貴重な祝日はまるで短距離走のように過ぎ去り、再び平日がやってくる。まあ、今日が金曜だから明日は土曜日、2連休まであと一歩だし、すこしテンションも上がる……はずだったが。
「あ、黒崎先輩!」
「……」
「昨日はありがとうございました~」
「……」
「私も久しぶりに本気出せたっていうか、まあ圧勝ではあったんですけど~」
「……」
「それでですね、よろしければ土曜日もゲームしませんか?」
「……」
「ちょっと、なんで無視するんですか!お姉ちゃんに言いつけますよ!」
午前7時半。通学路を進んでいた俺の隣には何故か神崎がまるでサッカー日本代表のディフェンダーのごとく張り付いている。
「お前、俺が敢えて無視してるのわからないのか?」
「敢えて無視って……可愛い後輩がせっかく声かけてるのにその反応はマイナス査定ですよ」
「別にお前にいくらマイナスを溜めても俺の知ったことじゃない」
まあ、こうなることは薄々気づいてましたとも。こいつが安城のいとこである以上、こいつもまたドッジボールの達人であり、しかも攻撃に極振りしているのは疑う余地もない真実である。
「まあ、それはそれとしてですね、ゲーム部に」
「断る」
「まだ最後まで言ってませんよ」
「別に俺を勧誘せんでも、部員はいるだろ」
確かあの資料にも部員は神崎のほかに6名くらい記載されていたはずだ。まあ、それでも廃部を逃れるには少し足りないが。
「だって、他の部員は3年生で、今年卒業ですし……」
「なおのことその3年生を使うべきだろ。そいつらだって自分の所属していた部活が消えるのは嫌だろうし。そこを突いて一緒に新入部員を探せばいいだろ」
「それは……まあ……」
何故かいい淀む神崎に疑問を感じながらも俺は歩を進める。
「それでも無理ならどっかとの合併だ。アニ研とかコンピュータ部なら少なくともお前が卒業するまでは残ってるはずだ」
「むう……」
「助言はしたぞ。後は自分で何とかしろ」
そもそも、昨日のデート(仮)でもゲーム部の内情一ミリも分からなかったし、俺に出来るのは何をどうやってもこれくらいしかない。
そうこうしてるうちに校門をくぐり、下駄箱で靴を履き替える。
「先輩、お願いします、ゲーム部に入ってください!」
「丁重にお断りします」
それだけ伝えて俺はさっさと階段を昇り、教室へと入る神崎も今回は諦めたようでついては来なかった。そもそも部活動縮小案の提出は来週頭だ。それまでに出来ることはやはり部員勧誘が関の山で、仮に俺が協力してもその短期間でどうにかできる保証もない。
「はあ……」
「どうしたんだい、ため息なんかついて」
そんなさわやかな言葉にさわやかな表情を重ねて話しかけてくるのはバスケ部キャプテンの越前和人だった。
「越前……。お前、いたの?」
よくよく考えると夏休みに入ってからこいつの存在を思い出す機会もなかったため、一瞬誰だか分からなかった。
「ひどいな……」
「俺がひどいのはもとからだ」
「体育祭実行委員の時のほとぼりも冷めつつあるし、みんなそんな気にしてないんじゃないかな」
「さあな、他に新しいおもちゃでも見つかったんじゃないのか」
「相変わらず卑屈だな……」
「それで、お前は何の用だ?」
「用って程じゃないけど、安城さんからゲーム部の事を聞いてさ」
「ばりばり用あるじゃねーか」
まあ、安城が越前に声をかけるのも理解できる。越前は学校でも人気者の部類だし、なにより生徒会とは一切かかわりがない。こいつの協力を得られれば取りあえず部員は集められるかもしれない。
「結構大変らしいね」
「それはゲーム部のことか?それとも俺のことか?」
「まあ、どっちもかな。今朝も安城さんのいとこの……神崎さんとひと悶着あったみたいだしさ」
そんなに目立ってたのか……。またしても俺の平穏ライフへの道が遠のいて行くな。
「ほんとそれな。まじで困ってんだ」
「直球だね……」
「てかもうお前変わってくれね?お前が一声かければ80人くらい集まるだろ」
「80人は大げさだとしても、その方法は多分通用しないだろね」
「は?なんでだよ」
「俺も安城さんに聞いて初めて知ったんだけど、ゲーム部は一度サークルクラッシュを起こしてるんだ」
サークルクラッシュ。ようするに部が内側から崩壊したということだろう。それはあの時、ゲーム部の薄暗い部室に神崎が一人でいたことが裏付けている。
「原因は……いや、なんでもない」
危ない。ついうっかりいつもの癖で聞き取りするところだった。俺はこの件について関わらないと決めてるんだ。初志貫徹でいこう。
「原因は、神崎さんと3年生部員の衝突だよ」
「いや、だから聞いてな――」
「もともと赤羽のゲーム部の方針は緩くゲームをプレイするというものだった。それでも一応、ゲームのレビューをブログに書いたり、動画投稿サイトにプレイ動画をアップしたりとそこそこの活動はしていたから学校側も活動を認めていたんだ」
「……」
「でも、今年の4月に神崎さんが入部した。女性部員という事もあって部員たちも歓迎したみたいだ。やっぱり女性目線のゲームについて知りたかったんだろうね」
「……」
「でも、神崎さんのゲーム観は他の部員とは違った。彼女は中学時代とあるゲームの全国大会でベスト4に入ったこともあるプレイヤーで、その理想は高かった」
「……本気で、『勝てる』部を求めてたってことか?」
「そうだね。俺もバスケをやってるから勝負で勝ちたいって気持ちは理解できる。でも、残念ながらゲーム部員たちは彼女の理想を満たせるほどの実力は無かった」
「だから、サークルクラッシュか」
「うん。本気で勝ちを目指す神崎さんと負けてもいいからみんなで楽しみたい部員たちが衝突して、部は崩壊した」
高すぎる理想ゆえに他者に理解されず、いつの間にか居場所を失った。それを聞いて俺が真っ先に思い出したのは、中学の時の俺だった。生徒会活動を完璧にやって、みんなの助けになりたいと、そんな理想を掲げて暴走し、結局周りに理解されなかった俺自身。
「さて、そろそろホームルームだね。俺は席に戻るよ。黒崎君、今の話を君にしたのはただ世間話がしたかったからじゃない。安城さんに頼まれたからだ」
「安城に?」
「だから、今の話を聞いて、そのうえでどうするか決めてほしいと、彼女は言ってたよ」
俺の返事も待たずに越前は自分の席へと戻り、いつものグループの会話を始めてしまった。取り残された俺は、鞄から文庫本を取り出し、ページをめくる。
別に本が読みたかったわけじゃない。ただ、何かしていないと、さっきの越前の話を、神崎についての話を考えてしまいそうだから。だから、ただひたすら文字列を眼で追いながらホームルームの開始を待つことしかできなかった。
***
そして午前の授業は終わり、昼休みがやってきた。いつもならコンビニか手作りのサンドイッチを食べるのだが、生憎今日はうっかり用意するのを忘れてしまっていたようだ。
仕方なく俺は教室を後にし、一階の購買へ向かう事にした。
「これ、お願いします」
「はいよ、コロッケパンね。2個で320円です」
購買のおばちゃんに400円を渡し、お釣りを80円もらってそそくさと購買の列から離脱し、いつもの空き教室へ行こうとしたが、なんとなく外の空気に当たりたかったため、階段をさらに昇り、屋上へとたどり着く。
赤羽高校は今時の学校としては珍しく、屋上を開放している。流石に冬は立ち入り禁止だが、それでも屋上はかなりの人気スポット……のはずなのだが。
「だれもいねえ……」
人気スポットのはずの屋上は閑古鳥が鳴いていた。まあ、俺は今日初めて訪れたからいつもこんな感じなのか、それとも今日が特別なのかはわからんが。
取りあえず屋上の出入り口のドアを閉め、設置されているベンチに腰掛けコロッケパンの包装をはがし一口かじる。
美味、とまではいかないがけしてまずいわけでは無く、もしかすると本当は美味い部類なのかもしれない。だが、今の俺にはその味の善し悪しを真面目に考えるほどの心の余裕は無かった。
神崎の抱える問題。その内情を聞いた今、俺は無意識にそれに干渉しようとしている。別にゲーム部が廃部になっても俺には関係ない。むしろ廃部予定の部活動を存続させたら安城達生徒会にとってもいい迷惑だ。だが、安城もそれを承知で俺に神崎の事を依頼してきた。俺が今まで安城を助けてきた理由は俺自身の居場所を守るためであり、その延長としてその居場所を作ってくれた安城に加担していた。だが今回は達成しても安城の仕事が増えるだけ。精神的には助けになっても実際のところ助けたことにはならない。今回の件はそもそも根底から矛盾しているのだ。
それなのに俺が揺れているのは結局のところ安城が越前を介して俺に伝えたゲーム部のサークルクラッシュの事実が原因だ。
おこがましいかもしれないが、俺はきっと神崎に当時の自分を重ね、同情しているのだろう。周りに理解されないだけじゃない、そもそも周りが見えていないところまで俺と彼女は似ているから。
とはいえ、結局のところ、俺に与えられた選択肢は2つ。協力するか、見捨てるか。こんな時に限ってマインドAもBも音沙汰なし。どうやら考えすぎて煮詰まっているらしい。
「……君。黒崎君」
「……!」
唐突に後ろから名前を呼ばれびっくりしたが、振り返ってその声の主を確認すると、俺はほっと息をつく。
「雪里……。お前、将来はアサシンにでもなるつもりか?」
「えっと……どういう……意味?」
雪里茜は首を横にかしげる。
「いや、なんでもない」
俺は自分が座っていたところを開け、雪里に席を譲る。雪里は軽く会釈してそこに座る。
「雪里も昼飯か?」
「ううん……。その……ここだと漫画の……アイデアが湧くから」
「その言い方だとやっぱりここっていつも人いないのか?」
「うん……。みんな……教室とか……部室で食べてるみたい」
どうやら屋上が人気というのはすでに過去の話らしい。まあ確かにわざわざ屋上まで階段を昇って食事を取る意味もないか。
「黒崎君は……何してるの……?」
「え?まあ、ちょっとな」
「私には……言えないこと?」
心なしか雪里の表情が若干不服そうに見える。
「言えないってわけじゃ……」
「じゃあ……教えて」
こうして見ると、やはり雪里も中学のころとは違う。相手は限定されても、しっかりと自分の意見を伝えることができている。それがなんだか嬉しいと感じるのは、俺がおせっかいなだけだろうか。
「実はさ……」
俺はこれまでの一連の出来事を雪里に伝える。雪里はその間口をはさまず、真っ直ぐに俺の目を見て聞いてくれた。
「ゲーム部……。初めて……聞いた」
「そんなに知名度が低いのか」
それは確かにガチガチな雰囲気でゲームをするほどの実力がないことも頷ける。
「それで……黒崎君は……どうするの?」
「どうって……。そりゃあ少しは同情もあるけど、ゲーム部だけに肩入れするのもなんだかな……」
ゲーム部の他にも廃部や縮小される部活はあるのに、俺の勝手な同情で動いてしまっていいものだろうか。
「なんだか……似てる」
「そうだよな。昔の俺もあんな感じで――」
「そうじゃ……なくて……」
「え?」
「私と……似てる」
その言葉に俺はすぐに返事ができなかった。確かに、中学時代の雪里と漫画研究会の状況と似ている個所はある。
「でも、あの時のことは雪里に非は無い。神崎の場合は本人にも問題ありって感じだし……」
「でも……人それぞれ、理想や目標はある……でしょ?私にも……黒崎君にも……」
「それもそうだけど、それを他人に押し付けるのは違うだろ」
「だから……神崎さんのそういうところも……助けてあげないと……」
「え?」
「黒崎君なら……できるよ。だって……私も黒崎君のおかげで……変われたから」
雪里の髪が風になびく。それと同時に彼女は空を見上げる。
「もし……迷ってるなら……理由がないなら……」
「……」
「私を……理由にして……ほしい」
「雪里を……?」
「うん……。あの時……助けてくれた黒崎君を助けたい私を……助けて」
それは何も知らずに聞いたら意味不明で支離滅裂で、理解しようともされない言葉だけど、きっと、一度居場所を失いかけた雪里と俺だから共有できる言葉で、そんな俺たちだからこそ神崎の置かれている状況を自身と置き換えて見ることができる。
そうだ。居場所を失う怖さや悲しさは俺たちにはよくわかる。それなら、神崎亜美を助ける理由として十分ではないのだろうか。
「ありがとな、雪里」
「決まった……?」
「いや、まだ少し迷ってる」
「そっか……」
「でも、雪里の言葉はしっかり伝わった。その言葉は、無駄にしない」
「それなら……よかった」
俺は残りのコロッケパンを口に放り込み、包装紙をベンチ横のゴミ箱に捨て、雪里に小さく手を振って屋上を後にした。