目的地は3年C組の教室。先ほど雪里と訪れた時から客の入りは変わっておらず、かなりの盛況だった。俺はすぐに目的の人物を探すために周囲を見回したが、その姿はどこにもない。
あまり時間をかけてもいられないので近くにいた上級生に聞いてみると、俺が来る直前に写真部の模擬店へ向かったらしい。
幸いにも写真部の模擬店はここからそう遠くないので、俺は上級生に謝辞を述べてから小走りで教室を出る。
「写真部の模擬店では写真館をやっていまーす!一年にたった一度の文化祭、その思い出をぜひ写真に!いかがでしょうかー!」
教室の入り口で呼び込みをしている写真部の部員を素通りし模擬店内へと踏み入れる。昼時だからかあまり客はおらず、それゆえ目的の人物はすぐに見つかった。
「白雪先輩、ちょっといいですか?」
「おや、黒崎君じゃないですか!ひょっとして私を文化祭デートに誘いに……!?」
先ほどあった時はチャイナドレスを着ていた白雪先輩だったが、再び家庭科室で衣装をチェンジしたらしく、現在はミニスカポリスのコスプレをしていた。
が、現状白雪先輩の服装はどうでもいいので、俺は特にそれについて言及はしない。
「いや、違います」
「じゃあ、私とツーショット写真を撮りに?」
「……ここじゃあれなんで一緒に来てもらえますか?」
「おっと、写真を撮る場所は決まってるんですね?確かに、写真部さんは校内のいたるところで写真撮ってますからね」
「写真が欲しいなら後で付き合いますからとりあえず来てください」
「はあん!黒崎君強引!」
体をくねらせながら悶える白雪先輩だったが、一応俺の言う通りついてきてくれたので、俺はあまり人がいない西階段の近くまで先輩を誘導する。
「わざわざ人気のないところに……。ま、まさかえっちなことを!駄目ですよ、流石に校内でなんて……」
「先輩、真面目な話なんでちゃんと聞いてください」
「……なんですか?」
そこで白雪先輩の表情がいつものおちゃらけたものからこれまで見たことのないほどの真顔に変化した。この人がそんな顔をする人だとは全く思わなかったので、俺はすこし戸惑うも、話を続ける。
「三年C組の石島先輩が今校内のどこにいるか、わかりますか?」
石島という人物は別に俺の知人ではない。ただ、その名前も、人物像も俺は知っている。なぜなならその人物は2学期の途中から俺の平穏ライフを狂わせた連中の一人なのだから。
「石島君……ああ、元ゲーム部の人ですね?」
「はい、その石島先輩です」
そう、石島とは神崎の属するゲーム部の元部員にして部長のポジションについていた人物だ。ゲーム部の存続問題の解決にあたっていた時に生徒会からくすねた資料に書いてあった名前はまだ俺の記憶に残っていてくれた。
「石島君なら元ゲーム部のメンバーと約束があるからってさっき模擬店抜けてきましたよ」
「どこへ行ったか心当たりは?」
「ありませんよ~。あんなモブの動向まで把握してないですし」
とんでもない暴言をサラッと吐く白雪先輩だが、俺のあては大きく外れてしまった。ここで石島の場所がわからなければもう俺にそれを特定するすべはない。
「石島君の居場所が知りたい、ってことでいいんですよね?」
「え?」
そこで話は途切れるとばかり思っていたのだが、白雪先輩は尚も会話を続ける。
「私は彼の居場所は知りませんけど、黒崎親衛隊のグループラインで聞けばわかると思いますよ?」
「は?黒崎親衛隊?」
唐突に聞いたことのない単語が出てきたので思わず聞き返してしまう。
「ふっふっふ。黒崎君は知らなかったでしょうが、この学校には黒崎君ラブな女子の集会、人呼んで黒崎親衛隊が存在しているんですよ!」
「……なんじゃそりゃ」
「ほら、黒崎君が文化祭実行委員長になったじゃないですか、実はそこから赤羽女子の間で黒崎君の人気が爆上がりしたんですよ。で、それを察した私が抜け駆けを潰す……じゃなくて、乙女たちの結束を高めるために親衛隊を設立したんですよ!」
「火種はあんたか!」
なんて余計なことをしてくれるんだこの先輩は。え、それじゃあ何、俺の知らないところで赤羽の一部の女子たちが俺についてグループラインでトークしてたの?なにそれ怖い。
「そのグループって何人くらいいるんですか?」
「現状52人ですね」
「そ、そんなに……」
「大丈夫です、これからもっと増やして見せますから!」
「いや、結構です!なんならさっさと解散してください!」
「それで、話を戻しますけどね」
「この状況で何言われても頭入ってこなさそうなんですけど……」
「親衛隊のみんなに聞けば石島君程度の居場所ならすぐにわかると思いますよ?」
た、確かに52人ものメンバーが校内に点在しているのであれば可能ではある。
「いや、でも全員に理由を伝えるのは……」
俺としてはゲーム部の私的な問題を52人もの生徒に広げたくはないのだ。
「大丈夫ですよ。黒崎君の命令だっていえば全員文句ひとつなく従います」
「なにそれ……怖すぎる」
だが、四の五の言ってもいられない。神崎や安城のためにもソフトを見つけなければならない。そのために尽くせる手は尽くすしかない。
「わかりました。じゃあ命令します」
「かしこまりましたあ!」
白雪先輩は返事と同時にすごい勢いで携帯をいじり出した。
とりあえず、これで石島の場所を特定できれば俺の取るべき行動も確定する。
先ほどの木場との会話でたどり着いた一つの結論。それは元ゲーム部員たちの神崎への私怨によって今回の事件が起きたということ。
そこに直結した理由は2つ。
まず、神崎が人の恨みを買ったであろう出来事の中で一番直近であること。
そして、この犯行なら神崎と今のゲーム部の両方に対してダメージを与えられるということだ。
つまり、犯人の目的を達成するには被害を与える対象は神崎だけでも、ゲーム部だけでも不十分であり、双方でなければいけなかった。
そして双方に対し恨みをもつ人物と考えれば候補は絞られる。その結果たどり着いたのが石島だった。
「黒崎君。グループ全員から了承を得られました!10分もあれば石島君の居場所は分かると思いますよ!」
エッヘンと胸を張る白雪先輩が見せてきたトーク画面にはおそらく51個あるであろう返信が連なっていた。それに少し恐怖を感じつつも、とりあえず白雪先輩に謝辞を述べる。
「ありがとうございます。先輩」
「いいんですよ~。私、黒崎君に尽くすのが生きがいなので!」
「そ、そうですか……」
「それで、ソフトは取り返せそうですか?」
「わかりません。もしかしたら俺の絞り方が間違っている可能性もあるし、正しかったとして、100%取り戻せるって保証もないです。でも……」
「でも?」
「俺は、助けなくちゃいけないんです。神崎を、そして安城を」
「なるほど。さっきの私の言葉で言うならそれが黒崎君の生きがいだってことですね」
「生きがいってほど大層なものかはわかんないですけどね。それにあいつらからすれば迷惑なだけかもしれないし」
「ううん。そんなことないと思いますよ」
「え?」
唐突な肯定に、俺は少し驚く。なんだか今日の白雪先輩はいつもと違う気がする。最初にあった時はやばさ100%の変人にしか思えなかったが、先ほどから俺に対しての言葉にとても温かみを感じる。安心感なのだろうか、それとも俺がちょろいだけなのだろうか。
「今は、そのままの黒崎君でいいと思います。たくさん頑張ってきたんだから、それくらい誰も咎めませんよ。もし、世界中がそれを否定するとしても、私は肯定します」
「そ、そうですか。ありがとうございます……?」
「さて、目撃証言が来るまでの10分、どうしますか?また校内を巡回するんですか?」
「いいえ、下手に動き回っても逆に石島先輩の場所から遠ざかってしまうかもしれないし、ここで待機します」
「なるほど、流石黒崎君!賢い!」
再びいつもの調子に戻った白雪先輩を尻目に、俺はここまでの疲れを少しでもなくそうとゆっくり深呼吸をした後、人通りの多い廊下の方へ目を向ける。
賑やかだ。人がたくさんいて、みんなが笑顔でこの文化祭を楽しんでくれている。
文化祭実行委員長ならばそれを見て多少なりとも喜びを感じてもよさそうなものだが、今の俺にはそんな感情は抱けなかった。
なぜか。その理由は明白だった。
そもそも俺が実行委員長になったのは安城と姫宮を助けるためであり、文化祭の成功はその手段でしかなかったのだから。
そういう意味では、俺は真に文化祭実行委員長を名乗る資格はないのかもしれない。
昔からそうだった。俺は誰かを助けようとしたときに、自分への見返りやリスクなんてものは微塵も考えてはいなかったのだ。
第一に考えるのは安城の言った通り、どんな手段を使っても問題を解決すること。この考えはこの半年の間にかなり顕著になっているかもしれない。
俺にとって他者を助けることはそれこそ水が高いところから低い所に流れるように、至極当然なことになっているのかもしれない。
多分、ほとんどの人がそんな俺の存在を心のどこかで便利な存在だと思っているだろう。当たり前だ、何の報酬も要求せずただ手助けをしてくれる存在がいたら誰だってそれを利用する。俺だって逆側の立場にいれば同じことを思うだろう。
ただ、そう思わない者もいる。それは中学の時の生徒会の面々、それに安城や神崎達のことだ。
とはいえ、それは大きなくくりでの話でしかない。中学の時の面々は俺に助けられることに心底うんざりして、俺を疎ましく思っていたからこそ俺の手を振り払った。その結果俺は孤立した。
だが、安城や神崎、俺が赤羽高校に入学してから出会った者たちは違う。
彼女たちには自分の意志が、信念があったのだ。それはひとりひとり全く違うものだが、確固たるものであり、特に安城はその信念をどんどんよい方へと進化させていった。
俺と出会った時の彼女は、ただただ『困っている人を放っておけない』という思いのもと行動していた。だからこそ俺に助けを求めることも、頭を下げることも一切の迷いがなかった。別にそれを俺への信頼だとか恩着せがましいことが言いたいわけじゃない。
ただ、自惚れでもなんでもなくあの時の安城には俺の助力が必要だったのは事実だ。
安城のすごいところはそれを当たり前だとは思わないこと、それを自分の糧にしようと思えるところだった。
だからこそ彼女は、いつしか俺の助力を必要としなくてもいい人物に、『自分の力で誰かを助けられる存在』になりたいと強く思い、俺とともに行動してきた。
そして、その思いが、文化祭実行委員長の引継ぎだった。
そのことだけとってみれば、俺と同様、文化祭の成功は手段でしかないと思われるかもしれない。
でも、違うのだ。安城は俺なんかとは全然違う。人を助ける能力、思考、行動力なんてものは全く関係ない、あいつは心の底から、何一つ偽りのない優しさを持っているのだ。
それは、一度歩みを止めてしまった俺にはない、安城自身の強さ。
だからきっと、安城が実行委員長で、文化祭が上手くいっていたら、あいつは心から笑っていただろう。
――俺の選択はやはり間違っていたのだろうか。
――なぜ俺はあの時、安城が回復して委員長をこなせると信じることができなかったのだろう。
俺の人生なんて間違いだらけで、その間違いの中からどれかを選択して吟味するなんて一度もなかったのに。
俺は今、あの時の自分がどこで間違ったのか、知りたい。