「……で、あれが石島先輩だったか」
10分後、俺は本当に石島の背後を歩いていた。
正直なところ親衛隊のネットワークをそこまで信じてはいなかったが、あえて言おう、神であると。
とはいえ、俺を囲って親衛隊なんてものを運営するのはやめてほしいところだが。てか、自分で親衛隊って言うとなんか恥ずかしさと痛さで死にたくなるな。他の表現法が分からんからしょうがないけど。
「さて。ここからどう動こうかね……」
因みに白雪先輩とはさっきのところで別れた。本人は付いてきたそうにしていたが、あの人と一緒に行動していたら目立ちまくること間違いなしなのでしっかり断っておいた。
……そういえば石島を見つけた隊員にご褒美がどうの言っていた気もするが、気のせいだったことにしておこう。
話を戻そう。石島は現在、俺の5メートルほど前を歩いている。場所は体育館への渡り廊下の真ん中らへん。いつもは運動部以外見かけない渡り廊下だが、体育館では現在有志による出し物が行われているため人通りは多く、この距離で尾行がばれることは無い。
そして、どうやら俺の考えが正しかったようで、石島は小さなレジ袋を心底大事そうに持っている。あれが賞品のソフトと見て間違いなさそうだ。なんせここに来るまで計6回も袋の中を確認してたからな。
そして、白雪先輩の話の通りならこの後元ゲーム部のメンバーと合流するはずだ。その場所はおそらく、渡り廊下から出てすぐのゴミ捨て場だろう。以前相馬の一件で俺もあの場所を使ったが、あそこに好んで行く人物はそうはいない。だってゴミ捨て場だし。
「……!」
予想通り、石島はゴミ捨て場の方向へと足早に進みだした。俺はその後ろを先ほどより間隔をあけて進む。こうでもしないとゴミ捨て場のスペース的に即刻尾行がばれる。
一歩、また一歩とじりじりと歩を進めていると、石島がゴミ箱付近で足を止める。俺はその近くの柱の陰に身を隠す。
「……」
石島は周囲をきょろきょろと見まわした後、ゆっくりと息を吸った。
「血の盟約によって我がもとに降臨せよ歴戦の同胞たち!シークザメイト!」
石島は何かよくわからない呪文を唱えた。よくわからないまま尚観察していると、ゴミ箱の陰から3人の人影が現れた。
あまり覚えてはいないが、確か元ゲーム部の部員だったはずだ。
「よし、全員揃ったな」
「僕らを呼び出したってことは、計画通り例のものは手に入ったのかい?」
「もちろん。抜かりはない」
「これであの女の悲痛な顔が見れるってわけだ」
あの女。ここで彼らが言うのならそれはおそらく神崎のことだろう。
「いや、やり方によってはもっとすごいことも……グヘヘ」
「ううむ……拙者はこういうのはあまり好かんのでござるが……」
「善人ぶるなって、お前だってあの女の胸ばっか見てたじゃねえかよ」
まさか、賞品ソフトで神崎を脅すつもりか?
「まあ、でもあの女は所詮見た目だけ。中身はとんだくそ女だけどな!」
俺は頭に血が上るのを感じた。
お前たちに何がわかる。神崎が、どれだけゲームが好きで、どれだけの時間を費やし、今の実力を勝ち取ってきたか。二学期の最初、俺とショッピングモールのゲームで対戦した時、俺は感じた。
安城の頼みとはいえ、祝日にわざわざ出向き、たいして知りもしない相手と一日過ごす。
いつもの俺ならごめん被るシチュエーションだった。
中学卒業後、あの日まで俺はゲームなんてものとは無縁の日々を過ごしていた。それは、一緒にゲームをしていた恭子と違う進路を選んだせいもあるだろうが、俺自身、どこかゲームに飽きていたからだった。
でも、あの日の俺は、どこかゲームを楽しんでいた。神崎のプレイにワクワクしていた。次は何を繰り出してくるのかと、心躍らせていた。
今なら言える。きっと俺は他者を楽しませられるほどゲームに一生懸命な神崎にあこがれを抱いていた。
それは、俺には決してまねできない、神崎の強さだったから。
だからこそ、そんな彼女のためにも、ここでソフトを取り返す。
「さーて、じゃあさっそく中身を……」
「おい!お前ら!」
力んだせいか、結構大きな声が出てしまった。だが、そのおかげもあってか、石島たちはびくっと身を震わせ、こちらへ視線を向ける。
「き、君は……文化祭実行委員長の……」
「俺が委員長だとか、そんなことはどうでもいい。用があるのは、お前が持っているその袋の中身だ」
「……!な、なぜこれのことを知ってるんだ!?」
「その反応は、どうやら本当にクロみたいだな」
俺は力強く地面をふみしめ、石島に近づく。
「ち、ちがうんだ!これは、たまたま見つけて……」
「お前の言い訳なんてどうでもいい!さっさとそれを渡せ!」
「く、くそ!逃げろー!」
石島の声と同時に元ゲーム部の連中は渡り廊下の方へと走っていく。
――まずい、今あいつらの犯行を明らかにしないとうやむやにされる!
俺がその後ろを追いかけようとしたとき、何かが俺の横をすごいスピードで過ぎ去っていった。
「あでふ!」
その物体は逃げ行く石島の手に直撃し、痛み故か石島は袋を地面に落とし、そのまま校内へと逃げ込んだ。
何が起こったか分からないでいると、石島の手にぶつかった物体がこちらへ転がってきた。
「サッカーボール……?」
ボールを拾い上げ、振り返ると、ゴミ箱の向こうの廊下の窓が開いていた。
「よう!助けてやったぜ!」
そう言って窓を乗り越え、こちらへ歩いてきたのはサッカー部キャプテンの相馬だった。
「校内でシュートかますなよ、備品が壊れたらどうすんだ」
「ったく、口の減らねえ野郎だなお前は」
「お互い様だろ」
悪態をついてくる相馬にボールを放り投げる。
「まあ、でも助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして」
「てか相馬、お前なんでこんなところに?」
「ん?ああ、それはだな、安城に……」
「いや、いまはそんなことはいい。とりあえず、ソフトの無事を確認しないと」
「自分で聞いたんじゃねえかよ……」
不貞腐れる相馬はさておき、俺は地面に落ちたままの袋を拾い上げ中身を取り出す。
「……は?」
それは確かにゲームソフトのパッケージだった。だったのだが、それは賞品ソフトではなく、全く別ジャンル、R18の俗にいうエロゲだった。
その正体に俺は数秒の間ぽかんとしていたが、すぐに状況を把握した。
石島たちが言っていた女というのはこのソフトの登場キャラで、会話の内容もこのゲームの攻略に関するものだった。
執拗に人目を気にしていたのはソフトがR18のものだったからで、俺から逃げたのも必死に言い訳していたのも文化祭中にこんなものを持ち歩いていたことを公にされると自分たちが社会的に抹殺されるのではと危惧したから。
別にエロゲを持ち込もうがそれを校内でプレイしようがそれを咎めるルールは文化祭には存在しない。彼らが勝手にうしろめたいと思っていただけだ。
だが、重要なのはそんなことじゃない。
問題なのは、俺の考えが全て空振りに終わり、賞品ソフトの行方が未だ不明だということ。
もう一度ゼロから探すには明らかに時間がないし、もう犯人のあてもない。
そこまで考えて、血の気が引いた。
失敗したのだ、俺は。
思考を凝らし、使えるカードをすべて使い、最善の手を打ったつもりだった。
だが、結果は空振り。
何一つ守れなかった。田村たちイベントスタッフの今日までの頑張りも、安城と神崎との約束も。
思いあがっていたのだ、自分なら何とかできると。
それは、今までぶつかってきた問題を解決できた黒崎裕太郎を何一つ疑わなかった俺の驕り。
馬鹿か俺は。俺は別に名探偵でもなければましてや神でもない。ただの凡庸な人間だ。そんなこと誰だって自覚していることで、だからこそこの世に『絶対』なんてものはないのだ。俺が今まで成し遂げてきたことだって必然ではない、言ってみればそれは幸運の連鎖でしないわけで、たまたま状況が俺の能力の範疇だっただけ。
それに、そのすべての出来事において俺一人で出来たわけじゃない。安城や恭子、木場や越前、たくさんの人との関わりが俺を答えへと導いたんだ。
にもかかわらず、俺は今回、たった一人で事にあたった。
――これじゃあまるで、あの時の……
――『今のゆーたろーは、中学の時のゆーたろーに戻ったみたいに見えるから』
なんとなく、恭子の言葉の意味を理解できた気がする。
「……崎!おい、黒崎!」
呼びかけてくる相馬の声で我に帰る。
「……」
「なに黙りこくってんだよ。俺の話聞いてたのか?」
「悪い、聞いてなかった」
そう答えつつも、俺は再び思考を巡らせる。
俺の打った手は失敗した。だが、まだゲーム部のイベントは続いている。
であるのならば、俺のやるべきこともまだ残っているはずだ。
ソフトを探すのはもう不可能。屋上を出る前にイベントスタッフに賞品の代替品は探すように言ってあるし、それをあてにする他ない。
なら、次に懸念されるのは、観客の反応。イベント自体は神崎のおかげで大盛況だが賞品の内容を変更したことで、ブーイングが出ることは間違いない。
それを軽減する方法はひとつ。イベント自体のクオリティを今以上に引き上げること。商品の問題を些細なことだと思わせるほど観客を楽しませることだ。
だが、それは容易なことじゃない。全国大会出場者の神崎との対戦というだけでこのイベントのクオリティはかなりのレベルに達している。それを超える一手なんてそれこそ考えるのにもう一カ月欲しいくらいだ。
しかし、当たり前だがそんな時間はない。今この一瞬で考えるしかない。
イベントのクオリティ、すなわちエンタメ性を高めるには……。
一つだけ、思いついた。
だが、それをやって成功するかは分の悪い賭けだとしか言えない。それでも、今の俺に考えられる手はそれしかない。
「だからよ、安城が……」
「悪い相馬。話は後で聞く。助けてくれて本当にありがとう。じゃあな」
「は?お、おいちょっと待てって!」
俺は手に持っていたゲームソフトを投げ捨て、全速力でスタートした。
***
屋上への非常階段を全力で駆け上がり、その扉を勢いよく開くと、先ほどと同様、大勢の観客の背中が視界に飛び込む。
「さあ、クイーン神崎、これで70連勝!彼女の無敗伝説は止まらないのか!?」
大盛り上がりの観客たちをかいくぐり、ステージ横の田村へと駆けよると、田村は安堵した様子で口を開く。
「委員長!そ、ソフトは?」
「すまない、見つけられなかった」
「……!そ、そんな……」
「本当にすまない。俺のせいで……」
「そ、そんなことないですよ!委員長も言ってたじゃないですか、チームのミスはチーム全員の責任だって!」
頭を下げる俺に対し、田村は必死に言う。
そうだ。謝るのも、反省するのも、今じゃない。
今は、今できることをやるしかない。
「昼休憩中に頼んでおいた賞品の代替品は?」
「あ、はい。よさそうなものをリストアップしておきました!」
田村が手に持っていたパッドの画面を見せてくる。その画面を一通り確認してみる。
「なるほど。どれも悪くないな。短い時間でよく探してくれたな。ありがとう」
「いえ、そんな……」
「とはいえ、この中から選んでいる時間もない。最優秀者にこの中から選んでもらおう」
「わかりました!」
「それともう一つ、司会に伝えてほしいことがある」
「な、何ですか?」
俺は先ほど思いついた案を田村に伝える。
「……分かりました。今はそれしかないですよね。ちょっと待っててください!」
田村は司会の方へと駆け寄る。その間に俺は荒い呼吸を整えておく。
「さあさあ、次の挑戦者は!……え、何田村っち?……ふむふむ……」
田村が司会に耳打ちする。司会は目を丸くしたが、すぐにマイクを持ち直す。
「おおっと!ここでとんでもないサプライズだあ!なんと、クイーン神崎に対して名乗りを上げるはこの文化祭の立役者、実行委員長の黒崎裕太郎!ここで前代未聞のエキシビジョンマッチの開幕だあ!」
ものすごいアドリブ力を発揮した司会が俺の方を指さすと、観客たちの視線が俺に向く。
「さあ、黒崎委員長、ステージへ!」
その言葉通り、俺はゆっくりとステージ上へと登り、神崎の向かいに立つ。
「せ、先輩?何してるんですか?頭おかしくなったんですか?というかソフト見つかったんですか?」
俺の参戦の意図を知るよしもない神崎は小声で聞いてくる。
「ソフトは見つけられなかった。すまない」
「そ、そうですか……。って、結局先輩がここに上がってきた意味がわからないんですけど?」
「細かいことは気にするな。それより、俺の挑戦、もちろん受けてくれるよな?クイーン神崎」
「……いいですよ。こんな大勢の前で先輩と対戦なんて、これ以上ないサプライズですし。それに……」
神崎は一度瞳を閉じ、ゆっくりと開く。その目は、今までの神崎とは違う何かを宿していた。
「先輩とのゲーム。すごい好きですから」