になった。
そんな自分。
そんな自分が嫌になって、高校入学を機に捨て去ったはずなのに。
あの頃の自分と親しかった彼女は、今の自分をあの頃と同じだと言う。
否定したいはずなのに、あのころとは違うんだと伝えたいのに
俺は、なにも言えなかった。