「これで全員だな」
20分後。俺が提案した通りゲーム部イベントは昼休憩に入り、屋上に残っているのは俺と安城、イベントスタッフ、そして神崎だけだ。
神崎含めイベントスタッフたちは起きている状況が状況なだけあって、神妙な面持ちで俺の言葉を待っている。
「一応現状を確認するが、イベントそのものは滞りなく進行できているが、肝心の賞品ソフトが紛失している。で、いいんだよな?ほかに問題があればこの場で言ってくれ」
スタッフたちは無言で首を振る。どうやらソフト紛失以外のイレギュラーは起きていないらしい。安堵、というわけではないが、イレギュラーが多発しているわけではないらしいので俺は小さく息を吐く。
「つまり、俺たちがクリアしなければならない課題は、『ソフトの紛失』の一点のみ。それがはっきりしたところで、イベントスタートから今に至るまでの状況を洗い出していこう。田村、頼む」
「は、はい。ゲーム部のイベントは一般客の来場から10分後に開始し、その10分で屋上はほぼ満員。企画通りメインステージで司会がオープニング挨拶を述べた後、神崎さんがたくさんの挑戦者の中からランダムに選出し、最初の対戦が始まったのが開始の10分後。そこからは対戦と挑戦者の選出を繰り返し、先ほど急きょ昼休憩に入りました」
「ありがとう。その間、ソフトはどこに?」
「ええと、ソフトはオープニングにステージ上で観客全員に見せたのち、予備の機材と一緒にステージ横のブルーシートの上に置いてありました」
ソフトの配置は企画通り。本来なら金庫でも用意して厳重に保管したかったのだが、予算の都合でそれはできなかった。それに、大勢の観客がいる前で誰かが故意にそれを盗むなんてありえないと思っていた。
結果的にその油断がソフトの紛失につながってしまった。これは完全に俺のミス。そもそも以前のプレゼンで俺が予算はほぼ掛からないという話をしたが故のことだ。
「……それで、ソフトの紛失に気付いたのはいつだ?」
「委員長に連絡する直前です。それまでは全員イベントの運営に気を取られてて……一応10分に一回くらいは予備の機材の調整と一緒に確認してたんですが……」
これで状況はだいぶ明確になった。まず、イベントは開始直後から大盛況で屋上には人が押し寄せていた。次に、ソフトの管理状況はあまり良質なものではなかった。そして、そんな中、会場にいた全員の目をかいくぐってソフトの紛失は起こった。
とはいえ、ゲームソフトが自然に蒸発するわけはない。ならばやはり、悪意ある人間の仕業だと考えるのが普通だろう。
まっ先に思い浮かぶのは内部犯の線だが、景品ソフトは昔のものなだけあってパッケージもディスクもそこそこ大きい。そんなものを隠し持っていたらすぐにばれるだろうし、内部犯なんて可能性はだれでも思いつく。ここにいるスタッフたちがそんなリスクを背負ってまでソフトを盗む理由がない。そもそも彼らはイベントの準備段階から関わっているのだから、盗むチャンスはいくらでもあっただろう。わざわざイベント中に盗む必要はないはずだ。
だが、それは第三者の立場でも同じだ。今は俺の判断で表ざたにはなっていないが、文化祭内で盗難なんて起きれば騒ぎになるのは火を見るより明らか。不特定多数がいる中で、誰に見られているかわからない状況で盗難なんてかなりリスキーだ。
つまり、犯人には確固たる理由があったということになる。
それはなんだ?
ソフトが欲しかったからか?
それともイベントの妨害か?
前者に関しては判断材料が少なすぎる。この線で考え出すと、イベント会場に来た全員が犯人になりえる。
後者だとすれば、犯人は限られてくる。
そして、この線で考えるのなら目的はソフトそのものではなく、『ソフトの紛失』という出来事そのものにあることになる。
商品がなくなることで困るのはゲーム部、あるいはその部員である神崎だ。
犯人の目的はイベントの失敗。その理由、すなわち大きなリスクを伴ってまで犯行に及んだ動機があるのだとすれば、それは私怨によるものだ。
「ちょっと先輩、なんで黙ってるんですか。みんな先輩の言葉待ってるんですよ?」
ずっと黙って考えていた俺の顔を覗きこんできたのは神崎だった。その表情や語調はいつもどおりに見えるが、それが強がりであることは今までの彼女を知っていればすぐに分かった。
「悪い。ちょっと考えてた」
「それで、どういう答えになったんですか?」
「まず、今最も重要なことはソフトそのもの、あるいはその代替品の用意だ」
「え?」
俺の言葉に意外そうに小さく疑問を浮かべたのは安城だった。
だが、それに対し俺は言及せず、言葉を続ける。
「とは言ったものの、確か用意していたソフトは初回限定生産バージョンの未開封品。ゲーマーならのどから手が出るほどの価値がある。それに見合うものを見つけるのはかなり難しい。だから、昼休憩の間にネットで探す。そして最優秀賞の贈呈は後日行うことにするんだ。だから、その人には学年とクラス。外部の人物なら連絡先を聞いておく」
「で、でも先輩!景品はすでにポスターやオープニングで公開してるんですよ?それを今更……」
「確かに。まったく同等のものは用意できない。ソフトを目当てに来た人の期待を裏切るかもしれない。だがそれでも、このイベントがこの場で破綻するよりはましだ」
「そ、それはそうかもですけど、でも……!」
「時間がない。早速取りかかるぞ。全員コンピュータ室のパソコンで検索を開始してくれ。俺もあとから行く」
「「は、はい!わかりました!」」
スタッフたちは駆け足で屋上を後にする。残ったのは俺と神崎。そして安城のみ。
「……黒崎君、それでいいの?」
静まり返った屋上で口を開いたのは安城だった。
「え?どういうことなのお姉ちゃん?」
「だって、このやり方はいつもの黒崎君のやり方とは違う気がするの」
「いや、全然分かんないよお姉ちゃん」
安城の言葉の意味がわからないであろう神崎は、説明を求めるように俺を見る。だが、俺も 自分の真意を話すべきかわからず安城の方へ視線を向ける。
「……それは」
そんな謎のトライアングルを断ち切るべく口火を切ったのは安城だった。
「いままで黒崎君がぶつかってきた問題は多種多様だったけど、黒崎君のスタンスは一貫して『どんな手を使っても問題を解決する』ことだった気がするの。でも、さっき黒崎君がみんなに言った案は『ソフトの紛失』っていう問題そのものの解決には向かってない」
「なるほど……、確かに先輩って目的のためなら手段を選ばないゲス野郎って感じが……」
「おい、流石に言いすぎだろ。俺を何だと思ってんだ」
神崎の過激な発言に流石に耐えかねてツッコミを入れるも、そのせいでなし崩しに俺に発言権が回ってきてしまったようで、二人は俺の言葉を待つ。
「……まあ、安城の言うとおりさっき提示した案は俺の真意じゃない。とはいえ、それ自体が捨て案ってわけでもない。後日贈呈はもう一つの策が失敗したときの保険だ」
「保険?どういうことですか?」
「代替品も、その後日贈呈も、ベストな形ではないがイベントの形を保つために取れる策としては悪くない。最悪なのはイベント終了時にソフト紛失が発覚することだ。そうなればリカバリ不可だったしな。でも、田村ふくめイベントスタッフたちの早期発見のおかげでそれは回避できた。だからこそ、保険だ」
「じゃあ、やっぱり黒崎君は……」
「ああ、俺はソフトを探すよ。それがこのイベントを最初に提案した俺の責務だからな」
少しばかり笑いを含みながら俺は答える。
別に、笑いたいわけじゃない。というか笑ってる場合でもない。でも、そうしていないと、ウソでもなんでも笑っていないと、この二人の神妙な顔を見ていられなかった。
「それじゃ、行ってくる」
「待ってください先輩!それならみんなで探したほうが……!」
「何言ってんだよ。昼休憩が終わったらイベント再開だぞ。あいつらも、そして神崎、お前にも仕事は残ってるんだ。なら、一番自由に動けるのは俺だけだ。それにな……」
その時の俺はもしかしたら、先ほどより上手く笑えていたかもしれない。鏡がないからわからないが、何だかそんな気がした。
「それに、俺はお前に、楽しくゲームをしてて欲しい」
そう言い残し、俺は屋上を後にした。
***
屋上から連なる非常階段を足早に降りた俺は、そのまま一階の昇降口まで一気に駆け下りる。
神崎には、自由に動けるのは俺だと言ったが、それはあくまで彼女たちと比較しての話だ。
実行委員長の俺は、エンディングセレモニーの準備と進行という仕事が残っている。かてて加えてゲーム部のイベント自体もスケジュール通りなら15時には終わってしまう。12時から昼休憩を挟んだことで多少押しても言い訳は聞くが、それでも3時間弱。数百人の人たちが密集する中からソフトを盗んだ犯人一人だけを探しだすには、あまり時間はない。
さらに言えば、この無駄に敷地のでかい赤羽高校の中で行ける場所は時間的にも限られているし、長時間滞在してしまえばさらに減る。つまり、向かう場所、話す人を絞らなければならない。
だからこそ、校舎内のすべての場所につながっている昇降口までやってきた。ここまでは屋上を出る際にすでに考えていたことだ。
――どうする?どこへ行くのが正解だ?誰に聞くのが正解だ?
――焦ってはだめだ。焦れば何か重要なことを見落としてしまうかもしれない。
――考えろ。犯人の候補を絞り込め。
さっきも考えたことだが、犯人の動機は私怨だ。ゲーム部に対し深い憎悪を抱く人物だとすれば、その時点で外部からやってきた客人たちは除外されるか?
いや、もしかすると憎悪の対象はゲーム部ではなく神崎ひとりに向けられているものかもしれない。そうなると過去に神崎と関わったもの全員にまで容疑は掛けられる。
仮にそうならほぼ詰みだ。
「やあやあ、黒崎君じゃないですか」
「ああん?」
思考を遮ってきた声に無意識に荒い返事を返してしまう。
「ひ、ひいいっ!ちょ、何でそんな不機嫌なんですか!?僕なんかしました!?」
大げさに飛び退いたのは、右手にチュロス、左手に焼きそばのパックをもち、頭には狐のお面を引っかけたお祭り満喫スタイルの緑川高校生徒会会計の木場神威だった。
「なんだよ、木場か。お前何してんの?」
「何って、見ればわかるでしょ。フェスティバってるんです」
「何そのダサい造語。言い出したやつのセンス疑うわ」
「よくわかんないけど当たり強いですね、今日は特に」
祭りだからか、いつもより声のトーンが高い木場。よくもまあ他校の文化祭でそこまで……ってそれは恭子も同じだったか。
って、それどころじゃなかった。木場には悪いが今は一刻を争うのだ。
「そういえば、以前僕らでプレゼン資料作ったゲーム部のイベントあるじゃないですか。どんなもんかと思って今さっき見てきたんですけど」
ええっと、だから犯人の動機は私怨だから……。
「なんかお客さんゼロで神崎さんしかいなかったんですけど、まさか大失敗だったんですか?」
だから、つまり……。
「でも、僕らがあれだけ頑張って企画したんだからそんなはずないと思うんですが、一体どういう……」
「木場、うるさい。本当まじで少し黙っててくれ」
「ちょっ!なんなんですか今日は!流石に理不尽すぎるでしょ!」
「あ、悪い。つい思ったことそのまま言っちまった」
「詫びるべきなのはそこじゃないと思うんですが……」
ぶつぶつと文句を言い続ける木場に対し、ふと聞きたいことが一つできた。
「……なあ、木場。お前さ、めちゃくちゃムカついて、殺してやろうかって思うほどのやつっているか?」
「今の黒崎君ですね」
「そうじゃねーよ。いや、確かに悪かったけど」
「うーん……。僕は基本温厚で人畜無害ですからねえ……」
「じゃあ質問を少し変える。もしそういう感情を向けるとしたらどんな奴だ?付き合いの長い奴とか、自分より目立つ奴とかか?」
「そうですねえ……僕個人の意見としては付き合いの長さとかはあんまり関係ないです。ただ、一つだけ思ったのは、自分の大切なものをないがしろにする奴、ですかね。仮にそれが故意でなくとも、された側は辛いものですよ」
大切なものを、ないがしろに……。それが故意でなくとも……。
「……!なるほど、そりゃたしかにムカつくな」
「で、この質問は何なんですか?心理テスト?」
「ありがとな、木場。お前に聞いて正解だった。後で焼きそばの大盛りを奢ってやる」
「いや、僕今焼きそば買ってきたんですけど」
「それじゃ、またな!」
「え、ちょっと黒崎君!結局何の用だったんですか!」
後ろに響く木場の声がどんどん離れていく。それは俺が最初の目的地へと走り出したからに他ならない。